私は基本政治屋は『クソ野郎である』と言う信条をもっとうに生きている人間です。
ただし、『クソ野郎である』ことと『無能である』事は決して『両立しない』というスタンスであります。
それでは、本編へどうぞ
地球の重力に縛られた北米・シャイアン基地で、アムロ・レイがティターンズの強襲部隊を相手に絶望的な防衛線を敷いていたのと、まさに同じ頃。
宇宙の暗闇に浮かぶティターンズの絶対的聖域、サイド7『グリーン・ノア2』の周辺宙域には、第13外郭独立艦隊『
彼らがこの宙域に展開している理由は、数日前に発生した『ガンダムMk-III強奪事件』、およびそれに伴うコロニー内部への破壊工作に対する、連邦軍正規部隊としての被害状況の視察と、事態収拾への協力という名目であった。
表向きはティターンズへの「支援」である。しかし実態は、C・L司令官コジマ准将が、ティターンズの内部で何が起きているのかを正確に把握するために送り込んだ、合法的な『偵察』に他ならなかった。
グリーン・ノア2の司令部。
その重苦しく、冷ややかな空気が漂うバスク・オム大佐の執務室には、C・Lの使者として送り込まれた男が立っていた。
C・L旗艦の艦長にして、一年戦争を生き抜いたホワイトベースの元艦長、ブライト・ノア大佐である。
「――以上が、我々C・L艦隊が把握している周辺宙域のデブリ分布と、未確認の熱源反応のデータです。強奪されたMk-IIIの行方については、遺憾ながら現在も捕捉には至っておりません」
ブライトは、手に持ったデータパッドをバスクのデスクに置き、極めて事務的に、かつ隙のない敬礼と共に報告を終えた。
「ご苦労なことだな、ブライト大佐。よもや、我がティターンズの足元で起きた不始末の尻拭いを、独立艦隊の貴様らに手伝わせることになろうとはな」
バスク・オムは、赤いゴーグルの奥の瞳を不気味に光らせながら、ブライトをねめつけた。その声には、明らかな苛立ちと、C・Lに対する拭いきれない敵意が滲んでいる。
「正規軍として当然の責務を果たしているまでです。我々C・Lもまた、地球圏の平和を乱すテロリストを許すつもりはありません」
ブライトは、バスクの威圧的な態度を柳に風と受け流し、あくまで対等な『大佐』としての毅然とした態度を崩さなかった。
武力による恫喝を是とするバスクにとって、このブライトという男の存在は、ひどく目障りであった。
ティターンズの権威を笠に着て威圧しようとしても、ブライトの背後には『アムロ・レイ』という生きた伝説と、彼が育て上げた圧倒的なモビルスーツ部隊の武力が控えている。さらに、政治的にもコジマ准将やワイアット大将といった正規軍の重鎮たちの庇護があるため、迂闊に手出しができないのだ。
二人の大佐の間には、火花が散るような無言の牽制が続いていた。
だが、その張り詰めた空気を切り裂くように、執務室の緊急通信コンソールがけたたましい電子音を鳴らした。
「何事だ」
バスクが舌打ちをしながら通信の受話器を取る。
回線の向こうから聞こえてきたのは、地球のジャブローにいるティターンズ総帥、ジャミトフ・ハイマンの側近の一人、ジャマイカンからの極秘通信であった。
『――バスク大佐。ジャミトフ閣下からの最優先指令です。現在、我が軍は北米のシャイアンおよびオーガスタ基地に対し、C・Lの反逆容疑による武力制圧を開始しました。そちらに展開しているC・Lの艦隊に対しても、即座に武装解除を命じ、ブライト・ノア大佐を反逆罪の容疑で捕縛してください』
その言葉を聞いた瞬間。
バスクの巨体が、僅かに硬直した。
(……なんだと? C・Lの武装解除だと?)
バスクは、目の前に立っているブライトを一瞥した。
ブライトはまだ、地球でアムロたちがティターンズの強襲を受けている事実を知らない。バスクが今ここで憲兵を呼び、「反逆者」として彼に手錠をかければ、容易に捕縛することは可能だろう。
しかし――。
バスク・オムという男は、残忍で冷酷な軍人ではあるが、決して『愚か者』ではなかった。
彼の脳内で、現在の戦術的盤面と、政治的リスクという名の将棋の駒が、猛烈な速度でシミュレーションされていく。
(ジャミトフ閣下……いくらなんでも、それは『愚策』というものですぞ)
バスクは内心で、自らの主の焦りを冷ややかに評価した。
確かに、ここでブライトを捕縛すれば、C・Lの指揮系統に打撃を与えることはできる。だが、今このグリーン・ノア2のコロニー外郭には、C・Lの精鋭艦隊が主砲の照準を合わせた状態で停泊しているのだ。
もし彼らの司令官が不当に捕縛されたと知れば、百戦錬磨のC・Lの猟犬たちが黙っているはずがない。激昂した彼らによって、この司令部諸共に艦砲射撃が叩き込まれるリスクは極めて高い。コロニー内部に甚大な被害が出れば、ティターンズの威信は地に落ちる。
さらに、政治的リスクはそれ以上に絶望的であった。
ワイアット大将を筆頭とする連邦軍の『中立派(正規軍の過半数)』は、ティターンズの独走を不快に思いながらも、ギリギリのところで静観を保っている。
だが、明確な証拠もないまま、連邦内で最も信頼を勝ち得ているC・Lという英雄的部隊に対し、だまし討ちのような形で武装解除を迫ればどうなるか。
中立派閥は一斉にティターンズに牙を剥く。いかにティターンズがエリートの集団であろうと、地球連邦軍の過半数を敵に回せば、もはや「数の上での勝利」は絶対にあり得ないのだ。
(大義のために手を汚すのは構わん。だが、勝算のない盤面で自ら不利を被るような真似は、軍人のすることではない)
ティターンズが生き残るためには、今はC・Lという『正規軍の良心』と正面から角を突き合わせるべきではない。
バスクは、通信機の向こうの命令に対し、冷酷な決断を下した。
「……通信状況が悪いな。太陽風の影響か。命令の復唱ができない、後ほど掛け直せ」
バスクは、一方的に通信を切った。
決してジャミトフに反旗を翻したわけではない。現場の最高指揮官としての「裁量」という名の、意図的な『命令の黙殺』であった。
C・Lという組織が、地球連邦軍の中でどれほど強固な信頼と実力を勝ち得ているか。バスクはそれを誰よりも正確に判断し、自らの保身と組織の存続のために、極めて現実的な対応を選択したのである。
「……何か、地球からトラブルの報告でも?」
無言で通信を切ったバスクに対し、ブライトが探るように問いかけた。
「気にするな。前線の小競り合いの報告だ」
バスクは赤いゴーグルを光らせ、再びデスクに両手をついてブライトと向き合った。
「さて、ブライト大佐。貴様らからの報告は受け取った。だがな……現在、我がティターンズ内部では、今回のMk-III強奪事件に『C・Lが裏で手引きをしているのではないか』という強い疑念の声が上がっている」
バスクは、ジャミトフの命令を実行しない代わりに、自らの手でC・Lを牽制するための政治的な圧力をかけ始めた。
「貴様らがアルテイシア・ダイクンを匿い、ジオンの残党と接触していることは、すでに我々の諜報網で把握済みだ。このまま貴様らの艦隊を我が聖域に留めておくことは、ティターンズの安全保障上、看過できない。……今すぐ、貴様ら全員を査問にかけ、艦隊を接収することもできるのだぞ」
それは、明らかな脅迫であった。
しかし、ブライトの表情は全く崩れなかった。彼は、相手の苛烈な攻撃を真正面から受け止め、その力を利用して反撃に転じる、強固な防御陣(カウンター)を展開した。
「査問にかけるとおっしゃいますが……我々C・Lの指揮系統は、統合参謀本部および正規の連邦軍本隊に属するものです。
特務部隊であるティターンズと言えども、ジャブローからの『正式な命令書』がない限り、指示系統の違う我々に対する直接的な武力介入や艦隊の接収は、明らかな
ブライトの言葉は、氷のように冷たく、論理的であった。
ジャミトフからの個人的な通信(しかもバスクが切ってしまったもの)はあっても、正規の軍令は下っていない。この事実を盾に取られれば、バスクも強引な手段に出ることはできない。
「フン……。相変わらず、口の減らない男だ」
バスクは、ブライトのその厄介な堅実さを前に、鼻で笑った。
だが、バスクの目的は最初から「C・Lを追い払うこと」であった。
互いにこれ以上、この宙域で睨み合いを続けても利益はない。
「よかろう。貴様らのその減らず口に免じて、武力による接収は待ってやる。……だが、我がグリーン・ノア2の周辺を貴様らの艦隊がウロついているのは目障りだ。直ちにこの宙域から離脱し、所定のパトロール宙域へと帰還しろ」
「承知いたしました。我々としても、これ以上の長居は無用と考えております。……ただし」
ブライトは、一歩も引かずに条件を提示した。
「我々が疑われているというのなら、ティターンズから『監視役』を出していただきたい。我々の艦隊行動にやましいことがないことを、ティターンズ自身の目で確認していただくのが、最も建設的な解決策でしょう」
バスクは、ブライトのその提案に目を細めた。
互いに相手を信用していない。だからこそ、連絡将校という名目の『
極めて政治的で、軍人らしい妥協点であった。
「……よかろう。我がティターンズから、優秀な将校を一名、貴様の艦に『監視役』として乗艦させる。それで手打ちだ」
大佐同士の、冷徹な腹の探り合い。
激しい戦闘とは違う、言葉と政治による泥臭い交渉の末、C・Lのグリーン・ノア2からの平和的な離脱が決定したのである。
―――
バスク・オムの呼び出しを受け、執務室に現れたのは、黒と紺のティターンズ制服に身を包んだ女性士官であった。
「エマ・シーン中尉。出頭いたしました」
彼女の顔には、隠しきれない疲労と、重苦しい苦悩の色が張り付いていた。
先日のMk-III強奪事件において、コロニーへの被害を恐れてガトーへの追撃を諦めた彼女は、ティターンズ内部で「甘い判断を下した」として厳しい叱責を受けていた。
バスクは、そんな彼女を冷酷に見下ろした。
「エマ中尉。貴様に名誉挽回のチャンスを与えてやる」
バスクは、隣に立つブライトを手で示した。
「これより、貴様は【連絡将校】として、ブライト大佐の指揮するC・Lの旗艦に乗艦しろ。彼らがテロリストと内通していないか、その動向を24時間監視し、私に直接報告するのだ」
エマは、驚きに目を見開いた。
連絡将校とは名ばかりだ。それは、実質的にティターンズからC・Lへと送り込まれる『体の良い人質』である。
もしC・Lがティターンズに反旗を翻せば、彼女は真っ先にスパイとして処断される。逆に、ティターンズがC・Lを攻撃すれば、彼女は味方の砲火に巻き込まれて死ぬ。
先の戦闘で失態を演じた彼女は、文字通り、バスクによって使い捨ての政治的カードとして切り捨てられたのだ。
「……大佐。それは」
「命令だ、中尉。貴様がティターンズの軍人であると証明してみせろ」
バスクの絶対的な命令に、エマはギリッと奥歯を噛み締めた。
しかし、彼女は軍人である。その理不尽な命令を前にしても、彼女は背筋を伸ばし、完璧な敬礼を返した。
「……了解いたしました。エマ・シーン中尉、これよりC・L艦隊へと出向いたします」
ブライトは、そのエマの痛々しいほどの生真面目さを見て、内心で微かな同情を覚えた。
(……このような実直な士官を、平気で人質として差し出す。これがティターンズという組織の本質か)
「歓迎するよ、エマ中尉。我々の
ブライトは、努めて温和な声で彼女に声をかけた。
「……お気遣い感謝します、大佐。ですが、私はティターンズの軍人として、厳正なる監視の任務を遂行させていただきます」
エマの瞳には、頑ななまでの連邦軍人としての誇りが宿っていた。
こうして、双方の妥協点と、一人の女性士官の運命を乗せて。
ブライトたちC・Lの使節団は、グリーン・ノア2のティターンズ司令部を後にしたのである。
―――
グリーン・ノア2の宇宙港。
補給と簡単な点検を終えたC・Lの艦隊が、次々とコロニーの係留アームから離れ、主機を始動させていく。
旗艦のブリッジでは、ブライト・ノアが艦長席に座り、出港の指揮を執っていた。
その斜め後ろには、監視役として乗り込んできたエマ・シーンが、腕を組んでモニターを険しい顔で見つめている。
彼女の存在が『体の良い人質』であることは、艦のクルー全員が理解していた。それ故に、ティターンズもこの艦隊がコロニーを出る背中を、おいそれと攻撃することはできない。
「全艦、機関微速。グリーン・ノア2の空域を離脱後、所定のパトロール宙域へと針路を取れ」
ブライトの号令とともに、艦隊はゆっくりと、傷ついたティターンズの聖域から宇宙の深淵へと滑り出していった。
地球で、アムロたちが命を懸けた防衛戦を繰り広げていることなど、この時の彼らはまだ知る由もない。
ただ、政治的な綱渡りの末に、最悪の衝突だけは回避できたという安堵感が、ブリッジの空気を僅かに和らげていた。
しかし――。
彼らは誰も、気付いていなかった。
C・Lの旗艦、その後方区画にある巨大な
ティターンズの厳しい検問を抜け、艦の出港前に搬入されたコンテナや補給物資が山積みになっているその暗がりの中で。
ガサッ、と。
積荷の陰から、小さな影が這い出してきた。
「……ふぅ。どうやら、無事に出港したみたいだな」
それは、軍の制服など着ていない、民間人の服を着た一人の少年であった。
青味がかった黒髪。中性的ながらも、どこか神経質で、内なる激しい怒りと情熱を秘めた瞳。
彼の名は、カミーユ・ビダン。
数日前。彼の父であるフランクリン・ビダンは、ティターンズの基地内でエゥーゴのテロリストに拉致された。
母のヒルダと共に残された彼は、ティターンズの基地内に漂う不穏な空気と、両親を戦争の道具として使い潰そうとする軍のやり方に、どうしようもない息苦しさと反発を覚えていた。
そして彼は、父親を連れ去った者たちの手がかりを追うため、あるいはこの狂ったコロニーから逃げ出すために、特権階級のIDをハッキングし、偶然この宙域に停泊していた『ティターンズ以外の連邦艦(C・L)』の積荷の中に、単身で紛れ込んでいたのである。
「……父さん。母さん」
カミーユは、暗い格納庫の窓から、遠ざかっていくグリーン・ノア2の光をじっと見つめた。
彼には、まだ自分がどのような巨大な運命の渦に飛び込んでしまったのか、理解していなかった。