広大な大地、それを埋め尽くす多くの木々。それらに休む鳥や虫たち。
大きな河が流れ生き物の息吹が、そこを象徴する。
そんな場所の下、天然の洞窟を利用し掘削と補強を繰り返した果てに建設された、地球連邦軍最大の基地にして最重要拠点。
南米・ジャブロー連邦軍総司令部。
その1区画、宇宙船の打ち上げを行う為に創られた最外殻施設であるその場には、何十人何百人…何千人の人間が一様に並びその一糸乱れぬ動きは、壮観ともいえる。
ピシリと決めた士官服・略帽を着付け、新たな年度を記念する彼等は、士官候補生2年生達である。
非常に優秀な人材が集結し、彼等は当にエリートである。
年齢も出身地もバラバラな彼等であるが、皆秩序を重んじる者たちばかりだった。その秩序が一方的なものであれ、法の下彼等は行動するのは当たり前である。
「諸君、私は今感動している…。ここにいる者達は、戦争を明けて初めての、正規の士官教育を受けた者達である。
一年戦争と言う多大な犠牲を払ったそれを生き抜いた、多くの臨時士官と短期士官がいる中で、諸君等はまったく新しいカリキュラムの中誕生した戦後一期生である。」
そんな、スピーチが長々と続いている中で何人か何%かの人間は、その言葉に対して呆れている。
その他1割程が、つまらない物を聞いているように感じていて、残りの8割は、外面は真面目くさって聞いている。
そんな士官候補生等の中に、無論アムロの姿もあった。
今彼等士官候補生は、世界中からここジャブローへと集結していた。
幾つもの士官学校から、ジャブローへと集結した彼等の行くべき場所はただ一つ…宇宙である。
大人数…、それも各地に点在する学校にはHLVの打ち上げ施設は存在せず。
また、民間のそれを使用するには財政的な問題もあり、あまり多くは使用できない。
しかし、ジャブローに存在する施設であれば、1箇所からほぼすべての人員を宇宙に上げることなど造作もない。
故に、各地の学校ごとに集結した彼等であるが、打ち上げに際してまたその人員をシャッフルする事となっている。
これから数ヶ月の間寝食を共にする中で、面識のない者達との交流を深めるだけでなく、臨機応変な対応を強いられる場面も出てくる。
その中にあって、最も大きな役割を担う者が必ず出てくるだろう。そういう期待を胸に幾らか纏まりをもった形に、そのメンバーは選ばれるのだ。
アムロは、その優秀な成績と非常に特殊な素性故に、練習艦隊司令官と同道する形となる。
従って、彼と行動を共にするメンバー…例えばカール等の気の知れた者達等と共に、行動する為旗艦への乗艦となるだろう。
長くも短く感じられるスピーチが終われば、それぞれが乗船するシャトルに乗り込み、一人ひとりがシートベルトを着用する。
ただ……、この時不思議な事にこの空間の中の大凡半数ほどの顔は大きく強張っていた。
それは、カールもまた例外ではなかった。
アムロもカールは互いに隣の座席に腰を下ろし、ゆったりとリラックスしているアムロとは対照的に、彼は目を大きく見開いて緊張している。
「どうした?もっと肩の荷を降ろせ、そんな緊張するものでもない。」
「い…いや、だってよ…初めて宇宙に行くからさ、緊張して。」
地球出身者は、一度も宇宙に出たことがない者達ばかりである。それもそのはず、彼等の家柄は宇宙に棄民として放棄された人々ではなく、指導者層として地球に居座り続ける者達だ。
尤も途中で其れ等が止まってしまったりと、取り残されている棄民の筈の人々の事もあるが、基本的にそんな者達だ。
好き好んで宇宙に行きたいと思ったことのない親と、その家族が地球から離れることは滅多な事ではない。
カールも多分に漏れず、この練習航海が初めての宇宙であった。
「まあ、戦時中じゃないから打ち上げ中に撃ち落とされるなんてことは無いよ。気軽に行けば良いじゃないか。」
「そうは言っても怖いものは怖いんだ、しょうがないだろうが!」
アムロに対してそんな苦情を入れる始末。ただ、アムロはコレに関してはどうとも思っていない。
単身、ガンダムで大気圏に突入した事もあるのだ。文句等屁でもないし、余裕が無いだけの事を知っているのだ。
周囲もザワザワとする中、宇宙出身者はこういう時は威張れると言わんばかりに、地球出身者をおちょくっている。
日頃の鬱憤や、ある種の劣等感から解放される気分なのだろう。その姿を見て、スペースノイドもアースノイドも変わらないのだと、改めてアムロはそう感じていた。
各々が最低限の荷物をシャトルへと持ち込み、シートベルトを締め終わると機内放送が流れる。
そして、カウントダウンが始まると共に、緊張感は頂点へと達する。
基地の奥に人工ではない自然の光が漏れている。十数キロの長いレールがシャトルの前方に広がる。
初期加速に際しリニアカタパルトが、ゆっくりと機体速度を上げその速度は音速に届かんばかりとなり、そして次の瞬間。
ゴゴゴゴと言う、鈍い音と共にシートへと背中が押されるように固定される。
慣性に従いその力は一定で、その分機体が加速して行く事を身体を通して感じることが出来る。
次第に、その速度故に音が切り離されただ身体が抑えられる感覚だけが残り続け、僅かな振動が伝わるだけだ。
アムロは不思議な事にこの時、非常にリラックスしていた。周囲の地球出身者から、宇宙出身者まですべからくある程度は緊張しているにも関わらず、彼だけは全く緊張していなかった。
機体側面に開けられた窓から地上を見下ろす余裕さえあって、何より安心感すら持っていた。
それは何故か…、そう実感していたのだ。
あの張り詰めた空気も、地上からの警戒網も悪意に満ちた大気圏も、そして何より……追っ手が来ないというその実感が、彼に安心を齎していた。
ここにいる士官候補生の大半が、実戦という物を知らないままに生きてきた。
元は難民であろうと、ぬくぬくと育った温室育ちであろうと、他者との殺し合いを経験した者達は殆どいない。
敵地のど真ん中に降りて、四面楚歌の中それを強行突破し、幾人もの犠牲者を出しながら、やっとの思いで到着した安全地帯。束の間の休息と、早々に囮をやらされたあの戦場。
気が休まらないそんな最中を、ここにいる誰もが知らない。
難民であろうと、結局は安全地帯に逃げ延びることが出来た子供であった者達が多い中、彼だけが長期に及ぶ戦場を経験した一人の兵士だった。
そんな思い出があるのだが……、見よ!!この雄大な大地と青く輝くその星を。
指すような敵意も何も感じない、静かな
コレが、安心せずして何になるのか?
次第に慣性が和らいで、押さえつけられていた背中は解放される。そして次に現れるのは、浮遊感だ。
アムロにも懐かしい、その感覚。そして何より、自らのその発達した空間認識力が更に拡がり周囲全体を見渡す事が出来るかのように、青々とした宇宙を観る。
彼は思った。
どうしてこんなにも素晴らしい感覚を恐れていたのだろうか…と。
汎ゆる全てを見通すように、全てを受け入れられるようなそんなさえた感覚は、彼の深く傷ついた心にジンワリと滲みる。
痛くもあれば、それを受け入れようというその想いは、彼の知る宇宙そのものであり、そしてその静けさは彼の抱いた罪の幻想を打ち砕くには充分であった。
この宇宙には死んでいった人々の声が木霊している。ただ、それは誰かを恨むようなものではない…、故に宇宙はただ静かに彼を包み込む。
ただ、そんな感覚も長くは続かない。
そう、例えば隣に座っているカールが。いや、カールだけではない、幾人もの者達が顔を青くしている。
全員ではない、だが確かに気持ちの悪い顔をしながらある者は嘔吐し、ある者は立ち上がることすら出来ない。
その症例は、決して珍しい事ではない。そして、決して問題の大きい事ではない。
そう、コレは単に酔っている…宇宙酔いと言う現象だ。
「おい、ゆっくり呼吸しろ。焦ると吐くかもしれないからな。」
「なんなんだよ…ほぉ…ほぉ…。」
深く深くゆっくりと呼吸する。
周囲の面々も同じ様に、地球出身者は特にこの様になる者が多いのだ。
宇宙に出ての洗礼は、三半規管と内臓がひっくり返った様な感覚の為に引き起こされている。
コレには馴れが必要だ。
コロニー在住の者達は、コロニー間を移動する際は必ずと言って良いほどに、宇宙空間に出なければならない。
それはコロニーから地球に降りるときもそうで、大抵の場合はその移動の間に馴れている。
故に、地球出身者特有の症例とも言える。
「洗礼はどうだ?大変だろう?宇宙に住むっていうのも。」
「本当に住めるのかよこんな事になるのによ」
そんな話をしている間にも、シャトルは留まる所を知らず。ゆっくりと、宇宙空間を前進する。
その方向には地球連邦軍の基地たるルナツーがある、その少し手前に5隻程のサラミス級の姿があった。
徐々に近づいてくるシャトル等と、サラミスの艦隊。
相対速度を互いに合わせ、そしてシャトルのハッチにレーザーロックをサラミスが発する。
後は手放しでも、勝手に機体がドッキングを始めるだろう。
青い顔をした面々を座らせたままに、アムロのようなこの状態でも正常に動ける者達は、ハッチの近くへと動いていく。
僅かな振動、ガタップシューと言うエアロックが作動した音が響く。
ハッチを開けばそこは、サラミスの内部へと入る……。
顔を青くさせながらも、全ての人員がその入り口から艦内へと入ると、それを確認したのだろう。
シャトルはその機体を切り離し、再び地球へと針路を取る。
それを確認したのか、サラミスはその足を訓練航路へと向け進み始めた。
「諸君、地球からの遥々宇宙へ良く来てくれた。今日は慣れないところもあろう、自室を確認後速やかに休憩に入るように。
翌日から本格的な訓練へと入る、充分に身体を休める様に。」
教育係なのだろう、そんな士官の声を聞いて敬礼をしつつ、艦内の案内図と先導に従って彼等は居住区へと行くのだった。
顔を青くしているカールは、案内された場所へと辿り着くと直ぐにベッドへと横になる。
気持ちが悪いのだろう、慣れるまではずっとこのままだから辛いだろうと、その姿に文句を垂れる者は誰ひとりいない。
アムロにとってはさほど問題のあることでもないし、何よりまだ眠くもない。
休憩と身体を休める事は聞いたが、寝ろとは一言も言われていないのを良いことに、彼は艦内を探索しようとした…。
ホワイトベース程整っていない艦内設備、食堂は簡素なものだろうか?案内図をきちんと頭に記憶しておく。
そうしていると、同じく候補生の居住区画から何やら声が聞こえてきた。
「おい!!キース、そこは俺のだろうが!」
「残念だけど、早いもの勝ちだよグズグズしているそっちが悪いんじゃないか。」
まるで幼稚な口喧嘩だ。片方はキースと言う人物らしい、その声の元へと行くと2人の青年がいた。
年齢からすれば、アムロとそうは変わらないくらいだろう。
「あまり大きな声を出すと、どやされますよ?」
別の士官学校の人員なのだろう、同じシャトルにいた時は静かだったのに、監視の目がなくなった途端コレである。
初めての宇宙に興奮しているのか、年相応の反応ではあるのだろう。
「え……!あ、ああごめんなさい…。え?アレもしかして!!」
「ええ?貴方、アムロ・レイさん…?ですか?」
顔を見ただけで名前が出てくる。確かに士官候補生になったのだが、顔と名前を直ぐに一致させてくるのだから、この二人は目ざというのだろうか?
「忠告ありがとうございます!!じっ自分は、ナイメーヘン士官学校生コウ・ウラキであります!」
「同じくナイメーヘン、チャック・キースです。お会い出来て光栄です!!」
アムロ・レイという名前に対する反応は2種類に別れる。一つは怖いもの見たさのおっかなびっくり、そして……この2人のような熱烈なファンの熱い視線だろう。
「あぁ…、ありがとう?だけど、僕も今は1候補生だからそんな畏まられても困るんですけど…。」
「いえ…あ、すみません。でも、自分達からすればアムロ・レイ少尉はヒーローみたいなものなので。あの、よろしければサインを頂いても?」
はあ…という溜息を吐きながら、アムロは慣れた手付きでサインを書く。
何処からともなく出てきたサイン色紙とペンは、いったい何時用意したのだろうか?
サインを見て大人気なくはしゃぐ二人の姿、まあ慣れた光景である。ハバロフスクでも、最初の頃は良く書いていた。次第に人柄を知ると共にそれも減っていたのだが、ここに来てまたである。
厄介なオタクがやってきたなぁと、呆れと諦めが混じり合った感情を表に出さないようにしながら、アムロの宇宙での訓練期間が始まろうとしていた。
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