白き流星の羽搏き   作:丸亀導師

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連合軍

応接室の空気は、さらに深く、暗い領域へと踏み込んでいった。

極東の大将は、コジマの提案に賛同の意を示しながらも、地球連邦という組織の現在進行形の『腐敗』について、忌々しげに語り始めた。

 

「……治安維持という観点から見ても、我々極東は頭の痛い問題を抱えている。貴官も耳にしたことがあるだろう? 『ルオ商会』という名の大規模な闇組織を」

 

コジマは無言で頷いた。

ニューホンコンを中心とするアジア圏で絶大な影響力を持ち、合法非合法を問わずあらゆる物資を動かす巨大シンジケート。

 

「奴らが、裏で我が連邦軍の補給部隊と密通し、横流しされた兵器や物資を反政府組織へと売り捌いている。私が司令官としていくら粛正の号令をかけようとも、現地の部隊の末端から中堅に至るまで、すでに腐敗の根が深く張り巡らされているのだ。……憂いてもなお、これを完全に止める術がない」

 

大将の言葉には、巨大な官僚機構のトップに立つ者だけが味わう、底知れぬ無力感が滲んでいた。

 

「それは、ティターンズの連中にも言えることだ。彼らはエリート意識を振りかざし、力で秩序を保とうとしているが、その足元では汚職が蔓延している。そして……そのルオ商会から物資を受け取り、地球上でゲリラ活動を活発化させている『カラバ』と呼ばれる反ティターンズの活動家たち。彼らもまた、同じ穴の狢だ」

 

大将は、吐き捨てるように言った。

 

「彼らはティターンズの暴政を声高に批判し、宇宙移民との連帯を叫ぶ。だが、その実態は、自分たちの思想に酔いしれ、謀略と破壊活動ばかりにかまけて、泥臭い『現実』を見ようとしていない。地球の環境保全と、人々の生活と、莫大な軍事費のバランス。そうした現実的な計算をすっ飛ばして、夢物語のイデオロギーばかりを先行させているのだ」

 

ティターンズも、カラバも、そして事勿れ主義の連邦正規軍も。

誰もが己の思想ばかりを独り歩きさせ、目の前にある『生活』という現実から目を背けている。

 

その大将の愚痴を聞きながら、コジマの脳裏には、ある一人の青年の顔が浮かんでいた。

 

つい先ほどまで太平洋の空で共に死線を潜り抜け、現在もガルーダの防空戦を戦い抜いているはずの、あの白き修羅。

 

アムロ・レイである。

 

アムロは以前、コジマとの対話の中で、『宇宙世紀の今後の形』について、極めて冷静で、しかし本質を突いた一つの思想(予見)を口にしていた。

 

それは、ティターンズの選民思想でもなく、カラバの急進的な環境保護主義でもない。地球連邦と宇宙移民という双方の垣根を、どうやっても即座に破壊することは『困難である』という、生々しい現実主義に根ざしたものだった。

 

『……地球連邦の全人類を、強引に宇宙に上げる必要は、必ずしもないんです』

 

アムロのその静かな声が、コジマの耳の奥に蘇る。

 

『人々がすでに宇宙に軸足を置いている現在……少なくとも数百年のうちには、地球よりもコロニーの方が「住み良い」と思う人たちの方が、圧倒的な大半を占めていくはずです。

そうなった場合、重力に縛られ、天候に左右される地球に住むということは、ひどく窮屈なものとなる。いずれ、特権階級の連中すらも、地球を捨てて宇宙の豊かなコロニーに住むようになるでしょう』

 

それは、地球が神聖な不可侵の領域になるというよりは、単なる『不便な田舎』へと緩やかに衰退していくという、極めてドライな未来予測であった。

 

『……最大の問題は。その時になって、果たして「選挙権(地球連邦の意思決定権)」を持つべきは誰なのか? という根本的な部分を、今の現行政府の誰も真面目に議論していないことなんです』

 

アムロの指摘は、あまりにも鋭かった。

 

地球に住む一割の人間が、宇宙に住む九割の人間を支配する。その歪な構造を力で維持しようとするから、ティターンズのような怪物が生まれる。だが、全員を宇宙に上げたところで、コロニー間の格差や資源問題が消滅するわけではない。

 

結局のところ、連邦政府は『誰がこの世界の舵取りをする権利を持っているのか』という民主主義の最も泥臭いルールの再構築から逃げ続け、臭いものに蓋をしているだけなのだ。

 

コジマは、静かに息を吐き出した。

 

「……我々は、戦うことしか知らん不器用な軍人だ。だが、次世代に少しでもマシな『議論のテーブル』を残すために、今はティターンズという目前の歪みを物理的に排除するしかない」

 

コジマは、立ち上がり、大将へと向き直った。

 

「極東の胃袋を守り、兵站の根幹を抑える。……貴官の覚悟は決まったか?」

 

大将は黙って頷き、ゆっくりと立ち上がった。

極東と北米。地球上の二つの巨大な軍管区が、ついに「反ティターンズ」という一つの旗の下に事実上の同盟を結んだ瞬間であった。

 

―――

 

極東の鉛色の空を、一閃の白光が幾重にも切り裂いていく。

 

「な、なんだあの加速は!? 教本の予測軌道と全く違うぞ!」

 

「馬鹿な、後ろを取ったはずだ! なぜそこにいるッ!?」

 

ティターンズのパイロットたちの悲鳴が、ノイズ混じりの通信回線に次々と溢れ返る。

 

彼らが搭乗するハイザックやジムⅡのメインコンピューターには、かつての一年戦争において連邦軍が回収した『アムロ・レイ自身の戦闘データ』をベースに構築された、最高峰の空戦ノウハウと機動予測(FCS)が組み込まれている。

 

つまり、理論上は「アムロがどう動くか」をコンピューターが先読みし、パイロットをサポートしてくれるはずであった。

 

しかし、現実はあまりにも残酷であった。

 

ガンダムℵがギャプラン・ユニットの大推力を吹かして急上昇したかと思えば、頂点に達する直前で推進器を逆噴射し、空力特性を完全に無視した変態的なスライド機動で敵機の死角へと滑り込む。

コンピューターが「右へ回避する」と予測したコンマ一秒前には、アムロの機体はすでに彼らの真上からビーム・サーベルを振り下ろしているのだ。

 

一年戦争のデータは、あくまで過去の抜け殻に過ぎない。アムロ・レイの持つ、戦場の殺気を肌で感じ取るニュータイプとしての直感と、現在の愛機を限界のさらに先まで引き出す人間離れした適応能力。それらが生み出す現在進行形の『最適解』の前では、過去の己のデータなど、児戯にも等しい足枷でしかなかった。

 

ドォォォンッ!

 

また一機、ティターンズのモビルスーツが火を噴き、黒煙を引いて海面へと落下していく。

 

だが、その光景をよく見れば、ある一つの『異様な事実』が浮かび上がってくる。

 

落下していく機体は、どれもコックピットやメインジェネレーターといった致命的な部位は完全に無傷であった。

 

アムロの放つビームは、まるで精密な外科手術でもするかのように、敵機のバックパックと、飛行用のサブフライトシステムのみを的確に灼き切っていたのである。

 

「……ッ、推力喪失! た、助けてくれ! 落ちる、海に落ちる!!」

 

パラシュートを開く間もなく、重力に引かれて落下していくパイロットが、恐怖に顔を引きつらせて絶叫する。アムロのこの戦法は、決して相手の命を奪うことを良しとしない『不殺主義』などという、甘く生易しいヒューマニズムから来るものではない。

 

それは、たった一機で多数の敵を狩り立てるための、極めて冷徹で、そして恐ろしいほどに合理的な『戦術的拘束』であった。

 

もし、敵のコックピットを撃ち抜き瞬殺してしまえば、残された敵機はただの「無害なデブリ」となり、僚機は躊躇なくアムロへの攻撃を続行するだろう。

 

しかし、パイロットを『生かしたまま』機体の推力だけを奪い、空から突き落とせばどうなるか。

 

「味方が落ちるぞ! 射線を空けろ!」

 

「くそっ、落下軌道に巻き込まれる! 回避、回避ぃッ!」

 

生きたパイロットの断末魔や救難信号が友軍の通信網を埋め尽くし、落下していく僚機を避けるために、ティターンズの陣形は強制的に歪められる。運が良ければ、落下する味方を空中で回収しようと無理な機動を取る機体すら現れる。

 

殺さず、あえて『手負い』のまま戦場に放置することで、敵の戦意を根底からへし折り、同時に無傷の敵部隊の足を強烈に引っ張る巨大な『障害物』へと変えさせているのだ。

 

「……なんてえげつねぇ飛び方をしやがる」

 

その戦場を、アッシマーのMA形態で駆け抜けながら、ブラン・ブルターク少佐はコックピットの中で悪寒に身を震わせた。

 

歴戦の空の男であるブランの目には、アムロのその行動の真意が痛いほどに理解できた。

 

一見すれば悪辣で、敵を弄んでいるようにすら見えるかもしれない。だが、あれは違う。単機で数倍の敵を抑え込み、ガルーダという味方の巨城を護り抜くためには、どれほど自身の技量が突出していようとも、決して力任せのゴリ押しはできないのだ。

 

だからこそ、アムロは自らのニュータイプとしての超感覚を極限まで研ぎ澄まし、敵の心理から物理的な落下軌道に至るまで、戦場のすべての事象を計算し尽くした上で、最も効率の良い『兵站の破壊』を行っている。

 

「あれが……一年戦争でジオンを震え上がらせた、本物の白い悪魔の飛び方かよ」

 

ブランは、自らの部隊にガンダムの射線には絶対に入らないよう指示を出しながら、その圧倒的な死の舞踏に舌を巻いた。

 

アムロ・レイという男は、新しい命の誕生を待ち望む『人間』としての顔を仮面の奥に隠し、この極東の空において、寸分の狂いもない冷徹な『戦神』として君臨していた。

 

彼の白き翼が空を舞うたびに、ティターンズの航空戦力は文字通りすり潰され、極東の空の支配権は、完全にC・Lの猟犬たちの手の中へと掌握されていった。

 

 

『——ティターンズ所属、ガルダ級「スードリ」および随伴部隊に警告する。貴艦隊は現在、地球連邦軍極東管区、ならびに第13外郭独立艦隊『C・L』の合同防空識別圏において、許可なき戦闘行為を行っている。直ちに武装を解除し、当空域から退避せよ。繰り返す……』

 

極東の分厚い雲海の上で、スードリのブリッジに響き渡ったそのオープンチャンネルからの通信は、単なる警告を遥かに超えた『決定的な死の宣告』であった。

 

「……極東管区と、C・Lの『合同』防空識別圏、だと」

 

機長席でその通信を聞いたベン・ウッダー大尉は、血の気を失った顔で通信コンソールのスピーカーを睨みつけた。

 

間違いない。通信の発信源は極東の防空司令部であり、同時にスードリのレーダーは、日本の列島側からおびただしい数の極東方面軍の迎撃機と防空モビルスーツ部隊が、自分たちに火器管制レーダーを照射しながら急速接近してくるのを捉えていた。

 

極東の将軍たちは、ティターンズではなく、コジマ准将が率いるC・L(北米方面軍)の側に付くという『決断』を下したのだ。

 

「機長! 極東の部隊が戦闘態勢のまま接近してきます! このままでは、我が軍はC・Lと極東方面軍の両方を同時に相手にすることに……!」

 

「アムロ・レイの部隊だけでも手が負えないというのに、これ以上は無理です!」

 

オペレーターたちの悲鳴が交錯する。

 

スードリの周囲では、未だに白い悪魔と歴戦のC・L防空隊によって、ティターンズのモビルスーツが次々とダルマにされ、海面へと叩き落とされている。そこへ極東の正規軍数千機が加われば、スードリとて撃墜されるのは時間の問題であった。

 

ベン・ウッダーは、ギリッと奥歯を噛み締めた。

 

彼には、ジャミトフやバスクのような狂信的なティターンズの選民思想はない。彼はあくまで軍人であり、部下の命を預かる指揮官である。勝てない戦場で意地を張り、無駄死にを強要するほど愚かではなかった。

 

「……全機に退避命令を出せ。回収可能なモビルスーツのみを収容し、直ちに機首を反転。当空域から離脱する」

 

「大尉!? しかし、メロウドが!」

 

「メロウドは……もはや助からん」

 

ベンは、血を吐くような思いで、眼下の雲海へと沈んでいく僚艦の巨影を見下ろした。

 

「あれだけの高度と推力を失えば、再び空へ舞い上がることは不可能だ。我々まで道連れになるわけにはいかん。……我々の、完全な敗北だ」

 

ティターンズの精鋭部隊を乗せた巨鳥は、その誇りを無惨にへし折られ、極東の空から逃げるように西へと撤退していった。

 

それは、地球連邦軍の内乱において、ティターンズが初めて戦略上でも戦術上でも被った『実質的かつ決定的な大敗』であった。

 

一方、アムロ・レイの一撃によってメインブリッジを完全に消失し、指揮系統の断絶と猛烈な高度低下に見舞われたティターンズのもう一機のガルダ級『メロウド』。

 

「機首を上げろ! 上げろぉッ! 海面に激突するぞ!」

 

「無理です、第一から第四メインスラスター、出力低下! サブブリッジからのコントロールを受け付けません!」

 

分厚い雲を突き抜け、視界に鉛色の日本海と、その奥に広がるユーラシア大陸の沿岸線――かつてウラジオストクと呼ばれた軍港都市のシルエットが急速に迫ってくる。

 

機内に残された副官とクルーたちは、死の恐怖に顔を引きつらせながら、機体が空中分解するのを防ぐためだけに必死の操縦を続けていた。

 

「不時着水する! 全員、衝撃に備えろ!!」

 

ズドォォォォォォォォォォンッ!!!!!

 

凄まじい水柱が、日本海の中央で天を衝いた。

 

全長数百メートル、数十万トンもの質量を持つ巨大な航空要塞が、猛烈な速度で海面を滑走する。機体下部の装甲が荒波に抉られ、ひしゃげた金属の悲鳴が内部に響き渡る。

 

数キロにも及ぶ絶望的な水上滑走の末、メロウドはついにその莫大な運動エネルギーを失い、ウラジオストクの沖合で、腹から海に浸かった巨大なクジラのように沈黙した

「……た、助かった……のか?」

 

サブブリッジで横転していた副官が、頭から流れる血を拭いながら立ち上がり、ひび割れたモニターの外を見た。機体は半ば浸水しているものの、ガルーダ級の異常なまでの浮力とブロック構造のおかげで、辛うじて沈没だけは免れていた。

 

だが、彼らが安堵の息を吐く暇は、一秒たりとも与えられなかった。

 

『——不時着水したティターンズ艦に告ぐ。抵抗を止め、全武装を解除せよ』

 

通信機から響いたのは、極東方面軍の海軍将校の冷徹な声であった。

 

副官がハッとして外部カメラを切り替えると、メロウドの周囲の海面には、いつの間にか極東管区に所属する十数隻のミサイル巡洋艦と駆逐艦、そして無数の水中用モビルスーツ部隊が、隙間なく完璧な包囲陣形を敷いていたのである。

 

ウラジオストク基地。

 

そこは、極東管区の軍事中枢であり、強力な水上・水中艦隊を擁する要塞都市。

 

C・Lと結託した極東の将軍たちは、傷ついて落ちてきた空の巨人を、自らの庭先の生簀で待ち構えていたかのように、難なく絡め取ったのだ。

 

「バカな……極東軍が、我々に銃口を向けているだと……?」

 

「副長! スードリは空域を離脱! 我々は……完全に見捨てられました!」

 

水平線の彼方には、極東の艦艇から放たれた無数の砲口が、沈黙したメロウドの巨体を正確に狙い定めている。頭上には、アムロ・レイのガンダムを筆頭とするC・Lの防空隊が、悠然と旋回を続けていた。

 

もはや、抵抗など無意味であった。

 

「……主機、停止。各個の武装を解除しろ。白旗を上げろ……」

 

副長は、膝から崩れ落ち、自らの敗北とティターンズの威信の失墜を噛み締めながら、降伏の命令を下した。

 

かくして、地球連邦軍が世界に誇る戦略輸送艦ガルダ級の一隻は、極東管区の海軍の手によってウラジオストクの軍港へと文字通り『引きずり込まれる』手筈となったのである。

 

この日、極東の空と海で起きた劇的な戦局の転換は、ティターンズの地上覇権に致命的な楔を打ち込んだ。

 

無傷の生産インフラを持つ北米と、強大な軍事力と食の権益で団結した極東。太平洋を挟んだこの二つの巨大な大陸が完全にC・Lの手に落ち、一つの巨大な「反ティターンズ戦線」として連結したのだ。

 

そして、無傷に近い状態で鹵獲されたガルーダ級『メロウド』とその艦載兵器は、今後C・Lと極東軍の貴重な戦略的切り札として、ティターンズの喉元に突きつけられることとなった。

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