宇宙世紀0087年、7月下旬。
地球の裏側、極東の空と海でコジマとアムロたちがティターンズに決定的な敗北を味わせ、C・Lの完全勝利で終わったという吉報が、コロラド山中のシャイアン基地司令部へ到達したのは、戦闘終了から程なくしてのことだった。
シャイアンの地下深く、厳重に守られた居住区画。
セイラ・マスは、自身の大きく膨らんだ腹部を愛おしそうに撫でながら、もたらされた勝利の報せに静かに目を伏せた。
妊娠8ヶ月。
彼女の胎内には、アムロ・レイという一人の兵士との間に宿った『エレーネ』という新たなる生命が、確かに脈打ち、その存在を力強く主張している。
(……新しい命が生まれようとしているというのに、人は争いを辞められない)
セイラは、小さく息を吐き出した。
いや、違う。
自分やアムロが戦場に身を置き続けるのは、闘争本能のせいではない。この生まれ来る新しい命が、少しでも理不尽な暴力に怯えることのない世界を創り出すために。新たなる生命が生まれようとしているから『こそ』、彼らは血に塗れた戦いを辞めるわけにはいかないのだ。
「……極東とのラインが、正式に開通しました」
作戦司令室からやってきた、現在シャイアンの基地代表を務めている少佐が、セイラに深く敬礼をして報告した。
「これで、宇宙のブライト大佐たちC・L本隊との交信を、滞りなく行うことができるようになります」
コジマ准将が、自身の故郷でもある極東に単身で乗り込み、彼らをC・Lの側に引き入れたこと。
それは、北米と極東という地球上の二つの巨大な大陸を勢力圏に収めたという、単純な『食料や物資の確保』以上の、極めて重大な戦略的意味を持っていた。
兵站の維持。後方の安全確保。
そして何より——『宇宙との途切れることのない通信網の確立』である。
―――
現在、ミノフスキー粒子が常態化している宇宙世紀において、主だって使用されている長距離通信手段は『レーザー通信』である。
電波障害の影響を受けないこの通信方式は、軍事的な生命線であったが、同時に極めてアナログで致命的な欠陥を抱えていた。
それは、光の直進性を利用するため、『両者の間に物理的な遮蔽物がなく、光学センサーで直接確認できる位置関係になければならない』という点である。
つまり、地球と、月の軌道上周辺に位置するコロニー・サイドが直接通信を行えるのは、地球の自転によって『互いの姿が地平線の上に現れている間』に限られる。
北米大陸にいるシャイアン基地が、宇宙の特定ポイントと直接レーザー通信を行えるのは、一日のうちで大凡12時間程度しかなかった。
このタイムリミットを超えて通信を行う場合、地球連邦軍が軌道上に多数配備している『秘匿軍事衛星』を経由するしかない。
だが、その中継衛星の管理コードの多くは、現在連邦軍のティターンズにも把握されている。
つまり、北米から宇宙のブライトたちへの中継通信は、すべてティターンズに筒抜け(傍受可能)となってしまうのだ。
だが、ここに『極東管区』が味方として加わると、どうなるか。
北アメリカ大陸と、東アジア地域。
地球の裏表に位置するこの二つの大陸に、C・Lの巨大な通信基地が確保されたのである。
北米が夜を迎え、宇宙の味方から隠れてしまう時間帯。地球の裏側では、極東の空が白み、宇宙へと直接レーザー通信の光を放つことができる。
すなわち、北アメリカ大陸と東アジア地域の『時差』の分だけ、ティターンズの軍事衛星を一切経由することなく、24時間いつでも、昼夜を問わず宇宙と安全な直接通信を行うことが可能となったのである。
それは、情報の秘匿性が命である軍事作戦において、計り知れないほどのアドバンテージであった。
一方で、ティターンズが絶対的な勢力を置くヨーロッパとアフリカ大陸は、ほぼ同経度に位置している。
地球の自転に伴う「死角」をカバーするための裏側の大陸を失った彼らは、通信可能時間が極端に制限されるか、あるいは傍受のリスクを冒して中継衛星に頼るしかない。
『食料』という泥臭い欲望から始まり、極東の空と海で戦い抜いた末にコジマが手に入れたもの。
それは、ティターンズの監視の目を掻き潜り、地球と宇宙の『C・L』を一つに繋ぎ止めるための、決して途切れることのない一筋の光の道であった。
―――
太平洋を東へ、北米大陸シャイアン基地へと帰投するC・Lのガルーダの機内。
極東管区という、地球の裏側に位置する巨大なレーザー通信の中継局を得たことで、大気圏内のアムロ、地下要塞のセイラ、そしてサイド1の宙域にいるブライトの三者を繋ぐ極秘の暗号通信は、かつてないほどにクリアで安定したものとなっていた。
ティターンズの監視衛星を完全にバイパスし、昼夜を問わずリアルタイムの戦略会議が可能となったこと。それは、極東の将軍たちがC・Lにもたらした最高の手土産であった。
そして同時に、極東の強大な情報網は、連邦軍内部で蠢く『もう一つの勢力』に関する、極めて厄介で確証性の高い機密情報をもたらしていた。
『――「カラバ」と「エゥーゴ」。やはり、根は同じということか』
モニターの向こう側で、ブライト・ノアが険しい表情で腕を組んだ。
極東の諜報機関が掴んだ資金の流れと、ルオ商会などを経由した物資の横流しルート。
それらを総合的に分析した結果、地球上でゲリラ活動を行っている反地球連邦組織『カラバ』と、宇宙でティターンズと対立する反地球連邦組織『エゥーゴ』は、事実上、同一の政治基盤(アナハイム・エレクトロニクス社や一部の親スペースノイド派議員)と、共通の巨大な裏資金の中で運営されているという仮説が、確信へと変わったのである。
「ええ。ティターンズの暴走に対抗するというお題目は立派ですが、彼らのやり方はあまりにも急進的で、手段を選ばなすぎます」
アムロは、ガルーダの休憩室でコーヒーカップを見つめながら、重々しい口調で答えた。
「極東からの情報によれば……カラバの活動家たちが、中立を宣言しているオーストラリア大陸に潜伏する『ジオン残党軍』と接触した可能性が極めて高いとのことです」その報告に、通信越しに聞いていたセイラも小さく息を呑んだ。
反ティターンズという大義名分のためならば、かつてコロニー落としを引き起こし、今なお連邦に牙を剥き続けているジオン公国の残党勢力とすら平気で手を結ぶ。思想が独り歩きし、現実の地球環境や人々の生活の保全という大前提を完全に置き去りにした、ただの『野合』である。
これこそが、地球連邦軍という巨大組織が末端から腐り落ちている何よりの象徴であった。
秩序を力でねじ伏せようとする特権階級のティターンズ。
大義のためならテロや敵軍との結託も辞さないエゥーゴとカラバ。
そして、その両方の暴走を止め、現実的な落とし所を探ろうとするコジマたちC・L。
「……地上はティターンズ、C・L、中立派と四分五裂し。宇宙では各サイドの自治政府がエゴを剥き出しにして牽制し合い、月面都市群は完全にエゥーゴと巨大複合企業の手の中に落ちている」
ブライトが、現在の絶望的な勢力図を脳裏に描きながら、重い溜息を吐いた。
「正しく、『戦国時代』もかくやという有様だな。地球圏全体が、終わりの見えない群雄割拠の様相を呈してきている」
これほどの戦乱の渦中にあって、C・Lの戦力は質こそ高いものの、絶対数においては依然として心許ない状況であった。
北米と極東を押さえたとはいえ、ティターンズの巨大な軍事力に対抗し、さらにエゥーゴやカラバの急進的な動きを牽制するためには、もっと多くの『信頼できる人間』の力が必要であった。
シャイアンの地下要塞。
身重の身体を椅子に預けながら、膨らんだ腹部をそっと撫でていたセイラは、モニター越しにアムロとブライトの顔を見つめ、静かに、しかし固い決意を込めて一つの提案を口にした。
「……フラウ・コバヤシと、会ってみます」
その名が出た瞬間、アムロとブライトの顔に、微かな驚きと、それに続く深い納得の色が浮かんだ。
フラウ・ボゥ。そして彼女の夫となった、ハヤト・コバヤシ。
ハヤトは現在、軍属という身分にありながら、北米のケネディ宇宙港に併設された軍事博物館の館長職という、閑職に就いているはずであった。
今回のシャイアンおよびオーガスタ基地へのティターンズの奇襲においても、彼はC・Lの防衛行動に参画せず、沈黙を保っていた。
「ハヤト館長を……我々の陣営に引き入れるつもりか、セイラ」
ブライトの問いに、セイラは深く頷いた。
「ええ。今回の戦闘で彼らが動かなかったのは、単に情報が遮断されていたか、あるいは家族を護るために中立を保とうとしたからでしょう。……ですが、今の地球圏の状況は、目を瞑ってやり過ごせるようなものではありません」
セイラの本心には、ある種の強い確信があった。
持つべきものは、古き友である。
かつて一年戦争という未曾有の地獄を『ホワイトベース』という一つの艦で乗り越え、共に背中を預け合い、数え切れないほどの死線を潜り抜けた絆。言葉を尽くして現在の危機と自分たちの『現実的な理念』を説明すれば、義に厚いハヤトとフラウならば、必ず協力を得られるはずだ。
「……賛成です。ハヤトなら、きっと分かってくれる。いや、彼がいれば、これほど心強いことはない」
アムロも、迷うことなくその意見に同意した。宇宙にいるブライトも、静かに頷き、その交渉の全権をセイラに一任した。
一方で、ホワイトベースの古き戦友たちに協力を仰ぐという流れの中で、不思議なことに、ある一人の男の名前だけは、三人の誰の口からも挙がらなかった。
カイ・シデン。
現在、フリーのジャーナリストとして地球圏を飛び回り、各勢力のきな臭い情報を嗅ぎ回っているはずの皮肉屋の旧友。
彼らをC・Lの陣営に引き入れるための情報戦の要として、これほど適任な男はいないはずであった。
だが、アムロも、セイラも、ブライトも。
意識的に、彼の名前をこの『戦いのテーブル』に上げることを避けたのだ。
理由は極めて単純であり、そして彼らなりの深い愛情であった。
カイは今、ジャーナリストという身分を盾にしながら、ティターンズや連邦政府の暗部を暴くという、非常に危険な橋を渡っている。
もし万が一、彼が表立って『C・L(北米方面軍)の協力者である』という証拠を握られれば、ティターンズはジャーナリストの不逮捕特権など容易に踏み躙り、血眼になって彼を捜索し、暗殺部隊を差し向けるだろう。
戦力として頼りになるのは百も承知。しかし、だからこそ、彼だけは自分たちの血みどろの軍事行動(陣営)から遠ざけ、独立した目として安全な場所に置いておかなければならない。
それは、旧友の命を護るための、ある意味では当然の判断であった。
「……フラウとハヤトの件、頼む。彼らも北米にいるとはいえ、ティターンズの監視がないわけじゃない。接触には細心の注意を払ってくれ」
『了解しました、ブライト大佐。アムロたちが帰還次第、手筈を整えます』
暗号通信が途切れ、モニターが暗転する。
セイラは、冷たい司令室の空気を吸い込み、ふうと細い息を吐き出した。
愛する友を、再び戦争という名の泥沼に引き摺り込むことになるかもしれない。その罪悪感が全くないと言えば嘘になる。だが、生まれてくるこの子のために、地球圏を無秩序な戦国時代へと転落させるわけにはいかないのだ。
しかし。
安全な後方にいたはずの旧友に白羽の矢を立てるという、このセイラ・マスの決断が。
結果として、良き父であり、良き夫として平和な日常を歩もうとしていた『ハヤト・コバヤシ』という一人の男の今後の運命を、取り返しのつかない形で決定づける大きな足跡となることは、この時の三人はまだ、知る由もなかった。
―――
太陽の光さえも弱々しく霞む、アステロイドベルトの深淵。
幾千もの岩塊が漂うその暗黒の海を、一つの巨大な天体が、凄まじい熱放射を伴いながら滑るように移動していた。
小惑星基地『アクシズ』。
彼らは今、居住ブロックを収めた岩塊そのものに据え付けられた巨大な核パルス推進器に火を入れ、長い長い流浪の旅の終着点――『地球圏』へ向けて、最終加速をかけていた。
だが、その艦隊の内部には、重苦しい「一抹の不安」が影を落としていた。
かつての故郷であり、密かに連絡を取り合っていたはずの『
ミノフスキー粒子の濃密な帯と、数億キロという絶対的な距離の壁に阻まれ、アクシズの将兵たちは目隠しをされたまま暗闇を全力疾走するような、焦燥感と緊張感に苛まれながら進んでいた。
アクシズの中枢、分厚い岩盤に守られた極秘の暗号通信室。
その薄暗い空間に、一人の男が呼び出されていた。
「――それは、どういうことだ?」
金髪の男は、手渡された一枚のデータ・スレッドから目を上げ、鋭い視線を通信士官へと向けた。
シャア・アズナブル。一年戦争において「赤い彗星」と恐れられ、今はアクシズの軍事・政治の両面においてハマーン・カーンと共に実権を握る男である。
「は、はい。先発させていた偵察部隊からの断片的なパルス信号と、地球圏から漏れ出てくる民間放送の検閲済みデータを、統合解析した結果です」
通信士官は、ひどく興奮した様子で、しかし声を押し殺して報告した。
「信じられないことですが……現在、地球連邦軍は一枚岩ではありません。いや、地球圏そのものが、幾つもの巨大な軍閥に完全に『割れて』いるのです」
ホログラムモニターに、地球圏の最新の勢力図が投影される。地球至上主義を掲げ、軍の全権を掌握しようと暴走する『ティターンズ』。それに真っ向から反旗を翻し、北米と極東を掌握したコジマ准将率いる『
さらには、月面都市とアナハイム・エレクトロニクスを基盤に活動を活発化させている『エゥーゴ』や『カラバ』といった反政府組織。
かつてジオンを打ち破った巨大な象は、自らの重みに耐えかねて、内部から血みどろの共食いを始めていたのである。
サイド3からの連絡が途絶えたのも、ティターンズによる強力な情報統制か、あるいは周辺宙域がすでに戦場と化しているからに他ならなかった。
「……連邦が、内乱状態にあるというのか」
シャアは、ホログラムの光に照らされた端正な顔に、深い思索の影を落とした。
それは、ジオンの再興を掲げるアクシズにとって、千載一遇の好機であった。強大な連邦軍が四分五裂し、互いに潰し合っている。
その疲弊しきった地球圏の隙腹に、無傷のアクシズ艦隊が急襲をかければ、一気に世界の覇権を握ることすら可能かもしれない。
だが、シャアの脳裏を過ったのは、歓喜ではなく、『危惧』であった。
「この事は、他に誰に話した?」
「い、いえ。大佐の指示通り、解析が終わった直後に真っ先にこちらへ。他の者には一切漏らしておりません」
「そうか。ならば、そのデータには直ちに最高機密をかけろ」
シャアの低く威圧的な声に、通信士官がビクッと肩を震わせる。
アクシズの内部は、現在でこそシャアとハマーンの手によって一定の秩序を保っている。過激なザビ家至上主義者や、無謀な復讐を叫ぶギレン派の残党といった『過激派』は、ここ数年で一掃してきた。
しかし、彼らが穏健になったわけではない。
そもそも、連邦に対する強烈な『反発』と『憎悪』があったからこそ、彼らは過酷な逃避行に耐え抜き、今日まで生き延びてきたのだ。根底に流れる闘争本能は、未だに燃えたぎっている。
(もし、連邦が割れているという事実が一般将兵に知れ渡れば……)
間違いなく、アクシズの世論は主戦論へと一気に傾く。
だが、それはあまりにも短絡的で危険だ。ティターンズも、C・Lも、腐っても地球連邦軍の正規戦力である。
情報の全容を把握せぬまま、血気にはやって飛び込めば、逆に地球圏の全勢力を「共通の敵」として団結させてしまい、アクシズが十字砲火を浴びる事態になりかねない。
だからこそ、シャアは情報が独り歩きすることを何よりも恐れたのだ。
「ハマーンとミネバ様には、私の方から直接伝えておこう。……くれぐれも、他言無用だ。良いな?」
シャアは、通信士官に鋭く釘を刺すと、データ・スレッドを軍服の懐に滑り込ませ、踵を返した。
「は、はい! 了解いたしました、大佐」
分厚い隔壁が開き、シャアはアクシズの冷たい金属の廊下へと歩み出た。
地球圏の混乱。
自分は、この巨大な小惑星を率いて、血に塗れた地球圏の『どの舞台』に降り立つべきなのか。
(……サイの目は振られた、ということか)
シャア・アズナブルは、避けられぬ歴史のうねりを前に、重い決断の淵に立たされていた。
AIを使い始めてから思った事がある。
まず、私の書き方を学ばせ、道筋を立て、理想とする文章へと文字を変換するのは、とても簡単である。
ただし、問題がないわけではない。
問題としては、AIは基本馬鹿なので直ぐに前提条件を忘れてしまうと言う致命的な欠点がある。
それを、どのようにして道筋を立てるのかというのも重要な部分なのだろう…が…。
兎も角として、現在3つの小説を書いているので、まあどれかが終われば、楽になろう。