白き流星の羽搏き   作:丸亀導師

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航海

ふんわりと浮かぶ身体は、ただ暗い宇宙の中の煌めきに揺られあたかもそこに空気があるかの如く、アムロはその場で漂っている。ヘルメットもなければ、パイロットスーツを身に着けてもいない。ただ、自分の普段着ている連邦軍の制服を着て、そこを漂うのだ。

 

キラキラと瞬く星空の煌めきの最中、一つの輝きがキラリンと独りでに動くと、其れ等はアムロを追うように流れてくる。

次第に輪郭が見えてくると、それはさながら白鳥となり彼の記憶の中から、一人の少女の姿へと変貌を遂げた。

 

褐色の肌に、美しいエメラルドの瞳…。そして何より特徴的な、その黄色い服を身に纏い、彼の前にその少女は姿を現した。

彼はその光景がさも当然の如く受け入れていたが、しかしその少女は既に死者である。彼の記憶の中で生きているのか、はたまた精神だけが漂うのか?

 

「ラ…ラァ?ララァなのか…?」

 

「フフフフフフ…お久しぶりねアムロ、随分と地球にいらしたのね。」

 

不敵に笑うその声は、アムロの背筋をサッと撫でるかのように冷や汗の元となる。

まるで不気味なものだろう……、彼女のその姿は彼がその手で生命を奪った時と同じなのだから。

 

「僕は君の元へと行くことは出来ない、生きなきゃならないんだ。」

 

「帰る場所が出来たのね…、それはとても…とても嬉しいことだわ…。アムロ…貴方が前を向いていけるのはその人のおかげなのね…?」

 

恨み節を言うこともなく、ただその少女はアムロのそれを受け入れるように、ただ淡々と祝福する。

それが死者としての礼儀なのだろうか?だが、その答えはアムロの願望であるだけかもしれない、それでも救いにはなるだろう。

 

「そうだよ…ララァ。本当なら君に会わせてあげたいくらいだよ…。一度会っているのだけれど、誰だか分かるかい?」

 

「大佐の妹さんね、彼女も大佐と同じ様に甘えん坊さんなんでしょ?大佐とそっくりね…。」

 

宇宙を飛び交う二人のそれは、何処か優雅なダンスの様であり幻想的なものだろうか?

ただ、片端は死者という事を除けば。

 

「もう、私がいなくても貴方は前に進むのね。」

 

「ああ、そうだね。でも、傍らで見守っていてくれないかい?僕はこの力を色々な事に使ってみたいんだ、君と見た世界の為に。」

 

アムロのその言葉を聴くと、ララァは薄っすらと笑みを浮かべ、優しげな視線を贈ると何処かへと飛び去っていく。アムロはそれに名残惜しさを憶えるも、その去っていく彼女に対して背を向ける。

その先にあるのはまだ見ぬ光のその先だ。歩いて行く…、ただ真っ直ぐに。

 

カチ カチ カチ カチ

 

秒針が動く、宇宙空間に珍しいアナログ式の時計。その小気味のいい音と共に、幾人かの寝息が届く。

寝覚めの良い、そんな朝だった。

まだまだ、朝食には時間もある。就寝時間内であるが、どれよりも真っ先に行わなければならないのは…トイレに行くことだ。

 

このサラミス級でのトイレは基本的に数カ所に置かれている。なまじ水が貴重なこの宇宙の中で、兎も角トイレというものは非常に大切なライフラインである。

公衆衛生を軽視した場合、密閉空間内でパンデミックが発生すると言うこともある。

 

特に潜水艦とは違い、水上に出ればきちんと空気が吸えると言うわけでもなく、この宇宙と言う巨大な海の中溺れるだけとなってしまうのだから、コレが難しい。

 

水を飲むにも食堂か、それこそサーバーの置かれている所に行かなければならないため、おいそれと移動するわけにもいかない。

ただ、この時のアムロは妙に喉が渇いていた。トイレに行くのだから、身体の水分が出ているのだろう。勿論、汗もかいているからそれは仕方のない事だ。

 

だから、トイレのあとに水を少し飲もうと、近場のサーバーへと辿り着くと……そこに一人の士官の姿があった。

まあ、水を飲むことは決して珍しい行動でも無いし、どうでも良い事だろうがその階級章はこの艦艇の中でもかなり上の人物である。

 

「…?おや、こんな時間にここにいるのは珍しいな。君も水を飲みに来たのかな?」

 

「あ、いえ。はい、少し喉が渇いたもので…。」

 

「ハハハ、そう硬くならんでもいい。どうせこの時間帯で、階級なんぞ気にする奴はいないからな。それにだ、非番の時間はそういう物は括らないほうが、やりやすいだろう?」

 

束子のような口髭を蓄え、快活に笑うその男は誰であるのか、アムロは直ぐにわかった。

 

「艦長のヘンケン・ベッケナー中佐でしょう?そんな口を聞いたら、悪いと想いまして。」

 

「言う割には直ぐに砕けてくれる…。君がアムロ・レイか、まったく英雄という名前が、そういった態度嫌いじゃないぞ。」

 

二人の波長は多少良い方向へと向いているのだろう、元々口数の多いヘンケンと、まあまあ話の出来る男であるアムロは、その場に座って数分間話を続けた。

例えば、戦争の時の武勇伝や女のたらし込み方だとか、くだらない話から真面目な話まで。

 

大凡艦長とは思えないような、そんな下品な男であるが、男なぞ一皮剥けば少年の心なのだから、そんなに変わったものではない。

 

「おっと、話し込んでしまったな。明日からは、完全に上司と部下の関係になる。こんな話をするのも最後かもしれないが、楽しかったぞ?アムロ君!」

 

「こちらこそ、有意義な時間でした。よろしければ、またお話できると幸いですけど…、軍務以外で会いたいですね。」

 

それを聞いて一瞬目を点とするヘンケンだが、直ぐにまた笑いだしそのまま部屋を出ていった。

ポツン…と、アムロは一人取り残されたような形で食堂に置いていかれたが、元々一人で飲み物を取りに来ただけなので寂しくは無かった。

 

 

翌朝…、各配置に着く様にと伝令が飛ばされる。

アムロが着いた場所は、モビルスーツ格納庫…ではなく艦橋要員の仕事であった。

所謂、艦長と言った立場となるのだが、コレはアムロの適性を広く観るために行われた措置であった。

 

モビルスーツパイロットとしての能力は、あまりにも高く並べる者はまあいない、それこそ宇宙で使用されているジム・コマンドは、アムロのデータからその動きをインプットされているのだから、その強さは知れ渡っている。

 

では、格納庫での整備士としての作業はどうか?と、問われれば基本的にガンダムを自分で整備していたのだから、同じ駆動をしているジムだけでなく、様々なモビルスーツに対して幅広い知見を持っていところから、こちらも適性は有ると判断された。

 

本当であれば適性の有る部署に配置するのが当たり前であるが、アムロの場合は逆に適性の無さそうな部署へ配置し、苦手な分野を見極めようとした。

と言うのが、大きいところだろう。

 

座学と実地では動きが違うように、部隊運用をするのならば最低でも艦長クラスの仕事が出来るようにならなければ、部下を扱う事など無理だ。

 

そもそもアムロは、自分でなんとかしようとするきらいがある。地球では、周囲の人間が多くなった事によってある程度はそれを頼っていたのだ。

しかし、それも宇宙空間では溺れた赤子も同然で、未だに動くに惑う者もいる。

 

そういった形であっても、信頼を持って仕事を託すということが、果たして彼に可能なのだろうか?

人に何かを任せるという事は、概して難しく説明が下手ならばそれを伝えるのに齟齬も出る。

 

艦長の仕事は、頭となって行動指針を決めるというところだが、同時に説明もしなければならない時もある。

 

 

「さて……、レイ候補生。現時刻をもってこの艦の一切の命令権を貴官へと移譲する。

本宙域からルナツーへと航行し、その間の判断は貴官に一任される。よろしいか?」

 

「はい!」

 

ぴしりとした敬礼と同時に、艦長であるヘンケンの傍らに立つ。そこから指示を飛ばしつつ、一つ一つ助言を横からされるという、何とも難しい状況が始まった。

 

ルナツーへの航路は地球への公転運動と、月の引力を利用してブレーキをかける方法で速度を落とし、そのままの速度での到着を目指すのだ。

艦隊旗艦という立場上、最重要となる立ち位置なだけに艦長として、一瞬の判断の遅れが生命取りとなる。

 

尤も、殆どの場合は航法システムのおかげで何をする事も無いのだが、如何せんそれでは練習にはなりはしない。

図上演習と実技はそれなりに違いがあるにせよ、しっかりと基礎が身に付いているのかという、確認にもならない。

 

「メイザー候補生、そろそろ暗礁宙域に入る。対ミノフスキー粒子を心得ているはずだ。

船内員各員に通達、対空見張りを厳とせよ。各艦にも同様に打電。」

 

月へと向かうコースの途上には、サイド5の残骸漂う暗礁宙域が存在している。今回の航海ではこのコースを横切るように通過する手筈となっていて、自然と残骸が集結するポイントでもある。

と言う事はつまり、ジャンク屋が弾いた微小なスペースデブリが飛び交っている可能性もある。だが、艦隊を見るアムロはそれよりも早く、号令を出したのだ。

 

「おや……少し早いが、どうした?」

 

基準よりも早い動き、ヘンケンとしてはもう少し宙域へと接近してからでも悪くはないと思っていたが、如何せん早すぎる。アムロの判断に対して、疑問が生じた。

 

「昨今、暗礁宙域での海賊被害が多いと聞いています。勿論、ジオン残党は宇宙にもいるはずですから、警戒しておいても損は無いと…。」

 

「なるほどな、確かにそう言う判断嫌いではない。良し、そのまま続けなさい!」

 

さて、艦橋に着いたアムロや対空見張りに着いた者達とは違い、モビルスーツ格納庫の方へと配置された面々はと言えば…、かなり錯綜していた。

 

「おい!急いでくれ、このままじゃ埒があかない。」

 

「だってよ…、身体が思うように…うわっ!」

 

「馬鹿野郎!!何やってんだ!!電動工具は身体をうまく扱える様になってから使え!!」

 

 

危険極まりない、モビルスーツの整備は大まかな部品に対しては、作業用アーム等で行われる。

だが、この急造サラミス級では、それは非常に難しい。

なにせ、簡易的に創られたモビルスーツ格納庫は、キュウキュウに詰め込まれていて、隣の機体と接近している。

 

連邦軍としては珍しく、そういった粗が目立つのが戦時急造されたこの艦艇である。

その為に、いち早く前線から引き剥がされ、こう言う艦艇にされているのだ。

 

戦時急造でモビルスーツの運用を検討して建造された、サラミス級。艦内へのモビルスーツ運用能力を担保する為に、内部の武装や各種ミサイル装備を全廃して創られた軽母艦。

格納庫ハッチを有するが、その後に建造される艦艇にあるカタパルトを装備しない2級品。

 

ペガサス級とは違う、本当の意味での器用貧乏な宇宙巡洋艦。

だが、器用貧乏な部分はこういったある種の雑務に関しては、痒い所に手が届くのだ。

 

「俺等整備兵じゃないんだけどなぁ…」

 

「黙って手を動かせばいいんだよ、ほらアムロもよく言ってただろ?人手が足りない時は、率先して自分たちで整備すべきだってな…。実際、ここでも手が足りてないところもあるみたいだしな。」

 

カールは愚痴を溢す友人を叱咤するように言った。ただ、候補生や新兵の数に対して古参兵の数は、確かに足りていない。

いや、コレが定員を割っていると言う状況であるのだ。

 

戦後、連邦軍の人員は払底していた。

いや、全体的に見ればその総数は数万単位で余裕のある状態であるが、宇宙軍の状況は最悪と言っても良いほどだ。

 

本来であれば、ア・バオア・クーの攻略時戦力の余剰は充分に確保されているはずであった。しかし、ソーラ・レイによって3分の1が消滅し、無理攻めをしてア・バオア・クーを陥落せしめた。

 

その代償は、連邦艦隊の大凡半数を撃沈破せしめるものであり、決して易いものではなかった。

何より、整備兵の数が一挙に減った事は後のモビルスーツ運用で支障をきたすレベルでの問題だった。

 

艦隊と随伴する整備兵達は、艦艇の応急修理に加えモビルスーツの修復も行う。

非常にハードでレベルの高い人員が求められていたが、それが艦隊と共に消滅したのだから堪らない。

 

船等の箱は、金と部品を調達出来ればすぐにでも大量に建造出来る。

だが、運用する人間は違う。

 

ただでさえ、人間が充分に力を発揮するには最低でも16年という非常に長いスケールで物事を見なければならない。

機械などとは違い、替えの利かない部品となっているのが、どれだけ人的被害が後に尾を引くのかと言うことである。

 

「にしても……、彼奴等楽しそうに弄ってるなぁ。ああいうのが、オタクってやつなのかな?」

 

カールが目を向ける方向には、同期であろう二人組の姿があった。

 

「だからさ、ここをこうすれば…ほら上手くいくだろう?」

 

「相変わらず知識だけは豊富だよなぁ。」

 

互いに面識のない間柄、声をかけづらい中で互いにチラチラとその様子を確認し合う。

 

「おい…アンタ…あぁコウ・ウラキだっけか?ちょっと聞きたいことがあるんだが…」

 

「え、あぁどうぞ。でもどうして、正規の人達に聞かないの。」

 

「あっちはあっちで忙しそうだろう?俺等心配されてないみたいだしさ。」

 

訓練航海は始まったばかりだ。

 

 




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