「コレは……いったいどういう事か!!」
宇宙世紀0087年、9月下旬。
オーストラリア大陸に位置する、地球連邦軍・豪州方面軍司令部。その広大なブリーフィング・ルームに、ある士官の怒号と困惑の入り混じった叫びが響き渡った。
彼らの手元、そして基地内のありとあらゆる端末やデスクには、昨夜から出所不明の『データ・スレッド』が大量にばら撒かれていた。
極東と北米を掌握するC・Lのコジマ准将が放った、静かで、しかし最も致命的な情報兵器。その表題には、太字でこう記されていた。
『貴官等が協力を表明している、カラバ並びにエゥーゴに関する重大なる真実』
そしてその下には、目を疑うような具体的な「罪状」と、それを裏付ける動かぬ証拠の数々――上海でのルオ商会の実態や、宇宙でヤザン隊に拿捕されたアナベル・ガトーの証言データなどが、ズラリと羅列されていた。
罪状。
そう言われずとも、エゥーゴやカラバに与しているこの地の士官たちとて、自分たちの立場は十分に理解していた。特権階級として暴走するティターンズを打倒するためとはいえ、連邦の正規軍に弓を引いている以上、自分たちは『反乱軍』である。
いずれ軍法会議にかけられれば、「内乱罪」や「反逆罪」が適用されるであろうことは、百も承知であった。むしろ、ティターンズの横暴から地球圏を救うためならば、その反逆者の汚名すらも名誉なことだと、彼らはある種のヒロイズムに酔っていたのだ。
だが、彼らに突きつけられたその書類の「罪状」の並びは、士官たちの誇りを根底からへし折る、あまりにもおぞましいものであった。
『民間人の誘拐』『非戦闘員(孤児・難民)の恐喝による人質教唆』『武装強盗』『物資の強奪および不当な収奪』
ありとあらゆる、およそ正規軍人であれば最も忌み嫌うはずの『卑劣な犯罪行為』がズラリと並び、彼らが覚悟していたはずの『内乱罪』は、その具体的な罪状の一番下の部分に、まるでオマケのように小さく置かれていたのである。
少なくとも「内乱罪」こそが一番大きな罪であろうと思っていた彼らにとって、この事実の列挙は、計り知れないほどの巨大な波紋を呼んだ。自分たちは、崇高な理念のために戦っていたのではなかったのか。
ティターンズと同じか、あるいはそれ以上に腐敗した、人質を取り民間人を盾にするような『ただの凶悪な犯罪シンジケート』の手足として、正義の面を被らされていたというのか。
その激しい動揺と疑心暗鬼が司令部全体を包み込む中、一枚の紙切れを握りしめ、ワナワナと肩を震わせている一人の男の姿があった。カラバの地上部隊の要としてこの地に赴いていた、ハヤト・コバヤシである。
「……上が何を考えているのかは分からないが。我々が、ただの『道化』をやらされている可能性は……確かにここにある!!」
ハヤトは、血の滲むような思いで絞り出した。
彼は義に厚く、かつての戦友たちとの誇りを何よりも大切にする男だ。彼がカラバに身を投じたのは、愛する家族――身重のフラウや、カツ、レツ、キッカが住む地球の自然を、権力者のエゴから守り抜くという純粋な正義感からであった。
しかし、そのカラバの上層部が、裏で身寄りのない戦災孤児や難民を人質に取り、元ジオンの兵士たちを鉄砲玉として使い捨てていたとすれば。
(……アムロ、お前はこれを知っていたのか? だからお前は、俺たちとは違う道を……!)
親友が、あえて泥を被るようにC・Lという陣営に留まり、過激派の掃討を続けていた真の理由。それが今、一枚の紙切れを通して、ハヤトの胸に痛いほど突き刺さっていた。
「コバヤシ館長……いや、ハヤト大尉! 我々はどうすればいいんです!?」
「このままでは、ただのテロリストの片棒担ぎだ!」
動揺するカラバの若き隊員たちや、現地に同調していたオセアニアの士官たちが、歴戦の勇士であるハヤトを頼るように次々と集まってくる。彼らは皆、純粋であるがゆえに騙され、そして今、強烈な絶望の淵に立たされていた。ハヤトは、握りしめていた紙切れを叩きつけるようにデスクに置くと、真っ直ぐに顔を上げた。
その瞳には、ホワイトベースで幾多の死線を潜り抜けてきた、決して折れることのない熱い闘志が宿っていた。
「我々は、正義を成すために立ち上がったはずだ。犯罪者の弾除けになるためじゃない……!」
ハヤトは、己の置かれた残酷な状況を完全に理解しながらも、自らを慕う者たちを力強く振り返った。
「ついて来い! 司令部の連中と、カラバの幹部に直接談判を行う! この事実から目を背けたまま、これ以上無実の血を流すわけにはいかない!!」
コジマ准将が放った「情報」という名の大博打は、見事に敵陣営の最も脆い部分――前線で戦う者たちの『良心』を撃ち抜いた瞬間であった。―――
数日後。
北米大陸、C・Lの総司令部であるシャイアン基地。その広大な地上エプロンに特設された巨大な屋外議場と、地球圏全域の味方へ向けた中継用カメラの前に、コジマ准将が立っていた。
その姿は、お世辞にも地球連邦軍の将官として威儀を正したものとは言えなかった。
軍服は着崩され、どこか気怠げな雰囲気を漂わせている。いや、その軍服はアイロンがけすらされておらず、無数のシワが目立っていた。だが、それは彼が作戦準備に忙殺されているからというだけではない。
ティターンズのような「選民意識」を誇示する糊のきいた漆黒の軍服や、政治家たちの仕立ての良いスーツとは対極にある、泥臭く、実務的で、最前線の兵士と同じ目線に立つ『血の通った指揮官』としての姿を、あえて意図的にカメラの前に晒しているのだ。
「諸君。現在、我々の次なる作戦目標であったオーストラリア並びに豪州方面において、大きな抗争が発生している」
背後の巨大なモニターに映し出されたのは、オーストラリア大陸からニュージーランドに至る、オセアニア全域の広域戦術マップであった。
「既に知っての通り、彼らはつい先日まで、エゥーゴとカラバに協力を表明していた者たちである。……だが、数日前に我々が送った『真実のデータ』を見た者たちから、我が軍への救援と協力要請を受信した」
モニター上のオーストラリア大陸が、激しく明滅し、二つの色に塗り分けられていく。
「現在、豪州方面軍は完全に二つに割れている! カラバの狂信的なテロ指導部と、それに反旗を翻した良識ある現場の将兵たちだ」
コジマは、指揮卓をバーンッ!と大きく、力強く叩いた。その音はマイクを通して、全軍の将兵の胸に響き渡った。
「コレは、千載一遇の好機である。実質的に、彼らは我々を味方として出迎える為に、自ら血を流して戦闘を行いつつ、前線を維持している状況にあるのだ!」
コジマの皺深い顔に、烈火の如き闘将の気が満ちる。ただの好々爺ではない、かつて一年戦争を生き抜いた軍人としての苛烈な覇気が、そのシワだらけの軍服越しに立ち昇っていた。
「我々に参加の意思を示し、真実のために立ち上がってくれた彼らを、むざむざ犬死にさせるのは非常に惜しいところがある。……いや、真実を目にし、正義を行おうとした彼らを見捨てては、我々C・Lは末代までの恥となるだろう!」
その言葉に、整列していた兵士たちの間に、地鳴りのような熱いどよめきが走った。
彼らは、これからオセアニアを『侵略』するのではない。エゥーゴとカラバの呪縛から真実に目覚めた同胞を『救出』し、共闘するために赴くのだ。その大義名分は、前線で引き金を引く兵士たちにとって、何よりも強靭な精神的支柱となる。
「これより、オセアニア救援作戦を開始する。各軍は、規定のブリーフィングの後、直ちに行動を開始されたし!」
カメラのフラッシュと、将兵たちの力強い敬礼がシャイアンの空を埋め尽くす。
時を同じくして、極東の空で出撃の時を待っていたガルーダの作戦ブリーフィングルーム。
中継モニター越しにコジマの演説を見つめていたアムロ・レイは、パイロットスーツのジッパーを無言で引き上げた。
オーストラリアで反旗を翻し、孤立無援の中で決起した部隊の中心にいるのが誰なのか。アムロには痛いほど分かっていた。
(……待っていろ、ハヤト。今度は俺が、お前を助けに行く)
かつてホワイトベースで互いに背中を預け合った戦友が、今まさにオーストラリアの大地で、カラバの暗殺部隊の巨大な包囲網に抗って命を削っている。
白き修羅は、友を救うため、そして太平洋を完全にC・Lのものとするための新たなる激戦地へと、静かに、しかし烈火の如き闘志を燃やしていた。
―――
月面都市フォン・ブラウン。
地球の大地から放たれたコジマ准将の情報兵器は、真空の宇宙を越え、数日の遅れをもってこの月の裏側にも致命的な直撃弾をもたらしていた。
「コレは……、どういうことか!!」
エゥーゴの創設者にして精神的支柱であるブレックス・フォーラ准将は、執務室のデスクに叩きつけられた『真実』のデータを前に、血を吐くような怒声を上げた。
彼は知らなかった。いや、組織のトップとして本来であれば絶対に知らなければならないはずの、カラバとエゥーゴの実働部隊による誘拐や人質教唆といった凶悪なテロ行為。
この冷酷な事実は、ブレックスという男が、スポンサーたちの描いた盤上において実質的な『蚊帳の外』に置かれた、ただの飾りに過ぎなかったことを如実に表していた。彼は急ぎ、フォン・ブラウンの中枢に居座るアナハイム・エレクトロニクスの重役たちや、ルオ商会の息がかかった協力者たちを秘密会議室に呼びつけ、事の真相と事情の説明を激しく要求した。
「我々の指示なしに、どうして現場にこのようなマネを行わせたのか!!」
ブレックスは、怒り心頭に発した表情で、円卓に並ぶ彼らの顔を一人一人一瞥して回った。
だが、スポンサーたちの顔には、ただの一欠片も反省の色が見られなかった。まるで親の目を盗んで悪戯をした子供のように悪びれず、あるいは自らの手を汚さずに利益だけを貪る醜悪で悍ましい化け物たちの顔が、そこにはズラリと並んでいた。
「良いですか……! 我々は、何があっても正義の側でなければならないのです! ティターンズの暴挙を正すという大義を……このような形で泥を塗られ、穢され、冒涜された。コレでは、我々は単なる卑劣なテロリストに成り下がってしまう!!」
それは、老将の悲痛な叫びであった。
エゥーゴの戦力がティターンズに劣るというのなら、時間をかけてでも連邦軍内部の良識派に語りかけ、地道に協力者を募れば良かったのだ。時間はかかろうとも、理念を曲げずに話をすれば、それなりの数の将兵を味方に引き入れることができたはずである。
だが、この『人質を取り民間人を盾にするテロ組織』という事実が地球圏に大々的に出回ってしまった以上、その高潔な連帯すらもすべてご破産となり、ブレックスが描いていた超長期的な軍部改革の作戦は、実質的に不可能となってしまった。
しかし。
円卓の最奥に座る男、アナハイム・エレクトロニクス社会長メラニー・ヒュー・カーバインは、血涙を流さんばかりのブレックスの姿を見ても、その瞳の奥に何の感情も浮かべてはいなかった。
メラニーにとって、エゥーゴが勝とうが、ティターンズが勝とうが、あるいは地球のC・Lが勝とうが、極論を言えば「別にどうでも良い」ことであった。
彼の目的は、宇宙世紀の政治的覇権などというちっぽけなものではない。
実質的に、全人類を強制的にこの宇宙(そら)へと上げることができればそれで良く、そのためならばいかなる悪魔の所業にだって平然と手を染める。
連邦軍が四分五裂し、泥沼の内乱をするならば、大いにすればいい。
戦火が広がれば広がるほど、地球の環境は取り返しのつかないほどに汚染され、破壊されていく。
そうすれば、人々は自ずと地球に住めなくなり、すべての人間が宇宙へと上がるしかなくなる。
結果としてどうなるか。超長期的な視点で見れば、それはメラニーの完全なる『勝ち』に他ならないのだ。
さらに言えば、この男の胸の奥底には、アナハイム・エレクトロニクス社という巨大複合企業の光芒や利益すらも、最終的にはどうでも良いと思わせるほどの、古く、そして狂気じみた『宿願』が存在していた。
彼の本当の欲望。
それは、『聖地の奪還』であった。
今は昔。旧世紀の果てしない歴史の中で、かの民族はあまりにも多くの血を流し、虜囚となり、世界中へと散り散りになった。
自らの国を持てず、あろうことかその主義主張や血筋によって迫害され続け、かつての大戦においては凄惨な大虐殺の犠牲となった。
その後、奇跡的に聖地を手中に収め、悲願の国家を再建したかに見えたのも束の間……宇宙世紀への移行という巨大な歴史のうねりと、地球連邦政府という「無知蒙昧たる無神論者たち」の世俗的な統一によって、彼らの国は再び、歴史の闇へと滅ぼされ、飲み込まれてしまったのだ。
エゥーゴという隠れ蓑。アナハイムという巨大な資金源。連邦軍の内乱。
そのすべては、人類を地球から強制退去させ、人が消え去ったあの青き星の大地に、自らの手で再び降り立つための壮大な布石。
かのアブラハムが神より賜ったという約束の地、モリヤの丘。
それを再び自分たちの手に取り戻す、その日まで。メラニー・ヒュー・カーバインの冷たく濁った瞳の奥底では、宇宙世紀のモビルスーツの光よりも遥かに古く、重い、三千年の執念の炎が静かに燃え滾っていた。