北米大陸の太平洋岸。カリフォルニアからアラスカに至る無数の連邦軍基地の滑走路から、熱核ジェット・エンジンの重厚な轟音と共に、分厚い翼を持つ輸送機の群れが次々と空へ舞い上がっていく。
行き先は、決起の炎が上がる南半球の大地、オーストラリアである。
その輸送機の群れ――名機『ミデア』の編隊数は、人類の半数が死滅した一年戦争の最大動員時と比べれば、確かに少量ではあった。しかし、平時における単一の局地支援作戦としては、空を覆い尽くすほどの絶対的な多量であった。
戦後の過酷な復興事業で酷使されたのちにモスボールの眠りについていた退役機。ロールアウトしたばかりの真新しい機体。そして、現在に至るまで前線で酷使され続けてきた歴戦の機体。新旧あらゆるミデアが急遽稼働状態に置かれ、この『北東オーストラリア支援作戦』のために、文字通り全軍を挙げて総動員されていたのである。
熱核ジェットを使用するミデア輸送機の航続距離は、途方もなく広大である。
理論上は推進剤が無くとも、無着陸で永遠に飛び続けることも可能だ。無論、現実にはエンジンの冷却限界やシステムへの過負荷という物理的な制約が立ちはだかるため無限の滞空は不可能であるが、北米から太平洋を北東から南西へと斜めに横断する程度の長距離飛行など、この無骨で頼もしい輸送機たちにとっては完全に朝飯前の空路であった。
そして、その巨大な渡り鳥の群れをさらに上空から統率し、守護する巨大な影があった。
アムロ・レイたちC・Lの強襲部隊を乗せた超大型輸送機、ガルダである。
ガルダは強力な防空レーダー網と搭載モビルスーツの展開能力をもって、太平洋上の航空優勢を完全に掌握。
その強固な航空支援の傘の下で、ミデアの群れは目標地点であるオーストラリア北東部の港湾都市・ケアンズへと殺到し、多量の弾薬、野戦糧食、そしてモビルスーツの詰まったコンテナ群を絶え間なく降下させる手筈となっていた。
これは単なる物資の空輸作戦ではない。
欺瞞に満ちたテロリストの汚名から脱却し、真実のために立ち上がったハヤト・コバヤシたち『元カラバ決起部隊』に対する、最も確実で物理的な救済である。
と同時に、この規格外の大空輸部隊の進軍は、北米、極東、そして東南アジアを束ねるC・Lという巨大な軍事同盟が、オセアニアの地を絶対にティターンズや過激派には渡さないという、世界へ向けた強烈で揺るぎない『意思表示』であった。
太平洋の青い海原を見下ろすガルーダのコックピットで、アムロ・レイは出撃の時を静かに待つ。かつての親友が血を吐く思いで確保したケアンズの橋頭堡を死守し、この果てしない泥沼の戦局に決定的な反撃の楔を打ち込むために。
―――
一方で、オセアニアに向けたC・Lのこの大規模な戦力移動を、ティターンズ上層部は『千載一遇の好機』と捉えていた。
コジマの事前の予想通り、「C・Lの主力部隊が太平洋に釘付けになっている今こそ、手薄になった北米の中枢を叩くべきだ」と、大西洋を挟んだティターンズ欧州方面軍の動きが急速に活発化しているとの急報が、C・Lの司令部に舞い込んだのである。
だが、その報告を受けたコジマは極めて冷静であった。現状、極東での戦いで空の要を失ったティターンズには、C・Lにおけるガルーダの代わりとなる『超大型輸送機』が存在しない。
彼らが大西洋を越えて北米へ直接の強襲作戦をかけるとすれば、頼みの綱はミノフスキー・クラフトを搭載した『ペガサス級強襲揚陸艦』の投入に絞られる。
しかし、あのクラスの巨大艦艇を大気圏内で飛行させれば、艦を浮かせるために必然的に莫大な量のミノフスキー粒子を周囲に撒き散らすことになる。
大規模な戦闘が起きていない、この『戦争と呼べない奇妙な平時』において、突如として高濃度のミノフスキー粒子を散布しながら進軍することは、自らの接近を世界中に喧伝して歩くようなものであり、非常に大きな戦術的リスクを伴うのだ。
ミノフスキー粒子下ではレーダーが無効化される。それが宇宙世紀の常識である。
しかし、コジマの思考はその先を行っていた。レーダーが使えなくなるのであれば、逆に「レーダーに生じる強烈なノイズ(電波障害)の発生源とその濃淡」を逆探知・解析すれば、敵のペガサス級が現在どこを飛んでいるのか、ある程度の位置と進行ルートを正確に予測することが可能となるのだ。
物は使いようである。
ミノフスキー粒子による電子機器の麻痺に対し、ただ受動的に音響探知や可視光線(有視界索敵)に頼るだけが能ではない。
粒子の干渉そのものを『敵の巨大な航跡』として利用する。
かつての一年戦争において、圧倒的な性能を誇るジオン軍のモビルスーツに対し、限られた既存の連邦軍装備と知恵を絞って対抗し、血みどろの前線を生き抜いてきた叩き上げの老将コジマは、その泥臭い戦術の真髄を誰よりも深く理解していたのである。
アムロたちC・Lの主力打撃部隊がオセアニアへと旅立ち、一時的に戦力の空白が生まれた北米大陸。その留守を預かる東海岸の防空部隊の中に、一人の歴戦の青年士官の姿があった。
コウ・ウラキ中尉である。
かつてデラーズ紛争において、ガンダム試作1号機を駆り、星の屑の亡霊たちと死闘を繰り広げた彼であったが、戦後の軍事裁判と、所属派閥の長であったコーウェン将官の失脚に伴い、長らく北米西海岸の閑職へと追いやられていた。
しかし、腐敗したティターンズに反旗を翻し、実力主義を掲げるコジマ准将率いるC・Lが北米を掌握したことで、彼の運命は再び軌道を取り戻す。その傑出したパイロットとしての腕を買われ、最も苛烈なティターンズとの最前線である『北米東海岸の防衛線』へと引き抜かれたのは、軍の理として当然の帰結であった。
「攻守三倍の法則」
古くから軍事学において語り継がれる、絶対的な経験則がある。要塞化された陣地や大陸を防衛する敵に対し、攻撃側がそれを陥落させるためには、最低でも防御側の三倍の兵力が必要であるという論理だ。
しかし当然ながら、現代のモビルスーツを中心とした近代戦において、この法則には大きな『穴』が存在する。
戦場が地球規模に広大化した宇宙世紀において、守勢側は巨大な大陸の海岸線を防衛するために、限られた部隊を薄く広く分散して配置せざるを得ない。敵の侵攻ルートを事前に察知し、そのピンポイントな一点に向けて迅速に部隊の配置転換(戦力の集中)を行わなければ、局地的に「三倍以上の兵力差」を作られて各個撃破されてしまう。それは極めて高度でテクニカルな、情報と機動力の勝負であった。
今回の場合、北米大陸という広大な立地上、大西洋を越えてくるティターンズが『どこからでも上陸できる』という点こそが、最大の脅威となる。
ここで極めて重要になるのが、攻撃側が選ぶ「拠点設営時の立地」である。
北米大陸の東海岸に上陸しようとする場合、北半球の北部へ行けば行くほど、間もなく訪れる冬季の過酷な環境によって作戦遂行能力が著しく低下する。
逆に、南(フロリダやメキシコ湾方面)へ行けば行くほど気候は安定するが、そこはC・Lの強固な軍事拠点が密集しており、防衛側の戦力が圧倒的に多くなる。
必然的に、ティターンズの指揮官は『長期戦を覚悟して北の辺境を取るか』、あるいは『短期決戦を挑んで南の要塞地帯へ突っ込むか』の二択を迫られることになっていた。そして今回、ティターンズ欧州方面軍が周到な計算の末に上陸地点として選んだのは、北米の北端にして、欧州から最も物理的距離が近い場所――ニューファンドランド島であった。
カナダの東岸に浮かぶ、広大な孤島。
そこは、一度制圧してしまえば周囲を海に守られた完全な『不沈空母(前線基地)』として強固に機能する。同時に、攻めるティターンズ側も、守るC・L側も、等しく海を隔てて補給を行わなければならないという、条件が五分となる特異な戦場であった。
渡海作戦は決して容易ではない。
だからこそティターンズは、C・Lの中枢であるコロラドのシャイアン要塞から遠く離れたこの極北の孤島であれば、防衛も手薄であり、迅速に橋頭堡を築き上げることができると踏んだのだ。
「……だが、こっちは連中の動きをすでに『視て』いる」
東海岸の防空基地のハンガー。出撃待機中のコックピットの中で、コウ・ウラキは送られてきた最新の戦術データに目を光らせていた。
それは、コジマ准将が立案した「ミノフスキー粒子の濃度分布によるペガサス級揚陸艦の逆探知データ」であった。ティターンズが隠密裏に大西洋を渡っているつもりでも、その巨大な航跡はすでにC・Lの索敵網に完全なノイズの帯として刻み込まれている。
「敵の狙いはニューファンドランド島……! やらせるかよ、ティターンズの好きには!」
アムロたちが太平洋を制圧するまでの間、この北米の絶対防衛線を死守する。その重大な使命を胸に、コウは愛機のメインカメラに火を入れ、迎撃の空へと飛び立つ準備を整えていた。
―――
地球の青き輪郭を見下ろす低軌道上。
オーストラリア大陸の上空宙域において、かつてない規模の威容を誇る大艦隊が集結しつつあった。二隻のペガサス級強襲揚陸艦と、一隻のザンジバル級機動巡洋艦を中心核とし、実に三十から五十隻にも及ぶ大小の護衛艦艇が、巨大な傘を広げるように降下陣形(フォーメーション)を構築していく。
「ティターンズの艦隊か……。中々に多いな」
ペガサス級のブリッジで、ブライト・ノアはメインモニターに映し出された無数の敵影を睨みつけ、鋭く声を上げた。
「大気圏突入準備はどうなっているか!」
「進捗40パーセント! 順調に推移しています!」
オペレーターの緊迫した報告が響く。
地球の海と空からの上陸部隊、そして宇宙からの大規模な軌道降下部隊。C・Lが持つその立体的かつ絶大な戦力の全てをもってして、オセアニアの地で孤立するハヤトたちを救出し、オーストラリアを事実上一挙に陥落させる。これは、C・Lという組織が地球圏においてどれほどの作戦遂行能力を有しているかを世界に知らしめるための、最大規模の総力戦であった。
一方で、そのC・Lの降下部隊の正面に展開したティターンズ軌道艦隊の指揮官たちは、モニター越しに冷酷な笑みを浮かべていた。
彼らの思惑は単純にして極悪である。ペガサス級を中心とするC・L艦隊が重力に引かれ、大気圏への突入角度に入ったその瞬間。摩擦熱から身を守るために全エネルギーを前方のバリュートや耐熱フィールドに回し、回避も反撃も不可能となる『絶対の死角』を狙い撃ちにし、艦隊ごと大気圏の炎の餌食にして殲滅してしまおうという算段であった。
だが、この完璧に思えたティターンズの迎撃プランに対して、彼らの全く予期せぬ『思わぬ伏兵』が立ちはだかろうとしていた。
ティターンズ艦隊のさらに後方。コンペイトウから連なる宙域の奥底から突如として姿を現した、もう一つの巨大な艦隊群。
それは、エゥーゴでもなく、ジオンの残党でもない。ルナツーから出撃してきた地球連邦宇宙軍の本隊――かつてのワイアット大将の息がかかった、保守派の『中立艦隊』であった。
彼らがこの土壇場で戦場に介入してきた理由は、崇高な理念や正義などではない。極めて官僚的で、生々しい『金庫番としての本音』であった。
(ふざけるな。ペガサス級強襲揚陸艦という、連邦軍の中でも莫大な予算を食い潰して建造された最高級の戦略艦艇を、派閥争いごときでみすみす破壊されてたまるか!)
それが、ルナツーに鎮座する連邦軍本隊の偽らざる怒りであった。
宇宙軍の艦艇ほど、建造と維持に天文学的な金と資源がかかる兵器はない。ティターンズが自分たちの権威を示すためだけに、連邦軍の貴重な『最高クラスの財産』であるペガサス級や熟練の将兵たちを無駄に焼却しようとしている。その傲慢な振る舞いを、予算と艦隊の維持を至上命題とする宇宙軍本隊の官僚将官たちが、黙って見過ごすはずもなかった。
泥沼の内乱という巨大な嵐の中で、イデオロギーとは全く無縁の『予算と軍の財産保護』という強烈なエゴイズムが、ティターンズの背後からその巨大なメガ粒子砲の狙いを定めていた。