スイーと、抵抗もなく廊下を進む。一人の男の姿が、そこにはあった。黒髪に厳つい顔をした男…、テネス・A・ユング少佐は苛立ちを積もらせながら、その場を移動している…。
ルナツーには重力区画と呼ばれる場所はある。だが、そこは殆どの場合居住区画であるため、格納庫や武器庫等は重力区画以外の場所に創られている。
その為、移動の際には通常の宇宙艦艇等と同様に、ハンドルやレールを用いた力を殆ど用いない移動方法が普及している。
ユング少佐は、そんな通路の中をただひたすらに移動し、心をどうにか落ち着かせようとしていたのだ。
「皆…俺を馬鹿にしやがって…」
ブツブツと彼はそう口にする。すれ違う者達も彼の姿を見るや目線を外し、決して目線を合わせようとするものはいない。
パイロットスーツに着替える為に移動しているにも関わらず、彼を栄光の眼差しで見るものは殆ど皆無であった。
それは何故か……、彼の素行の悪さから来る人望の無さが原因であった。元々酒癖の悪いところもあり、周囲の人間からは少し距離を置かれてはいた。だが、パイロット仲間からは尊敬される程度には腕も良かった。
一年戦争の開戦劈頭から戦い続け、戦闘機パイロットとしてその身をもってしてジオンのザクと戦い、時にはそれを狩る立場になった事もある。
制空戦に於いては、ジオンを寄せ付けず部隊を率いて戦い抜いた…。
それが、はじめの頃の事だ。
モビルスーツへの適性検査をくぐり抜け、モビルスーツを受領した後も彼はその腕を買われ、モビルスーツ部隊の隊長も兼任。
卓越した操縦センスと、射撃の腕を見込まれた彼にはジムスナイパー・カスタムが渡される。
部隊単位の強さが、彼の真骨頂。味方が撹乱し、逃げ惑うジオンの部隊を、遠距離から狙い撃つ。
遠距離戦とジムスナイパーのそのセンサー半径の大きさ故に、一つの部隊を一個の生き物として動かすのには、好都合であったのだ。
そんな戦いを続け、最終的に彼のキルスコアは地球連邦軍で第1位の、トップオブエース。
あのガンダムのパイロットですら上回ると、誰もが彼を尊敬した。
周囲の人望もあったし、何より仲間がいたからこその記録に鼻が高いのも勿論だが、誇らしかった。
だが……、事態は急変する。
戦後半年経った頃だろうか、キルスコアの規定の見直しが為されるとその記録は幻のそれとなる。
結果、彼のスコアはその殆どを共同撃破という形となり、その数を大幅に減らす事となる。
他方、ガンダムのパイロットはと言えばそれ程の増減も無く、寧ろその化け物具合に拍車がかかった。
それを見て彼は愕然とし、仲間とともに築き上げた物が崩れ去ったような、そんな想いであった。
何より149機という偉大な記録が、52機にまで減った事はあまりにも驚きがあった。
その時から……ある言葉が気になり始めていた。
『偽物のトップエース』
噂で聞こえてくるその言葉、味方から撃墜数を奪い取ってまで居座ったと、そんな陰口を叩かれる日々。
彼の自尊心は大いに傷がついたが、それでも仲間との記録は公式で無いにせよ、彼の記憶に刻みつけてあった。
だが、時の流れというものは残酷だ…。
誰もが記録を閲覧出来る。彼の記録は、新しいそれに置き換えられて、記憶の中から消されていく。
1年、たった1年でトップエースの名前は、一人のパイロットのそれだけとなっていた。
それでも、それでもと想いながら日々を過ごしていた時…事件が起きた。
どうであったか、そう。昼食時だったろうか?
ふいにこんな言葉が聞こえてきた。
『あの部隊の記録、全部嘘なんだろう?じゃあ、偽物じゃん。』
怒りが込み上げてきた。
自分一人の事ならば許せる、だがあの日々を否定される謂れはない。何より、今まで散々に言われて来たことが拍車をかけ、彼の目の前は真っ赤に染まった。
気がつけば、彼はその士官を殴っていた。
ただの喧嘩ではない、だが馬鹿にされたから殴りに行きました。等と言う彼の供述は、淡くも否定される。そもそも、証拠もなく彼の聞いた言葉等、誰も発していないという。
身内の人間だけではない、周囲の彼を止めに入った面々もその言葉等聞かなかったという。
幻聴か?
彼は頭がおかしくなったのだろうか?だが、そんな間違いなどしていない、確かに奴等は言ったのだとそう供述する。
ただ、その言葉を信じる者は誰もいなかった。
暴力沙汰を起こし情状酌量の余地無しと、中佐にまでなっていた階級を少佐まで降格処分を言い渡される。
不名誉除隊にならなかったのが唯一の救いだったが、それでも彼の生活は一変した。
周囲からいつも陰口を言われているような、そんな錯覚に苛まれ、それを聞こえぬようにと酒に逃げる日々。
次第に元々悪かった人相は更に悪くなり、そんな彼からはどんどんと人望は無くなっていった。
もう、エースでも何でもない。単なる暴力野郎だと、そう思われているのかもしれない。そんな中、全ての元凶が現れた。
アムロ・レイ、現状のキルスコアのトップを保持する男。ガンダムのパイロット、そんな彼ルナツーに来る。
彼の目は血走った。そしてこう思ったのだ、
『今こそ積年の恨みを晴らす時』
もう、部隊への誇りも何もなくただ、一方的な八つ当たりばかりがそれには籠っていた。
巨大なモニターが明滅し、周囲一帯の無機質な岩塊が其れ等を映し込む。
良く見れば、幾つもの小さな光点が右往左往としながらも、統率の取れた動きで移動しているのが見て取れる。
其れ等の一つ一つに対して、接近した画像を観られる様にと拡大映像が投影もされている。
それを見るのは、ルナツーの戦術情報員や参謀達、または将軍たちも其れ等を観ている。
さながら映画館に座る観客の如く、嫌らしくもニヤニヤとしているのは、このルナツーで最も階級の高い男ワイアット中将である。
下卑た目をしながらも、その瞳は真っ直ぐにそれを見据えながら貪欲に、何かを掴もうとしている。
この男、決して無能ではない。無能であれば中将に等慣れるものではない、寧ろ様々な謀略を抜け出したからこそここにいるのだ。
「しかし……、当て馬ですか。趣味の悪い事を…、あの男を利用する捨てるおつもりで?」
「うん?何のことかな、私は最善を尽くしているだけだよ。いらなくなった兵士など、いてもらっても迷惑なだけだ。
そもそも、自尊心だとかそういうもので国が、民が護れるものか。」
ステファンから言われた言葉に対し、最善だとか言いながら自らがいらないと思ったものは、何であろうと切り捨てる。冷酷な男である。どんな手を使ってでも、連邦の敵を根こそぎ殺す事に躊躇がない。
「そもそもだ、ニュータイプとか言うものがどれ程の戦力となるのか、この舞台がうってつけだと思うが?
片や元とは言え撃墜王と呼ばれた男と、片や現撃墜王にして戦力を根底から覆しかねない力を持った少年。
実にそれを見るのは有意義ではないか?」
「圧倒的な個と実直な群の戦い…と?果たして、そう上手く行くのだろうか?」
幾人もの目がモニターに釘付けとなっている。二人のそんな会話も、周囲には聞こえたものではない。
光点が動き回る。まだまだ何も始まっていない、ただその先に見える世界は、無機質であろうとも戦場のそれと同じく何やらピリピリとした物が伺い知れた。
「想定され得る戦場は追撃戦、数1に対して12…。本来であれば圧倒的に多数が有利だが……」
ルナツーの地表には僅かばかりではあるが、重力がある。それはルナツーのその巨体から力強く創り出される空間の歪であり、其れ等に引っ張られるようにモビルスーツ達も、しきりに機体の制御をしなければならない。
推進剤も無限には無い、そう言った計算も入れて戦いをしなければ、この戦闘に於いても推進剤は直ぐに尽きてしまうだろう。
「ジオンの兵は…、彼の事を白い奴だとか悪魔だとか言っていたそうだよ…。実際の戦果は兎も角、このルナツーの演算予測よりも凄まじい軌道をしてくれれば、それはもはや人間業ではなくなるかもな。」
内心ワイアットは楽しげにそれを観ていた。光点が交わるその瞬間は、直ぐにでもやってくる。
想定されている戦場へと辿り着いた筈であるが、テネスの率いる部隊。ハンター隊は、相対する存在の位置を探し倦ねていた。
「予定されているポイントは、本当にここで合っているのか?」
「予定位置は確かにここです。ですが、どこに隠れているのかは、我々にも解りかねます。」
追撃戦、その言葉に嘘偽りがなければ姿が見えても良い筈である。だが、ジムスナイパーのセンサーにも、その他の機体のセンサーにも反応は一切無い。敵の位置を掴みかねていた。いや、宇宙空間ならば簡単に見つかる筈だ、遮蔽物も色もほとんど無いのだから…。
だから、いるのなら必ず地表。その色にカモフラージュ出来れば、充分に隠匿される危険もある。
無音の宇宙、ただ星明かりだけが周囲を照らす。
青々と輝く地球が眼前に広がり、それはまるでサファイアの様に美しい…。
しかし、まるで距離感もないそんな世界。
ミノフスキー粒子が散布された空間において、動体センサーは必需品である。
レーダーの効果を阻害するそれを、何とかしようとした苦肉の策だ。
ただ、最大の問題として動体センサーは動いている物体に対して反応する。だから、動いていないものに対しては決して有効とは言えない。
「赤外線にも反応はない……、何処に隠れている…。」
センサーを強化しているジムスナイパーは、こういう時役に立つ筈である。だが、それが効果を示せていないのだから、如何に巧妙に隠れたものだろうか。
時間ばかりが経過する。
1分…5分…10分……戦いは起こらない。
だが、誰もが思っている。逃げているはずはない、何故ならば相手はそう言う男では無いはずだと…。
地球の光に照らされている地面、だが突如としてそこに新たな光源が追加された。
それは非常に明るい、恐らくはこの宇宙空間で最も明るい存在であろう…太陽。
ルナツーの地平線からそれが盛り上がる様に顔を出し始めたその瞬間……、1機のシステムが突如としてダウンし、撃墜判定が下される。
「嘘だろ…、通信は!!駄目か!」
殺られた人間が、声を発することなどあってはならない。
断末魔すら上げることすら許されず、ただ模擬戦様の弱いビーム光だけが、その機体の方角を指し示す。
「ぬかった!太陽の方角だ!!」
瞬間、回避機動を取りつつランダムに動いている筈の彼等であるが、そんな事構わないと言わんばかりに、その目標は一挙にスラスターを吹きながら、特徴的なブルーブラックに塗装された胸部をくだしながらコマンドは近付いてくる。
1射、2射とビーム・ライフルを撃ち、回避する軌道を限定する事により3射目は確実に敵を捕らえる。
次第に数を減らす僚機、テネスは己の腕を信じていた。サイトに敵を捕らえ、機動する方向その予測位置に射撃を始める。
しかし、ロックオンアラートは鳴っているだろうに、コマンドは全く避ける素振りを見せない……。いや、避けてはいる避けてはいるのだが…。
その避け方は常軌を逸している。一瞬だけ、側面のスラスターが明滅し僅か数メートル方向がずれると、ビームの着弾点からその程度ずれる。ビームは爆発力がない、その為ダメージ判定になることはない。
「ふざける…、まじめにやれ!!」
コマンドのコックピット内部では、アムロは殺気に対して異様に敏感に反応していた。
いや、それこそが彼の戦い方だとでも言うべきか?
宇宙空間での戦闘など1年以上ぶりであり、腕が鈍っていてもおかしくはない。
しかし、彼は嘗てのそれとは違い勘だけを頼りに戦っているのではなく、相手の思惑を利用する事によってより効率的に動こうと模索していた。
特に数が敵のアドバンテージとなっているのなら、乱戦とすることによって数という有利な数字を帳消しにするような、そんな戦い方を身につけていた。
相対する者にとっては、悪夢のような戦い方だろう。
二次元的に見れば、味方と重なる位置に動く事で射撃戦闘を逸らされる。その間に味方が射撃をすることを期待する事しかできないが、相手の方が精度が良い。
唯一射撃を行えるのは、全体の戦況を把握出来る位置にいるテネスだけである。
『おいっ!隊長!抑えているからさっさと撃ってくれねぇか!!』
うざったくもスピーカーからそう言葉が漏れてくる。誰の声だろうか?いや、決まっている。ヤザンだった。
野獣とも例えられる荒々しくも繊細な操縦が特徴な彼、それが相手を足止めしようとしているのだ。
この時、既に僚機の数は半分の6機…。
時間にして言えばたった2分で既に、半数が落とされていた。
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