〜0083年1月24日
黄橙のパイロットスーツに身を包み、宇宙空間と一体となったかのような、そんな空間に戸惑うこと無くリニアシートに座り、スロットルとレバーを動かしては機体の反応を見る。
パイロットの動きは実際に、機体の挙動に応えるように動かしているが、パイロットからしてみればそれは余りにも苦痛であった。
「あたしが振り回されているってのかい、何何だい?この機体は…。」
シーマの反応速度、それは確かに常人の領域よりも速いものである。エースパイロットになるということは、それだけ腕が立ち生き残る為の術を持っているということである。
それと同時に、自機を要領良く効率的に操縦する事が出来るということでもある。
だが、ガンダムℵと言う機体がどれだけ恐ろしいものであるのかと、それは彼女をして舌を巻く程のものだった。
ペダルを踏めば一息に加速し、レバーを操作すれば滑らかすぎるほどに腕が動く。
これ程までに扱いづらい機体等、あっただろうか?いや無い。
「シミュレーションデータでコレなら、実際に動かしたら相当厳しいでしょうね。こんな機体、良く作りましたね。」
「つまらなくない無いでしょ?貴女達がどんな機体を創っているかは知らないけれど、コレを一般人が使える程度に調整するんだから、難しいでしょう?」
ニナとクリスの関係は幾分か改善していた。互いに所長に叱られたと言っても、やはり機体に対する思想の違いは覆し難く、ならば実際にそれを見たほうが良いという決断が取られた。
始めに、ℵを操縦したのはアムロである。と言っても、調整のために機体を動かすことは出来ず、専らシミュレーションデータ上でのことであるが、滑らかに何の心配も無く彼はそれを動かした。
そのデータ上の数値が、通常のそれよりも遥かに鋭敏なセッティングをされている事など、ニナには直ぐに理解出来た。
それが誤入力ではないかと、何度も聞き返したりしたものの、実際にそれを操縦出来る人間がいる事に驚愕したくらいである。
そしてそれを、知らない人間……シーマが操縦するのだからたまったものではない。
『本当にコレで正常なんだろうね!!』
マイク越しに聞こえてくるシーマの声を聞いて、クリスはマイクボタンを押して答えた。
「大丈夫、正常な値よ。寧ろ、35%で動かせてるだけで十分貴方が強い人だって分かるわ。」
『チッ……そうかい。わかったよ。』
シーマがイライラとしている事がよくわかるような、そんな反応は珍しいものだ。
特にパイロットとして一流である彼女が振り回されるのは、それこそℵが可怪しい機体であるのだ。
「アムロ中尉……でしたっけ?彼、本当に人間?」
「れっきとした人間よ?恋だってするし、お腹もすく。ごく普通のね。」
今日は休暇でいないのだが、彼の陰口を言われるのは気分が良くなかった。
そんな彼の事を考えながら、クリスは所長に呼び出されたあの日、定刻通りの終業時に、アムロに言われた事を思い出していた。
1月18日の深夜。コロニーの天井が夜へと変化し研究所の人々は姿を消した後、最後に残された2人の人影が、建物の外へと続く通路を辿る。そこで互いに歩きながら、なんとは無しにアムロはクリスに語りかけた。
「あの人…、嘘をついていました。」
アムロはエフェメラと名乗った女性に対して、そう評した。提示されていた身分証明書には、不記載も無くきちんとした物が揃っていただけに、クリスはその言葉に驚嘆した。
「どうしてそう思うのかしら…また勘?」
「勘というか……、なんて言ったら良いか。握手した時に、見えたというか…視てしまったと言うか。
あの人、本当の名前はシーマと言うんです。」
一年戦争後、偽名を使う人間など珍しくもない。戸籍が消えてしまった人間もいれば、居住地すら分からなくなった者もいる。
その嘘を証明するには非常に時間のかかるものだろう。
「シーマね……他に何が見えたの?」
「コロニーにガスを撒いたのは…あの人とその部下です。
ただ、不本意で撒いていました…たぶん、騙されたんだとそれで…深く深く傷ついています。」
コロニーに対するガス攻撃。その文言だけで、クリスの脳裏には何者がそれを行ったのかなど、
直ぐに記憶から引き出した。
ジオンの特殊部隊、所謂海兵隊と言う者達がコロニー・アイランドイフィッシュに対して行った、非人道的行為だ。
そしてその海兵隊員達は、全員が戦犯として指名手配されている。
その事を一瞬に判断したクリスはその場から再び研究所へと戻ろうとするも、アムロはその腕を掴みクリスを静止した。
「何で停めるの!!あの人は危険人物です、早く捕縛しないと。」
「大丈夫ですよ!あの人はそんな野蛮な人じゃない、寧ろ優しい人です。」
アムロの言う事を信じようとしたものの、クリスにはそんな危険人物を信用する事など出来ない。
寧ろ、そんな人物が研究所に紛れ込んでいる事を、いち早く知らせなければならないという、使命感があった。
「あの人を信じなくても良い、僕の言っている事を信じてください!!」
「ッ!!どうして庇うの、あの人達のせいでどれだけ多くの命が犠牲になったのか、分かっているでしょう!?」
アムロの制止の声に反するようにクリスは叫んだ…。周囲に人がいないのが幸いしたのだろう。だがそれでも、それはヒステリックに聞こえるだろう。
「わかっています!でも…、冤罪だとわかっているのに、罪を着せられたとわかっている人が、極刑が科されるのを黙ってみては居られない!!」
「……、だとしても納得できる材料は無いわ…。周囲にはどうやって説明するつもり?」
クリスから鋭い質問が飛んだ。ニュータイプの勘が全てだ、等と言った所でオールドタイプたる群衆は納得する訳が無い。
寧ろそれを口実に、アムロを拘束することだって出来るのだ。
「何とかしてみせます…。ですから、それまで黙っていて貰えませんか?」
アムロのその瞳には確かに信念があった。
そんな事を思い出しながら、ℵのコックピットから出てきたシーマの事を疑いの目で見ながらも、隣で呑気にしているニナを見てクリスはため息をついた。
どうやら、ニナは普通の人間である事が確定しているからだ。アナハイムから技術を盗みに行けと呼ばれた人間が、こんな大っぴらに開発に協力するはずも無く、システムエンジニアとして実際に有能な彼女のプログラミング能力を見るに、安心があった。
それでも、アムロから言われていてもシーマの監視を怠る事は出来なかった。
24日同日、グリーン・ノア一般居住区。
その中にある一軒家。
そこには、2つの家族の姿があった。
「カミーユがいつもお世話になっていると聞きまして、本当にありがとうございます。」
そこには珍しい光景が広がっていた。
フランクリンは、カミーユが一人の時にお世話になっている、ユイリィ家へと挨拶をしていた。
彼がここの家で過ごしている時間は、コロニーの外にいる時間よりも遥かに短い。
だからこそ、家族水入らずの時を過ごさなければならないが、それでも周囲に迷惑をかけている自覚はあった。
やっている仕事を理解されているかは兎も角として、せめて父親としてカミーユにその背中を見せられるようにと、そういう考えもあったのだろう。
「いえいえ、カミーユくんはよく気が利いてとても助かっています。この前なんて、壊れた物を修理してくれたそうですよ。そうだろう?ファ」
「はい、機械に詳しくてとても頼りになるんです。」
「ほお……そうか、お前がなぁ…。」
珍しく褒めてくれる父親に、カミーユはこそばゆく感じながらも、悪い気はしていなかった。
特に、母と父が何事も揉め事を起こさない、そんな願望の中にあった日常が今目の前に広がっていたのだから、嬉しくない訳がなかった。
「誰に似たのかしらね、カミーユ。」
母親であるヒルダも、少し嬉しそうにしている。なまじ研究者同士での結婚であったから、家庭をおざなりにしがちだった二人である。
こういう生の触れ合いというものにあまり慣れていないが、家族というものを実感するには十分な集まりと言えた。
「それで、今日は特別ゲストがいるんだったね?フランクリンさん。」
ファの父親がそう聴くと直ぐ側にいた2人のスーツ姿の男を紹介し始めた。
「こちら、アムロ・レイくんと、ブライト・ノアくんだ。」
「アムロ・レイって…それにブライト・ノア。父さん有名人じゃないか!」
有名人と言われてブライトもアムロも少し照れ臭そうにしている。尤も、テレビ等に引っ張りだこになっていた当初よりかは、大分慣れて来ていはいたが。
「始めまして、両名にはお世話になっております。」
しかし、2人の胸中は複雑なものだった。紹介されるのであれば、スポーツマンであるとか有名な俳優であるとか、そう言う紹介のされ方をしたほうが遥かに建設的だろうと思っていた。
この時制、戦後という間もないが故に軍人が持て囃され、そしてプロパガンダが此処まで浸透していることを、いやでも理解できてしまう。
「あの!サイン…貰っても良いですか!」
「あ…ああ、アムロお前も書いてやれ。」
「言われなくてもそうしますよ。カミーユ君だったね、美しい名前だ。ご両親はどんな思いで付けたんだろうな…。」
色紙など持ち合わせなはないのか、取り合えず持っていた物にサインをねだるカミーユに、2人はサインを描く。
ユイリィ家の人々にも同様に。変なところが上手くなる、正直な話コレが上手くなった所で、何の役にたつというのか。
「ごめんね、下手で。」
「いえ、ありがとうございます。」
アムロは色紙をカミーユへと渡すと、徐ろに握手をした。
その時だ…彼は脳裏に宇宙を見た。
と同時に、カミーユ…。彼の思考がまるで波が押し寄せてくるように、脳裏に入っていく…。
だが、その感覚は別に珍しい事でもない。ララァの時や、クスコ。果てはセイラと繋がる事もある。
ただ、それはアムロにとってのことであり、カミーユにとってはこの体験は非常に衝撃的な事であった。
「カミーユ…カミーユ!!もう!大丈夫?カミーユ。」
「ファ…ファ大丈夫だよ。ちょっとぼおっとしちゃっただけだからさ。」
カミーユはアムロのことをどう思っただろうか?様々な哀しみを背負いながら、戦い続けることを選んだ彼の事をどう思うだろうか…?軽蔑するか?それとも…。
対するアムロの感想は、心底嬉しいものを観たという気になっていた。
カミーユは、アムロやララァの様な戦争の中で力を行使していたニュータイプ等ではなく、純粋に平和の中で育った存在である。
それはつまり、ニュータイプと言うものは決して戦争の中でしか産まれないという、そんな悲しい物を背負った存在ではないと言うことを現す。
それは、アムロがララァと夢見たものであると同時に、セイラと共に歩み拡げて行こうと誓い合った、ニュータイプの本質である。
2家族の食事会も終わり、2人はゆっくりと帰路につく。
その道すがら、アムロは少し機嫌が良いような雰囲気を出していた。
「どうしたアムロ。」
「…、いや良いものを持っているなとそう思っただけだよ。ブライトさんは、感じなかったんですか?」
アムロのその言葉に少し眉を顰めるも、それでもアムロが言わんとしている事を何となくブライトは察した。
ブライトは、自身をニュータイプ等ではないとそう自覚しているが、周囲を纏め上げ適切な判断を下し多くの生命を救った彼も、れっきとしたニュータイプだろう。
ただ、方向性がちがうだけで…。
「俺はオールドタイプだろうさ、ただお前が何を言いたいのか分かるがな。どうするつもりなんだ?」
「自然に生きたほうが幸せも多いからね、それにこういった業を背負うのは俺達の役目でしょう?なら、そっとしておくほうが良いですよ。」
この宇宙に生きるニュータイプは、果たしてどれだけいるのだろうか?アムロの胸中には、興味と同時に踏み込まないという勇気が混在していた。
同日 地球 オーガスタ・ニュータイプ治験センター
白衣を身に着け患者とおぼしき女と対面しているセイラは、その眉間に僅かに皺を寄せていた。
発端はこの女が告げたある種の脅迫とも言える話の内容であった。
シャア・アズナブルは生きている
その言葉はセイラの琴線に触れた。
「今更そんな話はよして頂戴、だいたい今更になって連絡をくれたと思えば、こんな人を使うような真似をして…兄には恥というものが無いのかしら?
それに、こんな話を持ってきても良いの?私には監視がついていますけれど。」
「事態は急を要すると言いましょうか、コレは私の独断で、キャスバル様の意思とは無関係です。
先日、アクシズの私の派閥から通達がありました…。星屑が動いていると…。
ですから、急ぎ避難をと告げに来ました。」
その言葉を聞いて、セイラは目を細める。その女性が嘘を言っていないと言うことは理解出来た。しかし、そう言う決断を下すというのだから、この女にも相当な覚悟があると言えた。
「私に近付いたのなら、貴女も連邦の監視から張られるでしょう。お気をつけて、情報ありがとう。」
「はっ!ジーク・ジオン」
そう言う女性に対してセイラははっきりと言った。
「その挨拶よして頂戴?私、それ嫌いなの。」
それを聞いて、女は悲しげにすると診察室を出て行った。
一人残されたセイラは窓の外を見上げ、誰かに何かを伝えたい想いに駆られる。その見つめる先には、小さく輝く2つ目の月が出ていた。
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