シーマがジオン・ダイクンと言う男を知ったのは、四角いテレビの前であった。
そもそも政治運動などというものに興味もなく、ただ今を生きる他ないそんなコロニーの住人が、政治運動を志すなど自殺行為にも程がある。
しかし、環境が彼女にその状況を打破する行為を強要するのは、時間の問題であった。
両親との慎ましい暮らしの中で、ある時その男は街の中心の広場で大々的に演説を始めた。
その男はテレビの向こう側から、現実にいる存在であると誰もがその男に目を奪われた。
0058年、シーマが物心ついた頃…。居住地であるコロニー、マハルが所属するサイド3は、地球連邦からの独立を掲げ政治運動が活発化する。
大人達は熱狂し、男の先導の赴くままに彼等は浮かれている…。
そんな光景が大嫌いであったが、同時に大人達がどうしてそこまでこの男に熱狂するのか知ろうとする、そんな契機となった。
歳を経る程に世界を知り、学校で優秀な成績を取るごとに大人達が何故、あれ程に熱中するのか。
それを目の当たりにする事になる。
シーマがどれだけ優秀な成績を残しても、それは正当な評価をされず、地球にある大学に行くことなど夢のまた夢…。
連邦による知識の独占と、自由のないコロニーと言う巨大な檻の中…。それでも、抗議活動に身を窶す事など到底出来るものではなかった。マハルとはそう言う余裕の無い人間ばかりが呼び集まった、難民コロニーであった。
そんな彼女に契機が訪れる。
0066年高等教育を受けられる年齢になった彼女は、一つの物を目にする。
ジオン国防隊と呼ばれる、公国軍の前身組織が大々的に部隊員を求めていたのだ。
当時はまだ連邦軍帰属の、小さな自治政府軍でしか無かったが、学校に通いながら、金が手に入る。なんて良い物を創ったのかと、喜び勇んでそこへと志願した。
男所帯の中、少ない女として舐められてはならないと意気込み、彼女は良い成績を納めると同時に、給料が上がる。
暮らしも楽になる。だんだんと、ジオン・ダイクンに熱狂する仲間達の気持ちが分かってくるようになっていった。
だが、そんな風も直ぐに止み暗雲が立ち込める。
0068年ジオン・ダイクンが何者かに暗殺されると、より連邦との軋轢は大きく膨らむ。
弔合戦をすべきという声が大きくなっていく、そして……誰もが声を揃えて言った。
〘スペースノイドの自治権のために我々は立たねばならない〙
と…。学校に通うもので有ればあるほどに、その思考にドップリと浸かっていく…。
周囲との温度差を感じていた彼女の運命は、非常にも最悪の形となって不安が顕現する。
誰も信じられない、味方ですら…。いつ後ろから刺されるか、誰がなんのためにどうして…。
不安の最中…、過去誰もが笑って受け流していた者が姿を現し、彼女はそれを振り払おうとした。
0083年2月2日
バチバチと言う青白い放電が、宇宙を彩りモビルスーツ同士の剣撃が交錯する。
P・ジムの左手に握られたビームサーベルが、ガンダムの左手に握られたサーベルとで一瞬の鍔迫り合いが発生する。
多人数対1人と言う状況の中、八方からの攻撃を逸らす唯一の方法は、敵陣に踏み込むこと。
見事に中心へと侵入し、射撃が中断される。
〘どうしてです……、何で!〙
P・ジムのパイロットであるシーマの脳裏に木霊するその声は、目の前にいるガンダムからだということが、無意識にシーマにはわかった。
だが、それに答える術はなく幻聴のようなその声は、自らの幻だと頭を奮う。
スラスターによって互いに勢いを殺しているものの、互いに高速に錐揉みしながら、高速で戦闘が行われていく。
弾かれるように、P・ジムは蹴りを叩き込まれその距離を離される。
と同時に、その瞬間相手となっていたガンダムℵの存在していた場所に、ビームの軌跡が届く。
「ぐっ!うぅううう!!アタシを踏み台にするのか!!」
間髪入れずに反撃のビームライフルを3射するも、それを機体をクルクルと錐揉みする要領で、いとも容易く軌道から反れる。
苛立ちが加速する…。
誰よりも強くあろうと、誰よりも我慢して、誰よりも孤独に生きてきたはずだと言うのに…、謎の声は彼女に問いかける。
そして吠えた。
「アタシだってこんな事望んじゃいないんだ!!だけどしょうがないだろ!全てに見限られたアタシに、何を信じろって言うんだい!!」
その言葉と共に再び一直線にガンダムへと進み出る。
どんどんと加速する機体、それに引っ張られるように身体はシートに沈み顔は引き攣る。
『エフェメラ大尉!!辞めてください!それ以上は危険です!!』
外部から流れてくる音声に耳を傾ける事もせず、ただ一点にのみ集中して突き進む。
僅かに視界がぼやけてくる事も構わずに…、ただ一機のみを叩こうと…。
〘お前が…いなくなれば、彼奴等も…!〙
その言葉は、心からの言葉だった。自らの残された物は、ただ彼女の帰りを待っている家族同然の部隊員達だけだ。
だからこそ…今ここで、目の前のそれを破壊すれば確実にその先に進める。
それにしか…賭ける者は何物残っていないから。
「死ぬ気なのか…だったら!!」
高速で近付いてくる機体に、アムロは一瞬の判断の元左腕にマウントしていた盾を使う事を選択する。
衝突寸前に、僅かにそれを傾けると受け流すように機体を流す。
強烈な衝撃に捉えられる間もなく、右腕のウェポンユニットからワイヤーガンを放ち、それをP・ジムへと巻き付けた。
強烈な速度で出ていくワイヤー。
スラスターの灯火が消えた機体を、なんとか静止させるようガンダムを加速させ静態速度に捉えると、スラスターを全力で吹かす。
必死に止めようとして…、緩やかに機体は停止した。
「大至急医療班を!作戦は中止です!!」
その言葉が、宇宙に響いた…。
微睡みの中、幼き日の思い出が蘇る。貧しくも両親とともに寝食を共にした日々を…。
それを傍らに、自らは苦悩する。多くの罪の無い人々を殺めたその血に濡れた手を…。
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
謝っても謝っても……彼等からは声など返ってくることはない。
苦しい…怖い…、何も見えない。
そして覚醒する。
瞼を開ければ見知らぬ天井、一瞬鼻に抜ける医薬品の香りがそこが、医務室だと理解するには充分な条件だった。
幾つかの質問を聞き、若干の内出血を起こした眼球は僅かに充血していながらも、正常と判断され5日の安静を言い渡された。
周囲からの目は心配が半分、叱りつけるような言い様をする者が半分。
それでも生きていてよかったと表面上言われている内は、まだ安心出来るところなのだろうが、シーマとしては複雑なものがある。
誰が自分を庇うのか、心当たりはある。
「まったく、あまちゃんだねぇ…。」
あの青年が彼女を見透かしていることなど、当に分かっていたはずだろうに。
だからこそ、それが一番堪えるのだ。どうしてお前は全てが終わったあとに出てきたのか…。
あの時、自分を落とすことが出来るようなそんな奴がいれば、あの日生きていた人々は、きっと今も暮らしていたはずだと言うのに。
研究所の展望デッキから見る外の景色、マハルのような密閉型コロニーとは違い、太陽光を反射して取り入れることのできる、より自然な形の光。
それが眩しくも、このコロニー全体を照らしている。
「彼に感謝したほうが良いわよ?」
不意に後ろから声がかけられた。ここ最近で聞き慣れたその同僚の声は、いつにも増してドスが聞いていたが、シーマにとってはそれ程脅威には感じなかった。
「良いのかい?こんな所に、ノコノコと一人で来て。アタシなら、一人でスパイを相手取るなんて無謀な事、やらないだろうね。」
「コレでも、徒手格闘には造詣が深いと自負してるの、結構得意だったのよ?」
シーマが振り返れば、そこにはクリスの姿がある。
互いに互いの存在がどんな相手であるのか、大凡の概算をしているからこそその光景は成立した。
「それで?それだけを言いにここに来たって事はないだろう?私を捕らえに来たのかい?」
「ええそうよ……、と言えたら良かったのだけれど。また、彼に止められた。とことん甘いと思ったけれど…、彼は貴女を信用しているわ。何処がそう判断させるのかしらね?」
腑に落ちない。と言った態度でいるクリスであるが、それはシーマとて同じ事だ。
自らの本心を話したことなど一度たりともないと言うのに、それで相手を信じられるのなら、それこそ本当に甘ちゃんだと思う反面、もう一つの可能性が頭を擡げた。
「ニュータイプ……ねぇ、もしそんなのが実在したらそんな人間なのかもしれないねぇ。
人の話を聞いて、互いに理解できるそんな理想のような人間像の奴が、本当にいるのなら。それこそ、彼奴みたいな奴なのかもねぇ……。」
「………信じてるの?ジオンが提唱したニュータイプと言う概念を?」
クリスは驚いていた。実際、ニュータイプを心より信じているジオン兵士は、その尽くが意味も形もないただ宣伝によって産まれた物を信じているだけだったからだ。
軍内部で目に出来る資料にもそんなものが大半で、稀に酔狂な人間がそれを信じていた。
ニュータイプを言葉で定義するのは余りにも難しいが、アムロと言う実体を目にしたクリスだからこそ、ある種信じる事が出来るのだろう。
だからこそ、シーマの様な海賊に身を窶して生きている人間が、ニュータイプ等と言う物を信じている事に驚いたのだ。
「信じてなんていやしないさ…、ただそんな奴がいればなぁって思っただけだからね。ただ、彼奴を見ているとそれを信じてみたくなるもんなのさ。
あんなにも甘い癖にアレだけ強くそして…、あまつさえアタシなんかを信じようとしている。
心を見透かしていなきゃ、言い出そうとはしないだろうね。」
「そう……、で?これからどうするつもり?」
疑いの目は晴れることはない、ただそれが当然でありシーマとしてもソッチのほうが気が楽でもある。
「そうだねぇ、契約不履行って訳でもないし向こう様も分かってるだろうさ。
あくまでもコッチはダミーみたいなものだろうからね。」
「相手を教えろって言っても、貴女は喋らないでしょうね。そういう約束事は遵守しそうな性格してるから。」
シーマは口元に僅かに笑みを浮かべ、自嘲気味に笑った。それが果たして誰に向けてのものであるかはさておき、彼女の見つめる先には美しい街並みが広がっている事だけは確かであった。
同じ頃アムロはと言えば、各種機体のチェックを行っていた。
先の戦闘に加え、機体の動作に一部不安定な部分が見つかっていたからだ。
AMBAC肢が4本から6本に増えたが故に、機体に対する負荷は増大した。
スラスターの力によるベクトルの緩やかな変換とは違い、AMBACのそれは機体を180°姿勢方向を変えることにより全体に満遍なく力が加わってしまう。
そのせいだろうか、内部フレームに僅かであるが歪が出来ていた。
「計算よりも侵食が早いな、やはりやってみなければ分からないことも多いという事だな。
ニナ君、君の案は有用だがまだまだ技術が追いついていないな。コレは、もう一世代後の仕様だな。」
フランクリンがそれを冷静に分析し、今回のその主原因となっている物の開発者に告げる。
それを聞いた彼女は少しブスッとしているも、納得はしている。実際、フレーム構造も少しずつ変更を加えられているのだから、未だにガンダムℵは、試作機の枠から出ているものでもない。
「だけど、操作性は随分と良くなりましたし、姿勢制御もやりやすくなりました。彼女のやったコレは、実戦ではかなり役に立つと思いますよ。」
「フォローありがとう……、理論が先行しているのはそうですけれど、材料工学の側面から言わせてもらえば、早計すぎます。
せめて、もう一世代上の物を使わなければ…。」
「破綻するか……、悩ましい限りだな。やはり、今の段階ではスラスターを増やすのが一番の道か?」
互いに意見を言い合うそれぞれの責任分野に於いて、その生きている情報というものは特に必要なものだ。
「僕はそれには反対します。どれだけスラスターを増やしても、継戦能力が減って、被弾した場合のダメージコントロールに皺寄せが来るんです。
僕みたいに被弾を抑えられるパイロットならともかく、新人パイロットにそれを背負わせるのは、崖から飛び降りろと言われているような物です。」
「だが、フレームの強度を上げるには時間がかかる。それこそ年単位でな。」
悩みながら、答えを見つけ出すのは時間もかかる。暗中模索とはこの事だろう。
「なら……、古い技術を使えば良いんじゃないかしら?特にAMBAC肢はそれ程急速に動かす必要はないんでしょ?」
「そうですね、どちらかといえば精密性を必要と……、なるほどその手がありますね。」
ニナの考えていた事にアムロは納得し、フランクリンやヒルダ等にそれを伝える。
一言で言えば温故知新というものだろう。
アナハイムの様な、ジオン系の技術体系を組み込んだ者達がいるからこその判断だった。
フレキシブルバインダーの操作系を、流体パルス方式へと転換する。
思い切りのある提案であった。
シーマ様の過去捏造
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