〜0083年3月25日 ズム・シティ
歓楽街の外、少し離れた位置に有るそれなりに大きな建物は、豪邸と言う程ではないにせよ、それでもこのコロニーの中では大きな建物の内の一つであった。
シャイアンにあるアムロの邸宅と、建物の規模としては似たり寄ったりで有るものの、大きな庭という物は少なく使用人の姿も疎らであった。
そんな邸宅の一室、客間にてアムロとクリス、そしてこの邸宅の主であろう夫婦が何やら会話をしていた。
「しかし、本当にアルテイシア様は地球に居られるのか…、信じられないが…君が嘘を付いていると言う理由もないか。お元気にしておられるのだろう?サイド3には何時ごろ来られるのか?」
「カーウィン卿、それは今は判断しかねる事です。彼女は、連邦の監視下に有りますし、今は表舞台に立つべき時ではないと考えていますから。」
アムロは、この邸宅の主である男を見据えながら彼の人間を良く観察している。
決して野心家と言う訳でもなく、家族思いでそれなりに父親をやろうとしていた男は、表側としてセイラの生存に対して嬉しさを現している。
元はダイクン派に属していたと言われるこの男は、セイラが師事していた、故ジンバ・ラルと懇意の関係にあった人物であるのだと。
当然ながら、ザビ家の台頭によって冷や飯ぐらいを受けていた関係上、ジオン公国軍に対して良い感情を持っていないらしく、連邦と裏で取引を行っている、元公国軍に対して敵意を向けていたからだ。
ジオン軍風に言えば裏切り者であるが、男に言わせればザビ家の傘下に立ち、そしてその後援をする事こそが裏切りであった。
だが、勿論ダイクンの御旗の下で戦ってきた男である。勿論、連邦に与するような事も、あまり望んでいるわけではない。
アムロはその事を分かった上で、セイラの生存と現状を話しつつジオン共和国内での、セイラの現在の立ち位置を明確に把握しようとしていた。
結論として言えば、神輿に担ごうという人間も多く、このままで行けば最悪の結果、セイラを出汁にしかねないと言うのが、アムロの見解であった。
ただ、カーウィン家は一人娘がいるらしく、それ故にセイラに対する無理強いは避けた方が良いと言う、感情的な部分を観ていた。しかし、所詮は政治家である。
「それに、彼女は地球で多くの事を学びたいそうです。特に、戦場となった街を、傷ついた人々を見て見ぬ振りをしたくはないと。そういう事で、地球を離れるにはまだまだ時間を要するでしょうね。」
「私にも娘が一人いる。今はジオニック社に出向していてね、何をやっているのか…、親としては心配で堪らんよ。
ジオンが生きていれば、同じ様に心配していらしたでしょう…、親となれば当然の事ですよ。」
半分は本当で有る、しかしおべっかを使っている所も勿論有る。彼はジオンがどの様な人であったかを知っているのだろう。そして、その影響力も…。
アムロは、目の前の人間の腹黒さを知りつつも、必要な情報を求めて話を続けた。
「そうなんですか、どういった人物であったのか詳細に知る人はあまり多くないようで、彼はどんな人だったのですか?」
アムロとしても、ジオン・ダイクンと言う人物がどういった者であったのか、興味が無いわけがない。
第三者だからこそ多角的に彼は見ることが出来るし、何より総合的な評価を下すことが出来る。
「それは私も聴いてみたいわね、連邦の宣伝以外で聴いたことないのよ?」
「そうか……、良しでは語らせてもらおうか。」
それから小一時間、彼は雄弁に語るのだ。如何にしてジオン・ダイクンと共に自分等がその道を歩んだのかと言う事を…。
そして……
「これで13件目が終わったけれど、何となく見えて来た?ジオン・ダイクンって人の形。」
「まあ…、何となく。良くも悪くも文官で、官僚的で何より政治家だったという感じだろうなと…そう思います。」
アムロとクリスはレンタル・エレカを運転しながら街へと戻る間に、このサイド3という中でジオン・ダイクンの影を追っていた。
言ってしまえば、セイラが自らの知らない父親の本当の姿を知りたかったという事が起因しているが、アムロもまたどの様な土壌でニュータイプ論が生まれたのかという物に興味があった。
その結果…、ある意味で当然のものへと帰結していった。
「理想主義者、悪く言えば夢想家とも言える。地球で議会に敗れた彼が、連邦の内部改革を諦め外部から変えようとしたのは、自らの行いを実践するためだった。
その為なら、どんな人間も利用したと…。そういう結論です。それが政治家としてのジオン。
人としての彼はそれ程強い人間ではなかったみたいですから、そういう事もあってセイラさんのお母さんに惹かれたんでしょうね。」
「どんなに凄そうに見えても所詮は人だったって事ね。ある意味親近感湧いてきちゃったわよ?私。」
そんな会話をしている2人も、周囲から見れば歳若い男女が、デートをしているように見えなくもない。
「こんな土壌を持っているところに、連邦が武力で恫喝すれば反発するのは目に見えていただろうに…、連邦政府は何を考えていたのやら…。」
アムロが思い浮かべるのは、数日程前のとある事件。不審船に返り討ちにあったホワイトベースⅡの部隊と共に、係留港へと戻った時の司令部の人間の態度の悪さであろう。
傲慢に、如何にも自分達に非はなくお前らが勝手にやられただけだという、そんな風な視線を送ってくる長官の姿。
あんな奴等が沢山いたのだろう戦前の連邦軍は、果たして様々な問題を抱えていたのだろう、というのが有り有りと眦に浮かぶ。
まあ、そんな者達が多いからこそあの場にいたホワイトベースⅡの乗員も、トロイホースも何のお咎めもなしに済んだと言うこともあるが。
「それで?とりあえず情報の収集も程々だし、何処か行きたい所は?」
「そうですね…それじゃあ」
2人は車両に揺られて、公道を走った。
〜同日・ジオン歴史博物館
サイド3、首都ズムシティに存在する。ジオン歴史博物館は、所謂地球連邦のプロパガンダ施設である。
如何にジオンの思想が頭のおかしいものであり、戦争の火種になっただとか…そんな物を紹介している場所である。
勿論、ジオン共和国の人間は好き好んでそんな所に行ったりはしない、寧ろ観光客向けの物と言えばわかるだろう。
そんな施設の中に、一組の観光客がいた。
金髪でサングラスをかけた、ハンサムな顔立ちの男…シャアがスーツに身を包み、エスコートするようにまだ幼さが残る女と共に、展示物を眺めていた。
その女…ハマーンもまた、目立つ髪の色をしている。パッションピンク…この場合はボルドー色の髪色等、自然になるものなのだろうか…いや彼女はなるのだろう。
余談であるがこの色の髪は現実にも存在する。
遺伝的に珍しく、赤毛の遺伝子を持っているならば、10億分の1と言う非常に稀な確率ではあるが、可能性は0ではない。
閑話休題
2人は博物館を進みながら、このジオン共和国の歴史を聴いていく。セルフガイドが多くの人に説明をしているのを聴きながら、その言葉一つ一つに不快感というものを感じていた。
特に、ジオン・ズム・ダイクンの事を狂った思想家とそう揶揄されている一文には、片や信奉者として片や肉親として…。
それでも、シャアはハマーンに優しげに声をかけ気分転換の為に、君の為にここに来ているのだとそう言い、少しでも心の安らぎになればと言う言葉に情をかけた。
そんな中、シャアはあるショーケースの前で立ち止まり…、それを懐かしげに見据えた。
ハマーンはそんな彼の事を観て、ふと男が過去を懐かしんでいる事に気が付き、そして同時に目の前の彼がこの博物館の中に幾つも置かれている。ジオン・ズム・ダイクンの遺児と
そんな2人の姿を、後ろから観察する者がいた。
「アムロ君……どうしたの?」
「クリスさんいやマッケンジー大尉……、目当ての人が居ましたよ。」
こちらもカップルと思しき装いであるが、その内の一人アムロはショーケースに立つ2人の直ぐ近くに行こうと、クリスの手を取る。
そして……、その二人に声をかけた。
「懐かしんでいるんですか?もしかして、この写真の家に何か想い入れが?」
「……!?」
突然に声をかけられ、シャアはサングラスの奥で目を見開きながら振り返ると…、自らよりも低い身長の青年くらいの年齢の人物が、声をかけてきたのだと理解する。
「君は…!!」
驚愕すると共に、アムロが連れの手を握っている事に対して、少しの嫌悪感を示す。
その時の感情を言語化するとこうだろう。
『どうしてアルテイシアでは無く、そんな阿波連れと共にいるのか?』
と。
勿論声に出すことはしない、紳士ぜんとした毅然とした態度を建て直し、再びショーケースの方を見た。
「はい…、昔……それこそ子供の頃に住んでいた家と似ていたもので…。」
「そうですか…、良い思い出なんですね。
ところで話は変わりますが、この博物館本当に立派だと思うんですが、些か派手すぎではありませんか?」
アムロのその言葉は完全に煽りであった。要するに、この博物館拝金主義で趣味が悪く、歴史が浅いね?と言っているのである。
勿論、美術品だとかそういう物に興味は無い本人は、そんな事全く思っていない。寧ろ、どうでも良いとすら思っている。
シャアもその言葉に同意する部分があるし、何より趣味が悪いというのも頷けた。
問題は、矢面に立っていないハマーンの方はその言葉が琴線に触れた様で、不快感高くアムロに物申した。
「なんでそんな事言うんですか…!だいたい貴方にそんな事言う権利があるとでも?」
「では、その理由をゆっくりと話しませんか?近場にカフェも有りますし、そうですよね?クリスさん。」
アムロからの急なバトンであるが、ここ数ヶ月の間彼と接してきているからか、そう言った物にある程度の慣れがあった。
「ええそうね、ここ最近お気に入りの場所があるのよ。どう?お二人共。」
笑顔を顔に貼り付けて、クリスが心から歓迎しますよ?という風体にしている。勿論渋々やっているのだが、シャアもそれは理解している。
最大の問題は、目の前の2人が地球連邦軍の軍人であると言うところだ。
最悪の場合、実力行使も確かに有り得る。
実際アムロは、シャアとハマーンが逃げようとした場合確実に全力で追うだろう。
士官学校を出ていないにも関わらず身体能力の高かった彼だが、正規の軍事教練によってしっかりと鍛え上げられた肉体は、その身体能力は桁違いに上がっている。
故に、シャアはこの場の不利を悟った。更に護らねばならない人もいるのだから。
「ええ、ではお言葉に甘えよう。構わないかなヘレン。」
「……はい、そうしましょう…。ごめんなさい。」
シャアはハマーンを護るようにそう言うと、彼のその献身を知ったのか…己の判断ミスから彼女は謝った。
その感情をアムロは読み取ったのか、少し気の毒に思いながらもそれぞれに博物館の出口へと向かった。
そんなところでシャアとハマーンが博物館から出てくると、彼等の連れであるもう一人の女が、仏頂面で彼等が出てきたのを観ていた。
その女の名前はカムジと言う。
元々はサイド3に住んでいたわけではない。戦争の結果両親を亡くし、彼女の両親が経営していた貿易会社を相続する形で、ここに来たのだ。
尤もまだ年端も行かないのだから、叔父を代理に据え会社の経営を学んでいる最中である。
件の不審船事件の最中、シャア等が搭乗していたザクも彼女の所有物である。
そんな彼女がジオン独立同盟に参加しているのは、連邦軍が嫌いだと言う以外にも、理由はあるのだろう。
「アナタ達、シラナイ人連邦ノ軍人?」
「ええ、そうですよ。始めまして、君がもう一人の良い動きをしていたパイロットだろう?」
大通りの中、人通りの多い場所でデリカシーも無くアムロがそう告げる。
それを咎めるように、シャアは彼を睨見つけるもクリスが臨戦態勢に入ろうとしているのを見極め、奥歯を噛んだ。
「取り合えず場所を移動しませんか?こんなところで立ち話をしていては、周囲の迷惑になります。」
「分かっている…。カムジ、何処か良い所は無いかな?」
渋々と行った風体で、彼女が指し示した場所は……彼女の会社のオフィス、そこの客間であった。
「本当はアナタ達は入れたくなかった…。」
「ごめんなさいね…、一応仕事みたいなものなの。もしかしたら口が軽くなっちゃうかも知れないから、よろしくね?」
腹黒い、クリスの口からそんな言葉が飛び出して、やはり脅す。尤も、本心では面倒事に巻き込まれて辟易しており、後でアムロに何をしてもらおうか?と考えていた。
「さて、話とは何かな?生憎、我々も話せる事など無いのだがな。戦争に負けて、私は今や単なる民間人だ。」
「民間人だと…?笑える冗談だ…、あんな見事な動きブランクがある様には見えませんでしたよ?と…
自己紹介遅れましたね、僕はアムロ・レイです。」
敵陣のど真ん中で、アムロは怯えもせず堂々と自己紹介から始めた。
「クリスチーナ・マッケンジーよ?」
続くクリスも周囲を観測しつつ、シャアの言動を注視していた。
そして、
「私はシャ」キャスバル。」
シャアが流れを作ろうとしたところで、アムロがその言葉を遮りシャアを目の前にして、まどろっこしい事を嫌った。
「貴方は、キャスバル・レム・ダイクンだ。そして、エドワウ・マスでもある。」
言葉を遮られて、シャアは気分を害したがアムロはそれを気にも止めていない。寧ろ、真実を言ってやったとした所に、彼なりの思惑が有るのだろう。
「君は?」
シャアのそれを無視して、アムロはさっさとハマーンの方に向き直り、その名を聞こうとした。
「ハマーン・カーン。」
彼女は怯えていた。それはアムロに対してであり、同時にアムロと言う人物の優しさに対してもである。
きっと誰にでも優しく接するだろう彼が、シャアにだけ強く当たっている。そして、そんな彼の心にあるのはシャアにとっても大切な人の事…。
だから余計に、シャアは怒っていると言うことにハマーンは恐怖したのだ。
もし、シャアと二人きりになっていたらその事を口走っていたら…きっと自分はシャアの気分を害していたかも知れないと。
そして、そうならないように矛先を自らに向けさせているアムロが、一体どれだけ深いところを見ているのかと、正直な感想を抱いた。
誤字、感想、評価等よろしくお願いします。