白き流星の羽搏き   作:丸亀導師

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セイラ、起つ

〜0083年4月下旬 宇宙 衛星軌道

 

そこに漂うは何か……、ただ一隻の軍艦ザンジバル級のソレがわがもの顔で占拠している。

そこは、機材として見ればあまりにも古く誰からも忘れ去られた場所だろう。

 

連邦もジオンも、既にその場には興味などないのだろう、パトロール艦が回るような事もなく、只々浮かんでいる残骸だ…。

ザンジバル改級機動巡洋艦、リリー・マルレーンの艦橋で威張り散らすかの如き椅子に腰をかけている女性。

 

髪を無重力に靡かせて、その鋭い眼光は蒼く染まった地球を見据えている。

こんなにも近くにあって…、こんなにも美しい場所である。

この宇宙にある、まるで宝石のようなこの惑星で…、幾度もの戦争があった…。

 

そして……、彼女等もまたその戦争を惨禍を創り出した者の一人であった。

視界に浮かぶ地球を見据え、ふと目の前にあるスペースデブリが……人の形をしているかのように見えた。

 

次の瞬間、記憶がフラッシュバックする。

アイランドイフィッシュ、嘗てサイド2に存在した円筒形コロニー。

それが、地球へと落着していく姿。

その中に多くの命を抱えて落ちていく姿…、その中に生命であった物を抱えて落ちていく姿…、その中の生命に手を下した己の姿…、その中の生命が藻掻き苦しむまもなく息絶えていく姿…、その中の生命が一切の鼓動を停止した姿…………。

 

グッと、力強く目を瞑り深く深く深呼吸をする。

 

落ち着け…、落ち着け…、過去の事だ。今更、罪悪感を持って意味など無い…。

 

そう自分に言い聞かせる様に。

 

「……、コッセル時間はどうだ?」

 

ジオン軍服を大胆にも着崩し、胸元を大っぴらにして自らの肉体美を見せつけるようにしている男、デトローフ・コッセル大尉は、このリリー・マルレーンの副長として、シーマの傍らにいた。

 

「予定時刻まで、後10分と言ったところです。…本当に来るのでしょうか?」

 

「さぁね、もし来なかったら。奴の覚悟はその程度だって事だ。それにしても……、驚きじゃないかい?ジオンの忘れ形見、それの関係者がいるなんてさ。

デラーズ辺りがこれを聞いたら、なんていうかねぇ?」

 

シーマは、アムロより受け取った情報から、その暗号を解析して知り得た情報を基に、一つ遊びを始めた。

 

まず、その目的の存在は地球連邦の監視下に置かれている人物である。

かなり厳重にされている事から、途轍もない重要人物。それも、ジオン・ダイクンの末裔に程近い人間であると見た。

 

実際、情報のなかにはその人物が何処にいて、どうやって連絡を取ればいいのか等、具体的な方法まで書いてあった。

しかし、その方法は確実に連邦側に抜かれるだろう事は、容易に想像できた。

何せ、宛先は地球連邦本部。それも、所謂主流派と呼ばれる重鎮の下だ。

 

コレは試したくなった。

非常に大きな賭けである。

もしこれが罠であれば、情報を発信した段階で連邦軍の艦隊が、シーマ艦隊そのものを撃滅する為に動き出すだろう。

 

その場合、傘下に収まっていた連中は暴動を起こす可能性がある。

しかし、その時のシーマにはそれは起こり得ない事を、理解出来ていた。

いや、信じていたのだ。

 

アムロ・レイのことを。

 

あの青二才、人を見縊っているかのようにその力をまざまざと見せつけたその男は、それとは裏腹に人の事を心から信じている。

どれほど悍ましくとも、どれほど意地汚く生きていようとも、シーマがどのような人生を送ってきたのか、分かったように言ったその男は、このシーマ艦隊の誰よりもシーマの事を理解していた。

 

だからこそ、己の直感を信じ先ずはそれを送ってみた。

だが、ただ送るだけでは芸がない。

ならばということで、一芝居設けようと舞台を設けたのだった。

 

ま……、こんなところに来るようならソレこそ、連邦の下でヌクヌクとしていた方が良いに決まって

 

「センサーに感有り!!IFF照合……、地球連邦軍識別信号。航宙戦闘機、コア・ブースターです!!」

 

哨戒要員が突然に声を上げると、すぐにモニターへとその姿を映す。

見るに無惨なほど、不格好な巨大な燃料タンクとブースターを取り付けられた、地球連邦軍のれっきとした軍用機…、その性能は小型のモビルアーマーとすら言われるほどの高性能なその機体が、今目の前を悠々とこちらに向けて進んで来ている。

 

「距離さらに近づく、主砲射程圏に入りました……撃ちますか?」

 

シーマは無言のままそれを見据え、少し考えを巡らすと口を開いた。

 

「通信回路を開け、相手がどんな顔をしているのか見てみたいからね。」

 

「………わ…す。ワタ…、ン……、私はアルテイシア・ソム・ダイクンである。貴官らの要請に応じてきた。繰り返す。」

 

その言葉に、艦橋内は凍り付いた。いや、凍り付く他無かった。

コレは果たして真実か?それとも大きな釣り針か?

皆がシーマのほうを見て、判断を仰ぐ。

 

「嘘だろ……」「マジかよ……」

 

「ふざけんなよ……ダイクンの娘が、こんなデブリの墓場に一人で乗り込んでくるわけねぇだろ……」

 

「連邦の罠だろ、これ。クソみたいな演技で俺たちを油断させて、艦隊ごと潰す気か……?」

 

 

等と、懐疑的な言葉も飛び交う。

それでも、シーマは決意を固めてキッと目を向けて言い放った。

 

「私はリリー・マルレーン艦長の、シーマ・ガラハウである。貴官の勇気を称え丁重に歓迎しよう。」

 

僅かな沈黙の後、返答が届く。

 

「ありがとう答えてくださって。」

 

その声は、少しばかり嬉しそうに聞こえていた…。

 

 

 

 

 

 

 

時は数日前に遡る。

ジョン・バウアーとの会談と、そして受け取ったとある通信、其れ等の内容にセイラは少し考えていた。

 

――――――――――――

 

妖精より、アルテイシア──あるいはその名を継ぐ者へ。

 

古い海兵隊の符丁で接触があった。誰が送ったかは知らぬが、貴様があのダイクンの血筋に関わる者であることは、なんとなく察している。

 

我々はもう裏切りには飽き飽きしている。連邦の新たな罠なら、喜んで迎え撃ってやる。

 

だが、もし貴様が本当に「争いを繰り返したくない」と考えているなら、一度だけ話を聞いてやってもいい。

一年戦争で私が背負わされた「罪」の真相も、ダイクンの娘なら理解できるかもしれない。

 

会談を望むなら、以下の座標へ単艦で来ること。

 

座標:L1ポイント近傍、地球低軌道上旧ラプラス残骸内部ドッキングベイ。

日時:地球標準時で7日後、1200時。

護衛は一切認めない。違反すれば即座に攻撃する。

デブリ帯のため航行注意。連邦の古い地図にも載っていない場所だ。

 

罠なら、貴様の命で償わせてもらう。

本気なら──その時は、互いに銃口を下ろせるかどうかを試してみよう。

 

――――――――――――

 

彼女はその文章に目を通し、暫く目を瞑っていたが、急に目を見開くと立ち上がり、出口へと向かって歩き始めた。

外に出ると、迎えにクスコが現れる。

彼女の目を一瞬見ると、スタスタとある方向へと歩き始めた。

 

「否定はしないけど、反対されると思うよ?」

 

「それでも、投げ出したくなどありません。一度決めた事を曲げるなんて、それが一番怖い事よ?」

 

それを聞いてクスコは、黙って後ろを歩いていく。

暫く進めば、オーガスタ研究所の所長室へと到着するも、セイラはそこに軽くノックをして入っていった。

 

「失礼します。」

 

「あぁ、なんだね?」

 

怪訝な顔をする彼は、またぞろ面倒事が始まるようなそんな気がしてならない。

先程帰ったバウアーの一件もあり、セイラに対して身構えているのだ。

 

「おり言ってお願いしたい事があります。この基地から、宇宙へと飛び出す方法を提供していただきたいのです。」

 

「………提供ねぇ…、わかっているのかな?それは連邦の総意に反する。

厳罰だけで済めばいいが、最悪の場合どうなるか?」

 

それは警告である。セイラは、地球上ではセイラ・マスとして、ある程度の自由が利く身分であるが、実質地球上に縛り付け、アムロ・レイに対する人質の性質を持つ。

 

そんな彼女が宇宙に出ればどうなるか…、考えるだけでも恐ろしい事態に発展しかねない。

 

「今更ですね、連邦軍の高官が現れたということは、この事に対して地球連邦側としても、既に裏が取れているのでしょう?

だったら、行かないという選択肢はありません。」

 

「クスコ・アル、君も彼女の肩を持つか?」

 

矛先は後ろに控える彼女にも向いたが、肩をすくめる程度でお茶を濁す。

それを見て、所長は眉間にしわを寄せ天を仰ぎ見るも、思案を深める。

その間でも、セイラはそこに立ち続け彼に対する威圧を強めていた。

 

そうして数分間…対立していた両者であるが、ふと所長の口元が緩んだ。

 

「ならば…、君は一応であるが軍籍はのこっているのだな?」

 

「ええ、監視するのに好都合なのでしょう。それで妙案が浮かんだみたいですね?」

 

所長はデスクトップを開くと、とある資料を開きそれを彼女に見せた。

先進的衛星軌道迎撃機の試作案。

敵艦隊が宇宙空間を占有し、地球からの迎撃が困難な状況の際検討された、試作機である。

 

それは、案はボツとなったものの、まだオーガスタにはのこっている。

元々はこの施設は、そう言った試作機を、その為に創り上げられたのだから。

 

「これのテストをお願いしたい。君の戦歴と、耐G性能は分かっている。君ならば出来るだろう。」

 

それを聞いたセイラは、少し頬を綻ばせる。

 

「ええ、謹んでお受けします。日程についてですが、コレをご覧になっていただけません?」

 

手渡されたデータを早期に飲み込み、所長は頷く。

 

「裏取りはしておこう、後の彼等説得は、君の手腕次第だぞ?」

 

「心得ています。彼らの心配性は、度が過ぎていると最近は思っていたところなので。」

 

 

セイラは所長室を後にし、クスコ・アルと共に廊下を歩き始めた。

しかし、足取りは自然と研究所の裏手にある格納庫へと向かっていた。

 

そこには、彼女の庇護下で暮らす者たちがいる。

かつてジオン公国軍に所属し、一年戦争終結後に投降・鞍替えした者たち──その中心に、ゲラート・シュマイザー少佐がいた。

 

彼らは表向きはオーガスタの警備要員として登録されているが、実質はセイラの私兵に近い存在である。

 

ジオンの理想を捨てきれず、しかし戦争の無意味さを悟った者たちが、彼女の言葉に呼応し、彼女のもとへと集ったのだ。

 

セイラは一瞬足を止めた。

 

──黙っていれば、彼らは何も問わずに見送るだろう。

 

シーマとの会談が危険なものであることを知れば、必ず反対する。

それでも、従順についてこようとするかもしれない。

だが……、秘密というものは得てして持っていても悪いことばかり起こることもある。

 

「クスコ、待っていて頂戴。」

 

セイラは静かに言い、格納庫の扉を開けた。

 

中では、数名の男たちが整備作業に勤しんでいた。

ジオン軍の旧型ザクの残骸を修理し、孤児院の護衛用に転用している。

 

作業の手を止め、彼らはセイラの姿に気づくと、敬礼ではなく軽く頭を下げる形で挨拶した。

 

ゲラート・シュマイザー少佐は、すぐに立ち上がり、セイラの前に進み出た。

灰色の髪に深い皺、しかし眼光は鋭いままのベテラン将校だ。

 

「アルテイシア様、どうなされた? 所長室からお戻りとは……また面倒な話ですか?」

 

セイラは深呼吸をし、静かに口を開いた。

 

「皆さんに、伝えておきたいことがあります。

私は、数日後、宇宙へ向かいます。単独で。」

 

格納庫内が一瞬、静まり返った。

 

すぐに、若い元兵士の一人が工具を投げ出すように置いて声を上げた。

 

「は? 単独で宇宙へ?ふざけんなよ! 連邦の監視が厳しい時に、何で今さら……」

 

その言葉に、セイラは即座に返した。

 

「エフェメラ…、妖精と名乗るものにお知り合いはいなくて?」

 

シュマイザーは、その言葉に僅かに反応し目を大きく見開いた。

 

「まさか…、海兵隊の。シーマ・ガラハウのところに行くと?アレは危険です。コロニーに毒ガスを注入し、それを何とも思っていない悪党です。」

 

「コロニー落としをした時点で、貴方方も同罪ではありませんこと?

どれだけの民間人が犠牲となったか、お忘れになって?」

 

セイラのその言葉に、彼らは押し黙る他ない。

そんな中、一人の若い人が声を上げた。

 

「だ、だがよ。それでも連中は危険すぎる!!それに一人で行かせるわけには!!」

 

ゲラート少佐は、無言で手を上げて部下たちを制した。

しかし、その表情は厳しい。

 

「アルテイシア様……我々は、貴女の理念に賭けてここにいる。

争いを繰り返さないために、ジオン残党の汚名を地上で晴らすために。

だが、貴女が命を落とせば、それが全て水の泡だ。

我々を連れていってください。少なくとも護衛として。」

 

セイラは、静かに首を振った。

 

「いいえ。相手の条件は単艦──単独です。

護衛を連れれば、即座に攻撃される。

それに……これは、私自身の覚悟でやらなければならないことなのです。」

 

若い兵の一人が苛立たしげに吐き捨てる。

 

「覚悟って……クソッ、俺たちゃ飾り物じゃねぇんだぞ!

ジオン時代から戦ってきたんだ。アンタを守るためなら、喜んで──」

 

「黙れ。」

ゲラート少佐の低い声が響いた。

彼はセイラを見つめ、ゆっくりと続けた。

 

「貴女は、ダイクンの血を引く方だ。

我々のような敗残兵が、貴女の盾になるのは当然のこと。

だが……貴女の目指すものは、時に我々を置き去りにする覚悟も含むのか?」

 

セイラは、皆の視線を受け止め、穏やかだが力強い声で答えた。

 

「ええ、含まれます。

皆さんがここにいてくれるから、私は前に進める。

孤児院の子供たちを、地上の未来を守ってくれるのは、皆さんです。

もし私が黙って行けば、皆さんは後で後悔するでしょう。

そして、私も──皆を信じきれなかった自分を、後悔する。

だから、正直に伝えます。

私はシーマ・ガラハウと会い、彼女の『罪』の真相を聞き、互いに銃口を下ろせるかどうかを試してきます。

それが、争いの芽を摘む一歩になるなら……私は、帰ってきます。

 

それに…、私は兄のように誰にも物を言わずに、勝手に出ていくの性に合わないので。」

 

格納庫内が、再び静寂に包まれた。

 

ゲラート少佐は、しばらくセイラを見つめていたが、ゆっくりと敬礼した。

 

「……了解しました。我々は、ここで待っています。

だが、約束してください。必ず、帰還することを。」

 

若い兵たちも、渋々ながら頭を下げた。

セイラは、それに僅かに微笑み、皆に軽く頭を下げた。

 

「ありがとう。皆さんがいてくれるから、私は怖くない。」

 

彼女の目は宇宙(そら)に向けられていた。

 

 

 




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