0083年 4月上旬
セイラがシーマの下へと向かう、ちょうど5日程前の事、様々な問題に直面したトロイホースと、その乗組員達はいよいよもって、サイド6からの出航の日が近づいていた。
その日、クリスは実家での荷造りを始め、その手伝いをするというアルと共に、エレカへと荷物を運んでいた。
「よいしょっと、これで全部ね。ありがとうね、アル。そうだ!お礼にお茶でも飲まない?
お菓子も余ってるし、今日は雨も降らない予定でしょ?」
「ありがとうクリス…、でも盗まれたりしない?」
ジュニアハイスクールに通う彼は、先の出来事からサイド6内が俄に騒がしく動いている事を、ミリオタと言う人種であるが故によく理解していた。
「大丈夫大丈夫!アレは別に取られても困らないものだから、大事なものはもう船にあるしね!」
「なら……良いんだけどさ。」
再びクリスの家の中へと戻っていく2人、お茶菓子と紅茶が出てくるのは、クリスの家では当たり前である。
ベリークッキーの味は、素朴で寧ろ風味良く別れを惜しむには、少し甘味が足りない。
「ねぇクリス、クリスはさ…なんで連邦軍を続けてるの?」
アルは聞きたかった。あんな機体を操縦して、色々な仕事をして、そして戦いに巻き込まれて、いつ死ぬとも分からない。
そんな仕事を続ける彼女に、疑問を投げかけた。
嘗ては、このコロニーが襲われたらどうするかと聞き、一人になりたくないから戦うと返した彼女が、今度は何故今も尚続けているのかと気になったということもある。
彼女は殆どが地上勤務で、守るべき両親は宇宙に居る。にも関わらず、彼女は今も連邦軍に居るのだ。
「また、難しい質問ね。う〜ん、そうねぇ。
例えばさ、昔一緒に働いていた人のソレこそ息子さんがいるとするでしょ?
勿論その子には直接の面識はないし、深い関係もない。その働いていた人が突然、いなくなってしまいました。その子は、孤独に闘っています
そうなった時、アルならどうする?」
逆に質問を返されて、アルは暫く考えた。恐らくはこの話は殆どが真実なのだろうと、ではその人が誰なのかと…。
「それって実話?」
「そこはノーコメント。」
やはりそうだ。だとすれば、その子の名前も自ずと見える。アムロ・レイの事なのだろう。
クリスは、昔ガンダムのテストパイロットだった。
アルはその事を良く知っている。
あの日見たことを、忘れた事など片時もない。
「僕だったら…、助けたいと思う。」
「そう…、良かった。私もね?助けたいって、そう思ったのよ。
勿論、その子には恋人もいたし支えてくれる仲間もいた。
けどね、とても頑張り屋なんだけれど、何処か足りない部分もあるの。
そう言うのを、昔の恩返しとして私は返しているって訳。」
「それが終わったら?」
アルは間髪入れずに問うた。
「終わったら終わったで、その時はまた自分で考えるんじゃないかなぁ。
だってそうなったときくらいしか、考えないでしょ?」
「確かに…そうだけれど。」
アルは後悔の中に生きている自分を、その言葉に重ねた。果たして自分は、バーニィと同じ事を誰かにしてあげられるだろうか?
ただ、皆には出来ないかもしれない。では1人に対しては?
「さてと…そろそろ行かないとね。」
グイッと紅茶を飲み干す彼女の姿が目に写り、立ち上がって後ろを振り向こうとする。
「クリス……、クリスに話さなくちゃならないことがあるんだ。」
いつ会えるのか分からない、もしかしたらもう二度と会うことは出来なくなるかもしれない。
あんな戦いとかが有れば、きっと彼女が帰って来なくなる事だって有るだろう。
なら……、少しでもいい勇気を振り絞るべきだ。
「バーニィの事で…、話があるんだ。」
バーニィ、その名前を聞いたクリスはゆっくりと振り返る。その顔には無意識に期待の色があった。
「ええ?あの人と連絡取れたんだ…元気にしてるの?」
「それがね…クリス、もうバーニィとは二度と会えないんだ。」
悲しげにするアルの姿を見て、クリスは察する。その姿は何処か、何時ぞやの戦争の時の友人を見ているようで…。
そう、親しい間柄の人が亡くなった時のそれだ。
「そう……、どうして?」
「バーニィは…、バーニィはもう…この世にいないんだ。
パイロットだったって話したろう?この前、一年戦争の死亡者リストが届いたんだ。そしたら…、そしたらそれにバーニィが載っていたんだ。」
遺族に対して送られる其れ等の手紙のうち、死亡者を特定するリストがある。
ただし、コレはアルの嘘であった。しかし、バーニィがいないことは真実なのだ。
「そう……、それは……残念ね。また、一緒にお茶したかったなぁ……。」
チクリと、クリスの胸に痛みが走る。
どうしてだろうか、胸が締め付けられる様に苦しく、それでいて悲しい。
ただ、いつかは必ずやってくる別れが、こんなにも唐突だなんて思わなかった。
「そう…、アルも辛かったのよね?ごめんなさいね、思い出させてしまって…。でも、どうして私に教えてくれるの?」
「だって…、また会いたいってあの時言ってたじゃないか。」
アルのその言葉に、地球へと戻らなければならなくなったあの日を思い出す。
「そう…、ありがとうね。でも、これで憂いは無くなったわ。
さあ、行きましょう?」
ただ、物事はアルの思い通りに行くほど甘くはない。
彼の想像は、きっとクリスも悲しんでくれるのではという、淡い期待があった。
しかし、そうはならなかった。
クリスは、いや戦場に戦争を当たり前のように生きて来た人間は、身近な人の死を感じすぎたあまり、残酷にもそれに適応し、彼女にしても同様の結果となっていた。
あまりにもサバサバとしたその返しに、アルは目を疑うしか無かった。
一方その頃、トロイホースの艦橋では、静かな緊張が漂っていた。
サイド6出航を目前に控え、乗組員たちは最終点検と進路確認に追われている。艦橋の中央モニターに、地球連邦軍本部からの暗号化された通達が届いた瞬間、ブライト・ノア艦長は眉をひそめた。
「進路変更……?」
ブライトは通信士から受け取ったデータを凝視し、声を低く抑えて読み上げる。
「地球低軌道上、ラプラス残骸付近への迂回航路……。理由は『特殊任務支援』。詳細は極秘扱い。出航後即時実行せよ、と。」
艦橋内が一瞬、静まり返った。乗組員たちの視線がブライトに集まる。
ブライトは苛立たしげにパッドを強く握りしめ、それを隠さずに呟く。
「特殊任務支援……? 今更何だ。サイド6から地球圏への直行ルートで問題ないはずだ。なぜわざわざ忘れられたデブリ帯を迂回させる? 連邦本部は一体何を考えているのか?」
彼の声には、明らかな不満が滲む。戦争終結から数年、トロイホースはもはや戦闘艦ではなく、輸送・支援任務を主とする艦であり、実験艦となっている。それなのに、突然の迂回命令は、乗組員の安全とスケジュールを脅かすものに他ならない。
「いい加減にしてもらいたいものだな。先のサイド3での一件と言い、航路も日程も大きく後ろにずれ込んでいるというのに。」
その時、艦橋の後方から静かな声が響いた。
「艦長……これは、おそらくセイラさんのためですよ。」
アムロ・レイだった。彼はモニターの端に寄りかかり、穏やかだが確信に満ちた視線をブライトに向けている。
ブライトは振り返り、驚きを隠せない。
「アムロ……お前は何か知っているのか?」
アムロは小さく頷く。
「いいえ、ですが突然の航路変更にそう言った心当たりがあるんです。特に…、ジオン関連で。」
艦橋の空気が変わった。乗組員たちが息を呑む。
ブライトは一瞬言葉を失い、ゆっくりとアムロに近づく。
「そんな危険なことを……なぜ君は黙っていた?」
アムロの表情は変わらない。静かに、しかし力強く答える。
「言えば反対するでしょう?危険すぎますし、それに言ったら言ったで、今度は色々と問題が発生する事もありましたから。」
「なら、俺くらいには相談くらいして欲しいものだな。そんなに信用がないか?」
ブライトは悲しげな顔をする。
しかし、それを見てアムロは悪気なく発した。
「信用しているから、後出しにするんですよ。だって、ブライトさんならわかってくれるでしょう?」
ブライトは一瞬、目を伏せた。やがて、苦笑を浮かべて肩をすくめる。
「……まったく。お前は昔から、そういうところがあるな。」
アムロは穏やかに頷き、視線を窓外の地球に向ける。
「艦長も、昔からみんなを信じてきました。だからこそ、僕たちはここまで来られたんです。」
ブライトは深く息を吐き、通信士に視線を移す。
「進路を修正する。……だが、もし何かあれば、即座にセイラを回収する。いいな?」
乗組員たちが頷く中、艦橋に再び静かな決意が満ちた。
風邪をひいたので今回はここまで……