白き流星の羽搏き   作:丸亀導師

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第58話

〜0083年 4月下旬

 

大気が押されていく、白亜の艦が宇宙から地上へと降りようとしている。

ほそぼそとした大気の粒子たちが押し拡げられ、ゆっくりとその道を開けるように、全く別の粒子が其れ等を押し始める。

 

大気摩擦が生じる事なく、トロイホースはゆっくりと降下し始めていた。

断熱圧縮による艦へのダメージは、その艦の保持するミノフスキークラフトによって生じるミノフスキー粒子の影響によって、確かにそして確実に押し出され、トロイホースをゆっくりと包んでいる。

 

そして、それ故にだからこそこの艦の通常時の運用が、難しいものであると言えるのだ。

 

「進入角度良好、速度良好。ミノフスキークラフト出力40%で安定、大気圏突破まで後30秒。」

 

「各種船体のダメージ知らせ、万が一もある。状況を瞬時に判断せよ。」

 

艦橋員による、艦のバイタルチェックの言葉にブライトは言葉を紡ぐ。一年戦争からこっち、このような艦艇の運用に関しては、恐らくは誰よりも熟知しているだろう彼であるからこそ、より慎重に事を見送っている。

 

ミノフスキークラフトを用いる、地球への降下には大気圏を無理なく突破し、安全に地表に降下することが可能であるという、他の艦艇では不可能な事を可能にする効果がある。

従って、殆どの艦艇に同様の物を搭載すべきではないかというものもいるだろう。

 

しかし、残念な事にそれは叶わない。

 

一つは当然、地球連邦軍のアドバンテージを失う訳には行かないという理由がある。

元来艦艇用のミノフスキークラフト技術を、一番に開発しているのは地球連邦軍だ。

宇宙船を、ロケットエンジンによる強引な浮上ではなく、ミノフスキークラフトを用いた浮遊によって補助できるというものは、推進剤の節約は元より、船体へのダメージを考慮すると妥当なものだろう。

だがこれが民間に流れた場合、ジオンのような前例がある事から、何処か独立勢力が地球に降下する際に使用する可能性がある為に、軍以外での研究は歯止めが掛けられている。

 

二つ目は、このシステムの金額によるところもある。

ミノフスキークラフトというものは、そもそも特殊なシステムだ。宇宙船を浮上させる為に、艦艇を特殊な構造体としなければならない為に、既存艦艇と同様の船体にする事が技術的には困難である。

何より、民間との併用が不可能であるという前述の理由から、コストを抑えることも難しいのだ。

 

三つ目は、技術的問題である。

ミノフスキークラフトというものは、かなり新進気鋭の技術だ。新しい技術には、必ずトラブルというものが付き物で、ホワイトベースでもそれらはもちろん存在した。定期的な精密なメンテナンスは欠かせない。

 

四つ目、これが一番問題のあるところだ。

ミノフスキークラフトというものは、その名の示す通りミノフスキー粒子を媒体として、それを用いたミノフスキーエフェクトという、極薄い膜のような物で船体を押し上げる事によって、船体を押し上げている。

 

つまり、大量のミノフスキー粒子を常時散布していることに他ならず、使用する場合途轍もない電波撹乱が周囲に発生する事となる。コレは、戦時であればいざ知らず、平時でやればインフラを破壊する行為に他ならない。

特に宇宙から地上へと降下する際のそれは、低空を飛行する物の比にならず、それが電装品に悪影響を及ぼす危険性があるのだ。

連邦軍の様な、莫大なコストを天秤に運用をし続けるランニングコスト計算をしている官組織ならいざ知らず。

コストを一番に考える企業がコレを運用しました日には、ソレこそ大量の死体が出来上がる事だろう。

 

閑話休題

 

そんな装置を使用しながらの降下である。ブライトの神経はかなり過敏になっている。

そんな傍ら、アムロとセイラは一つの部屋に入れられていた。

所謂反省室というものだ。というのも、先の事態への罰則というものが、軍上層からの理解を受けた

所謂『特別措置』

であるというところが、ブライトの琴線に触れた。

 

軍というものは規律を重んじなけばならない。それは元来連邦軍の士官として教育を受けたブライトの意見であるし、クリスも同意するところだろう。

そして周囲も、ブライトの行動には理解を示すだろう。

 

特別扱い、というものは聞こえは言いが要はコネのようなものである。そうなれば、艦内の不和に繋がる可能性があるのだ。

見えるような措置、例えば現在行っている独房へ入れる行動等、当にその典型例だ。

 

アムロとセイラは隣り合った独房に入れられて、互いに壁を背にしながらベッドに腰をかけていた。

2人は互いが同じところにいることを知っていて、天井を仲良く見上げている。

 

そんな光景は、トロイホースがオーガスタに到着するまで続いたのだった。

 

なお、セイラが操縦しトロイホースが回収したコア・ブースター、その運用データより後に宇宙用サブフライトシステムの開発へとフィードバックされるのは別の話である。

 

大気圏を突破し、地表へと降下するトロイホースはクラークヒル湖畔の近くへと降下した。

その場所は、オーガスタ基地より程近く人口密集地帯でない、電波妨害の直接的影響の少ない場所である。

それ故に、オーガスタ研究所もここに置かれているのだ。

 

彼等を出迎えたのは、基地司令他数名の基地要員。

巨大な船体を、ゆっくりと地上へと降ろしトロイホースの為に造られた乾ドックが、その姿を包み隠す。

 

接舷されたトロイホースから、ブライト達が出てくるのを彼は見上げながら待っていた。

 

「長期任務ご苦労、疲れも溜まっていることだろう……、それとセイラ・マス少尉には事情聴取が待っている。

報告書を纏め次第、出頭するように。」

 

その言葉を待っていたのか、アムロは一歩前に出た。

 

「失礼します!」

 

「アムロ中尉…君もか、まったく揃いも揃って君達は厄介事の尽きない事だ。」

 

過ぎ去っていく司令の肩を見ながら、セイラはアムロに向かっていった。

 

「私一人でも良かったのよ?」

 

「一蓮托生ですよ、問題の発端を造ったのは僕なんですから。」

 

その二人の会話を聞きながら、ブライトは溜息をつきつつもここ数ヶ月の間に起きた事だけで、報告書を纏めるのが嫌になった。

 

クラークヒル湖畔の風が、乾ドックの隙間から吹き込み、トロイホースの甲板を優しく撫でた。

セイラは空を見上げ、静かに呟く。

 

「……帰ってきたわね、アムロ。」

 

アムロは小さく頷き、答える。

 

「ええ。でも、まだ終わっていない。」

 

二人の見つめる先には一体何があるのか、それは二人も含め誰にも先は見えていなかった。

しかし、理想というものは得てしてそういうものだろう。

 

 

〜数日後 ジャブロー連邦軍本部

 

地球連邦の一文官として、ジョン・バウアーはこの日ここを訪れていた。

面会をする相手は、自他共に『ジャブローのモグラ』と自らを称する、地球連邦きってのやり手政治家。

ゴップ大将である。

 

一年戦争時、地球連邦軍の度重なる惨敗とコロニー落とし、そしてジオンによる地上降下作戦に晒される中、戦争の早期終結を唱える連邦議員は少なくなかった。

しかし、そんな傍らレビルが帰還し全ての方向性が180°転換した。

 

レビルの帰還を手引きし、その事実を連邦そのものへと突きつけ、ジオン内情を事細かに調べ上げていたこの男。

レビルやティアンムが現場指揮の上手い、戦術家であるのだとすれば、このゴップという男は戦争全体を俯瞰的な視点で捕らえ、其れ等を使う謀略にその力を発揮する。

戦略型の将と称されるのが適している。

 

そして、現在地球連邦軍のほぼ全てを纏め上げているのが、この男でもあった。

 

そんな人物と面会するということとなり、ジョン・バウアーは緊張した面持ちであった。

ジョンとて、地球連邦の高官の一人である。生半可な覚悟と、経験を持ってここにいるわけでない。

しかし、ゴップという男の底の知れなさを眼の前にすると、どうしようもなく武者震いが来るのだ。

 

「入り給え」

 

面会する場、ゴップの執務室へとバウアーが到着すると、ゴップは待っていたとばかりに、その部屋の調度品を触っていた。

周囲の物を手入れしつつ、その周囲に埃の一つも許さないとでも言うほどに、入念に彼は其れ等を触る。

 

この行動の真意が何であるのか、バウアーには直ぐに解った。

ゴップの執務室には、必ず掃除夫がやって来て掃除を行う。少なくとも、部屋の隅々まで綺麗に掃除されているのは言うまでもない、しかしそれ故にゴップは気になるのだろう。

自分の周囲の物を人が触った場合、必ず表に見えるもの一つ一つに気配りをしなければ、政敵はそう言ったところにつけ込むのだという事を…。

 

「今日は招待いただいたこと、感謝いたします。ゴップ将軍」

 

「いやいや、こちらこそ君のような連邦のホープが来てくれたことを、嬉しく思っているよ?

ところで、今回はどういう了見で君を招待したのか、よく理解出来ているかな?」

 

ゴップの顔は笑っていた。ソレこそ、蝦蟇かのようなそんながま口を口角を上げて微笑んでいるように見える。

しかし、その瞳は決して笑っていない。彼の目は、バウアーの身体の隅々までまるで、値踏みしているかのように舐め回す。

 

バウアーはこの行動に慣れていた。実際、地球連邦という巨大な組織にいる人間にとって、この程度のことあっても別に驚きではない。

常に政敵と戦い、弱みを握り自らの糧とするのはおかしな事ではないからだ。

 

「ええ、例の…ジオンの遺児の関係なのでしょう?実際自分も会いましたが、アレははっきり言えばやはり、ジオンの血を引いていると言わざるおえない。

私を前にして、冷や汗一つ欠くことなく堂々と物事を言い切った。肝が据わっていますよ。」

 

「そうかそうか、彼女がそんな事をねぇ…。しかし、そんな事はよく知っているよ。それで、君はどちらに着くのか?と聞きたい。私か?それとも連中か?」

 

ゴップのその言葉に、バウアーは目を見開いた。

連邦軍の親玉とも言われる人物からの、率直な物言いに驚いたのだ。

もっと、搦め手で真綿で首を絞めるかのように、自分を脅してくるだろうと、そう算段を着けていたのだが…予想は大きく外れた。

 

それだけ、ゴップという男はバウアーに対して警戒していないのだ。それは同時に、ゴップがバウアーに対してほぼ全ての情報を知り尽くした上で、既に敵ではないと言うことを知っている何よりの証しでもあった。

 

バウアーは、内心恐怖した。

いったい自分の周囲に、どれだけ彼の目が張り付いているのかと…例えば、何処からそう言った情報が漏れているのかと…。

ジオンやニュータイプが宇宙の化け物といわれるよりも、寧ろ眼の前にいるこの男のほうが、今は化け物に見えた。

 

バウアーは一瞬、息を呑んだ。ゴップの言葉は、予想以上に直接的だった。逃げ道を塞ぐような、しかし選択の余地を残すような、絶妙な間合い。

 

「……私は、連邦の未来を思う者です。将軍。」

 

バウアーはゆっくりと息を吐き、視線をゴップの瞳に合わせた。

 

「セイラ・マス──アルテイシア・ソム・ダイクンは、確かにジオンの血を引いています。

ですが、彼女は連邦の監視下で孤児院を運営し、戦後の争いの芽を摘むための行動を続けています。

彼女を排除すれば、ジオンの残党が再び牙を剥く可能性が高まるでしょう。

……それどころか、連邦内部の不信を増幅させるだけです。」

 

ゴップは調度品の埃を払う手を止め、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。蝦蟇のような口元が、再び弧を描く。その笑っていない瞳には何が映るか。

 

「ふむ……君は、彼女を『利用』する道を選ぶのか? それとも、『守る』道か?」

 

ゴップは値踏みしていた。それだけに、目の前のバウアーという男に対して、ある種の期待を傾けていた。

バウアーは即答を避け、言葉を選んだ。

 

「どちらもです…将軍。彼女を利用しつつ、守る。それが、連邦の安定に繋がる道だと信じています。

ジオン残党との接触は、正直危険な行動ですが……、もし成功すれば、ジオン残党を連邦の側に引き込む可能性すらあります。」

 

ゴップは低く笑った。笑い声は部屋に響き、しかし目は依然として冷たい。

 

「立派な理想だな、バウアー君。だが、理想は時に現実を殺す。レビル将軍の帰還で連邦は息を吹き返したが、あの男は戦場で勝っただけだ。私は、戦場を超えたところで勝つために、ここにいるのだよ。」

 

バウアーとてそれは理解している。地球連邦軍の兵站を一手に引き受け、そしてその全てをやり遂げるだけの男が眼の前にいることなど、既に理解している。

ゴップは指を一本立て、静かに続ける。

 

「セイラ・マスを…アルテイシア・ダイクンを『生かす』なら、君が責任を取れ。彼女がジオンの旗を掲げ直す日が来たら……君の首が飛ぶことになる。それでもいいのかな?」

 

バウアーは、喉の奥で息を詰まらせた。ゴップの言葉は、脅しではなく事実の確認だった。バウアーの額に汗が流れる。

 

「……はい。責任を取ります。将軍。」

 

ゴップは満足げに頷き、調度品に視線を戻す。その言葉に対して、ゴップは目を笑わせた。

 

「ならば、君に一つ仕事を任せよう。セイラ・マスと彼女の下へと集う者たちの動向を、逐一報告せよ。

……そして、もし彼女が『連中』の側に傾いたら、即座に手を打つ。君の手で、な。」

 

バウアーは静かに頭を下げた。

 

「了解いたしました。」

 

ゴップは立ち上がり、部屋の扉へ向かう。

 

「去り給え。……君のような若い血が、連邦を動かす日が来るかもしれないな。」

 

バウアーは執務室を後にした。背中に、ゴップの視線が突き刺さるように感じられた。

廊下の先で、バウアーは拳を握りしめた。

 

 




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