浜砂の戦い
〜0083年10月
アムロ達が宇宙から帰還して、6ヶ月余りが過ぎようとしていた。
その間にも、様々な試験を繰り返し互いにアイデアを出しながら、機体の生産性や性能を担保しながらも、研究は続いていた。
オーガスタ研究所のモビルスーツ研究施設、その中にあるガンダムℵのコックピットの中で、アムロはヘッドギアを着けながら目を閉じていた。
「反応速度良好です。機体のフィッティングも極めてスムーズに進んでいます。」
サイド3から受領したサイコミュと、サイド6から受領したフィッティングマシンに接続された機体は、仮想の敵の動きをより機敏に反応して、攻撃を逸らしていく。
「最後の標的です…、お気をつけて。」
「了解した、しかし笑えない冗談だな。」
仮想上に現れたそれは、所謂ザクⅡと呼ばれるスタンダードなものだが、その姿は仄かに赤い色を纏っている。
そう、コレは赤い彗星、シャア・アズナブル専用ザクのそれである。
だが、その動きは他の演習内容とは隔絶していた。
赤い彗星の駆るザクとは、戦場伝説曰く通常のザクの3倍以上の機動性を誇るという。
さて、実際シャア専用ザクの性能がそれ程高かったか?と言われれば、そんな訳はない。
どれ程強化しようとも所詮はザクであり、ジムはおろかリック・ドムにすら性能は劣る。
では、その戦場伝説を生み出したのは何であったのか?それは、偏にシャアの操縦技能に他ならない。
だが、そんな事は実際に戦う者にしか解らないことだろう。
何処の誰だか知らないが、この時データ上に存在するシャア専用ザクは実際に『通常の3倍の機動性』を持って現れたのだ。
アムロが操作するガンダムに、ピッタリと着いてくるように動くのだから、さながらガンダムに初期に乗っていた当時の、ザクの動きに見えることだろう。
ただ、その時とは違いアムロは非常に冷静だ。
彼の思考にリンクする様に、機体は細かく動作する。
それは手や足での操縦とは違い、彼のやりたいことを補助するために、機体が思考どおりに動いているということだ。
「良くやる!だが、そんなものでも!!」
アムロの操縦センスは、この本当に通常の3倍にされたザクを相手に一歩も引かず、寧ろギリギリで攻撃を逸らしながら遂に、動きを捉えた。
「そこぉ!!」
不意を突かれたザクは見事に爆散、塵となって消えていく……という演出が流れたあと、アムロは疲れたように息を吐いた。
眉間を人差し指と親指で揉みながら、文句を言いたそうにしている。
「誰ですか、こんなふざけたデータを入れたのは。」
「…………、私です。いや……あのぉ…ちょっとした出来心ででして、本当にシャアザクが通常の3倍だったらどうなのかなぁと、それでデータを抜き忘れまして…。」
罰の悪そうな顔をして、一人の研究員が手を上げて言い訳を述べてくる。
彼の上司は額に手を当て、天を仰ぎ見ながらどうしてくれようか?と、思案を始めた。
「別に戦わされた事に驚いてはいません。でも、訓練データにこんなものを入れたら、クリア出来なくなりますよ?」
クリアしている人間が言っても、説得力はない。寧ろ、お前は一体何なんだという、そんな感想すら浮かんでくる始末。
特に、他のテストパイロットからすれば、あんなものどうやったって勝ち目はないのに、彼は平然とそれを為したのだと。
「すいません…。」
と謝る研究員に対して、それを許す形で彼はその場を離れる。少し疲労しているように思えるだろう。
実際、アムロにはかなりの負担がかかっていた。
元々サイコミュと言うものは、ニュータイプに多大な負荷を与える装置である。
ニュータイプの特殊な脳波を増幅し、遠隔や死角等に目を配るためのものとも言える。そのため、脳を基本使う事により疲労が脳にダイレクトに蓄積されるのだ。
アムロにばかり無理はさせまいと、多くのテストパイロットが志願するものの、確かにオールドタイプも使用できるが、だからといって使用すれば最悪の場合目を覚さないなんてことは、ざらであるのが、この時期のサイコミュの真実であった。
アムロは疲労を隠しつつ、モビルスーツ研究所を後にした。
彼が向かった先は、施設の本棟。そこの屋上広場へと向かっていく。途中幾人かとすれ違うも、対して気にも止めていない。
それは彼が、いつものようにここを歩いているのだと言う、そう言う現れである。
屋上に到着すればこの時間帯誰もいない、途中で買ってきたコーヒーを片手に彼はフェンス越しに外を見下ろした。
「はぁ…」
と、柄にもなく彼はため息をついた。
相当疲れが出ているのだろう、サイコミュの調整は彼に過度なストレスを与えていた。
そんな彼とは裏腹に、屋上入り口の方からスタスタと登ってくる足音が聞こえ始める。
アムロはその事に対して、何の感情も動くこともなくただ屋上から、施設近くにある孤児院用に造られたグラウンドの動き回る点を見続ける。
「そんなに気になる?あの子達」
かけられた声は、非常に優しいものだった。僅かに振り返り、その声の主がクリスであることを目で確認すると、再びグラウンドの方を覗き見ている。
「子供達はあんなに楽しそうに分け隔てなく生活しているのに、大人は今も争っている。信じられます?」
「まあ…、そうね確かに。子供達は喧嘩や虐めはするけれど、殺し合いに発展することは無い。
でも、何処かの段階で大人になっていく内に、手加減をせずに成長していく……、どうしてそうなるのか、わからないものね。」
クリスは横に立つと、その風景を見ながら答えた。
子供達に混ざりながら、走っている人影が見える。金髪の女、恐らくはセイラなのだろう、彼女もまた楽しげである。
ふと、そんな彼女が屋上に気が付いたのか、アムロとクリスに向けて、片手で手を振った。
アムロはそれを見て、手を振り返す。そんな彼の顔は穏やかであった。
「さっきの試験、やっぱり疲れた?」
「はい、かなり疲労が蓄積しますよアレ。あそこを改善しないと、使えるものじゃないです。よく…ララァはアレを使いこなせていたなぁと。
最も、今のモデルよりはパイロットに優しいのかもしれませんが。」
あの日あの時の戦いを鮮明に思い出す。
ララァ専用のエルメス、それが宇宙を飛び回りながらビットを射出してガンダムの死角から襲い来る。
それを己の能力を最大限発揮しながら、悲鳴を上げるガンダムを扱うあの時の姿。
「で…話は変わるけれど、結局のところどうするの?例の話。」
「え、?あぁ、まだ早いですよ。結婚なんて、セイラさんだって、まだやりたいことが有りますし、お互い落ち着いてからの方が良いと、そう思っていますから。」
突如としてクリスは話をきり上げると、アムロとセイラの結婚話を持ちかけていた。
最近、更に時間が取れる間は2人きりになる事のある彼等の姿を見て、周囲の人間はかなりヤキモキした気持ちを持っていた。
あんなにも近い関係を持っているのに、どうして籍を入れないのか!と、そう言う想いを持っている者もいる。
特に、孤児院の職員には熱心にそれを推す人が多い。
それでも、アムロもセイラもまだまだ早いだろうと、そう判断を下しているのだ。
「まあ、そこは個人の判断だからあんまり口出しは出来ないけれど、あんまり遅くなって結局破局した…なんてことになったら、笑えないわよ?」
「そんなに心配なんですか?」
クリスの脳裏には、結婚間際で死んでいった者たちの姿が目に映る。今頃彼等彼女等は、どういう生活をしてるのだろうか?手に入れたものがいる一方、喪った人もいる事に一抹の気まずさがある。
「私たちは軍人よ?戦争も終わって、比較的安全な世の中になったって言っても、何か在れば命を張らなくちゃならない。
そうなった時、後悔しても遅いわよ?」
「まあ、そうですね。とりあえず提案だけは受けておきますよ…、何分忙しいので。」
アムロは頑なにそれを受け入れる素振りはない。
寧ろ、2人は検討する傍ら、籍を入れる事を拒んでいた。
2人が結婚すれば、それは即ちジオンの娘と1stニュータイプの間に子供が産まれることに等しい。そうなったら、その子供は果たしてどんな運命を辿るのか…、茨の道だろう事は考えるに易い。
ならば、どちらか一方の姓を名乗るように、どちらか一方に着いて行けば、最低でも騙しは効くと2人は考えているのだ。
自分達の影響力を過小する事はせず、最悪の事態を想定しなければならなかった。
「変な話、何かあったら私たちが出来る限りサポートするわよ?じゃなきゃ、推さないわ。」
「その言葉は、受け取っておきますよ。」
そう言いつつ、アムロは決して首を縦に振らない。
そして、比較的楽観主義な周囲の連邦軍人達を尻目に、アムロとセイラは常に気を張っていた。
何かが起こるのではないか…?
そんな、有りもしない強迫観念に駆られていることを、周囲はついぞ知ることはなかった。
そして、事態はこの年の11月に突如として一変する。
セイラの下に、地球在住の元ジオン兵からある情報が舞い込んできた。
地上で何か、小規模なテロを画策する連中がいるらしい。何処かは定かではないが、それでもその忠告に対してセイラは判断に僅かに迷った。
しかし、彼女のその僅かな躊躇が、事態の収拾を困難にする事態に、間に合う事が無かった。
0083年11月、トリントン基地襲撃
ジオン残党の一グループが、潜入工作員を使用してこの地で試験運用中だった、モビルスーツ、アナハイム・エレクトロニクス社製のガンダム試作2号機を奪取されるという、報告がアムロ等の下に届いてしまったのだ。
セイラはコレを悔いた、もし自分にもう少し判断を即決する勇気が在ればコレを停めるように、何か策を巡らすことが出来たのではないか、と。
これにアムロは彼女を慰めた。
周囲の元ジオン兵達は、事態の深刻さを知り己等の手でそれに加担した者達に処分をと、連邦側に直談判する。
「我々は我々の手で、血迷った同胞を止めなければならないのです!!」
と、鬼気迫る彼らの言葉に対して、地球連邦軍は深く思案した。