0083年10月下旬
ジオン残党軍によるトリトン基地襲撃の報が、連邦軍本部ジャブローに通達されるのは、然程時間のかかる話ではなかった。
地球連邦軍宇宙軍ジョン・コーウェン中将率いる、ガンダム開発計画。
そしてそのチームが試験運用中であった、ガンダム試作2号機を奪取するというジオンの行為そのものが問題視された。
連邦軍本部にとって、幾つかの疑問が流れた。
何故試作2号機が奪取されなければならなかったのか?
何処からその情報は漏れたのか?
そして、誰がそれを手引きしたのか?を。
ジャブロー本部の査問会、その会場となっている一室にて、ガンダム開発計画の総指揮官であった、ジョン・コーウェン中将はその法廷に立っていた。
「貴官の責任は重いものだと、自覚はあるか?」
査問会にて声をかけたのは、この当時連邦軍タカ派の中で最も過激とも言われる一派を率いる男…、ジーン・コリニー大将。
その声は、同情の欠片もなくただその姿勢を糾弾するところに、重きを置いていた。
彼らはガンダム開発計画を推進する、コーウェン等の事が気に食わなかった。
タカ派と言うが、彼等は所謂艦隊派とも呼ばれる。即ち連邦軍艦隊を再建し、宇宙戦艦による艦隊の復権を目論んでいる。
モビルスーツ開発に重きを置いているコーウェン等が、正直に言えば邪魔であったのだ。
そんな彼によるコーウェンの糾弾を横目に、ゴップがその政治ショーを呆れた目で見ていた。
三流作家に描かせたような、そんな大々的な演説は正直に言えばつまらない。
ゴップであるならば糾弾等せず、これらの問題を一度棚上げにして、自分の手足の如く動いてもらう為に画策するところから始まる。コリニーのそれは、欲望が前面に出ていて好きになれなかった。
結果として、コーウェンは派閥的失脚という形に落ち着いたものの、問題はまだ何も解決していなかった。
既に事件が発生して1週間の時間が流れていた。強奪されたガンダム試作2号機、その行方を追っているアルビオン隊は、依然としてその機体を確保する事が出来ていないのだ。
宇宙へと逃れた敵は、果たして何処に潜伏したのか?
先刻行われた、『デラーズ・フリート』と名乗るジオン残党軍は、地球連邦軍に対して宣戦布告とも取れる条文を叩きつけたばかりである。
事態は坂を転がり落ちるかのように、加速度的に悪化の一途を辿っていた。
査問会も終わりを迎え、ゴップはその部屋を出ようとした時、彼はコリニー大将に呼び止められた。
「君に話があるのだよ。」
ゴップは何のことだろうかと思ったが、思い当たる節が山のようにある為に、果たしてどのようにのらりくらりと交わそうか?と、いつものように構えていた。
査問会の会場、マイクも完全に切られたその部屋に、相対するように2人は、中央に向かい合う。
口を先に開いたのは、コリニーの方であった。
「……ゴップ、貴公がオーガスタの奥座敷に『何か』を飼っているのは、隠しようのない事実だ。私の耳にも入っている。連邦の予算を使い、ジオンの残党を囲い込み、私兵でも作るつもりか? 潔癖を気取るつもりはないが、限度がある。今回の件も、貴公の失態なのではないかね?」
ゴップはその言葉に対してチェスの駒をいじるように、手元のペンを転がす。まるで意に介していない、想定の範囲内なのだろう。
「……私兵、か。言葉が過ぎるな。私はただ、将来的な火種を『管理可能な場所』に置いているだけだよ。それにだ、アレ等は自ら首輪を絞めている。見当違いも良いとこだな。」
良いところを突いたが、しかし詰めが甘い。何より、確証を完全に提示出来ていない段階で詰めを始めるのは、政治というものを分かっていないのだろう。と言うのが、ゴップの感想である。
「管理だと? 笑わせるな。今回のガンダム強奪事件……あのデラーズとかいう狂信者共の暴挙に対し、貴公の囲っている連中が『同胞を止めさせろ』と騒ぎ出しているのを、我々も把握している!
正体も知れぬジオンの残兵に、連邦の最新鋭機(GPシリーズ)の奪還を任せるなど、軍の規律を根本から破壊する行為だ!」
ゴップのその態度が気に入らないのだろう、コリニーの額には血管が浮き出ていた。そもそも、ゴップという男が気に入らないのだろうが…、果たしてどれだけ彼は食い下がれるのか?
と、ゴップは涼しい顔をしていた。
ゴップは静かに顔を上げ、コリニーを真っ直ぐに見据えると、口を開いた。
「……コリニー大将。貴公は、ジオンという呪縛を完全に断ち切るには何が必要だと思う?」
ゴップは冷ややかに尋ねた、結論など既に分かっている。
「殲滅だ。根絶やし以外にあり得ん。」
コリニーはタカ派の中でもより過激である。ワイアットのような柔軟性もなければ、レビルのような優秀な頭脳もない。
あるのは精神論と気迫、そして其れ等を操る優秀な側近達だろう。
「いや、違う。『正統なる否定』だよ。……私が預かっているのは、名もなき残党ではない。君には、私の言っていることはわかるかね?」
コリニーの目は僅かに泳いだ、そこまで調べは着いていないのだ。ゴップの防諜能力は、そこらの軍官とは理由が違う。身辺の粗を探すだけでも、膨大な数の情報を処理しなければならない。
伊達に、一年戦争時地球連邦軍の兵站を一手に纏め上げていた男ではないのだ。
「では、君に答えを授けて上げよう。私が囲っているのはね、ジオン・ズム・ダイクンの実の娘……アルテイシア・ソム・ダイクンだよ。実に良い、種子ではないかね?」
コリニーは一瞬、言葉を失い、瞳が大きく見開かれる。椅子が軋む音を立てて身を乗り出した。
「……なっ!? ……今、何と言った……!」
コリニーのその慌てぶりを見て、ゴップの瞳は笑った。実に滑稽な姿であると、同時に事態の収拾に時間は掛けられないのだろうとも。
「彼女をこちらの陣営として戦場に立たせる。ダイクンの血統自らが、デラーズの『大義』を否定するのだ。これ以上の毒はあるまい?」
ゴップのその言葉に対して、コリニーの沸点は限界を迎えた。机を拳で叩きつけ怒鳴りつけた。
「貴様、正気かッ!! あの忌まわしい革命家の、呪われた血筋だぞ! その娘を連邦の旗印に据えるなど……、それは軍の冒涜だ! 我ら連邦軍が積み上げてきた勝利への、これ以上ない汚辱だぞゴップ!!」
ゴップはそんな激昂を柳に風と受け流し、整然と言った。
「汚辱で平和が買えるなら、安いものだ。……彼女も承諾している。実に理にかなった取引の内にだがね?」
ゴップのやり口は、決して褒められたものではない。だがしかし、連邦軍の国庫は有限である。使えるものは使う、それが彼の道だ。
「狂っている……! ニュータイプの英雄とダイクンの娘を、同じ檻に入れて飼い慣らしているというのか! 貴公は……貴公という男は、火薬庫の中で火遊びをしている自覚があるのか!!」
コリニー大将の言うことは確かだ、だがゴップにはその気はない。
「火薬庫の鍵を握っているのは、私だ。…さて、私は色々と忙しいのでね、ここでお暇させてもらうよ?」
ゴップは悠然と立ち上がり、部屋を後にする。残ったのは、ゴップの後ろ姿を睨みつけるようしているコリニーの姿であった。
部屋から出たゴップはその足で、ジャブロー内を移動する車へと乗り込む。
彼の秘書である男の運転で、彼は自らの執務室へと向かうのだ。
「さて…、今回の件。起きてしまったことはどうしょうもない、ただ問題は私の防諜を如何にして突破したかだ…。
連邦軍内に兆候は見受けられなかったが…、唯一穴があるとすれば…」
ゴップがそう言いかけるところに秘書が口を開いた。
「では…、そのようにすればよろしいので?月を相手にするのは、少し骨が折れますが?」
「所詮は青二才共だ、政治の素人がやる事など目に見えている。上手いこと、使ってやらねばな。」
ゴップはそう言って、窓の外を見る。要塞内部は薄暗く灯されていて、いつも通りの岩盤風景である。
「さて…、頼んだぞ?白馬達よ。」
同じ頃、地球連邦軍オーガスタ基地にあるトロイホースの駐機場には、多くの資材が並んでいた。
それをモビルスーツ達が次々に運んでいき、艦内に其れ等は整然と並んでいる。
一機、また一機と作業を終了させたものから、順番に艦内へと並び立つ。
それとはまた別に、基地の打ち上げ施設の直ぐ側には、緑色の卵のような形をした物があった。
其れ等は白煙を上げながら、打ち上げを今か今かと待ち望んでいるが如く。
中に入っていくのは、ザク2F2型。連邦軍のカラーリングを施されているが、そこには矢羽根がまるで羽根のようになっている、ジオンのものともわからない、独自のマークが描かれていた。
そんな打ち上げ待機中のソレ、2機のHLVを他所にセイラは服を着替えていた。
「まさか、こんな格好することになるとはね。」
マオカラーに、ゆったりとしたシルエットの長めのジャケットを羽織っており、非対称なその姿は、何処か政治家を彷彿とさせる。
その色はソレこそ純白と形容できるほどに白い。
汚れが着いたらきっと目立つのだろうが、そこはきちんとしているようで、適切な素材を用いられているらしい。
襟や袖、ボタン掛け等の端々には金の刺繍が僅かに見えているが、決して派手ではない。寧ろ、金色は白に隠れていて、余り目立っていないのだ。
簡単に言えば、フロックコート。それを現代風にアレンジしたような、そんな風変わりな服である。
しかし、その服を見るものが見ればまた違ったものが見えてくるだろう。
コンコンコン
と三度音が鳴り響き、声が聞こえる。
「セイラさん…、入って良いですか?」
アムロの声であった。
セイラは余り気にもせず、ただ自らの服装を見てゆったりと髪を整えた。
「ええ、入って良いわよ。」
部屋へと入ったアムロが目にしたのは、新鮮なものであった。比較的高身長な彼女によく似合う、その服装は決して軍人らしくないものであるが、どちらかといえば非日常的な姿であろう。
「案外似合ってますよ。」
「そお?ありがと、記憶にある限り父のそれに似せたのだけれど……、まあこんなものね。」
そう言う彼女の手には、これまた白い手袋であった。ソレこそ式典用に使われるようなものである。何処となく、シャアが着けているものに似ていた。
「そろそろ時間ですけど…、本当にあっちで上がるんですか?トロイホースは、人だけなら乗れますけど…。何より、彼らもその方が安心すると言ってましたよ。」
「大丈夫よ?心配しすぎないで、私は彼等を率いなければならないの。少しは一緒にいた方が良くなくて?」
セイラのその言葉に、暖簾に腕押しなのだと悟ったのだろう、それ以上アムロが言うことはなかった。
発進シーケンスが始まる頃になると、トロイホースの艦橋には幾人もの艦橋要員が集まって、最後のチェックを行っている。
それと同時に、格納庫の方でも総点検の傍ら座席の固定が始まった。
「本当に行くのかよ…ジオンの奴等も一緒に」
幾つかの不満を持つ者達もいる。数年前まで殺し合っていた相手と、同じ日同じ場所に向かって宇宙へと上がるのだ。ソレこそ不満が出るのは当然とも言えた。
「ガタガタ言ってねぇでサッサと仕事しろ、今は仲間だろうがよ。」
班長はそう言う輩をとっちめては、仕事を再開させる。彼自身も納得はしていないが、彼も元はホワイトベースの乗組員であった。ブライト等と同じ様に数少ない正規の乗組員の人であった。彼からすれば、昔なじみのアムロやセイラのその姿を目に着け、何より信じたかったのだろう。
そして、彼の見つめる先には、彼等の守護神であり自らを助けたあのガンダムがいる。
そうそう、戦いに負けることはない。何より、そのパイロットの姿もまた頼りになるのだ。
セイラが宇宙へと上がる事を通達したのは、それ程前のことでは無い。
いつの間にか終わっていたお膳立てを、彼女の周囲の人間はすんなりと受け入れる他なく、トントン拍子に話は進んだ。
トロイホースも正規に命令書を受け取り、ここに彼らが進む道が舗装されていく。
命令書は要約するとこうである。
先行するアルビオン隊を援護し、ガンダム試作2号機の奪還作戦を援護せよ。
また、貴艦には独自裁量権を付与しつつ、それを担保とするのは宇宙軍、ワイアット大将に一任される。
また、貴艦の政治的判断はジャブロー本部において、法的に担保されるものであり、貴艦の航行を拒むものの排除は裁量権に於いて、コレを保証する。
ゴップの手はとても速かったと言っても過言ではなかった。
そこから1時間後、時刻にして15時27分。トロイホースの離床と共に、2機のHLVが地上を離れ宇宙へと飛び立った。
彼等の行く末は、果たして何処へと繋がっているのだろうか?