白き流星の羽搏き   作:丸亀導師

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アルテイシア

〜0083年11月5日

 

暗礁宙域へと進む、トロイホースとニヴルヘイム。

ニヴルヘイムの船足は決して速いものではない。しかし、老朽艦であるこの船は、まるで自らの寿命を噛み締めるかのように、ゆっくりと、確実に宙域の深淵へと進んでいた。

 

船長マルティン・プロホノウは、この旅路が平穏で終わらぬことを、誰よりも早く察していた。

今回のクライアントは地球連邦軍。だが、HLVから現れた「お客様」の姿は、彼の古傷を疼かせるには十分すぎるほど、過去の記憶を呼び覚ますものだった。

 

(かつて特別試験隊として各地を転々とし、大戦を辛くも生き延びた己の性か……)

 

プロホノウは自嘲気味に口髭を撫でた。かつてジオン公国軍の特務艦を指揮していた自分が、戦後は地球連邦の旗を掲げ、さらには連邦軍カラーに塗られた12機のザクを腹に収めて宇宙を渡っている。この奇妙な巡り合わせに、彼は拭い去れない「因縁」を感じずにはいられなかった。

 

「プロホノウ船長、失礼します」

 

ニヴルヘイム船橋にて、指揮を執る彼の思考を遮るように、一人の客人が入室してくる。

 

「お客様。このような場所への立ち入りは、指揮の妨げになります。できれば、居住区から出ないでいただきたいのですがね……」

 

「はい、わかっています。ですが、私たちの旅路に余計な力を使わせてしまっていることを、どうしてもお詫びしたくて」

 

現れたのは、アルテイシア・ソム・ダイクン。

彼女こそがこの輸送任務の核心であり、同時に最も危うい火種そのものであった。

振り返り、プロホノウはその素顔をまじまじと見つめた。

 

(やはり……面影がある)

 

かつて、理想を掲げ、散っていった男の面影が。

 

「あの、何か?」

 

「ええ、いや昔知った顔を見たことがあるとだけ。兄君は息災ですかな?」

 

プロホノウは、純粋に聞き返した。長生きはしてみるものだと…。

 

自らが30代も良いところ、とある男の言葉を聞いた。

その男は、地球連邦から離れ、サイド3にやって来ては、住民達に多くの説法を行った。

 

当時若かかった自分も、多少なりとは感化され彼の運動に耳を傾ける程度はしていた。

何時からか死に、その理想がザビ家の語る物へと変貌を遂げても、きっときっとと思い続けた。

 

それが、あんな戦争の引き金を引くことになろうとは、思いもしていなかった。

 

目の前の純粋な瞳の彼女は、果たして理想を語る者なのか、それとも騙る者なのか…、今の時点では分かるはずもない。

だが、ダイクンの名を背負うというのなら――。彼は、古びた計器に映るノイズの向こう側に、遠い日のムンゾの情景を思い出していた。

 

「元気でやっている……と、聞いております。何分、最後に会ったのは、一年戦争時でしたので。

話は、連邦軍の伝から聞きました。」

 

セイラの言葉には、肉親への情愛よりも、消えない火種を見つめるような静かな覚悟が混じっていた。

 

プロホノウは口髭を撫で、静かに頷きました。

 

「連邦の伝、ですか……。皮肉なものですな。ダイクンの血筋を守るのが、かつての敵である連邦の木馬と、我々のような時代遅れの運送屋だとは…」

 

栄枯盛衰と言えば良いのだろうか?それとも、諸行無常と言うべきだろうか?己の希望であったはずの存在、その成れの果てを見るには忍びない。

しかし、それでも目の前の大きな事件に対して立ち上がろうとするその姿は、確かにダイクンの血を彷彿とさせた。

 

「船長!!センサー感有り……、連邦のアルビオンです!」

 

「もう来たか…、速いものだな。」

 

ゆっくりと宇宙を進むトロイホースと、ニヴルヘイムと違い新鋭艦であるアルビオンの船足は、相対的に速い。

 

「後何分で追いつくか?」

 

「大凡20分程で、本船の横に着くかと。」

 

 

 

一方、トロイホースの艦橋ではブライトが、アルビオンとの通信回線を開いていた。

 

「こちらトロイホース、第13独立実験部隊司令、ブライト・ノア少佐です。」

 

モニターに映し出されたのは、白髪を厳格に整えたエイパー・シナプス大佐である。その表情には、友軍との合流を喜ぶ色は微塵も無かった。

 

「君が艦長のブライト・ノアか、私はエイパー・シナプス大佐だ。貴艦を捉えた、同行する艦艇と搭載しているモビルスーツ隊の、詳細な情報の開示を要求する。」

 

シナプスの視線は鋭かった。特に、トロイホースに同行している艦艇、ニヴルヘイムの姿は嘗てジオン軍の軍籍を持っていた、曰く付きの船である。

確かに、戦後これらの特殊船は輸送艦としての、本来の姿に立ち変わった。

だがそれがだ、ザクを12機も集団で抱え込んでいるとなれば、話は違う。

 

「……シナプス大佐。随伴する民間輸送船ニヴルヘイム、およびその護衛戦力は、本任務における『特例事項』として認可されているものです。」

 

その一言に、シナプスは眉根を上げた。

 

「特例事項……? ブライト少佐、貴官は正気でそれを言っておるのか?」

 

シナプスの声のトーンが、怒りよりも呆れを含んだ冷たさへと変わる。

彼は手元のコンソールを叩き、拡大された映像をブライトに突きつけるように言った。

 

「我々は現在、核弾頭を搭載したガンダム試作2号機を追撃する最重要任務の最中だ。一刻を争うこの事態に、貴官は『民間船』と、あろうことか『ザク』の護衛を優先しろと言うのか? しかも、あのザクの動き……ただの鹵獲機の運用試験ではないな?」

 

シナプスは歴戦の指揮官だ。彼の目は節穴ではない。

モニターに映る白いザクは、連邦軍の教本通りの動きをしていないのだと見抜いた。

バーニアの噴射タイミング、編隊の組み方、その全てが実戦で叩き上げられた「ジオンのエース」の挙動そのものだった。

 

「バニング大尉、君はどう見る」

 

シナプスは、ブリッジに控えるMS部隊隊長、サウス・バニング大尉に視線を向けた。

バニングは渋い顔で、顎を摩りながらモニターを睨みつけている。

 

「……嫌な動きですなぁ。無駄がない。連邦の教習所で教える機動じゃありません。

あの中に乗っているのは、一年戦争を生き残った古強者でしょう。

……それを、味方として受け入れろというのは、うちの若い連中には骨が折れますな」

 

バニングの言葉は、シナプスの懸念を裏付けるものだった。

艦橋の空気は張り詰める。正規軍であるアルビオンにとって、目の前の船団は「味方」というよりも「不審船団」に近い。

 

ブライトは奥歯を軋ませた、まずい状況になりつつある。その時だ、間合いを計ったかのようにトロイホースの艦橋に、一人の人影が現れた。アムロ・レイである。

彼は真っ直ぐにブライトの横に並び立つと、シナプスが映り込むモニターを見やる。

 

「久しい……と言いたいところですが、直接お話しするのは初めてでしたか。エイパー・シナプス大佐」

 

その声は、驚くほど落ち着いていた。

かつて一年戦争で「白い悪魔」と恐れられ、ニュータイプという言葉を世界に知らしめた英雄。しかし、今の彼が纏っているのは、伝説という名の虚飾ではなく、数多の修羅場を潜り抜けてきたベテランだけが持つ、静謐な威圧感だった。

 

流石のシナプスも、その両目を大きく見開いた。

連邦軍広報のヒーローとしてではなく、現場の指揮官クラスの顔つきで、アムロはそこに立っていた。

 

「シナプス大佐、貴方方の懸念も良く理解出来ます。先日、大佐の運用するそのアルビオンと、ジオン残党軍が戦闘を行い、ガンダムが大破したという事実は、既に聞き及んでいます。

ザクを運用する相手と帯同する自分たちに対して、危機感をいだくのも無理は無いと思います。」

 

アムロは自分達の置かれている立場を良く理解していた。

 

実験部隊と言うものは、言い得て妙である。

それこそ、連邦軍として最も目立つ場所である。実戦に出るとすれば、それは実地試験であり当然ながら連邦軍本隊との行動を共にするものだ。

それが、本隊を帯同せずに単独で、しかも元と言えどジオン艦艇と行動を共にしているのだから、外聞は非常に悪い。

 

そんな事を知っていてなお、彼は前に出る。

 

「自分達が、どれだけ怪しいのか…貴方方がどう思っているのか、理解はできます。

ですが、これだけは言わせて頂きたい。

今のアルビオン、貴方方の部隊の戦力では、試作2号機を奪還するどころか、連邦軍に被害を与えかねません。」

 

「なに?」

 

シナプスは一瞬、抗議を上げようとした。しかし、直ぐに冷静になり、目の前の画面に映る青年の姿を見て、考える。

 

結果的にプロパガンダと言われているものの、彼は地球連邦軍1の撃墜王である。

そんな彼が、根拠無しにそういうのは思えない。何より、連邦軍の士官学校を卒業している彼を知っている為に、根拠を見出そうとしていた。

 

しかし、シナプスのその言葉とは裏腹に、彼の横に立つバニングは、気持ちの良いものではなかった。

自分達が実力不足だと、連邦軍本部はそう判断している。

 

それと、ジオンの部隊とが共になって動く理屈は無いものの、戦力としてジオン残党を受け入れたのには、それなりの理由はある筈だと。

 

「詳しい事情は……、本人が自ら説明してくれると思います。」

 

アムロのその言葉に、シナプスは不審船の方を見る。

 

ピーピーピーピー

 

外部からの通信を意味する音が、アルビオンの艦橋に鳴り響く。

 

「不審船からの通信要請です!」

 

分かっている。しかし、そのタイミングはまるで示し合わせたかのように、アムロの言葉通りに入ったのだ。

 

「回線を開け。」

 

もう一つの画面に、軍服ではない寧ろ政治家の着るような服を纏った、年若い女性の姿が浮かび上がる。

 

プラチナ・ブロンドの髪を靡かせて、サファイア・ブルーの瞳がこちらを見つめてくる。

まるでお伽噺のような整った顔立ちと、切れ長な眦は鼻筋が通った中心は、上唇と下唇の厚み比率が1:1.3の上品な唇がある。

 

純白はその装いは、何処となく場違いでいてそれでいて何処か、幻想的な雰囲気を纏っている。

 

ゴクリ

 

シナプスの横で、バニングが生唾を飲む。

女癖の悪いこの男は、この女性の姿を見て無意識にそうしたのだろう。

シナプスから見れば、その姿はあまりにも非現実的であった。

 

「始めましてシナプス艦長、私はアルテイシア・ソム・ダイクンです。事情を説明させてもらえますか?」

 

決して粗野ではない、ジオン公国らしくない。そんな感情を、シナプスは感じていた。

 

 

 

 

〜同日・同時刻・茨の園

 

デラーズはその日、報告を受けていた。

 

力強い演説は、地球連邦の勢力圏である地球圏全体に、大きな波紋を生み出して、各地に散らばっているジオン公国残党軍に勇気を生み出して、散発的な武装蜂起が起きているのだという。

彼の思想に同調する人々の行動を聞いて、彼は満足そうにしていた。

 

しかし、たったひと言。その波紋の中にあって、非常に不愉快な情報が彼の耳に届いたのだ。

 

「何ぃ?ジオン・ダイクンの遺児が、投降を呼びかけているだと?」

 

それは寝耳に水である。

 

「……報告は以上です。地球上の各拠点、およびサイド3周辺宙域にて、9月頃より断続的に流されている『投降と合流』を呼びかける声明……。依然として、その頻度は下がっておりません。」

 

情報参謀の報告を聞き終えたデラーズは、深く沈黙していた。

手元にあるデータパッドには、過去1年間に渡る

 

アルテイシア・ソム・ダイクン

 

を名乗る勢力の活動記録が羅列されている。

その活動は執拗で、かつ広範囲に渡っていた。

 

「……1年、か」

 

デラーズが重々しく口を開く。

その声には、怒りを超えた冷徹な侮蔑が混じっていた。

 

「連邦のネズミ共め。我々が雌伏の時を過ごしている間、奴らは水面下でこれほど長きに渡り、この『偽りの偶像』を作り上げ、毒を撒き続けていたということか…。」

 

デラーズの額には血管が浮かび上がっていた…。

 

「閣下。一部の末端兵士の間では、『本物のダイクンの遺児が、我々を迎えに来たのではないか』という動揺も……」

 

情報将校のその言葉にも、動揺があった。

 

「捨て置け」

 

デラーズは、手元のデータを無造作に放り投げた。

 

「所詮は、安全な地球の奥地、あるいは中立サイドのスタジオから発信された、作られた映像に過ぎん。

連邦も必死よな。我々の決起の気配を感じ取り、慌てて『平和の女神』などという茶番劇を用意するとは…」

 

デラーズの思考の死角は、そこにあった。

 

『連邦軍が、これほど重要な政治的カードを、わざわざ危険な最前線である暗礁宙域に送り込んでくるはずがない。』

 

と信じ込んでいるのだ。

常識的に考えれば、プロパガンダ放送は後方の安全圏から行うものだ。まさか、輸送船に乗って、自らの喉元まで迫ってきているとは夢にも思っていない。

 

「奴らが喚けば喚くほど、それは連邦の焦りの証明となる。

……皆に伝えよ。『遠くで吠える負け犬の戯言に、耳を貸す必要なし』とな」

 

デラーズは立ち上がり、窓の外に広がる茨の園の偉容を見下ろした。

彼の意識は、目前に迫った「コンペイトウ観艦式」と、そこへ向かうガトーの「試作2号機」に集中している。

 

「我々の敵は、腐敗した連邦艦隊だ。

姿も見せぬ幽霊(アルテイシア)などではない。

……星の屑の輝きをもって、その安い芝居ごと、連邦の虚栄を吹き飛ばしてくれるわ。」

 

「はっ!」

 

参謀が退室した後、デラーズは不敵な笑みを浮かべた。

彼は知らない。

その「幽霊」が、実体を持って、しかも連邦軍最新鋭艦と手を組もうと、既に目と鼻の先である暗礁宙域深部まで浸透していることを。

 

そして、その情報を握り潰しているのが、他ならぬシーマ・ガラハウであることも…。

 

 

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