白き流星の羽搏き   作:丸亀導師

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星の輝き 終

 

「ℵ聞こえますか…!ℵ…アムロ機応答願います!!」

 

トロイホースの艦橋で、アムロに声をかけていたのは薄い赤髪の少女とも言える年齢のオペレーター、ヴァーニラ・ラテ准尉である。

歳の頃はだいたい20程であり、アムロと同年代の娘である。

 

彼女は、アムロを心配するように声をかけたのだ。

 

「どうした。」

 

ブライトが、焦っているラテ准尉に問いかける。

未だ忙しいと言うのに、オペレーターが率先して焦っていては意味のない事だ。

 

「アムロ機が、先程から音信不通で動いていないので、それで。」

 

ブライトは、僅かに顎に手を当てて考えると直ぐになにかに思い当たった。

そう、嘗て起きたある事象についてだ。

 

「アムロはそっとしておいてやれ。」

 

「ですが!!」

 

尚も食い下がる彼女であるが、無理もない。

彼女にとって、アムロ・レイという人物は限りない程にヒーローというのに相応しい存在であったのだ。

 

一年戦争時、戦争によって家を焼かれ多くの難民が生まれた。彼女もそのなかの一人であった。

まだ17であった彼女も、両親と共に難民となっていた。地球生まれ、地球育ちの彼女であるが、それは辛い経験だった。

 

いつも暗い話題ばかり。

 

シドニーにコロニーが落ちただとか、ジオンが降下してきただとか、そんな話ばかりが日常だった。

事態が動いたのは、0079,10月のとあるテレビ番組。

娯楽等途絶えてしまったかに思えた、そんな時世にそのニュースは飛び込んできた。

 

『地球連邦軍の新鋭艦、〘ホワイトベース〙、地球連邦軍のモビルスーツ〘ガンダム〙と共に、ジオン公国北米方面軍、ガルマ・ザビを討つ』

 

地球連邦で難民となっていた大人達は、最初は半信半疑であった。しかし、時間が進むに連れて情報がどんどん増えていく。

北米の包囲網を突破して太平洋に出たとか、単艦でユーラシアを東から西へと抜け、当時ジオン公国軍ユーラシア方面軍の最大拠点であったオデッサを、東側から単艦で抑えていただとか…。

 

まるで、戦場伝説のような物が実しやかに語られる。

 

しかも、映像付きで。

自分とそんなに変わらない人が、モビルスーツに乗って悪のジオンを討っている。その事実に高揚したのだ。

 

そして憧れは将来的となり、地球連邦軍への志願の動機となった。

士官学校卒業時、優秀な成績を讃えられた彼女は彼のいる部隊、第13実験隊への配属願いを行い

そして、そんな憧れの存在がいる部隊に配属されると知った時、喜びに満ち溢れた。

 

配属されてから半年、深い接点は無かったものの。想像していた通りの高潔な存在感を感じ、そしてそんな彼と同じ戦場に立ち、今なお戦場に立って誰よりも強い彼を見て、更に確信を得た。

彼こそが、連邦の象徴なのだろうと…。

そんな彼が、ジオンの忘れ形見と共にあるのは複雑な心境だが、そんなことは些細な事である。

 

そう………、それ正しく

 

宗教

 

であった。

 

 

 

 

そんな事を他所に当のアムロはと言えば、ガンダムℵを宇宙に静態させていた。

 

彼はただ一人集中する。目を閉じ、意識を冷たい宇宙空間へと拡大させる。

ガンダムℵのコクピットを満たすのは、背面のバイオセンサーが放つ神秘的な燐光だった。緑がかったその光は、まるでアムロ・レイという人間の精神の波紋を可視化しているかのようであった。

 

アムロの意識は肉体の殻を抜け出し、崩壊し、互いに衝突し合う巨大な円筒の網の目へと浸透していく。

時間が、ひどく緩やかに流れる。

 

飛来するメガトン級の質量を持ったコロニーの外壁が、静止画像のように彼の脳裏に焼き付けられては、その先の軌道をはっきりと「見せて」いた。

 

「見える……! あそこにいるな…!」

 

かつて、ア・バオア・クーの炎の中で、ホワイトベースの仲間たちを導いたあの感覚。

だが、あの時とは決定的に違うものがある。あの時は無我夢中で、ただ皆の生存を願った。しかし今は、あの暗黒の宇宙に、自らの魂の半分とも言える存在がいる。

決して失うわけにはいかない、愛する女性が。

 

『セイラさん…セイラ……聞こえるかい?』

 

その暖かく、しかし確固たる意志を持った声は、絶望的なデブリの海で身動きが取れなくなっていたリリー・マルレーンの艦橋に、いや、そこにいるセイラ・マスの精神の最も深い場所へと直接響き渡った。

 

「アムロ……?」

 

コンソールに手をつき、死を覚悟していたセイラはハッと顔を上げた。

恐怖はない。ただ、圧倒的な安心感と、彼特有の優しく包み込むような思惟の波が、彼女の心を震わせた。距離も、分厚い装甲も、飛び交う無数の瓦礫すらも、今の二人を隔てる障害にはなり得なかった。

 

『動けるね、セイラ。シーマ中佐に伝えてくれ。僕が道を拓く』

 

セイラは振り返り、信じられないものを見るような目をしているシーマへと力強く頷いた。

 

「シーマ中佐、本艦を前進させてください。左舷へ回頭、仰角20度。最大戦速で」

 

シーマは目を見開いた、不自然に独り言を呟くのだから、驚きは仕方のない事だ。

 

「正気かいアンタ!? モニターを見てみな、あっちはコロニーの主壁が崩落してきてるんだよ!」

 

シーマは、そう叫ぶように言うのだ。

 

「道はあります。……彼が、導いてくれているので。」

 

その言葉の絶対的な信頼感に、海兵隊の雌狐と呼ばれたシーマ・ガラハウでさえ、一瞬息を呑んだ。理屈ではない。このアルテイシアという女の言葉の裏にある、途方もないプレッシャー。それは紛れもなく、かつて一年戦争を生き抜いた「ニュータイプ」の共鳴であった。

 

「……ええい、ままよ! どのみちここに居てもペシャンコだ! 操舵手、アルテイシアの言う通りに回頭! エンジン全開だ!!」

 

リリー・マルレーンが巨体を震わせ、デブリの壁へと突っ込んでいく。

 

『そこだ、次は右へ。そのまま直進……!』

 

アムロの思惟が、セイラを通じて艦を操る。

驚くべきことに、巨大な外壁が交差して完全に塞がったかに見えたその空間には、ほんの数秒だけ、艦一隻がギリギリすり抜けられる「綻び」が生じていた。

 

右へ、左へ、あるいは急制動。アムロの視ている「未来の軌道」に合わせ、リリー・マルレーンは巨大な質量兵器と化したコロニーの破片の間を、まるで縫い針のようにすり抜けていく。

 

「なんだい……こりゃあ。神様の綱渡りじゃないか……」

 

シーマが唖然と呟く中、セイラはただ前を見据え、愛する男の温もりを胸に抱きながらナビゲートを続けた。

彼女の脳裏には、ガンダムℵが放つ光の航跡が、希望の道標としてハッキリと見えていた。

 

『見えるよ……みんなの命が』

 

アムロの意識はさらに広がり、ヴァル・ヴァロに牽引されて離脱を図るコウやクリスの姿をも捉え、彼らの無意識下にも危険を知らせる「勘」として作用していく。

そして――。

 

ひときわ巨大なコロニーの残骸が激突し、爆発の閃光が宇宙を照らした次の瞬間。

分厚いデブリの雲を突き破り、リリー・マルレーンが、無傷の姿で虚空へと躍り出た。

その直上には、彼らを導き、待っていたかのように、ガンダムℵが静かに佇んでいた。

 

「……抜けた。本当に、抜けちまいやがった……」

 

シーマの安堵の息が漏れる。

セイラは艦橋のメインモニターに映るガンダムℵを見つめ、静かに微笑んだ。それは、狂気と破壊の宇宙において、二人の絆が打ち立てた小さな、しかし確かな奇跡であった。

 

 

 

「リリー・マルレーンの離脱を確認、ガンダムℵ帰投に入ります。」

 

トロイホース副長のガディ大尉は、そう簡潔に報告すると艦長席に座るブライトの顔を見た。

 

「良し、本艦はモビルスーツ回収後、ソーラ・システムの射線から離れる。―――各員急げよ」

 

艦内は慌ただしく、英雄達を迎え入れる為に一斉に動き出していた。

そんな最中、一機のモビルスーツの姿をIFFが捉えた。

 

「センサーに感有り……、コレはジオンのモビルアーマーです!」

 

トロイホースのセンサーが捉えたのは、ボロボロの装甲を着飾りながら何とか動いているノイエ・ジールの姿であった。

アムロに破壊され、そして手負いとなり、既に戦闘を行えるほどの余力は残っていないのは明らかであった。

 

「……、レーザー通信です!!…出ますか?」

 

「ああ、頼む。」

 

ブライトは、了承するとブリッジの正面モニターにノイエジールの内部が映り込んだ。

 

「貴艦が、あの連邦の白い悪魔の飼い主か。」

 

映り込んだ人物の顔は、苦渋に塗れていた。

 

ノイエ・ジールは、汎ゆる部位を破壊され生き恥の塊となっていた。

このままではならないと残存するスラスターを使い、デブリよりかは速い速度で、ゆっくりとトロイホース近郊に近付いていたのだ。

 

映り込んだ人物……、アナベル・ガトーは漏らした言葉を垂れ流した。

帰る場所もなければ、戦うすべもなくただ成す術無く宇宙を漂うだけでは、本懐を遂げる事は出来ない。

 

ならばと言う意味で、自爆を覚悟で近づいたのだ。

通信回線を開いたのは、せめて自らを屠った者達、その首魁の顔を一目見んがためであった。

 

「飼い主?違うな、アレは自分の部下であり友人だ。

貴官に通告する、投降せよ。然るべき法廷が、君を待っている。」

 

「何故だ!!」

 

ブライトの冷酷な言葉に、ガトーは吠えた。

 

「何故貴様等は、あれ程の力を持ち!なぜ、それ程迄の戦いを出来るに、連邦の犬に成り下がっているのか!!

剰え!ジオンの生きたる象徴を、恥辱に濡らすのか!!」

 

それは叫びだった。信じていたものを、理想をそれを成そうと生きた人間の、慟哭にも似た情景であった。

しかし現実は、彼等は言葉ではなくテロリズムと言う、有りと汎ゆる微睡みに生きる人々の妨げをしたのだ。

 

それがどれほどの大罪であるのか、彼はわかっているのか?

と、ブライトは思いながら口を開いた。

 

「不満があるのならば、話し合えば良かった……」

 

静かに、しかし確かにそう口にした。

 

「話す脳があるにも関わらず、本来の理想を掲げた男が壇上に立って、そして自らの生命を張って人々に理想を見せたにも拘らず。

貴様のような奴がいるから、スペースノイドは虐げられるのだと!!なぜ、それがわからないのか!!」

 

ブライトはハッキリと断じた。そして、その言葉にガトーは己の理想と現実のギャップを始めて意識した。

改めて見たのだ、今スペースノイドがどのような暮らしをしているのか、誰が服を作り、誰が食料を作り、誰が生きるのか。

そして、思い出したのだ。

この三年間、自らが身を窶した場の人々その顔を。

 

確かに彼等は苦しげに働き、そして生きていた。

だが……、誰がその生活を作ったのだ?

少なくとも、一年戦争前までならば食料の配給は各コロニー、各宇宙施設で滞ることはなかった。高級とは言え、本物の牛や豚鶏等の肉もあるにはあった。

 

それが今では、合成蛋白が常在だ。

 

ガトーがその事に気がついた頃には既に全てが終わった後であった。

 

 

 

リリー・マルレーンが、コロニーから離れた頃遠方の連邦軍艦隊は、ソーラ・システムⅡの射線計算を完成させていた。

 

そろそろか……。ソーラ・システムの照射を開始せよ」

 

マゼラン級の艦橋で、グリーン・ワイアット大将は静かに、しかし断固たる意志を込めて命じた。

次の瞬間、宇宙は音を失い、純白の暴力的な光に支配された。

 

数百万キロワットの太陽エネルギーを集束させた「神の指先」が、回転しながら地球へと落ちゆくコロニー前部ブロックの重心を、正確に撃ち抜き…その直ぐ傍らにいた紅い軍艦はその奔流に呑み込まれていった…。

 

そんな光景を、ワイアットは何の感情も持たずに眺めていた。

只々、無感情にまるで流れ作業を行うように…。

彼が、このテロリズムにおいて唯一心に残ることが有るのだとすれば、

 

未来を見据えられない哀れな愚か者達の最後の慟哭

 

なのだろう。

 

「アイランド・イーズ消滅!!やりました!!」

 

喜ばしい事のように、報告が飛んでくる。

だが彼は、そんなものよりもただ一言言うだけだ。

 

「これにて作戦の終了を宣言する。

各艦艇は、事後処理が済み次第、所定の帰還コースへ就け。……狂信者たちの無価値な舞台は、これで閉幕だ。」

 

彼の瞳の先には、問題の姿が映っていた。

これからが、彼にとっては本番であるのだろう。その口元は僅かに結ばれ、緊張によって司令席のアームレスを強く握りしめていた。

 

 

シーマ艦隊は、その戦力の大凡7割を損失してしまった。

1隻のリリー・マルレーンと3隻のムサイ、そして生き残っていたゲルググMの総数は20機と何故かデラーズを見限り、着いてきたヴァル・ヴァロのみ。

 

壊滅状態であった。

 

「酷くやられたもんだねぇ…。こんだけ生き残っただけでも、御の字かね。」

 

リリー・マルレーンの艦橋で、シーマはそう嘯く。現状、まさかあれ程の反乱が成功するなどと、実際思ってもいなかった。

破れかぶれのようであるが、彼女達は絶望的な状況の中で仕事を始めたのだから。もっと手酷く、それこそ己が生きていることが奇跡的状況である事を、理解していたのだ。

 

「そうですね、コレで連邦に受け入れられれば…という、但し書きが着きますが。」

 

「そこは、あのお姫様に任せるしかないよ…、しっかし、私が人を信じるとはねぇ…。」

 

彼女の視線は、艦隊を先導する3隻。即ち、アルビオン、トロイホース、ニヴルヘイムのうちの1隻。

トロイホースの方へと向けられていた。

 

 

 

 

トロイホースの艦橋では、今回の戦闘での被害報告を集計していた。

 

「モビルスーツは、小破1.大破2.それぞれパイロットは無事です。ガンダムも、関節部の摩耗さえ直せば直ぐに出撃出来ます。」

 

「良し!皆ご苦労、それぞれ戦闘配置を解除。各員は所定の状況を確認しつつ、気を楽にしていい。

捕虜の状況はどうか?」

 

ブライトは、寄せられてくる情報を精査しつつ、先程捉えたたった一人の捕虜の事を聞いた。

 

「大人しくしているらしいよ、もっと暴れると思っていたんですけれどね。」

 

「そうか、まあ…そうだろうな。」

 

ブライトが納得したのは、トロイホースの格納庫にいるセイラの事であった。

捕虜、つまりガトーがゆっくりとトロイホースへと接近した時、それはちょうどシーマ艦隊と、セイラが、艦隊に合流する頃であった。

 

ガトーはその時、ノイエ・ジールの中でリリー・マルレーンの艦橋から、トロイホースへと送られる通信を傍受した。

聞いた声は、決して録音などではなく。感情の籠った、完全なるアルテイシアの声であるのだと理解した時、迷いは遂に限界に達したのだった。

 

ガトーは投降信号を発すると、そのまま機体はアルビオンが、人間だけはトロイホースが受け入れる事となった。

アルビオンに引き渡したら、どうなるだろうか?それは、アルビオン艦長のシナプスの判断で決定したのだった。

 

「とりあえず、連邦本隊に引き渡す手筈ですが…、そこまで鎮静剤でも?」

 

「いや、良いだろう。それよりも、今はやるべき事をやるだけだ。」

 

ブライトはそんな判断を下し、コンソールに映し出されるトロイホースのハンガーの方へと目を落とした。

 

 

トロイホースの艦内、モビルスーツデッキにはガンダムℵとジム・カスタム、ジムキャノンⅡ、Gキャスト。それぞれのモビルスーツが、定位置へと辿り着いていた。

どれもこれも、飛散したチリ等で軽い傷を負っている。

修理が必要なものもいるが、それよりも目を引いたのは、その列から溢れるように、ジオン系の顔をした白いモビルスーツが、そこに立っていたことだろう。

 

「これどうします?」

 

「どうするったって、どうしょうもないだろう。それよりも、運搬急げよ。」

 

整備班が目まぐるしく動き回る中、そのモビルスーツのパイロット。その当人は、少し離れた場所でその動きを眺めていた。

右手にはドリンクチューブが有り、休憩していたのだろうが左手は、別人の手を握っていた。

 

その直ぐ隣には、アムロが同じようにドリンクを片手に休憩していた。

二人は同じ方向を向いていたが、ヘルメットの無いその顔でその光景を眺める。

 

「本当…戦場って怖いものね……、でも良かった。貴方が私を導いてくれたから。」

 

「僕も、帰ってきてくれて嬉しいよ。だから…まあせめて、もう一度言うけれど…、僕は貴女のことが好きですから…。」

 

彼のその言葉に、二人は顔を見合わせると…、その顔は近付き………

 

整備班の人間はその姿に顔を逸らした。

 

 

「ゔ…ううん…、二人とも…。こんなところで、ロマンの欠片もない事やってるより、直ぐに着替えるか休憩室に行きなさい。周囲のいい迷惑よ?」

 

その姿に水を差したのは、クリスであった。

別に羨ましくなってないが、決して嫉妬で言葉をかけたのではない。実際、こんなところでやられては邪魔である。

 

「すいません」

 

「とりあえず……。セイラ、貴女これからまだまだ話し合いがあるのでしょう?それが終わってから、じっくりと時間はあるんだから。

それとアムロ君、君はℵの整備の手伝い。

サイコミュを弄れるの君くらいしかいないんだから。」

 

その言葉に背中を押されるかのように、二人は手を離しセイラはロッカールームへと、アムロはℵの下へとそれぞれに進んでいくのだった…。

 

 

一方、アルビオンでは今回の戦闘でガンダム試作1号機のパイロットである、コウ・ウラキの活躍と、皆の息の合った戦いによって、全員の帰還に対して小規模に勝利を祝っていた。

 

皆酒を飲むような状況で無い事を理解しているのと、疲れて帰ってきたパイロット達を労うために、地上から持ち出してきた食い物等を提供していた。

 

「よくやったじゃねえか、ウラキ少尉! あの数、お前一人でどんだけ落としたんだ?」

 

アルビオンの士官食堂で、ベイト中尉と共に豪快に笑いながら、モンシア中尉がコウの背中をバンバンと叩いた。普段なら皮肉の一つも飛んでくるところだが、今日ばかりは純粋な賞賛の響きがあった。

 

「い、痛いです、中尉……。でも、皆さんのフォローがあったからこそです。僕一人の力じゃありません」

 

背中の痛みに顔をしかめながらも、コウは少しだけ誇らしげに、しかし謙虚に答えた。

実際、この日のコウ・ウラキとガンダム試作1号機フルバーニアンの活躍は目覚ましいものだった。コロニー落としの阻止限界点が迫る絶望的な状況下で、押し寄せるデラーズ・フリートの防衛部隊を相手に、彼は縦横無尽に宙域を駆け抜けた。ゲルググやリック・ドムⅡなど、二桁に届こうかという数の敵モビルスーツを撃破・無力化し、艦隊の防衛線を死守し抜いたのだ。

 

「本当だよ、お前。あの動き、もうヒヨッコなんて呼べないぜ。俺なんか、生き残るだけで精一杯だったっていうのにさ」

 

隣で温かいスープを啜りながら、親友のチャック・キース少尉が安堵の入り混じった溜め息をつく。

極限の緊張状態から解放されたパイロットたちは、地上から持ち込まれた簡易的なレーションや温かい飲み物を手に、ただ生きて帰れた喜びを噛み締めていた。

 

「お疲れ様、コウ。……本当に、無茶ばかりして」 

 

そこへ、アナハイム・エレクトロニクスのシステム・エンジニアであるニナ・パープルトンが、新しいドリンクチューブを手渡しながら声をかけてきた。その瞳には、少しの呆れと、それを遥かに上回る深い安堵の色が浮かんでいた。

 

「ニナ……。ありがとう。1号機も、凄くよく応えてくれたよ。君たちのおかげだ」

 

「機体のデータは後でしっかり見させてもらうわ。関節部の負荷、かなりギリギリだったんだから。……でも、無事でよかった」

 

コウは微笑み返し、ドリンクを喉に流し込んだ。

彼自身、かつてトリントン基地で強奪された試作2号機、そしてあの時の屈辱の記憶は胸の奥にあった。

 

しかし、今回の戦闘で彼が相対したのは、眼前に迫る無数の敵機であり、味方を守るという純粋な使命感だった。あの「ソロモンの悪夢」との直接的な決着の機会は訪れなかったが、彼の中に不完全燃焼な思いはなかった。

 

自分はやるべき事をやり遂げたのだという、確かな手応えがそこにはあった。

 

 

一方、そんな穏やかな空気が流れる区画とは対照的に、アルビオンのメインハンガーには異様な静寂と緊張感が漂っていた。

 

「……こいつは、ひでえな」

 

トロイホースから引き渡され、厳重なワイヤーで固定された巨大なモビルアーマーの残骸。ノイエ・ジール。

緑色の装甲は至る所が焼け焦げ、ひしげ、かつて「ジオンの精神が形になったようだ」とまで評された威容は見る影もない。メガ粒子砲の砲身は溶け落ち、スラスター群は徹底的に破壊されていた。

それを見上げる整備兵たちは、ただその凄惨な破壊の痕跡に息を呑むばかりであった。

 

アムロ・レイとガンダムℵという圧倒的な存在が刻み込んだ、絶望的なまでの力の差。そして、それに挑み、敗れた男の執念の抜け殻がそこにあった。

 

 

そして、その男――アナベル・ガトーは、トロイホースの独房の中で静かに壁にもたれかかっていた。

 

自らの命を懸けた理想が、実は既に土台から崩れ去っていたという事実。ブライトから突きつけられた冷酷なまでの現実。そして何より、通信越しに響いた本物のアルテイシアの存在が、彼の心を深く抉り、同時に奇妙な静寂をもたらしていた。

彼が捧げた「大義」とは何だったのか。守るべき同胞たちの現実はどうであったのか。

 

暗い独房の中で、ガトーはただ過去の三年間の記憶と、自らの手のひらを静かに見つめ続けていた。

 

 

 

 

そんな、デラーズ・フリートの生き残りである彼とは対照的に、セイラ=アルテイシア・ソム・ダイクンに協力した、ジオンの元兵士達。

彼等は、ニヴルヘイムへと見事に全機帰投を果たしていた。

 

機体性能が良かったのは勿論のこと、彼等の腕も一級品であったのが幸いしたのだろう。

彼等は帰還したハンガーデッキで、喜びを分かち合っていたが、この後に待ち受けているだろうことに対して、今一度気を引き締めていた。

 

そんな彼等を纏めるゲラート・シュマイザー少佐は、船橋にて船を動かすプロホノウ船長と、他愛の無い話をしていた。

そう……、未来の話だ。

 

「君達が帰ってきてくれて、本当に良かった。我々も、協力出来てよかったよ。

ところで…、この事態が終わった後君たちはどうするかね?」

 

プロホノウは純粋に、ゲラートへと聞いた。

 

「我々もまだ、道先は決まっておりません。しかし、スペースノイドの為になる行いを、これからも続けていく覚悟であります。」

 

率直なゲラートのそのもの言いに、プロホノウは感心するように首を縦に振り、少し考えた。

 

「もし良ければ、我々と共に運送業を担ってはくれないだろうか?

君等の腕ならば、引く手数多であろう。

何分、我々も人手が足りていないのが現状でね。」

 

「お言葉は嬉しいですが、我々にも我々の役割があります。何より…、我々のような者達は貴方方の様な善良な市民に紛れる事は、憚れる。寧ろ、そんな貴方方を守れる様に、努力していきたい。」

 

プロホノウはその言葉に本当に残念そうに首を垂れるが、その口元は僅かに笑っていた。

 

 

 

 

 

しかし、宙域の遥か彼方アステロイドベルトにおいて、一つの勢力がデラーズ・フリートの失敗を受け取っていた。

 

アクシズ、ジオン公国軍残党。その最大勢力のうちの一つ、その拠点である小惑星アクシズを中核とする組織であった。

 

「デラーズ少将の行いは……失敗した模様です。」

 

玉座の間で、宰相として仕事を行なっていたハマーンは、そう報告を受けていた。

 

「そうか…それは残念だ…(全く残念に思っていない)。彼等の死が無駄ではなかったのだと、後の世に伝える為に、我々は更に力をつけなければならないな…」

 

彼女はその言葉を口に出しながら、内心冷ややかであった。

何が悲しくて、自殺を見届けなければならないのか?

 

そんな事をするよりも、やりようは有るだろうにと…。

アムロ・レイと出会ってから、彼女は徐々に認識を改めていた。

 

自らの立場と、現実の狭間にあって藻掻く彼の姿は、彼女にとっても参考になる人物であったのだ。

 

彼女は使者を下がらせたあと、深く深くため息を吐いた。

気苦労が絶えないのだ。

 

アクシズ内部の過激派を、何とかデラーズ・フリートに送り込み、この小さな住処を少しでも安定した組織にしようと…。それが、彼女の決断であった。

 

コレは、彼女がミネバ・ザビと、シャア・アズナブルの事を気にかけての行動でもあった。そしてその行いに、当の本人であるシャアも力を貸していた事によって、アクシズは名実共に非戦派が主流となっていた。

 

ハマーンが、ゆっくりとしかし力なく玉座へと寄りかかる。

座ることの出来ない、飾りの椅子だ。ミネバ・ザビの為に造られた…使われない椅子。

 

「気苦労をかけるな…、私とて君と共に立たねばならぬ事は理解しているが、それでは君が余りにも危険すぎる。」

 

カーテンの裏から、その男シャア・アズナブルが姿を現すと。

ハマーンは僅かに微笑んだ。

 

「大佐……、私は上手くやっているでしょうか?」

 

「上出来だろう。無理はよくない。とりあえず、君は休むべきだ。」

 

シャアのその言葉に、彼女はにこやかに笑った。

その笑顔は、未だに少女のその面影を持っていた。

 

 




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