〜0084年3月上旬
アムロ・レイとセイラ・マス、両名の姿はシャイアン基地附属空港のロビーにあった。
キャスター着きのバッグを引きずり、それぞれが荷物を持って航空機が来るのを待っている。
2人の手に『チケット』等というものは一切存在しない、有るのは連邦軍の移動許可証だけである。
ロビーで、二人は流れていく時間をゆっくりと過ごしていた。
「確か日本の鳥取県?港市?の美保空軍基地?と言うところに行く、のよね?」
「ああ、彼処が一番近いからね。都市近郊からも…、あの場所からも…。」
二人は行先の話をしていた。
まるで旅行にでも行こうとしているかのようだが、実際旅行に行くのだ。
勿論、軍に話を通したのは2日前であって、それで直ぐにでも許可証が発行されるのだから、彼等の待遇は依然として特殊である。
「セイラは、こうやって色々と周っているんだろう?」
「仕事の一環とか、そう言う意味も含めてだけれどね。自分で色々と用意する必要がないから、案外楽よ?
不満を言えばすぐに対応してくる、完全に爆弾ね。」
連邦軍は両名を恐れている。
ニュータイプ然り、ダイクン然り、連邦軍にとっては腫れ物なのだ。
「行くのは…、何年ぶり?」
「そうだな、一年戦争のときだから4年ぶりか?小まめに連絡しているわけじゃないから、どんな生活をしているか…。
取り敢えず、生きていることだけは連邦からは通達されるくらいだからな。」
ポーン
と言う音が鳴る
ロビーにアナウンスが流れる。
「滑走路使用順序の調整のため、離陸までしばらくお待ちください」
と言う内容である。
「さてと、じゃあ行きますか。」
「ええ、色々と迷惑をかけてるものね。」
ロビーの電光掲示板には、彼らが乗るべき便名も行き先も表示されていない。
一般客が「調整」のアナウンスに溜息をつく中、音もなく迷彩塗装の輸送機が滑り込んできた。
二人がそれを認めて、席を立つ。
そうしていると、幾人かのスーツを纏った人間が立ち上がり、後を着いて。
あからさまな随行員、乗客であるというそんな偽装すらやる気のない、監視体制。
二人が向かう機体を尻目に、他の乗客達は彼等の顔を嫌というほど見る。
潜在的に、嫌な相手であると悪い噂を流すのだろう。その為の監視員達である。
『アムロ・レイは、その恋人と共に移動するときは、軍の機体をチャーターして、周囲の迷惑すら顧みない。』
英雄像から切り離した、情報工作。
どれだけ本人が否定しようとも、事実は事実である。
衆目の的というものは、これ程までに面倒くさいものはない。
二人が乗り込むと、軍の輸送機がゆっくりと加速して行き、シャイアン基地空港を飛び立つ。
暫しの空の旅、彼等は少ない監視と共に目的地へと飛び立った。
一方、二人の旅行の話を聞いてたクリスはと言えば、居候であるクスコ・アルのその手腕にまんまと騙されていた。
「アンタ、二人が旅行行くの知ってたわね?」
「全然?だけど、可能性は有るなぁってそう思っただけ。嘘は言ってないからね?」
クリスは大きく溜息を吐いた、これでまた1週間ほど延長されるのだろう。
気が思いやられる。
「言っとくけど、働かざる者食うべからずよ?掃除洗濯、後書類仕事とか諸々手伝ってよ?」
と、二人は気安く言うのだった。
所変わって、シャイアン基地周辺の軍住宅地。
多くの軍人やその家族がその場所に住んでいる。
その中で、一番に賑やかな家があった。
「ホラホラ、そっちに行っちゃだめだぞ。」
「なんで、だめなの?」
キョトンとする息子、ハサウェイを相手に庭で遊んでいる、ブライト・ノアの姿がそこにはあった。
それを微笑ましげに見つめる、ミライ・ノアは、まだまだ首も座っていないチェーミンを腕に抱きながら、その光景を眺めていた。
「そう言えば、あなた聞いた?アムロのこと。」
「あ?あぁ、聞いたよ。お袋さんに会いに行くんだそうな。また、突然だがな。」
と口にしながら、ブライトはハサウェイと一緒にサッカーボールを蹴っている。
たまの団欒というものは、最近の苦労を洗い流すのにはとても良いものがある。
「そうらしいわ。そう言えば、アムロのお母様とお会いした事が有るのよね?
どんな人だったの?」
「うん?あぁそうだな。まぁ、優しそうな人だとは思ったが…、アレがどうして会いたくなかったのか、今でもわからないんだ。
どうしてだと思う?」
ブライトのその言葉に、ミライは僅かばかりに考えると直ぐに答えを出した。
「そうね…、たぶん。お母様に嫌なものが見えたのかも。」
「嫌なもの?」
その言葉に、ブライトは何のことだかさっぱりである。
そんな彼を尻目に、ハサウェイが転んで泣き出した。
男の子は泣くもんじゃない!
等というブライトの言葉に、更に泣き出すハサウェイを、彼はオロオロとする他無く、ミライは仕方なくハサウェイを近くに呼ぶと、丁寧に優しく頭を撫でながら、擦りむいた膝を消毒して行った。
〜翌日 日本 山陰地方 午後2時頃
アムロとセイラを乗せた輸送機が鳥取県港市美保空軍基地へと到着すると、基地守備隊並びに基地の司令官が、2人を出迎えた。
通常輸送機と共に、多くの物資を空輸しているのだが、この基地司令の動きは異例であった。
「あの人…知り合い?」
「いいや初対面の筈だが…、いや何処かであったかな?」
少し厳つい顔をしている、やや彫りのあるある顔。所謂、日本人で言うところの縄文顔であるその男は、アムロの目の前に来るとピシッとした敬礼をした。
アムロは反射的に答礼すると、セイラはそんな彼とは違いゆっくりと敬礼をした
「いや、仰々しくてすまない。君のような有名人がここに来るとは思わなくてね。
ところで、色々と話をしたいが…急ぎかね?」
「はい、そうです。プライベートな事なので。」
その言葉に何度か彼は頷くと、僅かに考えた後一言残した。
「一年戦争時、私の部隊のものが済まなかった。それだけを伝えたかった。」
その言葉に、アムロはあっと思い出したのだ。
自分の家に勝手に上がり込んでいた、連邦軍の飲んだくれ兵士達。その上司であったのだろう。
「いえ、あの時は誰しも余裕が無かったので…。」
本当は、あの日のことは忘れていない。
しかし、士官学校を出たことで、彼等が置かれていた状況を鑑みて、忘れることとしたのだ。
「そうか……、そう言ってくれると助かる。
そう言えばだが、車を貸してほしいそうだな?私が帰りがてら案内しよう。そちらの……、お嬢さんも。」
「ありがとうございます。」
基地司令はアムロ達に着いてきた、数名を見渡す。
そして眉を顰め、内心毒づいた。
『たかだか二人の若者に、これ程までに恐怖を抱くものか…。連邦も余裕が無いのだな。』
二人はそんな彼の後に着いていく。監視の人間も後を追うように。ゾロゾロと…。
駐車場に行けば、そこには何台かの車があって司令は直ぐに車の運転席に座ると、2人を後部座席に座らせた。
直ぐに車は発進する。
暫くの間、揺られる。
徐に運転席の司令が、ボリュームキーを上げていく。
しかし、車内に音が反響することはない。
「さて……、コレで暫くは話をしても大丈夫だろう。
改めて、私はここの守備隊を管轄している、クライスラーという。まあ、名前を覚えなくても良い。
どうせ、木っ端なのだからな。」
「いえ…、ところでコレは何処に向かっているんですか?」
揺られる車の行き先は、一度たりとも指定していない。
「あぁ、君の元いた住所には今は誰も住んでいないよ。彼処は空き家になっている。
近場にキャンプが有るのだが、彼女はそこにいるよ。」
「よく知っているんですね。」
男はその言葉に、鼻で笑った。
「我々も郷土愛というものがあるのだよ…、それだけだ。」
「連邦も一枚岩じゃないんですね?何が目的ですか?」
アムロは率直に聞いた。どう考えても不可思議だからだ。たかだか大尉に、そんな事をやる基地司令が何処にいるというのか?
「そこまでわかっているなら話は早い。確かに連邦も一枚岩じゃないからな、我々のような現状に不満を抱く者たちもいるのだよ。
そちらのお嬢さん…セイラ・マスさん。
そして、アムロくん。
もし君たちに、何かを変えたいという意思があるのなら、是非とも我々に賛同してほしいのだが…。」
と、そう口にしたところで何かを見つけたのか、司令は口を噤む。どうやら良いことではないようだ。
「やはり撒けないか、仕方なし…。
今日のところは、この辺りにしておくよ…帰りはどうするね?」
「観光がてら歩きます。」
と、アムロは素っ気なくする。
いつの間にか、車はとある場所に到着していた。
「ありがとうございます。」
「いいや、良いんだ。寧ろ、検討して欲しい。それでは。」
と言って、彼は去っていった。
「怒涛の展開ね、神輿になるつもり?」
「そんな気は毛頭ないよ。それよりも…」
アムロはゆっくりと息を吸い、吐いた。
そこは難民キャンプ。一年戦争の爪痕は、未だに深く深くこの地を蝕んでいた。
〜同日
ゾロゾロ…ゾロゾロ
と、多くの人が行列を作る。
軍事教練か?はたまた何かのイベントか?しかし、そこに活気はなく、人々の瞳に光はなかった。
その先頭、行く際には仮説のテントが建てられていて、そこには何にかの、首にカードを吊るした人々が使い捨てのカップを手に、鍋から汁物を注いでいた。
その中の人間の一人、パーマのかかった茶色の髪と少し疲れたような顔をしている女性がいた。
「カマリアさん…ちょっと」
「はい…、なんですか?」
と、彼女は答えた。
カマリア・レイ。
アムロ・レイの実の母であり、この難民キャンプにてボランティアをしながら暮らしている。
しかし、その生活は決して……一人ではない。
一年戦争も末期、戦局が連邦へと密かに傾いていた頃、彼女の前にアムロは突然現れた。
苦しい暮らしの中、何とか生きようとしている人々と共に、手を取り合って生きる日々。
戦争なんて、嫌なものもすぐに終る。そう思っていた時だった。
突然、息子が自分の下へと帰ってきた。
しかし、息子は自分の知っている息子とは、余りにもかけ離れたものだった。
幼い頃は、虫も殺せなかったのに、その時には既に戦争の狂気に呑まれ、人殺しを厭わない…そんな人になっていた。
そして、そんな息子に自分は元に戻って欲しいと懇願した。だが、息子はそれを拒絶し…軍に残った…。
アレから4年、アムロからは手紙が少しの間来ただけで、その後何をやっているのかわからない。
ただ、最後の手紙に書いてあったことは…
『連邦軍の士官学校に入ります。何かあれば、また連絡します。』
という、そんな文言だけである。
息子はもう、戻れないところまで行ってしまった…。そう思う他無いのだと、この時既に彼女の心は折れていた。
そんな事もあったが、それでも日々の生活というものはある…。
普通の日常を暮らし、ボランティア等をやりながら生活していた。
そんな日に…、突然と呼ばれた。
今までそんなことは無かったのに、一体なんだというのだろうか?
「カマリアさん、息子さんが訪ねてきています。」
「え?!」
思わず声が出た、いや出さざる負えなかった。
本当に唐突であったから…、そしてもう諦めていたのだから。
「アムロが、来ているんですか?」
2度聞いた、しかし答えはYESのみ。
どうしようか?悩んだ、それはそうだろう。今更会っていったい何を話すのか?しかも…今の自分には…、たぶんアムロは怒るだろうと。それでも、会いたいという思いは会ったのだ。
「わかりました…でも、ボランティアは?」
「それは私がやらせてもらいますよ、それに…お連れの女性がいるようで。」
その言葉に、3度驚いた。
事務所の待合室に移動し、妙に重い薄い扉のドアノブを回す。
ゆっくりとドアを押して、その先の簡易テーブルのパイプ椅子に座る、2人。そのうちの男、自分と同じようなパーマのかかったその髪は、そして凛々しいその瞳は確かにあの日のアムロの姿が、少し大きくなったようなそんな見た目をしている。
「ア、アム…ロ」
声が出なかった。何と呼べば良いのか、何を話せば良いのか?今までの生活か?それとも…?
「お久しぶりですね、母さん。」
息子の言葉は、嫌に他人行儀であった。
そんな息子の隣には、嫌に美人な同じくらいの年齢の女の人が座っていて、他人行儀な息子を少し呆れた様な、そんな顔をして横目で見ている。
その姿に、僅かに勇気が湧いてくる気がした。
「ひ、久しぶりねアムロ。さ、最近はどうなの?連絡、あれっきり寄越さなかったから…、母さん…心配だったの。」
それは本当だ、アムロの事が心配だった。
軍人という、人の生命を奪う仕事をしている息子が、どんな事になっているのか、自分とは知らない世界でどう生きているのか…。
「心配…?心配か…、それはすまないことをしました。ただ、僕は僕なりに生きてきましたから、特に変わったことは有りませんよ。」
息子は言葉を発するも、やはり他人行儀。
自分の何処がいけないのか、カマリアには分からなかった。
ただ、一つアムロが気に入らない事があるとすれば、それは父を半ば捨てたような事をしたにも拘らず、母親が未だに『レイ』という名に括られている事だろう。
アムロには、それが何故か許せない様なそんな想いが会ったのだ。
しかし、カマリアからすればそれは違っている。
彼女の『レイ』は、今やテムのものではない。彼女のその名は、アムロの物だ。
そう…、どれ程愚かしくとも彼女は…、アムロから最後まで離れたくないのだ。
「アムロ…ちょっと、もう少しリラックス出来ない?」
そんな2人を見兼ねてか、セイラは二人の間に割って入った。
「お義母様も、もう少し気を楽にした方がよろしいかと?」
「貴女は…」
カマリアは、入室してからずっと立っていた。
そして、アムロの事にかかりきりでその人物のことを忘れていたのだ。
アムロと共にいる女性…いったい誰であろうか?
「申し遅れました。私、セイラ・マスと言うものです。アムロとは…、彼とはお付き合いさせていただいています。」
カマリアは、その言葉に一瞬硬直しそして理解した。
アムロはカマリアを排除しようとしているのではない、ただ意中の人を紹介しようと、こうして出向いているのだと。
「は……あぁ…。」
カマリアは肩の力が抜けたのか、そこにへたり込む。
アムロはそれを見て、椅子から立ち上がると彼女の肩を僅かに持って、椅子に座らせた。
その手からは、少しゴツゴツとした胼胝の感触と…彼の肌の温もりがあった。
「大丈夫?」
そういう彼の言葉は…先程とは打って変わって、優しさに満ちていた。
「ありがとう…、力が抜けちゃって。二人は、正式に?」
「まだ式は挙げてない、ただ…結婚はしたいと思っている。」
彼女はキョトンとするが…、息子がそういう顔は何処か照れくさそうで、幼い頃の面影を見て取れた。
そして、やっと分かったのだ。息子は昔から変わってなどいない、ただ状況ばかりが変わって、自分は過去をばかり目にして…さっきの事だってそうなのだ。
そう思うと…、視界が僅かに揺らぎ、頬に僅かに暖かなものが流れ…、自分でも気付かぬ内に鼻を啜った。
事情をきちんと話そう、例えそれが良い訳であれ何であれ、それで嫌われようともそれこそ理由というものだ。
やっと踏ん切りが着くのだと。
〜同日 アクシズ
ポタ…ポタ…ポタ
と、水滴が落ちる。
しかし、ほんの僅かにその軌道は垂直とは違う位置へと落ちる。小惑星アクシズ、その外部に連結された居住区、モウサ。
その中には、直径約1000メートル幅にして250メートル程の遠心重力発生機が存在していて、其れ等が回転する事によって遠心力が擬似重力となっている。
そんな物を感じながら、水滴の主。
青い瞳を持った男、金髪の偉丈夫、額に傷を持つ男、シャア・アズナブルが、目の前の鏡を睨みつけるようにしていた。
「全く…、我ながら酷いものだな。」
彼は悩んでいた…。この、アクシズ、ジオン・ザビ派その行末とそんな彼等を導く宿命を負った、一人の少女の事を…。
そして、何より自らという存在が其れ等に対して、如何に悪影響を及ぼす可能性があるのかと言うことを。
「眠ればまた明日が来る…。」
ふと、ピストルが目に入った。
アレで額を撃ち抜けば、綺麗さっぱり何も考えなくても良くなる。しかし、彼にはそんな度胸はない。寧ろ、何かしらの義務感を欲していた。
「変わらねばならぬかもな…。」
そう言って、彼は一人ベッドへと向かいそこに横になると…一人静かに目を閉じた。