〜0084年3月中旬 アクシズ
カッカッカッカッ
という足音とともに、今日もまた謁見の間に人がやってくる。他にやることはないのか、それともそれが日課なのか?ともかく、アクシズ内部のジオン軍人にとって、今はこれだけが精神的な支柱であったと言えよう。
デラーズ・フリートの作戦は失敗し、ジオン残党。特に、ギレン派と呼ばれる強硬派の者達は共に死に、今アクシズに残っているのは、嘗てキシリアの元にいたニュータイプ研究所の人間か、それともドズル派や、所謂良識派と言われるような、比較的穏健なものばかりである。
牙を折られた獅子たちは、その牙を再び研ぐために何とか心を保つだけの支柱が必要なのだ。
「…検討しておこう。」
と、そんな彼らの進言に対して、玉座の傍らから今日もまた、ハマーンは偉そうにしている。
それが彼女の仕事だからだ。
正直に言えば、辛かった。こんな年端もいかない小娘に、多くのものが支柱を求める。何とも愚かな事だと、我ながらに思っていた。
そんな、彼女の傍らには今も…シャアの姿がある。
疲れ切った彼女の顔も、彼の顔を見れば少し穏やかになる。彼女は今行っている此等のことを…、シャアに褒めて欲しかった。
自分はこんなにも色々なことをやっている。皆を纏められている。だから、褒めてほしいのだと。
対するシャアであるが、その事に対して何の感慨も無かった。いや、或いはどうでも良かった。
ハマーンが強硬派を、デラーズ・フリートへと差し向けたと思っているだろうが、そうではない。
寧ろ、その事象はシャアが動いていたのだ。
ナタリー・ビアンキ、彼女を殺した奴らが憎かった。ただ、それだけの為に、数百と言える人間の生命を天秤にかけ、彼等を半ばアクシズから追放したのだ。
結果、アクシズは前よりも舵取りが簡単に行えるようになったのだ。
勿論、ハマーンはその事を知らない。
寧ろ、ハマーンはシャアの為にそれをやり遂げたのだと思っている。
ニュータイプというものが誤解なく分かり合えるものなのだとしたら、シャアという男は決してニュータイプ等ではないのだろう。何せ、彼はハマーンにすら心を開いていないのだ。
それでも、ハマーンはシャアの為に今も頑張っているのだから、せめて褒めるくらいはするのだ。
本当であれば、シャアが陣頭で指揮してこのアクシズの舵を取るべきだと、そう思う者達もいる。
寧ろ、このアクシズにおいてシャアという男は、それだけに信頼されているのだということだ。
しかし、シャアは決して彼等を信頼していない。
寧ろ、だからこそ彼が不用意にアクシズを率いる事など決してないのだ。
アクシズには、彼と同格である『大佐』は彼以外にもいるのだ。であるならば、シャアがハマーンを傀儡に政権を担った場合、それはもはや派閥などではなく、完全な裏切り行為と他ならない。
であるならば、やはりハマーンが指揮を執るべきである。
それが、シャアのロジックであった。
ただ、言い訳がましい事でもあるが…。
しかし、それが主たる事柄ではない。
彼は、内心自信がないのだ。
それはそうだろう。
彼の近くにいる人間は、遅かれ早かれ死ぬ運命にある。そういう感覚に、彼は襲われているのだ。
自らを疫病神とし、自らが愛した両親も、自らが愛した二人の女も彼の前から早々に消えていく…、それが怖いのだ。
誰かが聞けば、それは情けない事かもしれない。しかし、自らに纏わりついた因果を…、彼は無意識的に信じていた。
ハマーンを出迎え、ニヒルに笑って見せる。
しかし、その迷いの中、果たして彼女やミネバの様な、戦争や政治的な災禍に巻き込まない為には、自らがアクシズから離れなければならないのではないか?
という、そんな結論へと飛躍しようとしていた。
執務の終わりに、シャアはその言葉をハマーンに投げかけようとした。だが、シャアの変質を読み取ったハマーンは、先手を打った。
「私達を見捨てるおつもりなのですか…?」
その言葉は、宰相としての言葉ではない。一人の迷える子供として、彼に投げかけられたものだ。
未だ16歳の、年端もいかない少女の言葉、その言葉にシャアは自らの妹のアルテイシアを連想する。
「何を言っているのか、私は君たちを見捨てたりなどしない。ただ、このアクシズの行く末を心配しているのだ。」
シャアは言葉で取り繕う。しかし、ハマーンにはわかっている。例えシャアが謀略を張り巡らし、彼女等を護ろうとした事を知らなくとも、今のシャアの気持ち位は分かるのだ。
それが、彼女がアムロ・レイから学んだ事でもある。優しさを持って、人を重んじる。それこそが、ニュータイプ本来のあり様なのだと。
「わかっております。私達が弱いのも、私達に不運が振りかかる、そんな可能性も。
ですが!!私は……、一人では…怖いのです…。」
彼女の瞳には、僅かに恐怖と哀しみによって潤みが生じ、声が震えていく。
そして、ハマーンはツカツカと対面するシャアの近くへと近付くと、顔を隠すように彼の胸元へと頭を垂れる。
想像よりも軽いその身体は、シャアの大きな身体にスッポリと収まってしまう程に…華奢である。
鼻を啜るように、僅かに悲しみの感情がシャアにも伝わって来ている。
思わず、彼は彼女の髪を撫でた。それは嘗て幼少期に、自らの妹を慰める為に行った、優しさから来るものであった。
「私は、君たちを見捨てたりなどしない…。では聴くが……、私はどうすれば良いのか?宰相ではなく、君の言葉で聴きたいものだな。」
他人に本音を話す事を促し、自らは真意を語らない。酷い大人であるが、シャアは今までそうやって生きてきた。仕方ないことである。
「私と共に、このアクシズを切り盛りして頂きたい。皆、怖がっている。今、大佐がここを離れれば…、私だってどうなるかわからない。
だから…、お願いします。大佐…、『私と』共に…アクシズを…。」
それは切実な言葉であり、同時に彼女の欲望であった。
シャアは、悪い人ではない。であるならば、決して誰かを見捨てたりなどしない。するのならば、きっと途轍もない後悔の果てに、それを行う…。
ハマーンの汚い、ニュータイプ能力の使い方であり、同時に、シャアはそれを分かっていながらも、無理に批難出来ない。
シャアの手のひらが、ハマーンの艶やかな髪をゆっくりと撫でる。
その規則的なリズムは、怯える子供をあやすようでもあり、同時に、シャア自身が抱える言いようのない不安を宥めるための儀式のようでもあった。
「……ずるい女だな、君は」
シャアは、誰に聞かせるわけでもないほどの小さな声で、ため息をつくように呟いた。
ハマーンの涙が、純粋な恐怖から来るものであることは疑いようがない。
だが、その弱さを『今、この瞬間に、自分に対して見せる』ことの破壊力を、この賢しい少女は本能で理解しているのだと。
「大佐…?」
その言葉に反応し、ハマーンは彼の胸元からまるで見上げるように彼女が首を上げる。涙に濡れた『バイオレットの瞳』それが、彼に訴えかけるように見上げてくる…。
瞳の色は違う、しかし何処となくその眼差しの色が、妹のそれに重なって見えた。
そして、同時に思うのだ。
『もしアルテイシアならば、今ここで手を離すだろうか?あの娘であれば、私は手をはなさないのではないか?』
もはや、アルテイシアはシャアの庇護を、必要とはしないだろう。だが、目の前のこの少女は違うのだ。
「……分かった。案ずるな、ハマーン。私はこのアクシズを、そして君とミネバ様を、決して見捨てはしない。君と共に、この冷たい石の塊を導いてみせよう。」
それは、罪滅ぼしだ。
誰かが、囁く。しかし、それが何だというのか?例えそれが代償行為であるとして、それを批難出来るだけの力を持った人間が、ここにいるとでも言うのか?
であるならば、
「私シャア・アズナブルは、何をすれば良い?」
彼は、そうハマーン優しく聞いた。
「……ああ、大佐。ありがとうございます……本当に……」
ハマーンはそう言うと、今度は僅かに笑顔を浮かべながら、涙を流す。
敬愛する男を繋ぎ止めることに成功した、微かで、しかし確かな「勝利」の微笑みが。
こんなにも分かりやすく、年相応の子供を放って置くことが、出来るとでもいうのか?
「だから、今は泣くな…。取り敢えず、喫緊の課題を教えてくれ。」
だから、今は一つずつ問題を潰す事に心血を捧げる事とした。人類すべての事よりも、まずは目の前の問題に方をつけるために…。
〜0084年3月中旬 ジャブロー
真新しい連邦軍の制服を着崩して、歩く集団がいる。
彼等は、どこからどう見ても荒くれた者達である。
彼等の見かけどころか、その所作一つ一つを取っても、生まれも育ちも悪いのだろう。
周囲の連邦軍の他の士官下士官達は、その姿を見て警戒心と嫌悪感を隠すこともなく、ただ睨むように彼等を見据えていた。
「ジオン崩れが…」
誰かがそう囁いた。
集団の中の1人がそれに反応し
「あ゛あ゛あ゛?」
という声を上げた。
「良しな、こんなところで問題を起こして、今までの事が全部パーになっちまったら、誰が責任取るんだい?」
と、先頭に立っていた女士官…シーマがそれを窘めた。
「へ…、へい。」
と、不機嫌そうに従う姿は、軍人などではなくもはや、ヤクザのそれであった。
「こちらになります。」
一行が、案内されて辿り着いた場所は、ジャブロー地下要塞に存在する、艦船ドック。
新造艦や艦艇のメンテナンスを行う場所である。
そんな場所に鎮座していた船は、連邦軍のものとは思えないほどに、流線型なものであった。
「コイツは驚きだね、まさか本当に帰ってくるなんて想いもよらなかったよ。で?何が変わったんだい?簡潔に教えてくれるかな。」
シーマの言葉に、案内役をしていた技術士官が分厚い紙の資料をめくりながら、話始めた。
「ご存知の通り、この艦艇は貴女方が運用していたザンジバル級
リリー・マルレーンです。
まあ、そこは説明しなくともわかるようでしょうが、モビルスーツの搭載機数は大凡6機を誇ります。
詳しくは…、貴女方の方が詳しいでしょう。
さて、本題に入りますが。まず機関士の方、手を挙げてもらえますか。」
と、シーマがゾロゾロと連れてきた者達の中で、何名かが手を挙げた。
「取り敢えず、貴方方には此方の資料を渡しておきます。しっかりと読んで、理論と構造を脳味噌に叩き込んでください?
でなければ、死にますので。
火器官制官は…」
と、何名かずつに資料を配っていく。
紙媒体というものは、ものすごく嵩張るものだ。
だが同時に、焼却や破損などをしない限り、確実に観ることが出来ると言う、強みがある。
「しっかし、悪趣味な色に塗ってくれたね。なんだい?当てつけかい?」
「いえいえ…、自軍の船だとわかりやすいでしょう?
万が一、万が一ですよ。
と、さて幾つかの仕様の変更があります。
特に、艦内の居住容積は幾分か改修のため狭くなっていますが、それは許容していただきたい。
また、少人数での運用を考慮しました。
従来の三分の二の人員で、きちんと動作します。」
その言葉に、技術者としてのプライドとドヤ顔が、妙にシーマを苛立たせている。
如何に、ジオンがモビルスーツの技術に優れていると言っても、宇宙艦艇の建造ノウハウは連邦軍が遥かに優れている。
それは仕方のない事である。
「また、艦内に有りました巨大な不必要な容積を削り、モビルスーツ格納数を、貴官等の運用するモビルスーツ数を前提として削らせていただいています。
最大6機、格納スペースと地上でのメンテナンススペースは充分に有りますので、ご了承を。
さて、削ったスペースには我軍のミノフスキークラフトを搭載しました。
これで、地球上と宇宙の行き来を可能としました。
ご質問は?」
誰も手を挙げない、実地で動かした方が遥かに楽だと、誰もが知っている。
「もう一隻の方には誰が乗るんだい?」
シーマのその言葉に、技官は肩をすくめた。
「トロイホース副長、ガディ・キンゼーが任に就く予定です。部隊を主要な人物で固めたほうが、やりやすいとの判断のようで。」
「きちんと扱えるのかねぇ、言っとくがコイツ等はじゃじゃ馬だよ?」
シーマが煽るように言う。
「彼等も、木馬を運用しているのです。どうとでもするでしょう。さて、艦内を案内しますが、よろしいですか?」
技官のその言葉に、鬱陶しさを覚えもするが仕方もなし、彼女等はゾロゾロと艦内巡りの旅へと、足を向けるのであった。
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