白き流星の羽搏き   作:丸亀導師

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〜0084年4月上旬

 

ブライト・ノアの姿は、ジャブローにあった。いや、彼だけではない。艦艇運用を行う人員、彼等のうちの殆どがそこにいたのだ。

理由は簡単な事だった。

現在、クレール・ルクスが保有する艦艇は、

トロイホース

リリー・マルレーン

の2隻である。

 

しかしながら、艦隊運用としては2隻では心許なく、また作戦行動も難しい。

元来、3隻での運用を想定されているクレール・ルクス。

最後の一隻、そして旗艦に相当する艦艇の引き渡しの日だった。

 

「俺は全く、何か運に取り憑かれているのか?」

 

彼はその光景を見て、そう口を濁した。

 

 

ペガサス級

 

それはデラーズ紛争による、連邦艦隊の大凡四分の一に損害を出した。

そして、その艦隊の再建のために連邦軍は予算のうちの何割かを削らねばならず、最も割を食ったのが、ペガサス級の建艦計画であった。

 

ペガサス級は言ってしまえば、特殊艦艇と言う分類に入る。

強襲揚陸艦と言う建前であるが、自力での大気圏突入と離脱をこなすことができると言う破格の性能を誇る。

のだが、その分武装は相対的に巡洋艦程度と、単艦としては強力とは言い難い。

 

そして、その性能を裏打ちするかのように調達コストを言ってしまえば、最低でもサラミス5隻分は下らない高コストな船体である。

また、隠顕式実弾砲と言う弾道射撃の為だけの装備は、その構造上コストに拍車をかけ、維持費だけでも馬鹿にはならないのだ。

 

宇宙・地球を股に掛けると言うその運用思想は非常に理にかなっている反面、常時展開するにはサラミス級の艦艇数を増やす方がコストが低いと言う、そんな現状がある。

その為、建艦計画が凍結されるのは必然であった。

 

「コレが最後の一隻です。それまで完全格納型であったカタパルトを開放型とし、居住ブロックにあった重力区画を撤去しました。

予算圧縮というのは皮肉なものですが、性能としては保証出来ます。」

 

 

【挿絵表示】

 

 

ペガサス級最終建造型 グラニ

 

それは、ペガサス級としては異例のコストの低い船である。

宇宙での長期運用のための、重力ユニットが無くなり、隠顕式砲を固定式のメガ粒子砲に変えたところに、現実的なコスト低減の跡が見えている。

しかし、やはりこれも建造が中止になることが決定されていた。が、クレール・ルクスその旗艦としてお鉢が回ってきたということだ。

 

「コレを我々が運用しろというのが、上の答えか…。」

 

「そうです。貴官であれば、存分に彼女の性能を引き出せると、現状のペガサス級の各艦の動きを見れば、他の艦長が実力を発揮させてやれていないのだということが、如何にハッキリと分かる。」

 

技官は、誇りを持っている。

物を作るということが、どれだけ崇高な行為であるかと言う、そんな武官には分からないような、そんな誇りを…。

 

「彼女の事を頼みます!」

 

技官は手を出し、ブライトはその手を静かに握り返す。

それは信頼の証しであった。

 

 

艦内への資材の搬入は可及的速やかに行われていった。

トロイホースからブライトに着いてきた人数は、大凡三分の一。運用最低限の人員であり、残りは全く別の部署や新人が充てられていくのだと言う。 

 

艦長室にいるブライトは、また、教育が必要なのだと思うと額に手を置いた。

 

コンコン

 

と、艦長室の扉がノックされる。

 

「入れ。」

 

短く言う彼の言葉に従い、扉がゆっくりと開く。

そこから現れたのは、若い士官達…と言ったところで、ブライトもさほど年齢が離れているわけではない。

しかし、実戦経験の豊富さはこの場面において、肩を並べる者は誰一人としていないだろう。

 

「本日より着任します、各課の代表です。ブライト艦長の下、一同励む所存です。」

 

「ご苦労…と言いたいところだが、自分もこの艦の事は分からないことだらけだ。

貴官等と共に学び、共に生活するのを楽しみにしている。

各課、努力を尽くすように。」

 

と、手短に言ったところでブライトは僅かな視線を感じた。

いや、気のせいであれば良いと言ったところだろうが…、所謂羨望の眼差しと言ったものだろう。

年若い士官、それもアムロと同じ程の年齢という事はつまり、難民出の者もいるという事だ。

 

ホワイトベース隊と言えば、アムロ・レイを筆頭に各人がそれなりに知られている。

尤も、大々的に取り上げられたのは、ブライトとアムロくらいなものだが。

それでも、やはりというべきだろう。画面の向こうの英雄を観るような、むず痒い物をブライトは感じていた。

 

「自分を期待の眼差しで見ているものもいるようだが、勘違いしてもらっては困る。

ここは地球連邦軍クレール・ルクスの旗艦だ。

そのような遊び半分で来たものがいるのなら、即刻退艦命令を出すが…、覚悟しておくように。」

 

少しキツめに言う必要があるかもしれない、戦後世代は何かと弛んでいるところもあるのだと、楽観的な考えの者も少なくはないのだと。

そう言う物を見るに、アムロは良く耐えたものだなぁと、心底納得している。

 

たった数語ではあったものの、現状新たな士官達の姿を見て、時代が少しずつ変わっているような。そんな気がしていた。

 

 

 

若手士官達の中、一人今なおブライトのいた方向を向いている者がいた。クライド・ハリソン少尉である。

彼から見れば、やはりブライトもまた画面の中の人物であった。憧れや羨望が無い、と言えば嘘になるがそれよりも連邦軍人として様々な物を目に焼き付けたいという、そんな欲が彼にはあった。

 

艦内図を脳髄に叩き込みながら、彼は同期達と共に艦橋の方へと進んでいた。

出港までの間、多くの事をやらねばならない。

資材の運搬や書類仕事、モビルスーツハンガーのレイアウ等々、各課でやることは多いが、総じて肉体労働的ではあった。

 

しかし、事ここに至りモビルスーツパイロット達は暇を持て余していた。

彼等が今操縦しているのは、ノーマルのジム。

それも、ジャブローで生産されていた陸戦型のデータからアップデートされたものの内の数機であった。

 

これも、クレール・ルクスの資材というものだが、コレは要するに基地防空任務用に与えられるものであった。

そんな、非常に乗り慣れた機体ゆえに、やることがほとんど無く彼等は暇を持て余していたのだ。

 

「そういや、クライド…。お前、幼馴染がこの艦にいるんだってな。」

 

ブラブラとしている彼等、本来ならコックピットにいなければならない時間。それか、トレーニングに励むべき時間を、彼等は緩く構えていた。そんな中で

黒い肌をした彼の同期、デイビットが話しかけてきた。

 

「ああ…、ラテか?まあ…同じ孤児院というか…そんな感じだ。」

 

「ちょっと紹介してくれよ、減るもんじゃないだろう?」

 

クライドは、僅かに首を傾げて考える素振りをする。何か思い当たる節があるのか、ひと言告げた。

 

「ちょっと変わってんだよ…。なんというかさぁ…宗教?に嵌ってるっていうかさ。ほら…ニュータイプ論有るだろ?アレだよ。」

 

「ニュータイプって……、あの?確か、アムロ・レイが言ってたなんだか良くわからない観念みたいなやつか?」

 

デイビットは、パイロットスーツのジッパーを半端に開けたまま、鼻で笑った。

一年戦争の激戦を知らない彼ら戦後世代の若手にとって、ニュータイプとは連邦軍が戦意高揚のために流したプロパガンダか、せいぜいオカルトめいた都市伝説に過ぎない。

 

「ただの凄腕エースパイロットだろ? 確かに一年戦争じゃ大活躍したらしいが、宗教ってのは大袈裟じゃないか?」

 

「……お前、本人の前でそれ言ったら殺されるぞ」

 

クライドが呆れたようにため息をついた、ちょうどその時だった。

 

「ちょっと。誰が誰を殺すんですって?」

 

通路の角から、山積みのデータパッドを抱えた薄い赤髪の女性士官がひょっこりと顔を出した。

ヴァーニラ・ラテ准尉である。彼女はクライドの姿を認めると、少しだけ目を丸くした。

 

「クライド? あなた、どうしてこんな所に……まさか」

 

「ああ。今日からこの艦の所属になった。モビルスーツ隊だ。こっちは同期のデイビット」

 

「初めまして、ラテ准尉。クライドから美人の幼馴染がいるって聞いて……」

 

デイビットが軽口を叩きながら右手を差し出そうとしたが、ヴァーニラの視線はすでに彼を通り越し、見えない「遥か高み」へと向けられていた。彼女の瞳に、明らかな熱が灯る。

 

「モビルスーツ隊……。ということは、あなたたち、アムロ大尉の随伴機を務めるのね!? 大尉の背中を守る盾になるのね!?」

 

目の光がおかしいと、そう形容出来てしまう程に彼女はクレイジーである。

両親を失った彼女が、果たしてどうやって精神を保ったのか?映像の向こうの手の届かない、英雄譚。

 

そればかりが、彼女の脳裏に焼きついたのだろう。哀れなものである。

 

「え? あ、いやまあそうだ。」

 

デイビットが戸惑って後ずさるが、ヴァーニラはデータパッドを抱えたまま、ずいっと距離を詰めた。

 

「いいこと? あなたたちが命を預けるあのお方は、ただのエースじゃないわ。絶望の海を割って私たちを導く『光』そのものなの。彼と同じ戦場に立てるなんて、パイロットとしてこれ以上の誉れはないわ! 毎朝、機体のジェネレーターに向かって感謝の祈りを捧げなさいよね!」

 

まくしたてるヴァーニラの圧倒的な熱量に、デイビットは完全に引いていた。助けを求めるようにクライドを見るが、彼は「だから言っただろ」と言わんばかりに肩をすくめるだけだ。

 

「……ヴァーニラ。相変わらずだな、お前。少しは落ち着けよ、ブライト艦長に怒られるぞ」

 

「艦長はそんなこと言わないわ。艦長こそが、あのお方の最大の理解者なんだから!」

 

誇らしげに胸を張るヴァーニラを見て、クライドは再び深い溜息を吐いた。

故郷シドニーを焼かれたあの日から、彼もまた連邦の平和を守るために必死に訓練を積んできた。アムロ・レイへの尊敬はある。しかし、盲信はしていない。ジオン残党が多数編入されているというこの『クレール・ルクス』で、自分は「連邦の軍人」としての正義を貫けるのか。クライドの胸中には、期待と同じくらいの不安が渦巻いていた。

 

『――総員傾注。これより本艦は抜錨、シャイアン基地へ向かう。各員、第一種戦闘配置』

 

艦内スピーカーから、ブライトの落ち着きながらも威厳の有る声が響いた。

 

「ほら、出港だ。行くぞ、デイビット」

 

「お、おう……。なんだか、とんでもない部隊に来ちまった気がするぜ」

 

と、軽口をいう彼等。

戦闘配置の命令通り、待機所へと向かう。

パイロット待機エリアにあるモニターには、艦外の光景が映し出され、グラニの直ぐ横を巨大な宇宙往還機のような艦艇がのっそりと動き出す姿が見える。

 

「アレが僚艦かよ、マジでジオンなんだな。」

 

デイビットが確認するように言葉を流す、戦争は終わり憎しみの連鎖は断ち切られなければならない。

しかし…忘れられない事もある。

クライドは無意識の内に、拳を固く握り力んでいた。

 

思い出すのは、巨大なコロニーが宇宙から地上に降ってきた情景。

彼は爆心地の近くにいながら、奇跡的に五体満足で生き残った。数日のうちは両親を探し、その後は…吐き気を催すような行為を行いながら、食いつないだ。

 

その後、孤児として軍の下で暮らした。

その時唯一の涙が流れ、それ以来涙は出ない。

 

目の前の僚艦、それは確かにコロニー落としを行った元凶、そのうちの一つ。

ジオン海兵隊はそれこそ極悪人と言われていたが、何かしらの政治的意図で身分を正規に入手し、のうのうと生きている。

 

『殺してやりたいほど憎い』

 

クライドは、自らの奥底から湧き上がる黒い感情を、きつく結んだ唇と拳で必死に押さえ込んでいた。

 

モニターに映し出されるザンジバル級機動巡洋艦『リリー・マルレーン』。その船体は例え色を塗り替えられようとも、彼からすべてを奪い去った「ジオン」という巨大な悪意の象徴そのものだった。

 

「……おい、クライド。大丈夫か?」

 

デイビットが、隣で硬直する親友の様子に気づき、小声で呼びかけた。

クライドはハッとして、慌てて拳の力を抜いた。掌には、爪が食い込んだ跡がくっきりと残っている。

 

「……ああ、悪い。なんでもない」

 

「なんでもないって顔じゃねえよ。……まあ、お前の気持ちも分からんではないがな。俺だって、あいつらが同じ連邦の軍服を着てるってのは、どうにも胸糞悪い」

 

デイビットもまた、モニターから目を逸らした。

彼らは「平和な地球」を守るために軍を志した。

ワイアット大将の「融和」という大義名分など、シドニーの焼け野原を這いずり回ったクライドにとっては、ただの欺瞞にしか思えなかった。

 

「……忘れるな、デイビット。俺たちの任務は、連邦の平和を守ることだ。あいつらがもし、少しでも妙な真似をしたら……」

 

クライドのティルダ・スウィントンを思わせる中性的な美しい顔に、冷たい殺意が走った。

 

「その時は、俺がこの手で……」

 

それが彼の目的であった。

 

 




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