白き流星の羽搏き   作:丸亀導師

77 / 91
ヴァーニラ・ラテ 20歳 准尉 宇宙世紀63年1月10日産まれ
B型
アボリジニ2割 アングロ系8割


【挿絵表示】


身長160センチ
体重51kg

バストB
ウエスト60
ヒップ84


クライド・ハリソン 20歳 少尉 宇宙世紀63年1月10日産まれ
A型
アングロ・スコッツ系


【挿絵表示】


身長177センチ
体重78kg

チェスト103
ウエスト80
ヒップ99




記憶

〜0079年1月10日

 

南半球に位置するオーストラリアは、うだるような真夏の只中にあった。

ジオン公国軍が地球連邦政府に対して独立戦争を挑んでから、およそ一週間。宇宙(そら)で何億という命が失われているというニュースは、地球の重力下に暮らす一般市民にとって、いまだスクリーンの中の不気味な噂話に過ぎなかった。

 

シドニー郊外の閑静な住宅街で隣家同士として育ったクライド・ハリソンと、ヴァーニラ・ラテ。今日、1月10日は奇しくも二人が同じ日に生を受けた誕生日であった。16歳になったばかりのクライドと、同じく16歳になったヴァーニラ。幼馴染という気安い関係から、互いをひとりの異性として意識し始めていた彼らにとって、この夏休みは特別な意味を持っていた。

 

両家ぐるみの、ささやかな合同誕生日旅行。行き先は、故郷シドニーから南西へ約700キロ離れた大都市、メルボルンである。

ヤラ川沿いに広がる歴史的な石造りの建築群と、宇宙世紀の技術が結集したガラス張りの近代的な高層ビルがモザイク状に入り交じる、美しい海沿いの街。うきうきとした気分の両親たちに連れられ、一行はメルボルン中央部を走る広大な地下鉄のコンコースを歩いていた。

 

涼しい空調が効いた地下街。親たちは気を利かせたのか、あるいは単に観光の話題に花を咲かせていたのか、若き二人から数メートルほど前方を歩いていた。

少し遅れて並んで歩くクライドとヴァーニラの間に、思春期特有のむず痒くも甘い沈黙が落ちる。手が触れそうな距離で、クライドが何か気の利いた言葉をかけようと息を吸い込んだ、その時だった。

 

午前8時35分。

その「終わり」は、何の予兆もなく訪れた。

 

最初は、地の底から響くような不気味な重低音だった。通常の地震波ではない。地球という惑星の地殻そのものが、耐え難い苦痛に呻き声を上げたような、おぞましい振動である。

彼らは知る由もなかった。この瞬間、彼らの愛する故郷であるシドニーの頭上に、ジオン公国軍によって軌道を外された巨大質量兵器――スペースコロニー『アイランド・イフィッシュ』が落着したことを。

 

直撃地点から遠く離れたメルボルンであっても、メガトン級の質量弾がもたらした運動エネルギーは、瞬く間にオーストラリア大陸の地殻を引き裂き、想像を絶する巨大地震となって都市を蹂躙した。 

 

「きゃあっ……!」

 

「ヴァーニラ!」

 

激しい揺れに足を取られ、ヴァーニラが床に倒れ込む。クライドは反射的に彼女の腕を掴み、自分の方へ引き寄せた。

地下鉄の構内は、一瞬にして阿鼻叫喚の坩堝と化した。けたたましく鳴り響く非常警報、ひび割れるコンクリートの悲鳴、明滅し、次々と破裂していく蛍光灯。

 

「父さん! 母さん!」

 

這いつくばりながら、クライドは数メートル先を歩いていた両親たちに向かって絶叫した。

凄まじい揺れの中で、両親たちが振り返り、必死に子供たちへ手を伸ばそうとするのが見えた。ヴァーニラの両親もまた、娘の名前を叫んでいる。

 

しかし、互いの指先が触れ合うよりも早く、無情な物理法則が空間を支配した。

コロニー落としという規格外の衝撃波をまともに受け、とうに耐震限界を超えていた巨大な地下空間の天井が、轟音と共に崩落したのだ。

 

「――――ッ!!」

 

数トン、数十トンというコンクリートの塊と、ひしゃげた鉄骨が、激しい土煙を上げて両者の間に叩きつけられた。

それは一瞬の出来事であった。

 

ほんの数メートル。つい数秒前まで、笑い合い、今日という日を祝福してくれていた家族の姿は、冷たく分厚い瓦礫の壁によって完全に遮断されてしまった。

激しい揺れがわずかに収まった後、コンコースは粉塵と暗闇に包まれた。

 

非常灯の薄暗い赤い光の中、クライドはむせ返りながら、立ちはだかる巨大な瓦礫の山に駆け寄り、血が滲むほど素手でそれを叩き、掘り返そうとした。

 

「父さん! 母さん! 返事をしてくれ! おじさんたちも!」

 

しかし、瓦礫の向こう側からは、微かなうめき声一つ、コンクリートを叩き返す音一つ、返ってくることはなかった。ただ、地上の建物が崩壊していくような、重く遠い地鳴りだけが響き続けている。

 

「嘘よ……嘘……お父さん、お母さん……っ!」

 

ヴァーニラはその場にへたり込み、ボロボロと涙をこぼしながら瓦礫にすがりついた。クライドは血だらけになった両手で彼女の肩を抱き寄せ、ただ強く、強く抱きしめることしかできなかった。

 

シドニーという故郷が、文字通り地球の地図上から消滅したこと。

そして、この分厚い瓦礫の壁が、生と死を永遠に分かつ境界線になってしまったこと。

冷たい地下の暗闇の中で、二人はただ互いの震える体温だけを頼りに、泣き叫び続けるしかなかった。

こうして、ささやかな幸福を夢見た少年と少女の、そして人類の本当の地獄が…

 

 

「ハァハァ……ハァハァ……」

 

0083年4月29日

 

時計を見ればその事実を思い出し、同時に手に力がこもる。あの時の自分が如何に、無力であったのかということを。

 

 

シャイアン基地に到着したペガサス級グラニと、リリー・マルレーン。

そして、宇宙より定期訓練を終えた、ガディ艦長の操るトロイホース。

 

3隻がそろい踏みで接舷されているその光景は、衆目の的であった。 

 

基地の大幅な改装は、それこそ周囲の民衆の生活にも影響を及ぼし、多くの人員とその家族が移り住んでくるということもあって、活気に満ちていた。

 

そんな折り、新規に艦隊要員として派遣された人員の内パイロットであるクライド等26名は、彼等の目標としていた人物アムロ・レイと出会った。

 

「諸君等も知っての通り、このクレール・ルクスという部隊は、新編された実働部隊だ。

有事の際、現地部隊が防衛線を構築している間、即応戦力として敵を強襲するのが、本部隊の任務となる。

従って、機体運用に関していえば精鋭である事が求められる。」

 

基地内のブリーフィングルームにて、アムロ・レイが壇上に立ち、彼等に説明する姿は画面の向こう側に映っていた少年の面影よりも、寧ろ実直な軍人のような空気を醸し出していた。

 

「……以上が、本部隊の主要な任務となるが…、諸君等はその任務に適応する精鋭であると、ジャブロー、士官学校より選ばれた者たちであると聴く。

各々、志願と推薦によりこの場にいるという事を充分に理解して欲しい。

 

この機会だ、諸君等の評価が正当なものだと認めるものの、実際に必要な技量をどれだけ持っているのか、確認させてもらう。

 

コレより3時間後に、模擬戦を行う。各々、担当するモビルスーツに乗り込み各艦に移動、しかる後に演習場へと移動する。

 

解散!」

 

アムロ・レイ大尉の短く鋭い号令が、ブリーフィングルームに響き渡った。

張り詰めた空気が一気に解け、若きパイロット候補生たちが一斉に立ち上がり、慌ただしく退出の準備を始める。

 

「おい、聞いたかよクライド。いきなり『ガンダムのパイロット』と模擬戦だぜ。ジャブローのエリートどもが真っ青になってたな」

 

同期のデイビットが、興奮冷めやらぬ様子でクライドの肩を小突いた。

一年戦争の英雄アムロ・レイによる直接の技量テスト。それは、配属されたばかりの新人たちにとって、最高の栄誉であると同時に、自らの底の浅さを白日の下に晒される恐怖でもあった。 

 

「……ああ。だが、ただの歓迎会じゃない。俺たちが『あの連中』と肩を並べて戦えるかどうかの、冷徹な値踏みだ」

 

クライドは、退出していく候補生たちの背中越しに、部屋の隅で腕を組んで壁にもたれかかっている数人の男女を睨みつけた。

真新しい連邦の軍服を着崩し、退屈そうにあくびを噛み殺している者たち。

 

かつてジオン公国軍突撃機動軍・第8艦隊――通称『シーマ艦隊』に所属していた、元海兵隊の猛者たちである。

 

「ケッ。ひよっこ共が、大尉の顔を見ただけで小便漏らしそうなツラしてやがる」

 

その中の一人、顔に傷のある大柄な男が、クライドたちの前を通り過ぎざまに鼻で笑った。

 

デイビットがムッとして言い返そうとするのを、クライドが片腕で制した。ここで彼らと揉めても何の得にもならない。それに、彼らが「実戦」という地獄の底を這いずり回ってきた本物の獣であることは、その立ち居振る舞いだけで痛いほど伝わってくる。

 

「……行くぞ、デイビット。俺たちの機体は『グラニ』の第2ハンガーだ。あの連中に、地球育ち(アースノイド)の意地を見せてやる」

 

クライドは、かつてシドニーの地下鉄で感じた、あの圧倒的な「無力感」を胸の奥に押し込め、支給されたばかりのパイロットスーツを握りしめた。

 

 

 

シャイアンの宇宙港予定地、その近くに接舷しているリリー・マルレーンの艦長室に、シーマの姿があった。

そして、その部屋にはアムロ・レイの姿もあった。

 

「なんだって私等がそんな事をしなくちゃならない。

知ってるだろうが、私等はアンタ程の腕は無いんだよ。」

 

「だからだよ。彼等がどれだけ機敏に動こうと、作戦を行使しようと……、所詮はモビルスーツのOSの手助けがいる。

アレには致命的な欠陥があるからな。」

 

ジム、或いはその発展期、そして新しく配備が始まったジムⅡ。そのOSは、地球連邦軍の基本的なものとして浸透し、新米からベテランまで、幅広い層に使用されているモビルスーツ用操縦支援システムである。

その汎用性の高さは、地球連邦軍が一年戦争に勝利したその立役者とすら言われるほどに、優秀なものである。

しかし、アムロから見ればそれは欠陥であった。

 

「貴女方、元ジオンのパイロットは僕の動きとは全く別の動き方をする。良く言えば、型にはまっていないといえば良いか…。兎に角、彼等が相手をするのはそう言う相手である事を教えなければならないんだ。

彼等は、いわば俺の分身のようなものだから。」

 

ジオンのパイロットは、速成以外の者を除けば一からモビルスーツの操縦を習った人間が殆どである。

また、モビルスーツを扱う戦術も地球連邦軍のそれとはまるで違う、一つ一つの部隊が独自の動きをしたりするのだ。

 

連邦軍内で、きちんと操縦を習った養殖のパイロットたちであるクライド達新米達は、要するにそう言う物を観たことが無いのだ。

そして、大概そう言う相手に対して起こるものは何かと言えば…セオリーを無視した、インスピレーション勝負の戦いとなる。

 

アムロが相手をすれば、それを観る前に…全てが終わってしまう。

見敵必殺、見つかれば最後。アムロの射撃から逃れるには、並外れた腕と経験が必要であって、それこそシーマ達のような計器に頼らない、ベテランの勘が必要なのだ。

 

「最初の戦闘は俺がやります。その後の戦闘で、アグレッサーを担当して欲しいんです。無理強いはしませんが…」

 

「そりゃそうだろうね、無理強いされたらたまったもんじゃないよ……、アンタそれだけだろうねぇ?」

 

シーマは鋭く追求した。

態々そういう事を言うのなら、艦長であり実働部隊の隊長であるブライトがやるべきだ。

それか、クレール・ルクスの司令であるコジマ准将が行うべきなのだ。

それを、アムロが現れて言っているのだから、訳ありだろう。

 

「ああ、実はパイロットの一人に、シドニー出身者がいる。」

 

その言葉に、シーマの瞳は開かれた。

 

シドニー

 

それは一年戦争の折、ジオンのコロニー落としによって文字通り地図から消し飛んだ都市の名前。

多くの難民を創り出された元凶、そしてそんな物を創り出した者が、自分達である。

 

「要するに……、あたしらに撃たれろってことかい?」

 

「そうじゃない、彼に君達の戦い方を学ばせてやりたい。貴女方の戦い方は、決して極悪人のするような汚いものじゃないと言うことを。」

 

行いだけで理解するほど…人は単純だろうか?

 

「……アンタ、本気で言ってんのかい」

 

シーマ・ガラハウは、呆れたように、しかしどこか自嘲気味に息を吐き出した。

アムロの言っていることは、建前としては正しい。実戦を知らない連邦の若造たちに、型破りなジオンの戦術――泥水をすするような執念の戦いを教え込むのは、アグレッサーとしての立派な任務だ。

だが、その裏にある意図。シドニーで故郷を焼かれた少年に、自分たちの戦いを見せつけろというのだ。

 

「私等が、汚れ仕事ばかり押し付けられてきたクズだってことは、アンタが一番よく知ってるだろう? 毒ガスを撒き、アレを落とした連中だ。あの坊やからすれば、どんな理屈を並べようと、私たちは親の仇、憎むべき悪党さ。」

 

シーマは自嘲する。決して消えない罪線は、今も尚彼女等に纏わりついている。それは、呪いだ。

 

「悪党が、コロニーの落着を阻止するために命を懸けるものか」

 

アムロの静かな、しかし有無を言わさぬ反論に、シーマは言葉を詰まらせた。

デラーズ紛争でのあのギリギリの攻防。艦隊要員の半数以上を失う程の奮迅…。

アムロとセイラに導かれ、彼女たちは連邦の艦隊を守り抜き、結果的に地球への被害を最小限に食い止めた。それは、シーマ艦隊にとって、決して消えない罪への、ささやかすぎる贖罪であった。

 

「彼には、憎悪を乗り越えてほしいんだ。……いや、乗り越えられなくてもいい。ただ、君たちが『生きて帰るため』にどれほど必死に機体を操っているか、その熱だけは、肌で感じさせたい」

 

アムロの瞳は、どこまでも澄んでいた。

ニュータイプとしての直感か、それとも部下を預かる指揮官としての親心か。アムロは、クライドの中に渦巻くどす黒い憎悪が、いずれ彼自身の身を滅ぼす諸刃の剣になることを見抜いていた。

 

「……フン。相変わらず、お人好しなこった。」

 

シーマは目を伏せ少し考えた後、立ち上がった。

 

かつての自分たちと同じように、大人の戦争に巻き込まれ、故郷を奪われた少年。その憎悪を正面から受け止めることは、シーマにとっても決して気分の良いものではない。だが、だからといって逃げるつもりもなかった。

 

「いいだろう。アグレッサーの件、引き受けてやる。……ただし、手加減はしないよ。あの坊やがシドニーの亡霊に囚われたままなら、私が直々に、機体ごと叩き落としてやる」 

 

「ああ、頼む。……俺の『分身』たちを、鍛え直してやってくれ」

 

アムロは深く頭を下げ、リリー・マルレーンの艦長室を後にした。

 




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