白き流星の羽搏き   作:丸亀導師

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獅子の谷

〜0084年4月下旬 グランドキャニオン・特別演習区

 

巨大な渓谷が横たわり、その周辺には幾つかの大きな穴が穿たれる。

1年戦争の折、シドニーに最も大きな被害を生み出したコロニー・アイランドイフィッシュ。その破片は、地球各地に振り注いでいた。

小片となって、北米〜シベリア地帯等にも其れ等は降り注ぎ、こグランドキャニオンにも、その爪痕は確かに残っている。

 

ペガサス級グラニ率いる3隻の艦隊は、この周辺に陣を張りモビルスーツ総数20機を要する、比較的大規模広域な演習が始まろうとしていた…。

 

「コレより、状況を開始する。各部隊は先の作戦通り行動し、各個の役割を担うよう努力せよ。」

 

ペガサス級グラニを中心に、新米のパイロットや乗員が集結しブリーフィングを開いている。

作戦目標は、標的モビルスーツ1機の撃墜。

その目標は異例なほどに低いものとなっているが、その難易度は計り知れない。

 

支給されるモビルスーツは、最新鋭のジムⅡでありパイロット能力を観るのにはうってつけのものである。

対するモビルスーツは、あのアムロ・レイの駆るガンダムℵと呼ばれる機体であるが、その機体を基に造られたジムⅡは、その弱点を克服している。

 

機体性能で見れば、圧倒的に攻撃方が有利であった。

 

それぞれがそれぞれの機体へと向かっていく。

蒼、紫、オレンジ、各部隊色に右肩が塗られた其れ等の機体は、3つの部隊を現している。

 

コックピットに入ると、各種の点検を行い始動する。

 

『それにしちゃ…、些かやり過ぎじゃないか?たった一機のモビルスーツに、18機も当てるなんてさオーバーキルだぜ?』

 

クライドの僚機、デイビットの乗る2番機からそんな通信が入る。

実際、どれだけ広域の展開であるとしても、結局は最低でも1個小隊で動くのだから多対1。多勢に無勢により、有利は確実である。更に、機体性能でもほぼ互角なのだから、言うまでもない。

 

『だけど相手はあのアムロ・レイだ、どんな戦い方するかは、皆わかってるだろ。』

 

部隊長である、もう一人の同期の言葉を聞き流しつつも、ある情景を思い出す。

クライドは覚えている。テレビの向こう側、サイド6で撮影されたその映像が、連邦軍の電波を通じて。

 

ホワイトベース隊の獅子奮迅の戦いを。

 

「お喋りはそこまでだ。兎に角、油断しなければ良いんだ。」

 

冷静にパイロットスーツのバイザー越しに、モニターを見る。全天周囲が灯り、周辺を緻密に描写し身体が浮いたような錯覚すら覚えるだろう。

実際、コックピットは半ば浮いているが。

 

『皆落ち着いてるね、でもその余裕が何時まで持つんだろうね?』

 

小さなモニターにヴァーニラの姿が映し出され、彼女がまるで嘲笑するような目をしていることに気がついたのは、クライドだけである。

クライドは苛ついた、そんなにも俺は頼りないのかと。

 

「言ってくれるじゃねぇか、見返してやるよ。」

 

そんな言葉の通りに、ジムⅡが動き出しグラニのハッチが開放され、外から風が流れ込む。グラニは渓谷の上で浮上しながら鎮座している。

カタパルトに足が固定され、やや前傾姿勢となると、クライドは腹に力を入れた。

 

「クライド・ハリソン、ジムⅡ出るぞ!!」

 

グッと身体に慣性が掛かり、シートに僅かに身体が埋まる。その後ろから続々と各部隊が射出される。

リリー・マルレーンから出撃する者達は、空中からダイビングするかのよう落下していく。

演習だと言うのに、迅速な出撃を心がけ慢心は出来ない。

 

高度計が数字を減らしていく。

 

ピッピッピッピッ

 

そんな音が発せられていく内に、作戦行動範囲へと各々が入った…。

 

瞬間である。

 

「おいおい、嘘だろ!」

 

僚機のうちの1機、エリクという顎髭を蓄えていた男の駆るジムⅡが、戦闘不能判定を受けたのだ。1年戦争にも行ったことがあると、そう豪語していたがそんな男が手玉に取られた。

それはほんの一瞬の出来事である。

範囲に入った瞬間から、既に位置を把握されているというのだ。

 

荒野のグランドキャニオン、コックピットシステムは発信された信号を逆探知してその位置を見据えさせる。

クライドは無我夢中に操縦桿を操ると、機体をランダムに動かした。

 

「流石ってわけだ…、アムロ・レイってこうでなくっちゃな!!」

 

通常のライフルでは射程範囲外、しかし確かに撃墜判定を受けたという事は、アムロ・レイはガンダムℵは、長距離支援用のスナイパーライフルでも装備しているのだろうと、クライドは判断した。

 

積極的に回避運動を取りつつ、無限の30秒で次々に僚機に撃墜判定が灯っていく。

 

『戦力10%喪失』

 

ヴァーニラからは、淡々と状況報告が流れてくる。彼女にしてみても、昨年のアムロの活躍を観ているのだから、当然と言ったところであろう。

 

クライドの機体は無事に降下に成功すると、先程のセンサーの指し示す射撃方向を信じ地峡の陰に身を隠した。

 

「さて……、初手からバラバラにされたわけだな。」

 

集中的に彼等は降下した筈であったが、的確な狙撃によって実際に戦場に立った事のある者達が次々と落とされた為に、今生き残っているのは、1年戦争の戦場を経験したことの無いものばかりであった。

 

「デイビットは何処に降りたか…、やられてはいなかったが。」

 

周辺マップを開く、地峡の形から自ずと場所を割り出した。

 

「狙撃は北西方向からあった…、だとすればこの位置か?」

 

クライドのいる位置はリトルコロラド川渓谷展望台付近であったが、角度から相手がブライト・エンジェル展望所方向から狙撃した事を割り出した。

 

「動いているだろうから、どうでるか…英雄様の動きは予想出来ないね。」

 

正直に言った。

パイロットスーツの中、額から流れる緊張の汗が鬱陶しくも顔を濡らす。ヘルメットなぞ、とってしまいたい。

 

「面白くなってきたじゃないか…!」

 

クライドは目を細めた。

 

 

撃ち落とされた者達は4名、

髭面のエリク・ブランケット

顔傷の女、ケイト・ブリュースター

リバーシブル靴下のタツヤ・ミカミ

そして、金髪パーマの男…ジョブ・ジョン

である。

 

彼等は撃墜判定を真っ先にくらい、見事に退場する他なかった。それ故に、戦場全体を俯瞰して観ることが出来る、そんな立場になった。

 

集結地点へと彼等が固まっている、コックピットから降りながら4人は上空から送られてくる映像を眺めていた。

 

「しかし…、まんまとやられましたな!流石はアムロ・レイと言ったところでしょう。」

 

エリクが語る、まるでア・バオア・クーでの戦いの様な鋭い刺す様な戦い方であると。

彼は実際、その戦いでジム大隊の一員として参加していた。ガンダムの姿を嫌というほど観たのだという。

 

その言葉に、同意以外の言葉を得ることは難しかった。

 

「結局ここでも、僕はアムロに勝てない。今に始まった事じゃあ無いけれども。」

 

エリクに続くように、ジョブは言葉を流した。

 

「そう言えばアナタ元ホワイトベースのパイロットだったって聞いてたけど、それなりに警戒されているのね。嘘じゃなくって」

 

「嘘じゃないですよ、けどね…結局は補欠要員なんですよ。僕は…。」

 

ジョブは黄昏るように、明後日の方を見る何かを懐かしんでいるのかと…。

 

「まあ良いんじゃないですか?ここにいる全員、実戦経験があるって話なら脅威に感じてくれたってことでしょう。胸張りましょう胸」

 

ドスドスと胸を拳で叩いてタツヤはジョブを鼓舞する。その間も、戦況は刻々と変化していった。

 

ジョブ・ジョンは、モニターに映る戦域図の中で次々と消えていく友軍の光点を見つめながら、かつてホワイトベースで共に一年戦争を生き抜いた戦友の姿を脳裏に重ねていた。

 

「アムロは、機体のセンサーではなくパイロットの『殺気』や『迷い』を読んでいるんです。」

 

ジョブのその言葉に、エリクやタツヤたち歴戦のパイロットたちも無言で頷いた。

 

「実戦経験のある我々は、無意識のうちに敵を探し、殺気を放ってしまう。

だから初手で間引かれた。残された新兵たちは、最新鋭のジムⅡの優秀なOSとレーダーに頼り切っている。……だが、あの男を相手にモニターを見ているようでは、すでに死んでいるのと同じだ。」 

 

彼らの予想を裏付けるように、演習空域では一方的な蹂躙が始まっていた。

 

赤き峡谷の死闘は一方的であった。

 

「くそっ! 第4小隊、応答しろ! どこから撃たれた!?」

 

クライドの通信機から、別の小隊長の焦燥しきった声が響く。だが、返ってくるのはノイズだけだった。

 

『――残存戦力、50パーセント。開始からわずか4分。……大尉の機動に全くついていけていませんね。』

 

オペレーターであるヴァーニラ・ラテ准尉の声には、隠しきれない優越感と恍惚が混じっていた。

彼女の煽るような言い回しに、クライドはギリッと奥歯を噛み締め、ジムⅡの操縦桿を強く握り直した。

 

グランドキャニオンの複雑に入り組んだ岩肌は、レーダーの電波を乱反射させ、ただでさえ捉えづらいガンダムℵの機影を完全に隠蔽していた。アムロ・レイは、この雄大な自然の地形そのものを味方につけ、死角から死角へと音もなく移動しているのだ。

 

『クライド! こっちだ、合流するぞ!』

 

岩壁の陰から、デイビットの乗るジムⅡがスラスターを吹かして合流してきた。生き残っている僚機は、もはや彼を含めて数機しかいない。

 

「デイビット、レーダーを切って光学カメラに切り替えろ! OSの予測照準も切るんだ。奴はシステムの裏をかいてくる!」

 

『無茶言うなよ! 有視界だけであのバケモノを捉えろってのか!?』

 

「やるしかない! 俺はシドニーを生き延びたんだ、こんな演習で……!」

 

クライドが叫んだ、その瞬間だった。

峡谷の遥か上空、目が眩むような太陽の光芒の中から、一筋の青白い閃光が真っ直ぐに撃ち下ろされた。

それは、デイビットのジムⅡが岩陰からわずかに身を乗り出した、その一瞬の隙を正確に射抜いていた。

 

『うおっ!?』

 

デイビットの機体のメインカメラが真っ赤なペイントで塗り潰され、システムが「撃墜判定」を告げる低いアラートを鳴らした。

 

「上か!!」

 

クライドは反射的にスロットルを全開にし、機体を真上へと向けながらビーム・ライフルの引き金を連続で引いた。

しかし、光学カメラが捉えたのは、ガンダムℵの残像だけだった。

 

「っく速い!」

 

アムロの機体は、ライフルを撃ち下ろした反動をそのまま利用して空中で姿勢を反転させ、重力に引かれるままに峡谷の深い谷底へと落下していくところだった。

 

「逃がすかッ!」

 

クライドは恐怖よりも、シドニーで培われた「喪失への怒り」を燃料にして、後を追うように谷底へ機体をダイブさせた。

岩肌が猛スピードで視界を流れていく。風を切り裂くジムⅡの推進音が、峡谷に木霊する。

谷底に差し掛かった瞬間、視界の隅で「白い影」が急停止したのが見えた。

 

落下エネルギーをスラスターの逆噴射で相殺し、岩壁を蹴って空中で静止したガンダムℵ。そのビーム・ライフルの銃口は、追撃してくるクライドの機体のコクピットを、すでにピタリと捉えていた。

 

(……やられる!)

 

クライドは死を覚悟した。

だが、次の瞬間、ガンダムℵはライフルの銃口をふっと下げ、代わりにビーム・サーベルの柄に手を伸ばした。

「撃墜」ではなく、「近接戦闘」の構え。

 

『――君が、シドニー出身のクライド・ハリソン少尉だな』

 

直接通信・光音声で、男の静かな声がクライドの耳に飛び込んできた。

モニター越しに見る英雄アムロ・レイの機体は、威圧感よりも、底知れない静謐さを漂わせていた。

 

「大尉……! 何故、撃たなかった!」

 

クライドもまたビーム・サーベルを引き抜き、ガンダムℵに向かって突進した。

怒り、憎しみ、そして実力差を見せつけられた屈辱。それらすべてを乗せた一撃を、ガンダムの胸部目掛けて振り下ろす。

 

『怒りに任せた機動だ。……君の踏み込みは速いが、殺気が先行しすぎている。それでは、戦場ではただの的になるだけだ。何より、焦りが見える。』

 

アムロの言葉と共に、ガンダムℵは最小限の動きでクライドのサーベルを躱した。

そして、すれ違いざまにジムⅡの腕部関節にマニピュレーターを掛け、合気道のような流麗な動作で機体のバランスを完全に奪い去った。

天地が逆転し、クライドのジムⅡは峡谷の岩肌に背中から叩きつけられた。

 

『第2小隊、クライド少尉。撃墜判定』

 

ヴァーニラの無慈悲な声が響く。

 

『……憎しみを推進力にするのは構わない。だが、それに呑まれれば、君は自分自身と、守るべき僚機を焼き尽くすことになる』

 

見上げると、ガンダムℵが太陽を背にして静かに佇んでいた。

その姿は、かつて一年戦争の映像で見た「連邦の白い悪魔」の凶暴さではなく、数多の悲しみを乗り越えてきた者だけが持つ、圧倒的なまでの「静けさ」を体現していた。

 

クライドは、操縦桿から手を離し、荒い息を吐きながらモニターの向こうの英雄を見つめ返した。

自分がどれだけ無力で、そして感情に振り回されていたか。シドニーの瓦礫の中で感じた無力感とは違う、純粋な「己の未熟さ」を、彼は骨の髄まで思い知らされていた。

 

コックピットでヘルメットを外し、手で髪を梳く。

 

「クソっ!!」

 

悔しさが孤独に響いた。

 




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