『以上、目標1機に対して18機の全滅を確認した。状況を終了とする。』
グラニの艦橋からブライトの淡々とした言葉が流れてくる。
開始からわずか12分。それが、連邦軍の最新鋭機と士官学校の成績優秀者たちを集めた精鋭部隊が、たった一機のガンダムと、アムロ・レイという一人の人間に蹂躙されるまでに要した時間だった。
グランドキャニオンの谷底に叩きつけられたままのクライドは、荒い息を吐きながらモニターを睨みつけていた。
自らの慢心と、復讐心という名の「殺気」が、いとも容易くあの男に読まれていたという屈辱。シドニーの瓦礫の中で感じた無力感とは違う、己の未熟さが引き起こした純粋な敗北感が、彼の胸を焼いていた。
「……クソっ!!」
ヘルメットを脱ぎ捨て、操縦桿に拳を叩きつけた。
そんな彼とは対象的に、最初に撃墜された4名は淡々と状況を理解していた。
「要するに、俺達は邪魔者だったって訳だ。」
髭面の男、エリク・ブランケットがそう口走る。
何を感じたのか、彼は不適に笑いつつもこの結果に一つの満足を覚えていた。
「ジオンの残党を叩く部隊、それだけならまだ良い。融和を計ろうとするのなら、自衛の力は必要だと。
そりゃ、私達は邪魔者扱いされるわけだわな。」
実戦経験の豊富な人間は、時として最適解を出そうと、つい癖でモビルスーツを操縦する。それに漬け込まれた形での撃墜であったが、要するにそう言った癖のない人間こそが、この部隊には必要な人材であるということだ。
「特にエリク…、アンタ連邦の出じゃないね?ジオンの動きがプンプンしてるよ。」
ケイトがやっかみを掛けるかの如く、エリクへと詰め寄る。
エリクはそれを見て、とぼけた様に手を空に上げた。
「そんな事してる場合じゃないですよ、次は連中との模擬戦です。急いで機体を動かしたほうが賢明だ。」
緊張感のない周囲とは裏腹に、ジョブの顔は真剣そのものであった。
アムロが何を考えているのか、ジョブには一つの心当たりがあった。
ホワイトベース隊、その部隊の中でアムロの駆るガンダムは常に浮いていた。
彼の技術もさることながら、その機動力はガンキャノンやコアブースターが足手まといにしかならないかの様に。
ア・バオア・クーでの戦いでは、遂に単独での出撃が現実と化し、結果ホワイトベース隊は戦力としての限界を迎えた……。
アムロは見定めているのだ。自分の動きに着いてこれるだけのポテンシャルを持ったパイロットを。
ジョブはギリッと奥歯を噛み締め、前を向きながらも悔しげに顔を歪ませていた。
一度の戦闘から暫しの休憩に入り、それぞれが先程の戦闘を考えている最中、アムロは各パイロットの腕をそれなりに評価していた。
「全体的な動きは確かに悪い。教本通りの動きをして、緩慢な部分もある。
だが、戦時中のジム中隊等よりは遥かにマシだと思うよ。」
グラニの艦橋で、ブライトに簡単に作った資料を渡しながら、黙々と結果を伝えている。
満足は行っていないながらも、と言った雰囲気だった。
「確かに、戦力的には申し分はないが…だからといって実戦で使い物になるかどうかは…、別問題だろうがな。」
「ソレよりも問題は……、ラテ准尉。」
アムロは、オペレーター席に座る彼女に苦言を呈した。
「何故、彼等を煽るような事を言う?いや、彼等じゃなく…彼か?」
「な、何故……とおっしゃいますと……?」
ヴァーニラは、コンソールを叩く手を止め、顔を強張らせてアムロを振り返った。彼女の瞳には、尊敬の念と、それゆえの狼狽が入り混じっている。
「君のオペレーションは正確だった。だが、撃墜判定の報告に私情が混じりすぎている。……特に、クライド少尉に対してだ。彼を追い詰めるような言い回しは、指揮官として看過できない」
アムロの声は静かでしたが、そこには戦場という「極限」を知る者特有の重圧があった。
「……彼には、分かって欲しかったのです。大尉がどれほど高潔で、どれほど遠い存在か。それを理解せず、ただ感情で操縦桿を握る彼が、私は……!」
「彼と君が同郷で、同じ痛みを抱えているのは知っている。……だが、だからこそ君の言葉は彼を救うためのものでなければならない。……今の君の言葉は、彼の憎しみを煽っているだけだ」
アムロの言葉に、ヴァーニラは力なく項垂れた。
彼女にとってアムロ・レイは「救いの象徴」であり、クライド・ハリソンは「その救いを分かち合うべき唯一の半身」であった。しかし、二人の歩む道は、あの日メルボルンの地下で瓦礫に阻まれた時から、決定的に違ってしまっていたのだ。
「……申し訳、ありません。次からは、務めて冷静に……」
「いや、わかってくれればそれでいい。以後気をつけるように。」
アムロとヴァーニラは同年代であるがしかし、アムロはどうしても大人であった。
彼をそうしてしまったのは、戦争のせいもあるが責務を背負うということはつまりそういう事なのだろう。
一方で、ヴァーニラの言動は年相応かやや幼いところがあった。大人になりきれていない、悪く言えば子供っぽいとでも言うべきか?彼女の場合もまた、戦争の影響であろう事は言うまでもない。
故に、この機会でしか叱咤出来ないのだと言う判断をアムロはしたのだ。
シュンと、身体を小さくしているように見えるが、数分もしない内に、開き直るだろう。それが彼女の強みであった。
「さて……、シーマ隊は準備が出来ているようだな。」
「あぁ、ただ一つ注文はもらったよ。」
アムロは名簿を指し示すと、その男の写真に手を置いた。
一方、件のシーマ隊である。
「……さて、アンタ等の正式な評価を行う、アグレッサー隊だ。取り敢えず、シーマ・ガラハウ少佐と名乗っておこうか?」
モビルスーツを背後に、威圧的な態度でシーマは新米達の前に立ち、堂々と名乗りを上げた。
彼女等が元ジオンの海兵隊であると言うことは、ここにいる者達であれば誰もが知っている。
故に、顔に緊張が張り付いていた。
クライドの顔は、彼女等を目の前にしたその瞬間から、親の仇を見る目へとみるみる変わっていった。
いや、実際に親の仇であるという事はそうであるから、強ち間違ってはいない。
「さっきの戦闘は観させてもらった……、新米たちにしては良い動きをしていたよ。正直に、評価はさせてもらう。
だが、戦場というものは華々しい英雄の独り善がりだけじゃあない事を、アンタ等に叩き込むのが私等の役目だ。」
頭では分かっている筈であったが、いざ目の前にソレがいると言うのは耐え難い物がある。
実際は、怒りと悔しさがこみ上げてきて無意識に拳に力が入り、歯を折れんばかりに噛み締めて耐えているのだ。
「さて、アンタ等連邦軍人には私等に思うところもあるだろう、殺すつもりでかかってこい。
一点、確認がある。
エリク・ブランケット中尉、貴様は我々と共に動いてもらう。」
周囲が彼に目を向ける。
髭を僅かに手でしごくと、シーマを鋭く細い目で見つめた。
「了解しました。エリク・ブランケット中尉、シーマ隊に合流します。」
見事に敬礼をすると、共にいた3人に別れを告げて彼はシーマ隊の横へと並ぶ。
「以上だ、後の連中でアタシらとの戦い方でも協議するといいさ。」
ぶっきらぼうに終わりを告げると、新兵と中堅がその場に残ったのだった。
ブライトは眉間に皺を寄せ、アムロが見せてきたものに目を通して呟いた。
「エリク・ブランケか、死刑囚が紛れ込んでいる等とは想いたくもないな。」
「しかも数年前に死んでいるのだから、余計にたちが悪い。誰に雇われたか、或いは…」
連邦軍も一枚岩ではない。ジオン寄りの者もおれば、過激な反スペースノイドもいる。
そんな中で一部の力を持った物が、死刑囚を雇用することなどさほど不思議ではなかった。
艦橋で堂々と話す二人の会話を、周囲は聞き耳を立てることなく、外耳を通って海馬に届く。
「目的が何であれ、元同僚に任せるのが得策だろうという判断だ。
尤も、シーマ少佐からの提案だったわけだから、上手くやっていると思うが。」
「あの…そのエリクという人はどういう人なんでしょうか?」
純粋に気になったのか、コンソールを叩くのをパタリと止めて、ヴァーニラは聴いた。
「ジオンの元特殊部隊員だという話だ。詳しい事情は知らないが、戦後も戦闘を継続した…俗に言う元テロリストだな。」
アムロの簡潔な物言いに、彼女は顔を顰める。戦後も戦争を続けるという、あまりにも愚かな行為。
戦災孤児であった彼女からすれば、そんなことに心血を注ぐ意味が不明であった。
まだ、シーマ達の言う。
故郷を失い、帰る場所も無く、本国には裏切られ、家族も行方知れず、指名手配を受けている。
そんな状況の方が、納得出来てしまう程にジオンという国の軍隊は、軍隊未満の組織であった。とも言え。
なまじあれほどの巨大な艦隊を勝手に運用できてしまう、デラーズ・フリート等もまた、軍隊には有るまじき姿であるのだ。
シーマ隊の面々はその殆どがシーマ艦隊、その生き残りの中にいた選りすぐりの人間。
戦後、戦うことを辞めなかった者達、安住の地を得なかった者達のうち、報酬を担保に戦うことを続けることを選んだ者達から構成されたものである。
それ故に、士気は旺盛にして口は悪い者たちばかりである。
「エリク・ブランケ。お噂はかねがねだよ?良家の跡取りなんだっけねぇ。
水天の涙作戦…見事に失敗したらしいが、まさかこんな所にノコノコと出てくるとは思いもしなかったよ…。死刑囚だろう?アンタ…。
何が目的だい。場合によっちゃあ」
というシーマの声で、周囲にコッキングレバーを動かす音が幾つも鳴る。
髭面のエリクは、額に汗を流しながら相対するシーマに対して、声を上げた。
「私はただこれに参画しろと言われたまでの事だ。連邦軍内での政治的な動き等は、知るものではない。
ただ、一つ言えることがあるのだとすれば、他言は知らぬということだけだ。」
その真っ直ぐな瞳は、濁りきっているシーマの瞳とはまるで違ったもののように見えて、シーマは舌打ちをしたくなった。
「そうかい?だけどね、監視は続けさせてもらうよ?ソレが規則ってもんさね。」
シーマのその言葉で、彼は正式にシーマ隊と合流することが決定した。
一方で、残された新兵と中堅層のグループはと言えば、対シーマ隊を想定したシフト配置を考えていた。
主に、実戦経験のあるメンバーが中心となって、必然的にジョブはその円の中心となっていた。
「良いかい?戦争ってのは、相手をする人間がいて始めて成立するものだ。
想定するには、ジオンのセオリーだけじゃなくその人間の心理を読み解いて戦う必要がある。」
ジョブの脳裏にあったのは、シャアのような用意周到で鮮烈なエースの追い詰めるような戦い方や、物量戦を仕掛けられた記憶。
はたまた、砂漠でのゲリラじみた執念の部隊、オデッサでの強襲、ジャブローでの奇襲等々、様々な状況下での戦いの軌跡であった。
恐らくは、彼ほどに戦いに精通している人間は、この場に於いては、他の経験者等よりも遥かに深い部分で物事を観ていた事だろう。
「シーマ隊、要するにジオンの海兵隊がどういった戦い方をするのか?僕にはあまりわかりはしないが、どちらにせよ正攻法を仕掛けてくるとは考え難い。
想定を覆してくるかもしれないし、その可能性を否定せずに臨機応変に戦って欲しい。」
ジョブのその言葉は一番に重いものであった。
「ジオンの戦い方ですか、良く知っています。狂気じみていて、目的の為なら手段を選ばない、そんな連中だってことは。」
ジョブにクライドが脇から口を挟んだ、クライド自身は自分が口走った言葉が信じられないものであったが、本心であった。我慢が難しかったのだ。
「色々と、個人的な部分はあると思うけれど、僕は海兵隊を純粋な戦闘部隊と思っているよ。想定としては、強襲や環境を味方につけた奇襲を中心とするね。だけど…、残忍な連中ではない…と、思うけどねクライド少尉。」
ジョブは反論するように答えた。ジョブが相手をしたことのあるジオンの奇襲を得意とした者達は、決して子供達に手を出そうとはしなかった。
結果論か、はたまたそう言った性分の者達であったのか?
兎も角として、人として苦労をしていた者たちこそが、特殊部隊員として選ばれるケースが多いのだろうと、ジョブなりの見解である。
「だから、偏見でバイアスすること無く、戦うんだ。相手がやる事を極限にまで突き詰めて、逆撃を食らわせようじゃないか。」
ジョブは冷静だった。
この程度の事など、ホワイトベースなら何時でもあった事なのだ。多少環境は違うものの、自分が引っ張らねばならぬ事を自覚して、話を進めていった。