アムロの立場が変化したと言う事が、あっという間にハバロフスク養成所に拡がって行った。
そもそも狭い施設である。噂話は簡単に拡がっていき、そしてある事無いこと尾鰭胸鰭が着いて拡散されるのには時間を要しなかった。
曰く、アムロ・レイは候補生達の態度を炙り出す為に、態と初学期には学生達の間に潜り込んだ、教官達のスパイなのだ…。と言う話だろうか?
当の本人はそんなもの気にしていないし、良くある話だと思っている。
問題は、彼の周囲が彼を目の敵にする可能性が、ある事だけだろう。
授業中の時間、アムロの役割は主に戦闘指揮に関する部分から、モビルスーツの特性に至るまで、多種多様な事柄に及ぶ様々な事柄への、補足説明をする事だった。
例えば、モビルスーツの運用に対しては、その弱点を説明する事等だろう。
勿論アムロ自身にも知らない物、例えばドクトリン等の基本的な軍事作戦での行動規範だとか、有効な打撃方法論だとか、そう言った物は彼であっても素人である。
その為、その知らない部分に於いては彼も正直に受け入れていた。
教官等とアムロの関係は少しずつ良好へと進んでいった。
そもそも、教えれば教える程に知識を吸水性ポリーマーの様に吸収してくれるのだから、楽しくない訳が無い。
教える側としては非常に成長を見るのが嬉しいし、逆に自分に足りていない知識を教えてくれるのだから、一石二鳥であった。
だが……、光には闇がある様にそう言った物事に対して、必ず裏がある。
教官達の好評とは裏腹に、候補生達からの謂れのない批判もまた次第に大きくなっていくのだ。
正直に言って、今のアムロの立場を見れば他の生徒からは面白くない物に見える事だろう。
露骨に贔屓されているのが分かっていて、それを比較対象にされている自分達もまた劣っている様に思えるのだ。
やはり人は劣等感というものを感じるのか、アムロの周囲に人が集まる事はあまり無く、幾つかのグループが形成されていった。
一つは外側から見ているような、アムロから距離を取る者たち。一つは、そんな彼に対して劣等感ではなく、純粋な賛美を覚える者たち。
そして…、当たりを強くしていった過激な連中だろう。
始まりは小さな事だった。
些細な嫌がらせだったが、次第にそれは大きくなっていき遂には暴力に出る者たちが現れたのだ。
尤も、プライドばかりが高い彼等だ、基本的にはタイマンでの喧嘩を申し込んでくる。
ただ、この時の彼等に誤算があったとすれば、アムロ・レイはモビルスーツがなければ単なる餓鬼だと言う、そんな認識だろう。
士官学校と言ったとて、所詮は子供から抜け出した程度の人間の集まりである。つまりは幼稚な思考に陥って、ふっかける奴もいる。
「喧嘩は好きじゃないし、暴力も嫌いだ。何より、傷害罪になってしまうから…。」
「怖いのかよ…あぁ?」
と言うような掛け合いのあと、殴り合いの喧嘩に発展する事が多々あった。
この事に関しては教官等もある程度認知していたが、大きな問題にはしていない。何故ならば。
「コレで、僕にまた喧嘩を売ろうなんて思わないでください。今度は手加減なんて、出来ないかもしれません。」
基本的にアムロに素手で勝負を挑んでも、勝てないのだ。
コレは仕方のないことなのかもしれない。
アムロと言う人物は、一見すれば機械いじりの好きなオタク気質の青年である。だが、その実態はフィジカルギフテッドの塊である。
そもそも、初めてガンダムに乗って戦闘するにしても、ある程度の耐G能力が無ければ、失神も良いところで振り回されるのがオチである。
それを、マニュアル片手にやっていた男の肉体が、弱い訳が無い。さらに言えることがあるとすれば、正規の軍人を多勢に無勢で殴りに行く肝の座り用。
そして、更にそこに先読みをするかのようなニュータイプの勘がミックスされて、高いレベルで調和している。
そんな人間が、短期間とは言え軍事教練を受け尚且つ、徒手格闘をスルスルと吸収し、自らのものとする。
コレで弱い訳が無い。
暴行罪にならない程度に、軽くあしらわれたあと喧嘩をふっかけられた事を、教官に相談することも無くただ淡々と処理していく…。まさに眼中に無いとはこの事か?
そして何より…
「明日からもよろしくお願いします。それと、コレはお節介なんですけど、相手を殴る時はあまり力まない自然体で行った方が良いですよ?力が入り過ぎてます。」
癪に触るような言い方で、さも当たり前かのように駄目出しを残して去っていく…、それが通例となっているのだ。
自信を無自覚が自覚しているかはさておき、それを小気味の良い音と共にポキポキと折っていくかのようだ。
そんな者を尻目に、彼は毎日を教官等と共に過ごしていた…。
そんな日常の中にあって、アムロの存在を尊敬する者達も少なからずあって、所謂ファンクラブの様な物もあった。
彼個人のカリスマ性と言うよりかは、彼のその優秀さに惚れた女性を中心に、男も入れた幾人かがそれに参加しているという。
ファンクラブの面々は、同時にアムロに対して慎重な面持ちをしている。あまり関わらないようにして、嫌われたくないのだろう。
そんな者達がいるのと同じ様に、アムロを遠目に観ている者の中には、カールの姿もあった。
基本的にアムロの優秀さは身に沁みる程に理解している彼である。戦争中、嫌という程に見せられた連邦のプロパガンダ映像には、度々登場するそのモビルスーツ・ガンダム。
その勇姿を讃える傍ら、その名も口にされていた。アムロ・レイ。
連邦の若き英雄、白き流星と称されたその人物なのだ。
自分達とは全く違う世界の住人で、戦争を知る人。距離を取るのも頷ける。劣等感だとか、そう言った類とは違いそれは半ば諦めのようなものだろう。
比較したところで意味はなく、ただ虚しいだけだから。
それでも、少しの話はする。同じ学級なのだからそうなってしまうのも仕方ない。
ライバルである筈なのに、燃えることもなくただ静観するだけの日々…、馬鹿馬鹿しいのだ。
「なあ……、戦場ってさ⋯そんなに危ない事ばかりなのか?」
就寝時間前、アムロと同室とされていたカールであるが、ふとそう声をかけた。
2人の始まりは、カールから声をかけた事からだった。12月ころ、まだ3ヶ月であった頃は茶化していた彼であったが、更に3ヶ月。2月頃になれば、もう茶化す事などもせずただ話をするだけで難しい思いを抱いていた。
「色々ありますけど⋯聞きます?教本とかには載ってない体験とかありますし…、正直教本の嘘もあったりしますから。興味があるんでしょ?聞きます?」
「え…?あ、あぁ…。」
話し始めたのは、大気圏への突入と追撃してきたジオンのシャアが率いる部隊との戦闘の話。
低軌道上での戦闘は極めて不安定な状態での戦闘で、時間との戦いであった。
そんな誰も彼もが経験出来ないような、そんな話が楽しくない理由はない。
普段の人との接し方とは裏腹に、アムロは饒舌だった。
趣味人によくある事だが、基本的に無愛想な人間でも、傾倒分野に於いては饒舌になる事はままある。
そして、持論を展開していった彼に対して、カールは思いを口にした。
「そんなに違いがあるのなら、論文でも書いてみれば良いんじゃないか?雑誌とかでそういう物は読んだことあるんだろう?なら、書き方だってわかるだろ?」
「いや……、僕が書けると思うかい?だいたい、戦闘に対する一考察の域を出ない事を拡げるのは、あまり良いことじゃない気もするんだが…。」
途端に自信を無くす彼を見て、カールは馬鹿馬鹿しい物を見るように笑った。
特別扱いされていたとして、果たして目の前のこの男は嫌な奴であろうか?いや、違う。不器用なだけで、きちんと周囲には気を配っているのだ。
と、そう感じたのだ。
それから、カールからの質問は彼等の寝る前の日課となった。
基礎的な教練が終わる頃、士官候補生等に対してのモビルスーツへの搭乗訓練が始まる。
まず始まったのは耐G訓練、基礎的なトレーニングで体躯を鍛えていた者達ですら、それを乗り越えるのには苦労がある。
無論アムロには関係のない事だが、彼に追い付きたい者達からすれば闘争心に火が着いた様に、がむしゃらにそれを続ける。
勿論シミュレータでの操縦も始まるのだが、如何せんやる事が多い。
士官として、現場で戦う部下の行う事を理解しておくのは当たり前な事として、モビルスーツの特性を知るにはこれが一番手っ取り早い。
適性の有無に関わらず、彼等はそれをやらねばならない。
適性のある者にはより強烈な叱咤激励が飛び交い、無いものには致し方ない事であるから、そう言った事への注釈は最低限に物の特性だけ覚えればよいと言う。
それは個人個人の適性なのだから仕方ないのだと。
こうして篩にかけられながらも、少しずつ人員が厳選されより良い者だけが、それに専念される環境へと駆けられる。
2年目からはその結果を元に、より専門的な部分へと進んで行く事になるが、それまでは総合的な士官への道へと進んでいた。
ここで更にアムロには問題となる事があった。それこそ、パイロット候補生としての道は勿論、彼にはパイロット適性がそれこそてんこ盛りなのだが、その中で彼はパイロット科に進む事を拒んだ。
勿論、教官団からすればそれはあまり良くない傾向とされたが、アムロは頑なだった。
正直に言って、アムロに勝てる教官等誰もいやしない。だから、教えられる事とすれば、例えば信号だとかその程度の事。
ア・バオア・クーやソロモンを経験しているアムロには、それこそいらない。だいたいの事を知っているから、やっても意味がない。
ただ、制度としてはその過程を踏まえなければ、パイロットとしての士官の道が閉ざされてしまうかもしれない。
尤もそうなったとして、アムロは確実にパイロットをやらされるだろうが、それに困った。
また特例を行うか?それともとして、アムロに関する事を一存されているコジマは悩み悩んだ。
アムロをアグレッサーとして紛れ込ませようとしながらも。
アムロの望んだところ。宇宙船舶科、この2つを両立させるにはどうするか、結果として答えが出るにはそれなりの時間を要する事となった。
様々ないざこざがあったにせよ、アムロの日常は充実していた。日々退屈しないそんな毎日が、彼の内側にある鬱屈としたある一人の少女との関係を薄め、和らげるには充分な濃さであった。
人はいつかわかり合うことが出来る…。それこそ言葉だとか、フィーリングでも良い。ニュータイプでなくとも、時間をかければいつかは理解し合える。
そんな心情の芽生えとともに、春がやってくる。
ハバロフスクの春は3月〜5月頃、4月になれば長期の休暇となり皆一様に各々別個となって國へと帰る。
アムロもまた、その例外に漏れず彼はシャイアンへと帰らなければならない。
家の保全の為に、敢えて使用人を置いたままのそこ。ほったらかしになっていたそこへと帰るのだが、アムロにしてみればそんなところに帰ったところで良いものも無い。
だが、そんな彼であっても帰る場所はある。
近郊の空港へと到着すると、そこで待っていたのは金髪の愛すべき人の姿…、その無事な姿を確認するとアムロは駆け出し、2人は熱烈なハグをした。
「ただいま。」
「おかえりなさい…、車は用意してあるわ。行きましょう。積もる話もあるでしょうけれど。」
そう、彼は家に帰るのではない。帰るのを待っている人の側へと帰るのだ。
彼女の運転する車に揺られながら、窓の外の景色を見るにその光景はあまり変わり映えはない。しかし、幾つかの建物も新しく建てる場所も見える。
「相変わらず、この街の人々は迷ってるんだな。」
「どうして?」
人々は現状の暮らしに満足しながらも、いつか来る宇宙への送り出しを待ちながら、必要最低限の暮らしを続ける。
文化は衰退し、派手な物も無ければ長期に何かを為し得るものもない。有るのは…、踏ん切りのつかない人々の姿。
そんな物を、アムロは感じていた。
「なんとなく…、そう見える。」
「そう…、そう言えば私。医師免許取ったの、案外アッサリとしていたわ。私は目標を手に入れた。次は色々な物をやってみたいと思っているの…。だから、アムロも頑張ってね。」
「わかってるよ、セイラさん。」
そんな会話をする2人の車は、アムロの家へと進んで行った。
その道の先、2人が休日をどのように過ごしたのかそれは2人のみぞ知る。
ただ言うなれば、2人の休暇は決して悪いものではなかった。寧ろ、2人とも満足していた2週間の出来事である。
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