白き流星の羽搏き   作:丸亀導師

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第80話

ミノフスキー粒子が散布され、レーダーがノイズに沈む。峡谷は不気味なほどの静寂に包まれた。

 

「来るぞ。上方に注意しろ!」

 

中堅パイロットのケイト・ブリュースターが警告を発した直後だった。

崖の上部から、無数の岩石が雪崩のように降り注いだ。ペイント弾でもビームでもない、ただの「物理的な質量攻撃」。

 

「なっ……原始的な!」

 

デイビットがシールドを構えて岩を防ぐ。その一瞬の隙、つまり「意識が上に向いた瞬間」を、泥水をすする者たちは見逃さなかった。

 

「甘いねぇ、ひよっこ共が!」

 

通信帯域をジャックして響く、シーマ・ガラハウ少佐の嘲笑。

谷底の死角、完全に岩と同化するように寝そべっていた3機のジムIIが、土煙の中から亡霊のように起き上がった。彼らはスラスターを吹かさず、関節の駆動音すら最小限に抑えて「歩いて」接近していたのだ。

 

「うわぁっ!?」

 

デイビットのジムIIの足元に、シーマ機のシールドが叩きつけられる。体勢を崩したデイビット機のメインカメラに、容赦のないペイント弾がゼロ距離で撃ち込まれた。

 

「デイビット! 貴様らぁっ!」

 

親友を一瞬で「処理」されたクライドは、ジョブ・ジョンの制止を振り切り、ビーム・サーベルを引き抜いて突出した。憎悪のままに、眼前の敵機(エリク・ブランケ搭乗機)へと斬りかかる。

 

クライドの踏み込みは鋭く、士官学校を優秀な成績で卒業しただけのスペックは引き出されていた。しかし、迎え撃つエリク・ブランケ中尉のジムIIは、まるで柳のようにその一撃をいなした。

 

「見えるものだけを信じるな。……戦場の鉄則だ、少年」

 

エリクの声は酷薄なまでに冷静だった。彼はいなすと同時に機体を後退させ、クライドを特定の岩場へと「誘導」した。

クライドが追撃のステップを踏んだ瞬間、足元の岩盤が崩落した。あらかじめシーマ隊によって仕掛けられていた、訓練用の指向性爆薬による擬似トラップだ。

体勢を崩し、膝をつくクライド機。そこに、エリク機の冷徹なペイント弾がコックピットハッチに三発、正確に撃ち込まれた。

 

「バカな……こんな……一方的に!」

 

モニターが真っ赤な「K.I.A(戦死)」の文字で埋め尽くされ、クライドはコンソールに拳を叩きつけた。自分の信じる「正義」と「怒り」が、圧倒的な実力と戦術の前に児戯として扱われた屈辱に、彼は唇を噛み切るほど震えていた。

 

「新人たちがやられた! 陣形を再構築する!」

 

ジョブ・ジョンが叫ぶが、すでにムービング・ボックスは崩壊していた。

 

「あーあ、裏返しの靴下履いてきた日はロクなことがねえや!」

 

タツヤ・ミカミが軽口を叩きながらライフルを乱射するが、シーマ隊はまるでジムIIをドムかゲルググのように扱い、峡谷の壁面を蹴って立体的な機動を展開。予測不可能な軌道からの十字砲火に晒され、タツヤ機とケイト機は次々と判定を奪われていく。

 

「ちぃっ……経験則が裏目に出るなんてね!」

 

ケイトが舌打ちと共に沈む。彼女ほどのベテランですら、連邦の教本にはない「海賊のセオリー」に反応しきれなかった。

孤立したジョブ・ジョンのジムII。周囲をシーマ、エリクを含む9機の「アグレッサー」が完全に包囲していた。圧倒的絶望の状況。

 

「……ホワイトベースの生き残りと聞いていたが。存外、しぶといじゃないか」

 

通信越しに、シーマが皮肉げに笑う。

 

「アムロの無茶苦茶な動きに付き合わされてきたんでね。アンタたちの奇襲も、多少は目が慣れてるのさ」

 

ジョブ・ジョンは冷や汗を拭いながらも、シールドを構え直した。彼は勝てないと分かっていても、指揮官として最後まで「生存への執着」を見せつけた。その姿は、撃墜判定を受けて俯くクライドたちの目に、痛烈な教訓として焼き付けられた。

直後、四方からの同時射撃により、ジョブ・ジョン機は静かに機能停止のシグナルを発した。

 

『全機大破判定。模擬戦終了。勝者:アグレッサー隊』

 

アムロの無情な判定が響き渡る。

 

「正義だの復讐だの、寝言はベッドで言いな。ここは戦場だ。泥水をすすってでも生き残る執念がない奴から、順番に死んでいくんだよ」

 

シーマの冷酷な言葉が、グランドキャニオンに吹き荒れる風と共に、若き連邦兵たちの胸に重く突き刺さった。

 

 

 

クライドは、戦闘終了後直ぐに一人、更衣室へと向かって、ベンチに座った。

汗を吸って、独特な臭を立ち昇らせるパイロットスーツは、ズシリと重く感じられる様に、彼の身体を圧迫していたのだ。

それを感じながら、彼の心の中には焦燥感と悔しさにあふれていた。

 

「この程度、俺は何をやっているのか!」

 

己の実力と相手の力量は乖離し、自信の喪失を駆り立てる。

そんな彼の心情を知ってか知らずか、遅れて入室してきたジョブは、彼を見て申し訳なさそうに声をかけた。

 

「すまないな、僕のミスだった。」

 

ジョブは、自らの失敗を彼に言うのだ。

しかし、彼の言葉に対してクライドは謝罪される謂れも、判断ミスも分からずに受け入れられるわけが無かった。

 

「ジョン中尉、貴方の判断が悪いというのなら、俺達の腕はなんなんですか!」

 

一番に問題となったのは、ジョブの指揮等ではない。自分たちの実力であるはずだ。

皆腕に自信があった筈である。しかし、結果を見れば惨敗どころの話ではない。

戦争であれば全員戦死しているのだから、そんな笑い話ではないのだ。

 

「その気持ちは痛いほど分かるよ…。僕も、無力な事を感じたことは山程あるからさ…。」

 

ジョブのその言葉には悲壮感が存在した。

彼が思い出すのは、一人のパイロットの事。自らが情けないばかりに、特攻を選ばせてしまった…とある同僚の事。

 

「人間には今出来ること、これから出来ることそれぞれがあるけれども、限界はある。

後悔しないように生きる事が、精一杯だよ。」

 

遠い過去を思い出すジョブに、クライドは掛ける言葉が無かった。

 

 

 

〜0084年5月上旬

 

幾度かの模擬戦と、戦技訓練の結果部隊の編成が決まって行った。

アムロは、全体の力量を測る際にモビルスーツの基本動作を、どの程度扱えるのかという基準の下に、人員の割り振りを行って行った。

 

例えば、シーマ隊の面々は固まりが大きくなっていた為に、それぞれの艦艇へと派遣する形とし、戦力としてのバランスをとった。

また、新米や中堅パイロットに対してもまた同じ事が言えた。

 

コレは部隊全体の生存率を高める為の措置であり、連携を寄り綿密に行う為の方策であった。

 

「……嘘だろ。冗談キツいぜ、大尉殿は」

 

新編成の小隊リストが貼り出されたデータパッドを見つめ、デイビットが頭を抱えていた。

無理もない。これまで士官学校からの同期で固められていた彼らの小隊は完全に解体され、地球連邦とジオン残党がパッチワークのように縫い合わされたのだ。

 

クライド・ハリソン少尉の配属先は、ブライト隊第2小隊・2番機。

そして、その小隊長(1番機)に任命されたのは、あろうことか模擬戦で彼を罠にはめ、文字通り手玉に取った男――元ジオン軍特殊部隊隊長、エリク・ブランケット中尉であった。

 

「……文句があるなら、直接大尉に言うんだな。俺は行くぞ」

 

クライドはデイビットに短く告げると、ハンガーの奥で自身の乗機となるジムIIの調整を行っているエリクの元へと歩を進めた。

 

「ブランケット中尉。第2小隊、2番機に配属されたクライド・ハリソン少尉です」

 

背後から声をかけると、タブレット端末を機体のコネクタに繋いでいたエリクが、ゆっくりと振り返った。連邦のノーマルスーツを着てはいるが、その立ち居振る舞いには、隠しきれない気高さと歴戦の武人の空気が漂っている。

 

「……ハリソン少尉か。よろしく頼む」

 

エリクの返答は、拍子抜けするほど穏やかだった。シーマのような挑発的な態度を予想していたクライドは、少しだけ毒気を抜かれたように眉をひそめる。

 

「……一つ、聞いておきたいことがあります。中尉は、俺のような『新兵』を足手まといだと思わないのですか。……模擬戦での俺は、貴方に何一つ対抗できなかった」

 

クライドの真っ直ぐな、しかし自嘲気味な問いかけに、エリクは端末から目を離し、静かに彼を見据えた。

 

「戦場において、足手まといになるのは『未熟な者』ではない。『己の未熟さを自覚できない者』だ。……君はあの敗北から、自分の弱さを知ったはずだ。ならば、次は死なない。それだけで、私の僚機(ウィングマン)としての資格は十分にある」

 

エリクは再びタブレットに視線を戻し、コンソールを叩きながら言葉を続けた。

 

「それに、アムロ大尉の編成意図は明確だ。我々ジオンの戦い方と、君たち連邦の最新の教義に忠実な動き。これを掛け合わせることで、戦場での選択肢を増やす。……君は私の変則的な機動をカバーし、私は君の死角を補う。それだけのことだ」

 

「……」

 

感情論を一切排した、純粋な戦術的合理性。

クライドは、目の前の男が「ジオンの悪党」という一つの枠組みには収まらない、底知れぬ深さを持った軍人であることを認めざるを得なかった。シドニーの悲劇に対する憎悪が消えたわけではない。しかし、この男から学ぶべきことは、山のようにある。

 

「……了解しました…。」

クライドが小さく頭を下げた。

 

 

 

そんな辞令が発布された当日、クライドはグラニの食堂にいた。

一人ではない、その正面には…ヴァーニラの姿があった。

 

「なんだよ……、一人で食事くらいさせろよ。」

 

「いや…なんて言うの?ほら、昔はこうやって一緒に食事とか頻繁にしたじゃない?だったらほら、一緒の職場になったんだしさ、親睦を深めて!なんてね。」

 

ヴァーニラは菜食主義者であった。しかし、産まれてこの方菜食主義者ということではない。

子供の頃はきちんと肉食を行い、身体を形成していったのだが…しかし時というものは残酷なものである。

 

ヴァーニラの目の前にある菜食ハンバーガー、ビーンズパテに豆腐と海藻を使った、所謂豆腐ハンバーグを中に挟んだそれである。

 

クライドはそれを見て溜息をついた。いや、つかざるをえなかった。

 

「親睦なんて生温い、俺達はそんな関係じゃないだろうさ。」

 

「相変わらず分かってないね?私は先輩、貴方は後輩それじゃ嫌?」

 

どうやら、この部隊に配置された順番が基準であるようだ。

 

「それなら階級は俺の方が上だから、上司と部下じゃないのか?」

 

「あ〜、それ言う?」

 

等と言いながら、互いに互いの話を始める2人に対して、周囲はどこか微笑ましいものを見るような視線を送った。

 

 

 

同じ頃、アムロはジョブと共に書類仕事を行なっていた。正規の軍人として、ある程度の書類整理を行なうのが常であるが、彼の場合はここ数日間での訓練データの集計に時間を取られていた。

 

「いや、ジョブさんがいて助かりました。ブライトさんだと、こうはいかない。」

 

「お世辞は良いよ、雑務は得意だからさ。」

 

アムロの率直な賛辞を、自嘲気味にジョブは受け止め、それを申し訳なさそうな顔をしてアムロは見つめた。

 

「いや、本当に感謝しています。今も…そしてあの時も。」

 

ジョブ・ジョンという男は、器用であった。いや、器用貧乏というのが正確なのかもしれない。

多くの雑務をこなし、パイロットも行いつつメカニックにもある程度精通している。そんな彼は、ホワイトベース隊の縁の下の力持ちの立場であった筈である。

 

「そうかよ…。まあ、悪い気はしないね。」

 

と言いつつ、2人は黙々と作業を続けた。

2時間程経った頃だろう、作業も終わりに近づき互いに余裕が生まれた頃だった。

 

「アムロ…僕はね、軍を抜けようと思った事があるんだ。」

 

ジョブは口を開くと、滝のように言葉を降ろした。

 

「地球連邦軍の正規の軍人でありながら、民間人である君達よりも遥かに劣った軍人は、君らの活躍の影で一人…苦痛を味わっていたんだよ。

どうして、僕ではなく君たちが戦うのか?どうして僕は君等よりも弱いのか…、軍人である自分の身を呪っていたよ。」

 

いつの間にか彼の手は止まり、纒められた資料を閉じながらダラダラとその言葉が溢れている。

 

「それで、軍を抜けようと思ったんだ…、けどね…。抜けられなかったんだよ……、君のせいでね。」

 

ジョブのその言葉に不快感は無い…と、アムロは感じつつも真っ直ぐに彼を見やる瞳と瞳が交差した。

 

「君が士官学校なんかに入るなんて、思いもよらなかった。それじゃあ、僕は尚更諦める事が出来ないじゃ無いかって…。

人一倍戦うことを嫌った君が、軍人として生きる道を覚悟したなら、それから僕は完全に逃げるだけになってしまう!

ソレが、どうしても……嫌になった。」

 

アムロも資料を纏め、真剣な眼差しである。

 

「だとしたら……、もっと色々と甘えさせて貰いますよ。僕だって、万能じゃないですから。」

 

「わかってるさ、3席なんだろう?どこかしら、欠けてる部分はあるだろうさ。

頼んだよ、モビルスーツ大隊長殿。」

 

そう言ってジョブは部屋を後にする、彼はグレイファントムで第三小隊の小隊長として任命されているのだ。

一つの部隊ではあるが、艦隊全体としてはアムロの部下である。

アムロは、クレール・ルクスのモビルスーツ部隊全体を統括する立場とされた。

 

「こちらこそ、頼みますよジョブさん。」

 

アムロのその言葉は、空を切った。

 

 




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