0084年
6月中旬〜7月上旬にかけて、クレール・ルクスの艦隊とティターンズの艦隊との合同作戦が開始された。
前線指揮官としての統括を行っていたのは、意外なことにブライトであった。
クレール・ルクスの指揮下にティターンズの部隊が置かれる。
同じ連邦軍に所属する部隊としては、然程問題が無いとも取れるが実態としては、かなり重いものだろう。
ティターンズは地球出身者で構成された、所謂アースノイドのエリート部隊である。
彼等の選別を行っているのは、同じくアースノイドであるバスクやジャミトフである。根本として、反スペースノイド思想の固い人間が中心に据え付けられるのが、ティターンズと言う組織である。
そんな組織の人間がである。果たして、スペースノイドとアースノイドの坩堝とも言える、クレール・ルクスに果たして従順に従うのか?と言われれば
それは難しい
と答える他ないだろう。
ティターンズの部隊、サラミス級2隻からなる小規模な部隊がローテーションを組んで、必ず彼等と合同で30バンチへと入港する輸送船に対して臨検を行っていた。
しかし、そのやり方は決して穏便ではなかったのだ。
「貴様ら!好い加減にしないかっ!どいつもこいつも、貴様らは連邦軍人としての規範というものが足りていないんじゃないのか!!」
と、ブライトの堪忍袋の緒が切れるのもそう難しい事ではなかった。
ティターンズの部隊が行ったこと、それはまずハイザックを使用してでの強制的な停船命令から始まり、積荷の一部に対して破壊的な結果を齎すような、荒々しいやり方であった。
ソレが機械部品であれ、食料品であれ。
モビルスーツのような巨大なものが其れ等に触れたり、振動を与えたりした場合、すぐさまに強烈な振動によってグチャグチャになったり、粉々になったりしてしまった。
初めは単なる事故であると、ブライト自身はそう判断して厳重注意に留めていたのだが、2回,3回と回を重ねるごとに、事態がエスカレートしていると気が付いた時には……、色々とまずい状況となっていた。
「奴等には俺だって注意した、だが指揮系統が違うの一点張りだ。同じ連邦軍だって言うのに…どうしてこう俺達に厄介事を作るのか。」
アムロも愚痴を溢したくなっていた。例えニュータイプであったとしても、殺意の無い行動や無邪気な物に対して潜在的に取り除く事は難しい事柄だった。
そもそも、純粋な或いは無垢なる邪気というものは、戦場以外では結局のところ悪ふざけで許されてしまう事もある。
クレール・ルクスを苛立たせるには、これ以上ない状況を作り上げたのだ。
「おい!これが連邦軍の精鋭かい?笑わせてくれるね、こんなじゃあお遊戯会にもなりゃしない。」
シーマもそう溢す。まだ、あの子供のような愛嬌のある子供のほうが、素直だと言いたげであった。
「上には抗議をしているが、これが縦割りの弊害か…。まったく、我々は無駄に広すぎる。」
連邦軍の政治にそれなりに詳しくなってきていた、ガディもその話に便乗して辟易と言う空気が既にあった。
地球連邦軍の縦割り社会は、思った以上に互いの意思疎通が出来ていない。
特に、特殊部隊同士の意思疎通。同様な作戦を行っているにも関わらず、互いに指揮権が混在しているために、たとえ上官であろうとも、直接的命令権が無いのだ。
「分かっている!しかし、コレは如何ともしがたい…。」
苛ませるブライトを横目に、シーマは冷ややかに事の推移を眺めていた。
臨検に続く臨検、破壊された部品や食糧医療品。
ティターンズによる其れ等の行動は、30バンチ事件の人々にとっては激怒で受け入れられていた。
元々思想的な部分が強かった彼等であったが、一連のティターンズの行いによって一部の物流網に亀裂が入ると、デモ隊は半ば暴徒と化した。
「我々のパンを返せ!」
「連邦の犬どもを叩き出せ!」
怒号が、人工の空気を震わせていた。
数週間前まで、整然と陳情の横断幕を掲げていた政庁前の広場は、今や見る影もない。
投石によって政庁舎の防弾ガラスは無残に蜘蛛の巣状にひび割れ、一部の割れた窓枠からは黒煙がもうもうと立ち昇っている。
デモ隊……いや、もはや暴徒と化した市民の群れは、怒りと絶望の坩堝の中にあった。
生活物資や医療品を積んだ貨物船が、あの漆黒の緑色の機体によって「合法的な臨検」と称して破壊されたという事実は、コロニーの住民たちから理性を奪い去るのに十分すぎた。
医療品が届かず、病院で息を引き取った家族を抱えて泣き叫ぶ者。
機械部品を破壊され、工場が稼働停止に追い込まれ、明日の食い扶持すら失った労働者たち。
彼らの手には、もはや要求を訴えるプラカードではなく、鉄パイプや剥き出しのレンチ、そして手製の火炎瓶が握りしめられていた。
「撃つなら撃ってみろ! どうせこのままじゃ飢え死にするだけだ!」
血走った目をし、口々に呪詛を吐き出しながら、群衆は政庁を警備するコロニー治安部隊のバリケードへと押し寄せる。
治安部隊が放水や催涙ガスで応戦するも、多勢に無勢であった。何より、死の恐怖よりも「今日を生きられない」という飢餓感と、不条理な暴力に対する憎悪が、市民たちを文字通り狂わせていた。
ガシャン!という鋭い音と共に、火炎瓶が装甲車のボンネットで弾け、紅蓮の炎が吹き上がる。
それを合図にしたかのように、怒りの波はついに臨界点を突破した。
「押し込めェッ!!」
群衆の波が、分厚い盾を構える治安部隊のラインを強引に食い破る。
炎に包まれ、地に堕ちて踏みにじられる地球連邦のシンボルマーク。
押し潰されるバリケード。
逃げ遅れた政庁の役人や警備兵が群衆の中に引きずり込まれ、無数の蹴りと鈍器の雨が容赦なく降り注ぐ。そこにあるのは、思想的な運動などではなく、極限状態まで追い詰められた人間の生存本能が引き起こした純粋な「暴力」であった。
暴徒化した彼らにはもう、同じ連邦軍であるティターンズとクレール・ルクスの区別などついてはいない。
「地球から来た軍隊」は、すべて自分たちの生活を蹂躙し、命を奪う悪魔に他ならなかった。
コロニーのシリンダー内にけたたましく響き渡る非常サイレンの音すら、群衆の怒号と破壊音にかき消されていく。
破壊、略奪、そして放火。
それは図られたかのように、ティターンズのジャミトフの描いたキャンバスの上を踊った。
「事態は一刻の猶予もない、即刻ガスを注入すべきである!!」
ジャミトフを後ろ手に、バスクの声が響いたのは、ティターンズとクレール・ルクスの合同作戦本部の中であった。
双方の実動部隊の隊長を招集しての号令を、彼が堂々たる姿で発したのだ。
事態の悪化を憂いた幾人かの連邦議員や代議士から、非常事態権に該当する状況であるとされた上で、ティターンズによる暴徒鎮圧作戦が決定される。
それは、バスクの考え得る最良の状況となった。
この状況に際して、クレール・ルクスに対する連邦議会の見方は、実動戦力としては優秀であっても、治安維持と言う観点から見た場合、ティターンズに劣るとの烙印を押されることとなる。
そもそも、実動部隊に治安維持の真似事をさせること自体が問題であって、部隊規模や部隊の運用上の問題を棚上げすると言う、脳死の考えによる帰結であった。
「クレール・ルクスは、ティターンズの作戦が実行されるまで周辺宙域を監視、敵に明らかな戦闘意識があると認識された場合、その排除を行う事とする!!」
治安維持へと割かれていたティターンズが集結するとともに、部隊規模としてクレール・ルクスを上回った彼等であるが、結局治安維持部隊であるために、対コロニー戦闘用の武装しか持っておらず、ジオン残党のビーム兵器に対して有効な反撃能力を保有していない。
ティターンズが完了するまでの護衛が、クレール・ルクスの役割であると……、そう言われた時になって。
「ちょっと待ちな!!」
と、声を大にした者がいた。
シーマであった。
「貴様…!ジオンの!」
「ジオンだ連邦だ、どっちだって良いんだよ。ところでよ、私等が再三注意してやったにも関わらずだ、指揮権がどうとか言ってこの事態を引き起こした連中に……、罰則は与えたんだろうねぇ!?」
と、強面のバスク・オムに対して食って掛かっていった。
バスクとシーマが並ぶと、互いに高身長であるが故に体格で勝るバスクとて、シーマに気圧されていた。
「貴様……!上官に対して、何という態度か!!」
「あぁん?聞こえないねぇ…、ティターンズの言うことは効かなくて良いって、あんたらが教えてくれたもんでね…。
で?連中はどうしたのか、教えてくれますかねぇ?バスク・オム大佐殿!」
バスクは、苦虫を噛み潰したような顔で側近に確認を取る。
「奴等の罰則は減俸の上、謹慎と降格処分とした!!これで満足か!!」
「それだけじゃあ足らないね、私は満足しないよ。
何……、作戦前に注入されるっていうガス。それの検品を私等にやらせてくれれば良いのさ、家のモビルスーツ大隊長は用心深いもんでね?不良在庫は自分の目で確認したいたちだって言うんだよ。」
シーマのその言葉に反応したバスクは、この会場にいるアムロ・レイの方を向くと、睨み付ける様に眉間に皺を作った。
バスクの拳にはその太い腕の筋力が十全に掛かろうとしたところで…。
「ふん……。別に良いだろう。互いに信頼し合っていなければ、作戦など成功するものも成功せんからな。」
ジャミトフが、静かに答えるとバスクは一瞬驚愕の表情を浮かべて、愕然とした。
「し……しかし!」
「構わん。我々の後に疚しいもの等無いのだからな、検品頼まれてくれるかな?ブライト・ノア大佐。」
ジャミトフは淡々と、ブライトに話を振った。
「わかりました。速やかに、作業に入らせていただきます。」
ブライトのその言葉に、バスクは目を疑ったものの直属の上司である彼の言葉には、如何に激情家である彼であったとしても、どうしようともし難い。
議場から退いた
「まさか、本当に許可が降りるとはな。」
時は少し遡り、C・Lとティターンズの間は軋轢が大きくなっていた頃、地球のコジマ准将の下にとある情報が入った。
その情報はジャミトフ准将からコジマに齎せ、コジマはその内容に対して目を剥いた。
曰く
ジーン・コリニー大将の息のかかった者達がティターンズの内部に存在し、彼等はコロニーに対する毒ガスの使用を画策している。
という内容である。
勿論、コジマはその言葉に対して確認を取ろうとしたが、そこで手を留めた。
もしも、これが事実で確認をしたコリニー大将が握りつぶした場合、どのような災禍がおこなわれるのか?と。
コジマは、ジャブロー本部というものにどうにも馴染めないところがあった。
連邦軍本部は確かに空調が効き、その場において動きやすい者達には天国のような環境なのだろう。
しかしである。コジマはどちらかと言えば現場主義的な指揮官であった。
その為、ジャブロー内部の覇権争いというものにはあまり深入りすることを嫌った。
よって、直ちに遅滞なくコジマはブライト等に一報を行ったのだ。
現場でどのような状況になっているのかと言うことは、彼等にしか分かることではない。
最悪の場合を想定し、現場判断での行動を容認しつつ責任の所在に対して、コジマの命令であると言う書類を彼は整えておくとしたのだ。
その言葉に、元々催眠ガスの使用に躊躇のあったC・Lの幹部達は、一つの計画を立てた。
まず、ガスを炙り出すためにはその組成を調べ上げなければならない。
従って、必ず短期間での採取と調査が必須である。であるならば、現状使用前の段階で許可を得なければ、最悪の場合ティターンズの艦艇内部での戦闘に発展する可能性があった。
もしも内部で封が切られれば……、艦内は死者の巣窟となるだろう。
「しかし、ジャミトフの言葉は信用に足るものか?」
「悪意は感じられませんでした…、バスクも驚いていた様子ですし、本心であるのは間違いないと思います。」
こういうことに関しては、ニュータイプの勘というものは特に役に立つのだろう。アムロはジャミトフに一応の信頼があった。
「はあ、兎にも角にも急ぐよ!グズグズしてると、時間がなくなっちまうからね!」
シーマは意気揚々と急いでいた。
彼女は二度と、あの時のような惨劇を目にしたくないと言う、強い強い信念があったのだ。
「もしも真実であったのなら、我々は武力でもって犯人を排除する必要があるかもしれん。
アムロ、各モビルスーツ部隊に出撃待機命令だ、宇宙空間での戦闘を考慮してくれ。」
「了解した。」
彼等の作戦は始まった。