白き流星の羽搏き   作:丸亀導師

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先達者
30バンチ事件2


〜0084年7月上旬

 

C・L(クレール・ルクス)とティターンズは、暴徒化するコロニー住民に対する催眠ガスによる暴徒鎮圧作戦を立案し、それを実行しようとしていた。

 

しかしC・Lは、ジャミトフからのリークによって使用される催眠ガスの中に、毒ガスG3というガス兵器が使用される可能性がある事を掴む。

C・Lの各部隊は、集結するティターンズの暴徒鎮圧隊。ソレが運搬してきた、ガスの封入機に対して検品を行おうとティターンズ艦隊に乗り込んでいった……。

 

「な、なんだ!貴様ら!」

 

ティターンズのサラミス級、その艦底部に繋留されているガス封入機、それを目掛けて近付いていすC・LのジムⅡ。

それに対してサラミスの艦長と、作戦を実行するガス部隊の隊長は焦燥感を強めていった。

 

「我々はそのガスの組成に対して検査の要有りとの要請を受け、検査を行う!

コレは、ティターンズ司令官ジャミトフ・ハイマン准将とC・L司令官コジマ准将の命令の下に行われるものである!

即刻、モビルスーツを停止させ協力せよ!!」

 

警告信号と共に、ビーム・ライフルを突きつけられる彼等にとって、それは生きた心地のしない事であった。

コイツ等は本気だと、そう思わせる迫力を前にティターンズの作業員は渋々と装置から離れた。

 

 

一方で、シーマ等元海兵隊員たちのいる場では

 

「……何が検査だ! これは暴徒鎮圧のための正当な作戦だぞ!」

 

通信機越しにティターンズ部隊隊長の抗議が始まった。

その濃緑色のハイザックが、銃口を向ける。

それ無視し、シーマ・ガラハウは自身のジムⅡから特殊なマニピュレーターを伸ばした。

連邦軍仕様にアップデートされたその腕部は、分厚いコンテナのハッチを強引に、だが極めて慎重にこじ開ける。

 

「文句はジャミトフ准将に言いな! 私たちは言われた通りの仕事をしてるだけさね!」

 

シーマはコンソールを素早く叩き、ジムⅡのセンサーユニットをコンテナの内部構造へとアクセスさせた。

彼女の息がわずかに荒くなる。

一年戦争の序盤、自分が何も知らされずにコロニーへ注入した「あのガス」。その成分データを、彼女の体が、脳が、決して忘れることはなかった。

数秒の解析時間の後、コクピットのモニターに真っ赤な『WARNING』の文字と共に、恐るべき分子構造式が映し出された。

 

「……ッ!!」

 

シーマの瞳孔が開く。

催眠ガスなどではない。中枢神経を瞬時に破壊し、数百万の命を静かに、そして確実に刈り取る致死性の毒ガス――G3。

 

「当たりだ……、コイツはG3ガスだよ!!」

 

通信回線を開いて全周波に対してそれを発し、自らが当てたそれをまるで示すようにした。

シーマの胸中には、このような行いをする人間の悪辣な存在を苦々しく睨み付ける。

 

直後…、

 

『逃げて…』

 

シーマの脳裏に、何か聞いたことのない幼い声とソレが警告を発する。

 

反射的にフットペダルを思い切り踏み込んだ瞬間。

 

ビービービー

 

と、コンソールがロックオンアラートを示すと、シーマのジムⅡ、その右腕を吹き飛ばすように幾つもの銃弾が振り注いで、右腕を破壊した。

 

もしも、反応が少しでも遅れていれば彼女の機体は蜂の巣になっていた事だろう。

 

「貴様あああ!!!」

 

と、シーマは自らを鼓舞するが如く声を張り上げ、左腕を盾にしながら回避運動を続けた。

攻撃を行なったのは、シーマが検査をする時にそれに抗議したハイザック、その部隊長であった。

 

そして、そのサラミスに所属していたティターンズ、そのハイザックのパイロット達はジャミトフの命令を無視して、サラミスが機関を始動したと同時にその援護を始めたのだ。

 

シーマと、その僚機はその護衛との戦闘に入ったが、シーマの機体は既に損傷機である。

その為、反撃のしようがない。それどころか、追われる始末である。

 

「貴様らのような崩れ物に、我らの崇高な任務を邪魔させる訳にはいかんのだ!!」

 

「崇高だなんだって、結局は単なる人殺しだろうが!!」

 

シーマは怒鳴るように、反論する。

 

しかし、損傷機スパークする右腕のケーブルは、徐々に熱を蓄積していき、シーマの機体には不具合が出始めていた。

それでも、泥臭くその機体を操り味方の到着までの時間を出来るだけ稼ごうとする彼女の巧みな操縦。

 

しかし、それを嘲笑うかのようにハイザックは遂に、彼女の機体を捉えた。

 

「星屑に消えるが良い!!」

 

弾丸の軌跡がゆっくりと流れ、ソレが機体へと突き進んでくる。シーマの感覚はゆっくりとした時間が流れ、それは確実に自機を撃ち抜くのだろうという事が良く分かる。

彼女の思考のなかには、今までの人生とそして直近のある出来事で一杯であった。

 

『返してやれなかったねぇ……』

 

シーマは制服のポケットのなかにあった、一つの黒いボタンを思い出す。

あの言葉を介さない少女の持っていた人形。どういうわけか、それの一部であるボタンがポケットの中にあったのだ。

 

ゆっくりと流れる時間の中、視界の端に妙に大きく長細い板のようなものが、メインモニターを遮るように現れた。

 

ガンガンガンガン

 

機体の脚部に幾つかの弾が当たるが、それ全てがコックピットに当たらずに機体に損傷を増やすだけとなった。

 

「遅くなった!!」

 

コックピットのスピーカー、そこから聞こえた声は連邦のひよっこであり、そして一番に自らが憎悪を抱かれているはずの、クライド少尉の声であった。

 

「へっ…待っちゃいないよ!!」

 

半壊したシーマのジムⅡ、それを取り囲むように大きな盾を持った

 

ガードナーシステム

【挿絵表示】

 

 

3機が、その姿を下している。

 

更にその周囲をC・Lのモビルスーツ部隊が、合流し暴走したサラミスのエンジンを

 

フルバーニアン

【挿絵表示】

 

 

が追い打ちをかけてエンジンノズルを破壊し、武装そのものを破壊して降伏を言い渡していた。

 

シーマはその映像を観ながら、コンソールを幾つか弄くり機体の状況を確認する。

 

「まったく……、ヤキが回ったね。私も腑抜けたもんだよ。」

 

味方ならば撃ってくることは無い……、ある意味安心感をこの数ヶ月の間に彼女の身体に刷り込んだのは、地球連邦のC・Lという組織の良い所であり、悪いところでもあった。

本来の軍隊としては、味方を信頼するのは当然であったがこの状況下では……、どうやらティターンズは潜在的な敵だったということだった。

 

「状況を終了する、各員は周囲を警戒しつつエフェメラ1の回収を防護せよ。」

 

ブライトによる命令がコックピットに響く間、シーマはヘルメットを取り、汗ばんだ髪を振って溜息を一つついた。

 

 

 

〜同日 ジャブロー

 

空調の良く効いた一つの執務室の中に一人、ジーン・コリニー大将の姿があった。

彼は何の気も無く、今日も書類仕事と会合の予定とを見比べながら、自らの派閥内の調整や地球連邦議会とのコネクションを維持しようと、動いていた。

 

防音の良く行き届いた執務室には、廊下で起きている騒動のことなど一瞬の漏れは無かった。

 

コリニー閥の士官、下士官が周囲を固めている中に、軍靴の音と共に現れたのは…、地球連邦軍のジャブロー内を警備する憲兵隊であった。

 

「貴様等、一体何の了見で!」

 

と、側近の一人が声を荒げて立ち塞がろうとするが、黒いヘルメットとバイザーで顔を隠した憲兵隊員たちは、一切の躊躇なく彼らを壁際へと押し込んだ。

そして、部隊の奥から現れた憲兵隊の指揮官が、ひどく事務的で冷徹な声で令状を読み上げる。

 

「ジーン・コリニー大将。反逆軍への内通、ならびに大量破壊兵器の不正運用、およびサイド1・30バンチコロニーにおける民間人虐殺未遂の容疑で、貴官を拘束する」

 

「……なんだと?」

 

コリニーは手元の書類からゆっくりと顔を上げ、目を丸くした。

 

「虐殺未遂だと? 莫迦な、私はそんな命令など出していない! 治安維持部隊の運用はジャブローの総意であり、暴徒鎮圧の枠を超えるものではないはずだ!」

 

「現場のティターンズ艦隊から、押収されたG3ガスコンテナの運用記録データが提出されています。……そこには、コリニー閥の暗号コードによる『実行命令』が明確に残されていました。ジャミトフ准将とコジマ准将による内部告発です」

 

憲兵の言葉に、コリニーの血の気が一気に引いていく。

G3・毒ガス。そんなものは、彼自身の派閥の計画には一切存在しなかった。

だが、その「偽造された証拠」を完璧にでっち上げ、自分を失脚させるためにこの巨大な盤面を動かせる男が、軍内部に一人だけいる。

 

「……ジャミトフか!」

 

コリニーは両手をデスクに叩きつけ、血を吐くような声で叫んだ。

暴徒を煽り、毒ガスを準備させ、それをあえてクレール・ルクスに発見させる。

 

ティターンズ内部に巣食うコリニー派、そして彼に忠誠を誓う軍の組織人たちへの見せしめのために、ジャミトフは自らの所属する派閥のトップであるコリニーを生贄に捧げたというのだ。

 

「あの狐め……! 私をスケープゴートにして、軍を乗っ取る気かァッ!!」

 

コリニーの言う事は真っ当であった、しかし巧妙に仕組まれたこの状況に対して、彼に出来ることはなく…。

 

彼の弁明や怒号に耳を貸す者は、この冷たい執務室にはもはや誰一人としていなかった。

憲兵によって腕を取られ、重い手錠がかけられる金属音が響く。それは、連邦軍内部における旧体制の終焉と、ティターンズという絶対的権力の誕生を高らかに告げる産声であった。

 

しかし、C・Lのメンバーやカイ・シデン等の元ホワイトベースクルー、そして連邦軍の内部の穏健派の一部や、連邦議会の一部。

 

此等の中には、今回の30バンチ事件への疑惑を胸中に抱える者達が確かに存在していた。

果たして、派閥の重鎮とも言える人間がここまでして、自らを貶める可能性が高い博打に打って出るだろうかと。

 

だが、証拠はきちんと上がっておりほぼ完璧に近い形で書類や筆跡鑑定、その他多くの内容で上がってきている。

疑いようの無い物的証拠が幾つも存在している、にも関わらず其れ等は俄完璧過ぎた。

 

ティターンズの一部、とりわけコリニー派閥による暴走という、そんな筋書きの後に再度行われた30バンチコロニーの鎮圧は、C・L立ち会いの元今度こそはと催眠ガスが使用され、多くの暴徒はコレによって見事に鎮圧されることとなる。

 

C・Lは暴走する者達の抑止力となり、他方ティターンズはきちんとした暴徒鎮圧を曲がりなりにも実行した…。

という建前が形成され、以後この関係は2年間の間続いていく事となる。

 

 

 

ティターンズ艦隊旗艦

 

バンッ!!と、机へと腕を思い切り叩きつけるのは、バスク・オム大佐であった。

 

「何故!何故私にこのような作戦を行うと、事前通知していただけなかったのか!!」

 

と、大声を張り上げて席に座っている相手、ジャミトフに唾を吐きかける様に、此度の毒ガス騒動の結末を問い質した。

 

「なに、簡単な事だ。バスク大佐貴官は、嘘は得意かな?」

 

「な…、何を」

 

ジャミトフは立ち上がりながら、眼前スレスレの距離までバスクへと顔を近づけ、真正面からバスクの双眼を睨む。

 

「今回の作戦、最も重要だったのは『ティターンズ内部の腐敗分子』と『クレール・ルクス』を、同じ舞台の上で完全に踊らせることだ。……もし君が真実を知っていれば、あの血気盛んなシーマ・ガラハウや、勘の鋭いアムロ・レイの目を欺くことはできなかっただろう」

 

ジャミトフはバスクからゆっくりと身を離し、窓の外――漆黒の宇宙空間へと視線を向けた。

 

「君は、心底コリニー大将の命令を信じ、心底スペースノイドを憎み、心底クレール・ルクスの介入を疎ましく思っていた。……その『本物の怒り』と『本物の焦燥』こそが、彼らを欺くための最高のフェイクだったのだ。」

 

「……私を、囮に使ったと?」

 

バスクの太い首に、怒りで青筋が浮かぶ。彼にとって、ジャミトフへの忠誠は絶対であったが、自身が盤上の駒として扱われた屈辱は隠しきれなかった。

 

「囮ではない。ティターンズという組織を、地球連邦軍という腐敗した巨躯から切り離し、絶対的な権力へと昇華させるための『必要な儀式』だ」

 

ジャミトフは振り返り、バスクの肩に重く手を置いた。

 

「考えてもみたまえ、バスク大佐。……この事件により、コリニーという旧体制の重石は消え去った。世論は『毒ガス使用を企てた過激派』の存在に震え上がり、より強固な治安維持部隊の存在を求めている。……我々ティターンズは、自らの手で身内の膿を出し切った清廉な組織として、連邦軍の中枢を完全に掌握したのだ」

 

「しかし! C・Lは依然として健在です! 奴らは我々の毒ガスの真実に気づき、あまつさえ我々の部隊を武力で制圧した。……このままでは、奴らがティターンズの最大の障害となるのは明白です!」

 

バスクの懸念はもっともであった。

シーマの機転と、クライドたちC・Lの介入により、ティターンズの「毒ガスによるコロニー虐殺」という最悪のカードは完全に封じられ、逆に「C・Lがティターンズの暴走を止めた」という事実が残ってしまった。

 

「……障害、か。確かに、アムロ・レイとあの遊撃部隊は目障りな存在になりつつある。だが、彼らは今回『我々と共に暴徒を鎮圧した』という事実から逃れることはできない」

 

ジャミトフの瞳に、底知れぬ冷酷な光が宿る。

 

「彼らがどれほど高潔に振る舞おうと、歴史には『C・Lもまた、コロニーの自治を求める民衆を催眠ガスで弾圧した連邦の犬』として記録される。

……大佐。正義の英雄を堕とすのに、彼らを殺す必要はない。彼らの信じる『大義』を泥で汚してやればいいのだ」

 

ジャミトフのその言葉は、バスクの耳にスッと入っていく。

 

「……なるほど。奴らを、徐々に孤立させると……」

 

「そうだ。この2年間、我々は着実に戦力を増強し、地球圏の法と秩序をティターンズの教義で染め上げる。……そして、ワイアットが庇いきれなくなった時、我々の手で彼らという『最後の異物』を排除する」

 

ジャミトフの静かで、しかし重みのある宣言に、バスクは深く頭を下げた。

 

「……御意。このバスク・オム、ティターンズの覇道のため、いかなる汚れ仕事も完遂してみせましょう」

 

バスクは見事なまでの敬礼を背に、ジャミトフの執務室を出ていった。

 

 

0084年、7月。

 

「30バンチ事件」は、表向きには催眠ガスによる暴徒鎮圧という形で幕を下ろした。

しかし、その裏側で、地球連邦軍のパワーバランスは決定的に崩れ去り、ティターンズという名の黒い猛禽類が、地球圏全体にその巨大な羽を広げ始めていた。

 

そして、その影の中で、アムロ・レイ率いる『クレール・ルクス』は、ティターンズの謀略と自分たちの存在意義の狭間で、終わりの見えない冷戦の時代へと突入していくのであった。

 

 

 

 

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