〜0084年10月 アステロイドベルト
小惑星アクシズ
アクシズに存在する執務室には、シャアとハマーンの机が存在している。
ハマーンの仕事は多岐にわたり、正直に言えば未だ20歳に至っていない人間が行う仕事量を遥かに越えて、余りにも重い責任が彼女の双肩に重くのしかかっている。
対してシャアは、その負担を多少肩代わりする為に幾つかの資料整理を行いつつ、アクシズのパイロットの養成や自軍の状況を事細かに精査している。
シャアは、ここアクシズに於いて恐らくはもっとも、周囲からの信頼を勝ち得ている軍人であった。
それは将官佐官問わず一兵卒に至るまで、彼の名前と戦歴はやはり看板としては強い力を持っているのだ。
特に、あの
戦いこそ、引き分けているという状況だったが、今アクシズには彼以上のパイロットはいなかった。
そしてそれより、政はハマーンが、そして軍事をシャアが、と言う風に自然と役割分担が出来ていた。
シャアがいるという事実、そして一人で全てを背負わなくても良いという事実が、ハマーンをより柔らかな感覚で成長させるには充分な環境とも言えた。
執務の際には強張った顔をしたりもするが、時折年相応に笑い周囲を和ませる為に冗談を言ったりする。
シャアが近くにいるだけ、ただそれだけであるはずなのに、彼女の振る舞いは決して冷徹なものではなかったのだ。
特に、ミネバと接する姿は歳の離れた姉妹の様に柔らかく、ミネバという少女に、外の世界への偏見を持たせない為にもより一層に、様々な情報を手に入れては話に混ぜて教育している程であった。
その御蔭だろうか、ミネバはすくすくと伸び伸びと成長していた。
アクシズという勢力のその独力は、決して潤沢なものではない。それ、アクシズ単体を防衛するには充分な戦力であると同時に、相手を侵攻する場合は所詮は1個の大艦隊程度、それだけしか戦力を保持していないのだ。
言ってしまえば、地球連邦軍からしてみればその戦力数は地方軍の一部程度である。
故に、シャアだけでも充分に全体を把握するには出来たのだ。
そんな把握の際に妙な報告を受け、そしてそれが物議を醸すこともある。
アクシズから外に追いやられ、そして見事に散って行った強行派。彼等の置き土産の事である。
「強化人間……ですか?」
ハマーンがシャアからの報告を受けて、オウム返しをした。
「あぁ、どうやら連中…本気で地球連邦軍との戦争を念頭にしていたらしい。
もっとも、奴等がいなくなったせいでその研究も途中で止まったらしいがな。
コレがそれなのだが。」
と資料に書かれているものは、所謂デザインベイビーと呼ばれる一種の人工保育機と、クローン人間を作り出す容器であった。
「内部には十数名の生存者がいたが、そのどれもが遺伝子的には同じ者であったらしい。
私の方で救出には成功したが、扱いに困っていてね。
君にも判断を仰ぎたかった。」
「判断ですか、コレは倫理的に悪趣味ですね。どれだけ戦おうとも、人には道理があるというのに。」
ハマーンの口からその言葉が出てくれたことに、シャアは内心安堵した。実際、宰相になってから様々な考えを聴くことが多い立場がゆえに、よろしくない方向へと向かっていくのではないかと、心配していたのだ。
「そうとも。だが、産まれてきてしまったものには罪はない。言ってしまえば、彼女等の処遇なのだが…ミネバと共に教育を施してみてはどうだろうかと思ってね。
彼女には、同じ年齢の友人の一人もいない。近い年齢の子供がいれば、自ずと心も安らぐだろうからな。」
それに続く言葉をシャアは濁したが、何かあれば直ぐに処分する事も出来るという、暗に廃棄物としての側面も彼は見ていた。
「わかりました。コレに関しては、私が裁可を下します。大佐には、こちらの案件を任せても?」
と、持ち掛けてきたシャアに一つの仕事を振った。
「C・L…地球連邦軍の新設された特殊部隊、そのうちの1つか。最近良く耳にする、元ジオン兵も参加している部隊だとな。確か、残党狩り部隊の一つだろう。それがどうかしたのか?」
「はい…、実はこの部隊ともう一つの部隊。仲があまり宜しくない、と言う噂があります。
政治の事は兎も角として、その真意を探りたいのです。
もっとも…、我々にその手の情報を探る手立ては多くはありませんが…、何か伝手が有ればとそう思いまして。」
アクシズに地球圏の情報が入ってくるのは、リアルタイムよりも少し遅れたものが多い。
尤も、C・Lとティターンズの関係が複雑なのは確かであるが。
「伝手か…、元同僚だが地球圏にはまだまだジオン兵が多くいる。彼等との連絡を取るしかあるまい、問題はそれらの特殊部隊に如何に見つからずに探りを入れるかだ。
私が直接出向けば色々と分かるが………、この場を置いていくほど、私は薄情な人間ではないからな。」
シャアの言う事は確かな事であった。ハマーンを置いていった場合、彼女が潰れ組織があらぬ方向に進んだ場合、もはや既に自らが他所を向けるほど情は少なくなかった。
ただ、その言葉が果たして人をどう使おうと言う感情が宿っていたかどうかは、本人ですら分かっていないが。
「兎も角やってみよう。君も無理はしないように。分かったな」
「はい」
シャアに向けるその言葉と同時に、彼女はニッコリと笑みを浮かべた。それを見たシャアは、僅かにだが口角を上げた。
「話は変わるが、このガザCと言う機体中々に癖が有る。量産性は褒められたものだが、この性能では連邦軍を正面から受け止めきれない。早急な対策が急務になる。」
その日も1日が過ぎて行ったり
〜月面・フォン・ブラウン市
アナハイム・エレクトロニクス社、その社屋の中に幾人かの軍人の姿があった。
皆、地球連邦軍の軍服を身に纏い、襟首にはそれ相応の階級が見て取れた。
アナハイムと軍の癒着、それは今当に始まっていたと言っても過言ではない。
その中心の人物は、将官の記章を輝かせ理知的な会話を、現在のアナハイムの社長であるコウエル・J・ガバナンと話を進めていた。
「現状ティターンズの暴政は鳴りを潜めているが、実体としてはやはりスペースノイドの弾圧を強めているのが事実だ。
実際に、コロニー内での動きは軍でも目に余る者達が多い。」
会話の中心人物は、ブレックス・フォーラと言う連邦でも指折りの実力者と言われる男であった。
彼はこの月面からの支持を背景に、連邦議会との橋渡しを行なっている現役の連邦議員でもあり、政治的にも力を持っていた。
「しかし、我々としても力をお貸ししたいのはやまやまですが、実体として我々は現在ティターンズの監視下に有るのです。
頭を押さえられている以上、あまり大きな力をお貸しすることは難しい…。」
ブレックスは、現状のティターンズの動きを憂い、そしてジャミトフと言う男の真意を見抜いていた男の一人であった。
それ故に、ジャミトフが実権を握るために上司をもその手に掛けることのできる、覚悟の決まった存在であるという評価をかけつつも、決して相容れないとの想いもあった。
「ええ、重々承知していますとも。ガバナン社長。……ティターンズに新型モビルスーツを供給し、彼らの機嫌を取り結ばなければ、この巨大な企業と数え切れない従業員たちの生活が成り立たないことも」
ブレックス・フォーラ准将は、鋭い眼光を和らげ、深くため息をついた。
アナハイム・エレクトロニクス社は、軍需産業のトップとして連邦軍と深く結びついている。特に、権力を握りつつあるティターンズからの発注を断れば、社は存亡の危機に立たされるだろう。
ブレックスの言葉に、ガバナン社長は苦い顔で葉巻を置いた。
「……准将の危惧は理解しているつもりです。だからこそ、我々も一枚岩ではない。……ティターンズの監視の目を掻い潜り、あなた方『反ティターンズ』を掲げる者たちへの支援ルートを、水面下で構築している最中です」
「それが、先般お話しいただいた『エゥーゴ(AEUG)』構想への出資、ということですね」
ブレックスが身を乗り出すと、ガバナン社長は重々しく頷いた。
反地球連邦政府組織・エゥーゴ。
ティターンズという強権的な軍閥に対抗するため、連邦軍内部の穏健派、スペースノイドの有志、そしてアナハイム・エレクトロニクスからの非公式な支援を受けて設立されつつある、新たな抵抗組織の名称である。
「資金と、旧型の改修機程度ならば融通できます。……ですが、ティターンズという『正規軍』を相手にする以上、彼らの暴虐を世に知らしめるだけの『大義名分』と、決定的な『戦力』が必要です。……たとえば、あの『白い悪魔』のような」
「アムロ・レイ大尉ですか。……彼等C・Lは、ティターンズと並ぶもう一つの巨大な刃。彼らが我々エゥーゴに合流してくれれば、これほど心強いことはありませんが……」
ブレックスは首を横に振った。
「現在、ワイアット大将の庇護下において、極めて微妙な政治的バランスの上に成り立っています。彼らが動けば、連邦軍そのものが真っ二つに割れる。……アムロ・レイという男は、その危険性を誰よりも理解しているはずです。それに…」
C・Lとアナハイムの関係は複雑なものがあった。
現在ティターンズの為にとせっせとアナハイムが建造しているハイザック。
それの技術提供元は、辿ればC・Lの拠点の一つオーガスタ研究所に行き着く事となる。
言わば開発拠点と、量産拠点の関係…と言えなくもないが、その実態は大きく異なる。
現在、地球連邦軍が主力機として発注しているジムⅡもまた、オーガスタ研究所の作品である。
しかし、その生産拠点は所謂アナハイムの様な民間受注だけではなく、官民一体となって執り行われており、採算としてはアナハイムは決して良い想いをしていない。
更に、アナハイムにはこのC・Lの前身であった独立実験隊とは確執がある。
ガンダム試作2号機の奪取から始まる一連の尻拭いを行なったのが、アムロ・レイとブライト・ノアが中心となったこの実験部隊であった。
尚更に、そのつけを今支払わされていると言うのに、更に貸しを創ることに成りかねなかった。
「では、我々はどうすれば? ティターンズが『ガンダム・マークⅡ』などという、我々の関与しない完全内製型の新型機の開発を進めているという情報もあります。彼らが軍事技術までも独占すれば、いよいよ手出しができなくなる」
「……だからこそ、急がねばならないのです」
ブレックスは立ち上がり、月面の窓から漆黒の宇宙を見つめた。
「C・Lに頼るのではなく、我々自身が『力』を持たなければならない。……社長、『Z計画』の進捗はどうなっていますか? ティターンズの次世代機を凌駕する、アナハイム独自の可変モビルスーツ開発計画は」
「……基礎設計は進んでいますが、実用化にはまだ数年かかります。フレームの強度問題がどうしてもクリアできない。せめて…オーガスタのデータが有れば…。」
ガンダムℵ、その技術的発展によって生み出された其れ等の基礎技術は、現状ブラックボックス化されていた。
特に、ジオンとの癒着を懸念されたアナハイムには、このブラックボックスの部分の開示がなされず、ティターンズのハイザックもまた、旧来の構造が大半を占めていた。
「それでも、進めていただきたい。……いずれ、この宇宙は再び大きな戦乱に飲み込まれる。その時、スペースノイドの自由を守るための『剣』が、どうしても必要なのです」
ブレックスの強い言葉に、ガバナン社長は重い沈黙で応えた。
一方地球のシャイアン基地、地下に潜った司令部の中でコジマは疲れ切った顔をしていた。
「やはりエアコンというものは嫌いだなぁ…」
と、一人で呟いている彼の机には山と積まれた大量の紙の資料が置かれていた。
未だ重要な項目に対しては、機密優先と言うことで紙媒体を使っているが、流石にこの量を読むのは骨が折れていた。
彼は、とある要請を受けてコレを全て読んでいると言っても過言ではなかった。
それは、オーガスタのセイラ・マスと言う人物からの嘆願であった。曰く、各地で連邦軍は人体実験をしているという、噂だ。
しかし、コジマにとって一応の軍属とは言え一介の人からの言葉だけで動くわけには行かなかった。
だが、どういう訳か彼の下にはこのような資料が次々に舞い込んで来たのだ。背筋に寒いものが走ったが、来たものは仕様がないと仕事を続けている。
「しかし……、ニュータイプか…。まるで御伽噺だが、実際問題、アムロ・レイ君の事もある。
それに対抗するための研究で孤児を使うというのは、些か受け入れ難いというものだろう。」
彼は軍隊、それも戦争に於いて一定のルールが存在していると考えている思想家だった。
どれ程多くの部隊がぶつかり、どれ程多くの死者が出たとしても、それが一定のルールの中であるのなら仕方がないと、そう受け入れる事もできるのだと。
逆に言えば、其れ等を護らない者達に軍隊を名乗る資格は無いと、そう言っているのだ。
「何れにせよ、ジオンや武装テロリストと戦う為に、自国民を生贄に捧げているのは、本末転倒というものだな。」
と、積み上がった資料を前にして一人ぼやく。
「嘗て非常に甘い考えを持った部下がいたが、今になって彼のあの青臭さが、ひどくまともに思える時がある」
コジマの脳裏に、一年戦争の折、東南アジア戦線で第8MS小隊を率いていた一人の若き少尉の顔がよぎった。敵兵の女性と恋に落ち、軍の規律よりも一人の人間の命と「分かり合える」という理想を信じ抜いた男。
当時は軍人として失格だと頭を抱え、ひどく叱責したものだが、その「甘さ」や「人間性」を切り捨てた結果が、身寄りのない子供たちを戦争の道具にする今の連邦の姿であるならば、軍隊という組織そのものが狂気へと片足を突っ込んでいると言わざるを得ない。
コジマは大きく息を吐き出すと、デスクの端に置かれた暗号通信機を手に取った。
「すまんが、少し『汚れ仕事』の相談をしたくてな。いや、汚れ仕事というよりは……軍の『大掃除』の第一歩とでも言うべきか」
暫く会話を続けると
コジマは静かに通信を切る。再び山積みになった資料へと目を落とした。