戦時に設計・量産されたジムをこの世界のジムⅡのムーバブルフレーム四肢と全天周囲モニターに切り替えた機体。
ジェネレーター出力は年代相応のものではあるが、ジムⅡには明確に劣る性能である。
湿り気を帯びた黒土の上を駆け、原生林とすら目を疑うほどに多くの巨木の中を突っ切る。
土煙も立たない大地を震わせ、不自然な程に乾燥した煤煙を轟かせる大地に向けて。
カイはひたすらに駆けた。
自らの使命感と、それに駆られたジャーナリストの始末は何時も他人に押し付けられる。
それはジャーナリストの自己満足と、マスターベーションの内にある正義観から来るものだろうか?
しかし、今のカイにとってのそれは確かにあの日見た少女の面影と、同仕様もない現実と何よりも約束の為の「私怨」であった。
セイラから送られてきた情報、それを下にムラサメと言う名を調べ、来る日も来る日も探索し1年と言う時間の中で、多くの人材から言葉を募り、やっとその場を突き止めた。
そして、経過を纏めて連邦軍の信頼のおける部署へと送付する。
新聞や地方各部の報道機関と秘密裏に連携し、来たるべき時までにスクープというものを態々と小出しにして、受け取った者達に既に自分達も裏側にいるのだと言うことを押し売って。
それが、彼なりのやり方であった。
カイ・シデンと言う名は、1年戦争の英雄の名前。その一つ。
つまり自らの名前にはしっかりと、それなりの付加価値を持っている。そして、そんな彼が不審に思っているものに対して、報道機関を通して周囲に拡散すると言う手法は、メディア機関にとっては旨い飯であった。
そして……、その果てにある物が今目の前にある、
燃え盛る山
とも言える実情であった。
「――俺のせいか……?いや、そうだ俺のせいだ!」
カイは自らの行いを恥じることは無い、それが彼の出来る事であったというのは言うまでもない。
だが、だからこそこの事態の収拾に首を突っ込もうという決心は、概して難しいものではなかった。
ばぱぱぱぱぱ
と言う小気味の良い音の後には、その何倍もの量のそれと同じ音が響き渡る場所へと、足を一歩一歩踏み込む事に近付いていく。
チッバン!!
と言う強烈な音が響き渡ると、その周囲からは幾つかの煙と破片が飛び散る。
カイは正面入り口から中に入ると、そのままにモビルスーツ格納庫へと急いだ。
ムラサメ研究所は、ニュータイプ研究所を自称するだけにモビルスーツを自前で持っている。
しかし、この惨状の最中未だにモビルスーツが姿を現していないと言うことは、まだ格納庫は無事であるという何よりの証しであるのだろうと。
しかし、現実は非情である。
彼が駆け抜けた先、その先では今当に強化人間と言われる、人間を使った実験体が連邦軍監察局の特殊部隊と銃撃戦を繰り広げていたのだ。
部外者であるカイ。
彼はこの時既に軍籍を保持しておらず、不法侵入とも言える行動であったが、そんな事を周囲も気にしていられる状況ではなかった。
強化人間と言われるだけ有り、彼等の運動神経や動体視力は人間のそれを遥かに超えており、並大抵の相手ではない。
特殊部隊でさえ、防戦一方であった。
カイは状況を直ぐに飲み込んだ。
「おい!このままだと格納庫に入られる、モビルスーツを奪われる前に俺が機体を操縦してぶち壊す!」
その場にいた彼等は一瞬の隙を生むのを堪えて、その驚きを飲み込んだ。
「アレが操縦出来るか!」
そんな状況ではなかったからだ。
カイは頷くと、それを見た彼等は全力射撃で一瞬の弾幕を作り出す。
その只中を、カイは走り機体に張り付いた。
銃弾が空気を切り裂く甲高い音と、コンクリートが砕け散る粉塵の中を、カイ・シデンは獣のように駆け抜けた。
息が上がり、心臓が肋骨を突き破らんばかりに早鐘を打っている。ホワイトベースを降りて数年、平和なジャーナリスト生活で鈍った体には過酷すぎる死線だった。しかし、彼の足を突き動かしているのは、アドレナリン以上の「意地」であった。
弾幕を掻い潜り、巨大な整備用ガントリーへと飛び移る。
見上げた先には、ムラサメ研究所がテストベッドとして運用していたであろう、濃紺に塗装された局地戦用のモビルスーツ――ジムのカスタム機が、無機質な巨躯を横たえていた。格納庫の奥には、さらに数機の機体が固定フックに繋留されている。
あれを「強化人間」たちに奪われれば、この山は完全に死の山と化す。
「……動けよ、一年戦争の英雄様の腕がまだ鈍ってねえってところを、見せてやる!」
カイはハッチに飛び込み、慣れた手つきでコックピットのコンソールを開いた。
最新鋭の全天周囲モニターではない、一年戦争時から続くクラシカルな操縦桿とスイッチ類。それが今の彼には酷くありがたかった。OSのプロテクトを強引にバイパスし、ジェネレーターを強制始動させる。
『ギュゥゥゥン……!』
低い駆動音と共に、機体のメインカメラに火が入り、コックピット内のモニターが外部の惨状を映し出した。
「な……!?」
モニター越しに拡大された映像を見て、カイは息を呑んだ。
特殊部隊の兵士たちが、まるで紙くずのように吹き飛ばされていく。それを為しているのは、モビルスーツや重火器ではない。生身の人間――それも、まだ十代そこそこの少年少女たちだ。
「遅いよ、オールドタイプ!」
緑色の髪をした青年――ゼロ・ムラサメが、常人離れした跳躍力でガントリーを駆け上がり、カイの乗るジムに向かってアサルトライフルを乱射した。銃弾が装甲を叩き、コックピットに鈍い衝撃を伝える。
「チッ、化け物め……!」
カイは操縦桿を引き、機体を強制的に立ち上がらせた。
狙うは、敵の命ではない。格納庫の奥に眠る、未起動のモビルスーツ群だ。強化人間たちに「羽」を渡すわけにはいかない。
カイは容赦なく機体の頭部バルカンを起動し、繋留されている他のモビルスーツのコックピットブロックと脚部関節に向かって、弾の雨を降らせた。
火花が散り、無防備な機体たちが次々と黒煙を上げて沈黙していく。
「貴様ァッ!! 俺たちの翼を!!」
ゼロが血走った目で絶叫する。自らを『真のニュータイプ』と盲信する彼にとって、その力を振るうための器を破壊されることは、最大の侮辱であった。
「アハハハッ! おじさん、悪い子だねぇ!」
マスクをした少女、ドゥー・ムラサメが、破壊された機体の残骸を足場にして信じられない高度まで跳躍し、カイのジムのメインカメラに肉薄する。
「こいつら、人間の動きじゃねえ……!」
カイが機体を後退させようとスロットルを踏み込んだ、その瞬間だった。
モニターの端、燃え盛る炎の向こう側から、もう一人の人影が飛び出してきた。
『ミリー……! ミリーはどこだ! ジオンの悪魔ども、ミリーを返せェェッ!!』
その声は、外部マイクを通してカイのコックピットに響き渡った。
薬物で散大し、狂乱に満ちた虚ろな目。ガリガリに痩せ細った体躯。だが、その顔立ちは、カイの網膜に焼き付いて離れない、あの少年のものだった。
「……嘘だろ」
カイの手が、操縦桿の上で完全に硬直した。
全身の血の気が一気に引いていくのが分かる。
「ジル……お前、ジルなのか……!?」
拡声器を通してカイの声が格納庫に響く。
その名前に、暴れ回っていた少年――フィフス・ムラサメの動きが、一瞬だけピタリと止まった。
『ジル……? 違う、僕は……僕は、力を……ミリーを助けるための、力を……!!』
少年は頭を抱え、獣のように苦悶の叫びを上げた。
施設によって植え付けられた「強固な偽の記憶」と、カイの声によって呼び起こされた「わずかな真実の残滓」が、彼の脳内で致命的なショートを起こしているのだ。彼の身体から発せられる異常な感応波が、カイの肌をビリビリと撫でる。
カイは奥歯を噛み砕かんばかりに食いしばった。
彼らを止めるためには、モビルスーツの巨大な足で、あるいはその手で、彼らを物理的に「排除」するしかない。
しかし、モニターの向こうで頭を抱えて泣き叫ぶ少年は、自分が守り抜けなかったミハルの、たった一つの形見なのだ。
「俺に……あいつを撃てって言うのか……!」
カイの眼前に迫るのは、選択であった。
しかし、その一瞬こそが致命的であった。
僅かな思考の隙間に、ゼロ・ムラサメの姿が掻き消えたかと思えば、まだ破壊されていない機体へと乗り込んでいた。
それを理解したときには、その瞳には無力な機体に力が宿っていた。
立ち上がってくるそれに、カイは思考を切り替えて行く。今必要な事、それは闘うことであった。
ちらりと隙間より覗く、横たわる物達。
其れ等は未だに健在のものである。一対一ならいざ知らす、其れ等が立ち上がれば自分は死ぬかもしれない。
「……っ、甘かったな俺も!」
カイは奥歯を噛み締め、反射的に機動レバーを叩いた。
目の前で立ち上がる機体――ムラサメ研究所が独自に調整を加えたであろうジムの試作型。そのメインカメラが血のように赤く発光した瞬間、背筋を凍らせるような強烈な圧力が、コックピットの全天を通り抜けてカイの脳を直接揺さぶった。
「見つけたぞ……! 力も持たないくせに、俺たちの領域を汚そうとするゴミめ!」
ゼロ・ムラサメの咆哮が、機体間通信を介して、あるいはニュータイプ特有の共鳴としてカイの意識に突き刺さる。ゼロが駆る機体は、最新のムーバブルフレーム技術を導入しているのか、ジムの器を使いながらもその動きは不気味なほど滑らかで、そして速かった。
ガンッ!という衝撃がカイのジムを揺らす。
ゼロ機が放ったビーム・ライフルの光軸が、カイの機体の左肩装甲を掠めて背後の岩壁を溶かした。
「チッ、一年戦争の骨董品だと思ってナメてると、痛い目見るぜ坊や!」
カイは叫びながら、操縦桿を右へフルスイングした。
彼の乗るジム・ベースⅡは旧式に近いが、カイの手足となって動く感覚は、あのホワイトベースでアムロやハヤトと共に戦場を駆けたあの日々と地続きだった。
カイは逃げなかった。いや、逃げられなかった。
足元には、依然として頭を抱えて蹲るジルがいる。このまま自分たちが戦闘を継続すれば、ジルはその余波だけで挽き肉にされてしまう。
(守るために撃つ。……嫌な役回りは、いつだって俺の担当かよ、ミハル!)
カイは機体のバルカン砲を、ゼロの機体ではなく、その足元の床へと向けて乱射した。
目的はゼロを倒すことではない。激しい土煙と火花を巻き上げ、ジルを爆風から遠ざけつつ、ゼロの視界を遮ることだ。
「無駄だと言っている!」
ゼロの機体が、煙の中から亡霊のように飛び出してきた。右手に構えたビーム・サーベルが青白い火花を散らし、カイの機体のコクピットハッチ目掛けて振り下ろされる。
カイは機体を強引にスライドさせ、シールドでその一撃を受け止めた。
激しい接触音と火花が散る。モニターの半分がノイズに沈むが、カイの目は冷静に「次」を見ていた。
「ドゥー! まだ遊んでいるのか! さっさと残りの機体を使え!」
ゼロの通信に応じるように、背後で別のハッチが開く音がした。ドゥー・ムラサメが、カイが破壊しきれなかった予備機へと滑り込んでいく。
「やらせるかよっ!」
カイはシールドを投げ捨て、ゼロの懐へと飛び込んだ。マニピュレーターで相手のサーベルを掴み、力任せにその射線を逸らす。
ジリジリとした空気を肌で感じつつ、カイの頬には汗が流れた。
そして眼前には、信じられないものが流れ込んできた。
一機、また一機と火の手の灯る機体達。
その光景を観て、カイは思わず口角を吊り上げて自嘲した。
「……ヒーロー気取りかよ、俺は。アムロじゃあるまいし、単機で化け物揃いの部隊を相手に無双できるわけがねえってのにな」
自嘲の笑みが漏れたのは、己の無謀さを嫌というほど思い知らされたからだ。
カイが破壊し損ねた残りの機体――そのメインカメラが、次々と禍々しい光を放ち始めていた。ドゥーをはじめとする他の強化人間たちが、続々とコックピットに滑り込み、機体を再起動させているのだ。
暗い格納庫の中で、二機、三機と増えていく赤や緑のセンサー光。それはまるで、獲物を逃さじと群れをなす飢えた狼の眼光だった。
「どうした、旧人類! 動きが止まっているぞ!」
目の前で組み合っているゼロの機体が、ギリギリとマニピュレーターの出力を上げてカイのジムを押し込んできた。ムーバブルフレームの滑らかな駆動音が、旧式のジムの軋む装甲音を不気味に圧倒していく。
「チッ……! 口の減らねえガキだぜ!」
カイは押し負けまいとスロットルを全開にするが、機体のパワー差と反応速度の違いは歴然だった。アラートがけたたましく鳴り響き、コックピット内に焦げ臭い匂いが充満し始める。
多勢に無勢。
あと数秒もすれば、背後を取り囲む他の機体から一斉射撃を浴びて、このジムは蜂の巣にされるだろう。そして、カイ自身も。
だが、カイの視線は、モニターの隅で未だに頭を抱えてうずくまる少年の姿を捉えて離さなかった。
(ここで俺が死んだら……あいつは完全に化け物どもの部品にされちまう。ミハル、お前が自分の命と引き換えにしてまで守りたかった『明日』が、こんなクソみたいな現実であってたまるかってんだ……!)
死への恐怖よりも、理不尽な世界に対する強烈な怒りが、カイの全身にアドレナリンを駆け巡らせる。
「おい、化け物ども! 相手をしてやるから、まとめてかかってきな!!」
カイは通信回線をオープンにし、意図的に挑発の声を張り上げた。
〜同時刻 地球低軌道
C・Lの3隻の宇宙艦艇が散開して軌道を周回する。
複数のモビルスーツが展開し背部に何やらランドセルのような巨大なものを背負っていた。
その中にあって一際目立つ、トリコロールカラーの機体。ガンダムℵとその僚機である6機だけは、その全長よりも遥かに大きな大気圏突入用シャトルの様な物と共に、進んでいる。
「アムロ、観測データから異常事態だ。急いでくれ。」
ブライトはペガサス級グラニの艦橋から、アムロにそう指示を飛ばす。その顔に焦りは見えない。
「了解した。艦長、回収は頼むよ。」
と、返ってくる音声にはしっかりとした気迫が宿っていた。