白き流星の羽搏き   作:丸亀導師

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最後(希望)

アムロ・レイが、病床に伏すその老人の下へ姿を現すのは、歴史のうねりの中で見れば、ある種の必然であったのかもしれない。

アルテイシア……現在セイラ・マスと名乗る女性の身内であり、同時にシャア・アズナブル……キャスバル・レム・ダイクンと血を分けた一族の源流。

 

ダイクン家の血筋とは外れたところにいるアムロであったが、彼がその数奇な運命の中心にいる者として、この老人に興味を持たないはずがなかった。

ただ、現実的な懸念点があるとすれば、アムロ自身が地球連邦軍、とりわけティターンズや保守派からの厳重な監視対象であるという事実だった。

 

一挙手一投足が見張られ、彼の乗る車両、交友関係、通信のすべてがフィルターにかけられている。一介の軍人が、連邦政界の最長老が極秘裏に入院している病室へ近づくことなど、極端に難しい……いや、不可能に近い環境であった。

 

しかし、アムロはそれをあっさりと掻い潜る。

誰に手引きされたわけでもない。精巧なハッキングや、武力による強行突破を用いたわけでもなかった。

 

彼はただ「感じ取って」いたのだ。

 

張り巡らされた監視網の僅かな死角、警備兵たちの意識の隙間、監視カメラのローテーションの僅かなズレ。それらが織りなす「安全な道」が、ニュータイプである彼の脳裏には、まるで光の道標のように浮かび上がっていた。

 

淀みなく、足音すら立てず、アムロは幾重にも重なる網の目をすり抜け、その特別病室の扉を静かに開けた。

 

「……よく来たな、アムロ・レイ大尉」

 

薄暗い病室の中、生命維持装置の規則的な音だけが響く空間で、老人はアムロを待ち受けていた。

出会った瞬間、アムロは理解した。

 

彼のニュータイプとしての鋭敏な感覚が、目の前の老人の肉体がとうに限界を迎え、その生命の灯火が消えゆく寸前であるという残酷な真実を、瞬時に悟らせた。

 

だが同時に、アムロはもう一つの事実に息を呑んだ。

痩せこけ、枯れ果てた老人の瞳の奥には、未だに燃え尽きることのない凄まじい「野心」と「執念」が、ギラギラと輝き続けていたのだ。それは、死を前にした人間の諦観ではなく、未来へ何かを遺そうとする者の強烈な意志だった。

 

「初めまして。……いや、ずっと以前から、あなたのご子息が遺した影と、向き合ってきました」

 

アムロがベッドの傍らに立ち、静かにそう告げると、老人は微かに口角を上げた。

 

「私の息子……ジオンの思想は、君たち若者に重い呪いをかけた。だが、君はそれに呑まれず、こうして私の前に立っている。……連邦の監視の目を掻い潜ってな」

 

「彼らは、見ているようで何も見ていませんから」

 

アムロの真っ直ぐな視線を受け止めながら、老人は掠れた、しかし腹の底から絞り出すような声で語り始めた。

 

「……今の地球連邦政府は、怯えているのだよ。宇宙という広大な無限に。そして、そこに住まう者たちが持つ、未知の可能性にな。……私はあの日、見たのだ。宇宙世紀の始まりの、あの輝かしさを。そして、それがラプラスの光と共に一瞬で消え去り、人間が再び重力と猜疑心に縛り付けられる様を」

 

老人の言葉には、深い悔恨が滲んでいた。

 

「……今の連邦の、あまりの愚鈍さ。それは、かつて宇宙の恐怖から逃げた私自身の世代が招いたことだ。だが、それを変えるための新たなる息吹……それすらも、今の世には欠如してしまった。親から子へ、特権階級から特権階級へ。ただ椅子を受け継ぐだけの、世襲制とも言えるこの愚かしい世界。……息子はこれを壊そうとして、宇宙へ散ったのだ」

 

老人は、アムロの瞳の奥を覗き込んだ。

 

「君なら、どうする? アムロ・レイ。この腐りきった世界を見捨て、宇宙の彼方で新たな人類の箱庭を作るか? それとも、絶望しながら泥に塗れるか?」

 

試すようなその問いに、アムロは迷うことなく答えた。

 

「見捨てることは、しません」

 

アムロの声は静かだったが、その響きには確かな熱が宿っていた。

 

「人が重力に縛られているのなら、それを少しずつ解いていくしかない。ティターンズのようなやり方ではなく、ジオンのような狂信でもなく。……時間はかかるかもしれない。僕一人の命では足りないかもしれない。それでも、変わる可能性がゼロではないのなら、僕はそこへ向かって進む決意です。……僕の周りには、同じように未来を信じてくれる仲間がいますから」

 

その仲間の中心には、アルテイシア……セイラがいる。

アムロの言葉の裏にある確かな絆を感じ取り、老人は深く、長く息を吐き出した。

張り詰めていた彼の顔から、憑き物が落ちたように、ふっと険しさが消え去っていく。

 

「……そうか。ゼロではない、か。……若さとは、希望だな」

 

老人は、震える右手をゆっくりと持ち上げた。アムロはそれを両手で包み込むようにして握る。骨と皮ばかりの冷たい手だったが、アムロの温もりがそこに流れ込んでいく。

 

「アムロ君。……私の孫娘、アルテイシアを……どうか、頼む」

 

「……はい」

 

「あの子は、ダイクンの血という重い十字架を背負っている。だが、君となら……君が共に歩んでくれるのなら、あの子はただの『一人の女性』として、幸せに生きていけるだろう。……これは、ジオンの父親としてではなく、ただの不甲斐ない祖父からの、最初で最後の頼みだ。二人の結婚を……心から、祝福する」

 

老人の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

アムロは、その手を力強く握り返した。

 

「ありがとうございます。……彼女のことは、僕が必ず守ります。そして、あなたがかつて夢見た『誰もが幸せになれる場所』へ、一歩でも近づけるように」

 

「……ああ。……頼んだぞ、ニュータイプ……」

 

その言葉を最後に、老人は静かに目を閉じた。

穏やかな寝顔は、長きにわたる地球と宇宙の歴史の重圧から、ようやく解放されたかのようだった。

 

それから、数ヶ月後。

 

連邦政界の最長老であったその男は、誰にも看取られることなく、しかしその胸の内に確かな「未来への光」を抱いたまま、静かに息を引き取った。

 

彼が遺した議席と、密かに遺言として記された莫大な政治的ネットワークは、後にセイラ・マスと、アムロたちの活動を影から支える巨大な盾となっていくのである。

 

 

オーガスタ研究所、セイラの私室。

窓から差し込む柔らかな夕陽が、彼女の金糸の髪を淡いオレンジ色に染め上げていた。アンティーク調のデスクの上には、地球連邦政府から送られてきた、仰々しい黒枠の訃報通知が静かに置かれている。

 

「……お祖父様」

 

セイラは、その文字列を指先でそっとなぞりながら、ポツリと呟いた。

ダイクンという呪われた血筋。その源流にいた男。直接言葉を交わした記憶など両手で数えるほどしかない、血の繋がった「他人」。

 

それでも、彼女の碧い瞳からは、止めどなく大粒の涙がこぼれ落ちていた。

 

かつての彼女であれば、この涙を誰かに見せることなど決してなかっただろう。

 

兄であるキャスバル(シャア)との決別。ホワイトベースでの過酷な戦い。彼女は常に「気丈なアルテイシア」あるいは「毅然としたセイラ・マス」という鎧を纏い、自らの弱さを心の奥底に封じ込めてきた。自分に関わる人間が次々と命を落としていくそのトラウマが、彼女を孤独な氷の女王へと変えていたのだ。

 

しかし、今は違う。

 

コンコン、と。控えめなノックの音が部屋に響いた。

 

「……セイラ。入ってもいいかい?」

 

「ええ、アムロ。開いているわ」

 

静かにドアを開けて入ってきたのは、数日間の休暇を得てオーガスタへ駆けつけてくれたアムロ・レイであった。彼の顔には長旅の疲労が微かに見えたが、セイラを見つめる瞳は、どこまでも深く、そして優しかった。

 

アムロは何も言わずセイラの傍らに歩み寄ると、その細い肩をそっと抱き寄せた。

セイラは、アムロの胸に額を押し当て、子供のように小さくしゃくり上げた。

 

「……不思議ね。全然、知らない人だったのに。私に残された血の繋がりが、また一つ消えてしまったと思うと……どうしようもなく、悲しいの」

 

「当然だよ。君は、冷酷な人間なんかじゃない。誰かの死を悼むことができる、優しい女性だ」

 

アムロは、彼女の背中をゆっくりと撫でながら、自らが極秘裏に果たした、あの病室での出来事を静かに語り始めた。

連邦の重鎮としての彼ではなく、ただ一人、過去の罪を悔い、孫娘の幸せだけを純粋に願っていた「不器用な祖父」の最期の姿を。

 

「彼が……私と貴方の結婚を、祝福してくれたと?」

 

セイラは驚きに目を丸くし、涙で濡れた顔を上げた。

 

「ああ。……『ダイクンの血という十字架を下ろし、ただの一人の女性として生きてほしい』と。それが、お祖父さんの最期の願いだった」

 

その言葉を聞いた瞬間、セイラの中で長年張り詰めていた、目に見えない強固な糸が、ふつりと切れた。

呪われているとばかり思っていた己の血筋。しかし、その血の連鎖の果てに、自分の「ただの幸せ」を不器用に願ってくれていた存在がいた。そして今、その呪縛を共に背負い、守り抜くと誓ってくれた男が、目の前にいる。

 

「……ありがとう、アムロ。最期に、彼に会ってくれて」

 

セイラは、アムロの温かな両手に顔を埋め、今度こそ声を上げて泣き崩れた。

それは、過去のトラウマと孤独から完全に解放された、一人の人間としての、純粋で温かい涙であった。

しばらくして、泣き疲れて少しだけスッキリした表情になったセイラが顔を上げると、ドアの外から、ひそひそとした微かな話し声が漏れ聞こえてきた。

 

『……ねえ、もう入っても平気かな? クリス、お茶淹れたんだけど』

 

『馬鹿野郎、今はアムロ大尉と二人にしておいてやれ。空気読めよゲーツ』

 

『でもでも、セイラお姉ちゃん、ずっと泣いてたみたいだし……私、慰めてあげたい……』

 

『ロザミィの気持ちは分かるけど、もう少しだけ我慢ね。クスコ、そこクッキー落とさないでよ』

 

ドアの向こうでわちゃわちゃと身を寄せ合っている、クリスチーナ、ゲーツ、ロザミア、そしてクスコたち。

かつては他人に心を開けなかったセイラが、自らの足で築き上げた、新しくて騒がしい「家族」たちだ。

その不器用で温かい気配に、セイラとアムロは顔を見合わせ、同時にふっと吹き出した。

 

「……本当に。私の周りには、お節介で優しい人たちばかりね」

 

「君が、そういう人たちを引き寄せるんだよ」

 

アムロは優しく微笑み、セイラの涙の跡を指先でそっと拭った。

 

「落ち着いたら、みんなでお茶にしよう。君の家族が、ドアの外で待ちくたびれている」

 

「ええ、そうね。……ありがとう、アムロ」

 

セイラは立ち上がり、デスクに置かれた黒枠の訃報通知に、もう一度だけ、今度は穏やかな眼差しを向けて深く頭を下げた。

祖父の死は、一つの時代の完全な終焉を意味していた。ジオン・ダイクンから始まった宇宙世紀の血塗られた悲劇の第一幕が、名実ともに幕を下ろしたのだ。

 

(さようなら、お祖父様。……私はもう、大丈夫です)

 

窓の外では、オーガスタの空が美しい夕闇に包まれようとしていた。

これから先、ティターンズやネオ・ジオンとの果てしない戦いが待っているとしても、彼女はもう二度と孤独に凍えることはない。

セイラ・マスは、アムロと手を繋ぎ、愛すべき騒がしい「家族」たちが待つドアへと、力強い足取りで歩みを進めた。

 

 

―――

 

地球連邦軍、極東方面軍出身であり、現在は第13外郭独立艦隊『クレール・ルクス』の総司令官を務めるコジマ准将。

彼は今、民間用の定期シャトルのファーストクラスにその身を沈め、窓の外に広がる底知れぬ漆黒の宇宙を、ひどく渋い顔で見つめていた。

 

着慣れた連邦軍の制服ではなく、地球の仕立て屋で急遽あつらえたダークスーツ。そして、無重力と人工重力が入り混じる宇宙空間特有の、内臓がふわりと浮き上がるような不快な感覚。

地上での泥臭い野戦指揮が長かった彼にとって、宇宙への旅そのものが、どうしようもなく落ち着かないものであった。

 

(……やはり、私のような古い人間の足は、地球の重力に縛り付けられているのが一番性に合っているらしい)

 

コジマは、ネクタイの結び目を少しだけ緩め、小さく息を吐き出した。

彼の手駒であるアムロ・レイやブライト・ノア、そしてシーマ・ガラハウたちは、この虚空の海をまるで庭のように駆け回り、命懸けで連邦の闇を切り裂いている。彼らが前線で血と汗を流している間に、司令官である自分がシャトルの座席で酔いと戦っているなど、滑稽極まりない話だ。

 

だが、これもまた彼の「戦い」であった。

 

ムラサメ研究所の強襲と、非合法な強化人間の保護。C・Lが引き起こしたこの事件は、ティターンズという軍閥の虎の尾を完全に踏み抜いた。上層部からの『自粛勧告』によって前線の部隊が足を止められている今、彼らを守るための政治的な防波堤を築き、次なる一手の布石を打つことこそが、総司令官であるコジマの責務なのだ。

 

それが不慣れなスーツ姿での政治的駆け引きであろうと、息の詰まる宇宙空間であろうと、彼がそれを放棄する理由はどこにもなかった。

 

「……まもなく、本機は月面都市フォン・ブラウンの宇宙港へ接岸いたします」

 

キャビン・アテンダントの滑らかなアナウンスと共に、窓の外の景色が大きく動いた。

クレーターだらけの荒涼とした灰色の月面。その一角に、巨大なドーム状の建造物と、無数の瞬く光の網の目が広がっている。

アポロ計画の月面着陸地点に建設され、今や地球圏の経済と産業の中心地とも言える巨大複合都市――フォン・ブラウン市であった。

 

シャトルが宇宙港のゲートに接岸し、人工重力ブロックの通路へと足を踏み出す。

民間人やビジネスマンが行き交うターミナルを抜け、厳重なセキュリティゲートをくぐった先にあるVIP専用のレセプションルーム。

 

そこに、コジマを待つ一人の人物の姿があった。

 

「遠路はるばる、よくお越しいただいた。コジマ准将。……月面へようこそ」

 

恰幅の良い体に、仕立ての素晴らしいスーツを隙なく着こなし、知性と威厳を兼ね備えた初老の男。

地球連邦軍准将でありながら、連邦議会に太いパイプを持ち、宇宙軍の重鎮として君臨する男――ブレックス・フォーラであった。

 

「お出迎え、恐縮の極みです。ブレックス准将」

 

コジマが歩み寄り、差し出された右手を固く握り返す。

ブレックスの握力は、軍人としての確かな力強さと、政治家としての抜け目なさを同時に感じさせるものだった。

 

「いやいや、地球の重力からわざわざ月までご足労いただいたのだ。これくらいの歓迎は当然だろう。……それに、君の部隊の最近の活躍ぶりは、この月面までしっかりと轟いているからね」

 

ブレックスは柔和な笑みを浮かべ、コジマの肩を軽く叩いた。

温厚で、話の通じる理知的な将官。表向きのブレックス・フォーラは、間違いなくそのような人物である。ティターンズのような傲慢さも、ジャミトフのような底知れぬ冷酷さも、彼の表面からは微塵も感じられない。

 

だが。

 

コジマの背筋には、その笑顔とは裏腹に、氷の刃を当てられたかのような冷たい緊張感が走っていた。

コジマは、握手を交わしながらも、ブレックスの背後――レセプションルームの控室や、通路の端に控えている数人の「背広組」の男たちに、鋭い視線を向けていた。

 

彼らは軍の人間ではない。軍人特有の規律正しい身のこなしではなく、莫大な富と権力を動かしているエリート特有の、傲慢なほどの余裕を漂わせている。

 

(……やはり、か)

 

コジマの額を、ツーッと嫌な汗が流れ落ちた。

ここがどこであるか。それを考えれば、ブレックスの歓待が単なる軍の先輩後輩の親睦などではないことは、火を見るよりも明らかであった。

 

月面都市フォン・ブラウン。

 

ここは事実上、地球圏最大の軍産複合体である『アナハイム・エレクトロニクス社』の私有地(本陣)である。

 

連邦の電子機器や兵器の開発生産を行い、曰くスプーンから宇宙船艦までをもっとうに手がけている、莫大な資金力で政財界を裏から牛耳る「死の商人」。

 

そして何より、彼らは先の『デラーズ紛争』において、地球連邦という正規の顧客を持ちながら、裏ではジオンの残党軍に対して大量の武器や物資、果てはモビルスーツのパーツまで横流ししていたという、底知れぬ暗部を持つ企業なのだ。

 

そのアナハイム社の総本山で、彼らの息がかかった社員たちを背後に従え、コジマを出迎えているブレックス・フォーラ准将。

彼が今、この月面で何を企てているのか。

 

連邦軍内部で、ティターンズの独裁に対抗するための新たな抵抗組織『エゥーゴ(反地球連邦政府組織)』の結成に動いているという噂は、コジマの耳にも届いていた。

 

(この男は……アナハイムという巨大な怪物の『財布』を握りながら、連邦そのものを内側から二分する気だ)

 

コジマは、ワイシャツの襟元が嫌な汗で張り付くのを感じた。

ブレックスがわざわざ自分をこの月に呼んだ理由。それは明白だ。

 

極東のムラサメ研究所を独断で強襲し、見事にティターンズに一泡吹かせた「クレール・ルクス」という実力行使部隊。

さらに、その中心には「白い悪魔」ことアムロ・レイがいる。

ブレックスとアナハイムは、自らが立ち上げる反乱軍の最強の「剣」として、あるいはティターンズへの強力な「牽制の駒」として、C・Lを丸ごと取り込もうとしているのだ。

 

「……さあ、立ち話もなんだ。私室を用意してある。長旅の疲れを癒やす極上の酒もね」

 

「お気遣い、感謝いたします」

 

ブレックスの案内に従い、コジマは歩き出した。

周囲の背広組たちが、値踏みするようにコジマを見つめている。まるで、市場に並んだ新しい商品の価値を品定めするような、不快極まりない視線。

 

地球の泥濘を這いずり回ってきた実直な軍人であるコジマにとって、このフォン・ブラウンの空気は、血生臭い最前線よりも遥かに息苦しかった。

 

右を向けば、ジャミトフとバスクが率いるティターンズという狂信的な暴力。

 

左を向けば、ブレックスとアナハイムが結託して作り上げようとしている、底知れぬ底意を持った反乱軍。

 

その巨大なすり鉢の底で、コジマはアムロたちを守り、連邦の良心を維持し続けなければならない。

 

(……アムロ大尉。ブライト大佐。君たちの見ている世界は、ひどく過酷で、そして薄汚れているな……)

 

コジマ准将は、ネクタイを強く締め直し、気丈に胸を張って、巨大企業の陰謀が渦巻く月面の深部へと、一人足を踏み入れていった。

 

 

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