第1話『セナ・ヒビキ。私の娘です』
第二次世界大戦以降、ギリギリの所で平和を保ってきた世界は、石油資源の枯渇、環境汚染の深刻化による不況を切っ掛けとして、一気に緊張状態へと突入した。
諸国家は、これから始まる最終戦争へ備える為か、いくつかの勢力に分かれ、排他的経済ブロックを作りながら地球を分断してゆく。
そして、ほんの些細な事件を切っ掛けとして一気に最終戦争へと足を踏み入れたのだった。
後に再構築戦争と呼ばれる様になった第三次世界大戦は、多くの死傷者をだし、世界の終わりを人々に予見させたが、中央アジア戦線で使用された核兵器を切っ掛けとして、徐々に世界中で戦争終結の機運が高まってゆき、九年後、戦争は終結を迎える事となる。
この時の核を、人類が使用した最後の核兵器として歴史に刻むため、国際連合は『最後の核』を使用した日を元年として統一暦(
それと同時に、『宇宙開発計画遂行』が宣言され、人類は徐々に宇宙へと活動拠点を広げていった。
宣言により加速した宇宙開発は凍結していた宇宙開発をいくつも推し進め、宇宙に新たなる拠点がいくつも生まれてゆく。
そして、人類が大いなる未来に夢を見ながら、進んでいた
後に『ジョージ・グレンの告白』と呼ばれるこの事件は、再構築戦争から安定していた世界を大きく揺らす事になる。
彼は、自らが設計した宇宙船の中で、片道7年に渡る宇宙の旅へと飛び立とうというその時に、全世界へ一つのメッセージを送った。
「僕は、僕の秘密を今明かそう」
「僕は、人の自然そのままに、ナチュラルにこの世界に生まれ者ではない」
「僕は受精卵の段階で、人為的な遺伝子操作を受けて生まれたもの」
「自分は自然に生まれた者達より、多くの力を持てる肉体と、多くの知識を得られる頭脳を持っている」
「自分をこのような人間にした人物はこう言っていた」
「我々人には、まだまだ可能性がある。それを最大限に引き出すことができれば、我等の行く道は、果てしなく広がるだろう」
「今この宇宙空間から地球を見ながら、僕は改めて思う」
「僕はこの母なる星と、未知の闇が広がる広大な宇宙との架け橋。そして、人の今と未来の間に立つ者。調整者」
「コーディネイター」
「このようにあるものなのだと……」
彼は自分の様な遺伝子の段階で調整された人間を生み出す術を世界中のネットワークに送信し、こう言い残した。
「僕に続いてくれる者が居てくれることを、切に願う」と。
しかし、彼の願いを受け止める事が出来るほど人類は成熟していなかった。
故に『ジョージ・グレンの告白』を切っ掛けとして世界は激しい混乱の中に叩き込まれた。
特に宗教界と自然環境保護を訴える圧力団体『ブルー・コスモス』の反発は凄まじく、強く激しくコーディネイター技術を批判し、遂には『人類の遺伝子改変に関する議定書』を採択させるまでに至った。
要するに、コーディネーターを作る事が違法となったのだ。
しかし、どの様な法律で縛ろうとも、欲望のままに突き進む者たちはいる。
一部の富裕層の中には極秘裏に我が子をコーディネイター化する者もいた。
この頃より、極秘裏にコーディネイター生成している病院等がテロに遭う事件が増え始めており、世界は段々とコーディネーターと反コーディネーター派によって二分していく事になるのだった。
地球圏に新たなる衝撃が走った。
木星へと旅立ったジョージ・グレンが新たなる可能性を地球圏に持ち帰ったのだ。
『
それは羽の生えたクジラの様な姿をした化石であった。
そして、人類以外の生命が宇宙に存在するという証拠でもあった。
この化石を詳細に調査した結果、「偽物である可能性は全く発見できず」また「クジラレベル、あるいはそれ以上の知性を持っていた可能性が高い」と発表され、宗教界はその権威を失墜させてしまう。
これにより、もはや誰も世界の動きを抑える事が出来なくなり、『第一次コーディネイターブーム』が到来する。
以降、激化する宇宙開発とコーディネーター増加に、世界はブレーキの壊れた車の様に暗闇の中を迷走し始めてしまうのだった。
極秘裏に創られた第一世代のコーディネイターが成長し、学術・芸術・スポーツなど各方面で活躍し始めた。
これにより、コーディネーターと非コーディネーターの能力差が歴然となり始め、再び批判勢力が強く力をつけ始める。
また、決定的であったのは第一世代コーディネイター同士の婚姻による、純系第二世代コーディネイターの誕生であろう。
コーディネーター同士の子であれば、能力が継承される。
この事実が世界中に広まったことで、コーディネーターと非コーディネーターの溝は更に深まってゆく事になり、過激な組織は地下で結束して、より過激な活動を開始する事となっていった。
コーディネイターの人口は推定で一千万人を突破した。
彼らはプラントと呼ばれる天秤型コロニーで生活をしながら、勢力の拡大を続けていた。
この頃には「プラントで作れないものはない」とすら言われていたが、プラントを管理する理事国により、食料、特に穀物の生産は厳重に禁じられ、ほぼ100%を地上からの輸入に頼るという状況であった。
さらに、反コーディネイターを訴える組織によるテロ事件が増加。
自治権がなく、非武装が徹底されているプラント側には対抗手段がなく、コーディネイターの間には不満が次第に高まってゆくのだった。
世界では、S型インフルエンザが変異し、従来のワクチンを無効化したS2型インフルエンザが流行したが、コーディネーターはこれらの病気にはならず、非コーディネーターの反コーディネーター感情は爆発。
S2型は、コーディネイターによるジョージ・グレン暗殺の報復行為、さらには非コーディネーター殲滅作戦であるという噂が一斉を風靡してゆく事になるのだった。
ここにきて、コーディネーターと非コーディネーター……後にナチュラルと呼ばれる種族との対立は決定的な物となった。
そんな
L4宙域に存在するコロニー・メンデルにて一つの事件が起こった。
GARMR&Dの研究所が何者かによって襲撃され、多くの研究員が殺されたのだ。
「無事かい? ヴィア」
「えぇ。何とか」
コロニーの中で響き渡る銃声の中、物陰に隠れていた二人の男女は険しい顔をしたまま言葉を交わす。
金髪のオールバックに険しい顔つきをした男は、荒く息を吐きながら、すぐ隣に座る栗色の髪をした藤色の瞳の女性に視線を送った。
女性の着ている普段は汚れ一つない清潔な白衣は煙で薄く汚れており、男性の服には返り血と思われる血が付着していた。
女性は、腕の中で小さな赤子を大事に抱えながら男と赤子の無事に息を落とす。
「まさか、ここまでするとはね。それだけこの子が重要という事か」
「……そう、みたいね」
男性ユーレンと、女性ヴィアはヴィアの腕の中で静かに眠っている赤子へと視線を向ける。
激しい銃撃戦の中を抜けてきたというのに、赤子は静かな顔をして眠っていた。
「まったく。あの女を読み切れなかった自分が情けない。いや、何かあると考えてキラとカガリを先に逃がしたのが良かったか」
「そうね。ウズミ様と偶然会えて良かったわ。カリダにも連絡が取れたし。キラとカガリの事は任せても良さそう」
「しかし、私たちの子供達がオーブのお姫様か。君とよく似ていたし。将来は美人になるんだろうなぁ……はぁ、未練だ」
「ユーレン」
「なんだい?」
「生き残れば、見られるわ」
「そうだね。しかし、それも難しい。この状況ではね」
ユーレンは遠くで段々と静かになっていく銃声に目を細めた。
制圧作戦の最中に銃声が消えていく事など理由は一つだけだ。
生き残っている人間が減っているという事に他ならない。
そして、いずれ彼らが隠れている場所にも制圧部隊が来るという事でもあった。
「ところで、ヴィア。この子だが、どうやらこの子も君とよく似る様にコーディネートされている様だ。あの女らしい事だ。キラだって最初はブルーコスモスに情報を流して殺させるつもりだったのに、君に似ていると分かった途端に奪おうとしてきたくらいだからね」
「……」
「嬉しくないのかい?」
「嬉しいと思う?」
「私は嬉しいが」
「はぁ……分かったわよ。嬉しい嬉しい。はー。嬉しい」
状況にあっているのか、あっていないのか分かりにくい冗談を飛ばすユーレンに、ヴィアは投げやりに喜んで見せて、微妙な顔で笑う。
そんなヴィアに、ユーレンは穏やかな顔で微笑むと、そのまま抱き寄せた。
「この子を頼む。君が傍に居るのなら、きっとアイツが望む様な存在にはならない」
「ユーレン……!」
「大丈夫さ。怖い事は何もない。それに、もしもの時の準備はもう出来ているだろう? 君にその引き金を引かせてしまうのは申し訳ないが……」
「それは、いいわ。でも貴方、まるで死ぬつもりじゃない」
「優先順位の問題さ。二人で生き残る道を探すより、もっと良い道を選ぶ必要があるだろう? 世界の為に。私たちの子供たちの為に」
ユーレンが真っすぐにヴィアを見つめながら紡いだ言葉に、ヴィアはキュッと唇を噛みしめて、目を伏せる。
「今なら奴らも油断している。君が脱出艇で逃げる時間くらいは稼げるさ。連中には君も、その子も殺せないからね」
「……」
「じゃあ、後の事は頼んだよ。私が飛び出してから少しして、君も行くんだ!」
「待って! ユーレン!」
ユーレンは近くに置いてあった銃器を掴むと勢いよく物陰から外に飛び出して走り去っていった。
遠くでは再び銃声が激しく聞こえ始め、それが遠ざかってゆく。
それを確認して、ヴィアもまた立ち上がり、ユーレンが走り去った方向とは別の方向へ向けて走り始めた。
廊下を進んだ先には一つの小型シャトルがある。
ヴィアは急いでそれに乗り込むと、シャトルを動かしてコロニーから脱出するのだった。
緊急脱出用に用意されていたシャトルであったため、多少の操作でシャトルはメンデルから外へと飛び出した。
薄暗い宇宙へと滑るように飛び出したシャトルは、すぐにコロニー・メンデルを離れ、星々の海を泳ぎ始める。
どこへ向かうのか。
どこへ向かえば良いのか。
ヴィアは考えぬままただひたすらにシャトルを飛ばし続けるのだった。
そして、半日ほど宇宙空間をさ迷っていたヴィアは偶然近くを通りかかった宇宙船に見つかり、救助される事となった。
シャトルは巨大な宇宙船の格納庫に降り立ち、ヴィアは大きく息を吐いてから赤子を抱えてシャトルから外へと出た。
「ご無事ですか? お怪我は」
「はい。大丈夫です。助けて頂いてありがとうございます」
シャトルの入り口でヴィアが出てくるのを待っていたまだ若い青年は、無重力の中でふわりと栗色の長い髪を浮かせたヴィアに視線を奪われる。
しかし、すぐに自分の仕事を思い出し、シャトルを出る時の勢いで流されているヴィアの腕を捕まえて引き寄せるのだった。
より近づいて見えるヴィアの美しい顔立ちに青年は頬を染めながらも姿勢を正してヴィアに言葉を向ける。
「そ、それは良かったです。えと、コロニー・メンデルの方、ですよね?」
「はい」
「……そうでしたか」
「あの、メンデルは……?」
「残念ながら、我々が事件に気づいて向かった時には既に。おそらく生き残った方は……」
「……」
青年が目を伏せて首を振る姿にヴィアはただ一人生き残ったという事を悟り、唇を噛みしめながら目を閉じる。
溢れ出そうになる涙を堪えて。
そして、ヴィアはユーレンが指し示した未来へ進む為に、前を強い心で見つめた。
「あぁ、申し訳ございませんでした。お名前を伺ってもよろしいでしょうか。乗船名簿に記載しますので」
「はい。私はヴィア・ヒビキ。そして……」
ヴィアは自分の名を告げてから、一息置き、赤子を青年にも見える様に抱え直しながら再び口を開いた。
「セナ・ヒビキ。私の娘です」
当作品のあとがきは活動報告に残してゆきます。