ラクスが幼年学校でクラスメイトに挨拶をしている頃、ヤマト家には一人の客人が来ていた。
キラ達が幼年学校へ向かい、ヤマト夫妻が仕事へ向かっている昼間のヤマト家では来客は非常に珍しいモノであるのだが、客人はヴィアと会う為に来ていた為、人の居ない時間を狙っていたのだ。
ヴィアはラウに時間のかかる頼みごとをして、一人になってから客人を迎え入れる。
ラクスと非常に似た容姿をした、ラクスがそのまま大人になった様な姿をした女性を。
ラクスの母であるその女性を迎え入れたヴィアは、そのまま二人でリビングへ向かい、紅茶を二人分用意してから話を始める。
「久しぶりね。ヴィア」
「そうね。八年ぶりかしら。ジゼル」
「それくらいかしらね。年を取ると時間が過ぎるのもすぐね」
「本当にね。ついこの前、メンデルで研究をしていた様な気分だわ」
「でも、現実は予言に向かって突き進んでいる」
ジゼルが呟いた言葉に、ヴィアはため息を吐きながらカップに入った紅茶を見つめた。
「もう、どうしようもないのかしら」
「地球の方は分からない。けれど、プラントはもう動き始めてしまったわ」
「っ! まさか」
「そのまさかよ。すぐに戦争、とはならないでしょうけど……何かキッカケがあれば」
「開戦……。でも、いくらコーディネーターでも、プラントの国力で理事国と戦うのは難しいでしょう?」
「普通に戦うのなら、そうでしょうけど。手段を選ばなければいくらでも手はあるわ」
「まさか、核を使うつもり……!?」
「戦いが過激化すればその可能性もあるでしょうね」
「……!」
「それこそまさに、予言にあった世界の終焉だわ。私たちは確実に世界の終わりへ向けて歩み続けている」
「……結局私たちがしてきた事は、無意味だったのかしら」
「どうかしらね。人間なんてそんなものかもしれないわ」
「そんなもの?」
「えぇ。人は所詮、自分の手が届く範囲にしか影響を与えられないモノよ。世界を変えられるなんて思い上がりだわ」
「でも、貴女はアウラと一緒に、進化した人類の研究をしていたじゃない」
「それを言うなら、ユーレンだって同じでしょう? 最高のコーディネーターなんて言って」
「思い出させないでよ。そんな嫌な話……」
「アル・ダ・フラガのクローンを作ってまで研究を進めていたでしょ? あなた達の方がよっぽど暴走していたわ」
「あのね。言っておきますけど、私はあの人を止めようとしていたのよ。結局止められなかったから、同罪かもしれないけど」
ヴィアは責める様な言葉をジゼルに向けた後、紅茶を一口飲んでからさらにジゼルへと言葉を向けた。
強く責める様な口調で。
「ユーレンは確かに暴走していたかもしれないわ。でも人類の支配なんて考えて、暴走していたあなた達に比べればいくらかマシだわ。あの人はキラの幸せを純粋に願っていたもの。やり方は最悪だったかもしれないけど」
「なんのこと? 私は人類の支配なんて……」
「プロジェクトNT」
「っ!」
「私が知らないとでも思った? 貴女が研究の為に自分の子供を使っていたのも、私の子供を勝手に作って実験していたのも、全部知ってるわ」
「アウラから聞いたの?」
「違うわ。ユーレンと一緒に調べたの。ユーレンって気持ち悪いけど、アレで結構愛情強い人だから、私の保存していた凍結卵子の数が少ないって事に気づいてね。誰が盗んだのかってしつこく調べて、アウラと貴女の研究を見つけ出したって話。ホント、気持ち悪いけど」
「……まったく、ユーレンはいつも予想外の所から来るわね」
「それがユーレンの良い所でもあり、悪い所でもあると思うわ」
苦笑するジゼルに、ヴィアはやや怒りを滲ませながら、ジッと答えを求める様に強い視線を向ける。
そんなヴィアの視線に降参とジゼルは両手を上げながら、口を開いた。
「プロジェクトNTに私が参加していたのは事実。そこに嘘は無いわ」
「……」
「でも、娘を、ラクスを使った実験や研究なんて私は絶対にしないわ。私はあの子を愛しているもの」
「誤解をしていたのなら、申し訳ないわ。でも、それならどうして、貴女はラクスさんを特別な存在にしようとしたの」
ヴィアの伺う様な視線と言葉に、ジゼルは笑う。
自分は何も間違えたことはしていないのだと、誇る様な顔で。
「何故ラクスを特別な存在に? 決まっているじゃない。それこそがラクスの幸せだからよ」
「っ!」
そのジゼルが放った言葉に、ヴィアは眉間に強く皺を寄せながら、胸の奥から湧き上がる怒りを抑え込んだ。
しかし、頭の中では過去に行われたやり取りが思い出される。
『嘘つき! 返して! あの子を返して! もう一人の……!』
『私の子供だ! 最高の技術で、最高のコーディネイターとするんだ!』
『それは誰の為? 貴方の為!?』
『最高のコーディネイター……それがこの子の幸せなの!?』
『より良きものをと、人は常に進んできたんだ! それは、そこにこそ幸せがあるからだ!』
娘で狂気の実験へと突き進んでいった夫の凶行を思い出し、ヴィアは重い溜息と共に黒々とした感情を吐き出す。
家族には決して言えないが、彼女も非道な実験に協力していた研究者なのだ。
途中から、恐怖と倫理観により実験を否定したが、それでも罪は消えない。
彼女も多くの命を奪った人間の一人である。
だからこそ、ヴィアも、ユーレンも、キラとカガリを抱きしめた時、その命の熱を感じて正気に戻る事が出来た。
しかし、正気に戻ったからこそ、ヴィアはキラとカガリが生きるこの世界を護りたいと考えた。
例え、何を敵にしたとしても……。
「貴女は結局同じだわ。アウラと何も変わらない。かつてのユーレンと同じ!」
「貴女だって同じでしょう? 私をいくら否定しても、過去は変わらないわ」
「それは!」
「それに! ラクスがどんな存在であろうと、貴女には関係のない事よ。この世界はあの子が望んだ様に応える。あの子こそが、世界なのよ」
「狂ってるわ」
「どこが。たった一人の愛娘が幸せに生きて欲しいと、ただそう言っているだけよ。この世界が滅びるとしても、あの子はそれを止められる! それが私の予言に対する答えであり、プロジェクトNTを利用した理由よ。あの子はきっと『
自信に満ちた笑顔でヴィアに放った言葉に、ヴィアはビクッと震えた。
その言葉は、かつてコロニー・メンデルに現れた『ある物』がヴィア達に伝えた言葉であるからだ。
「ねぇ。ヴィア。覚えている? プロジェクトNTが始まる原因となった、あの機械。そして、私たちが見た未来の
「どう、って」
「ラクスが言っていたの。私が病気になって死んでしまう夢を見たから、病院で検査した方が良いって」
「それで……」
「当たっていたわ。検査が遅れていたら、私はきっと今ここには居なかった。これが答えよ。ヴィア。あの子には未来が見える」
「だとしても、ラクスさん一人では完結出来ない。そうでしょう? 同じ因子は『三人の子供』に与えられた」
「……そこまで調べていたのね。という事は、消えた一人は貴女が連れて行ったって事かしら」
「えぇ。あの子は……セナは私が引き取ったわ」
「ふぅん」
興奮しながら言葉を発していたジゼルは、小さく息を吐くとカップを手に取って紅茶を一口飲む。
それでさらに落ち着いたのか、冷静な顔でヴィアを見据えた。
「それで、どうするつもりかしら。ラクスの邪魔をする?」
「もし、ラクスさんが暴走するのなら、そうするわ。娘たちが生きる世界の、邪魔はさせない」
「ふっ。そんな事言って、もしそのセナって子が暴走したらどうするつもり? まさか自分の子供は可愛いなんて……」
「殺すわ」
「なっ!? 」
「ユーレンとも約束したの。もしもの時は私があの子を止めるって」
「それで、良いの? あなたにそれが、出来る?」
「出来るわ。いつでも出来る様に、私は覚悟をして、生きてきた」
「……」
「でもね。たまに思うのよ。こんな風に思い続ける様な女と一緒にいる事があの子の幸せなのかって」
「……ヴィア」
「あの子は、もしかしたら。生まれてくるべきじゃ……なかったのかもしれないわね」
自分でも気づいていないのだろう。
ヴィアは酷く冷たい顔をしながらも、一筋の涙を流した。
ジゼルはヴィアを見て、何も言う事が出来ずそのまま黙り込んでしまう。
そして、二人の間には静かな時間が流れて行った。
そんなリビングの様子を外から静かに聞いていた男、ラウは驚愕に顔を歪めたままリビングへ繋がる扉から離れ、玄関の方へと向かった。
ヴィアからの頼まれごとは受けたが、会うべき相手が月に居ない事に気づき、途中で戻って来たラウは、ジゼルとヴィアの話をほぼ最初から聞いていたのだ。
自らの始まりともいえる男、アル・ダ・フラガの名前。
そして、ヴィアとジゼルの間で語られる狂気の話。
何よりも。
「セナを、愛していたのでは無いのか? 愛した相手を、なぜ容易く殺せる? どうして、この世界は……っ!」
フラフラと歩きながら、家の近くにある公園のベンチに座り、頭を抱えた。
苦悩と、嘆きが全身から溢れる。
ラウは長く幸せな時間を生きてきた。
しかし、始まりは虚無に近い暗闇の中にあった。
一人の男の身勝手な欲望により、人生を歪まされ、怒りと絶望の中にあったのだ。
それが、たった一人の少女に救われた。
絶望の世界からすくい上げられた。
しかし、彼女が生きている事は間違いだという。
ならば、自分がこうして今ここに生きている事も間違いではないか。
ラウは自問自答しながら、深くため息を吐いた。
「ラウ兄さん」
「っ! ……セナ、か」
「はい。どうしたんですか? どこか気分でも悪いのでしょうか」
「いや、違うんだ。ただ、私は……」
「……?」
公園で一人俯いているラウに向かってセナは駆け寄り、目の前で心配そうな顔で微笑む。
無邪気に微笑みを浮かべるセナを見て、ラウはセナを抱き寄せた。
そして、強く強く抱きしめる。
「わ、ど……どうしたんですか?」
「すまない。少しだけ、こうさせてくれ」
辛そうな声で、そう囁くラウに、セナは「分かりました」と呟くと微笑みを浮かべたままラウの頭を静かに撫でるのだった。