朽ち果てて、既に稼働していないコロニーメンデルで、ムウとカナードはクルーゼに誘われるまま、最深部へ向けて進んでいた。
本能はここに近づくべきじゃないと叫んでいたが、二人に逃げるという選択肢はない。
クルーゼとの因縁が。
クルーゼの語る言葉への興味が。
二人の足を前に進ませているのだ。
「ここは禁断の聖域。神を気取った愚か者達の夢の跡。カナード。君は自分がどの様にして生まれたか。知っているのかな?」
「どの様に……って、知らねぇよ! 親なんか、気が付いた時には居なかったんだ!」
「まぁ、そうだろうな。地球連合もあえて君に伝える事は無かった……そして、私もな」
「俺がなんだって言うんだ!」
「最高のコーディネーター。それを作る為に生み出された幾多の失敗作。それがカナード君。そうでしょ? ラウ兄さん」
「っ!? キラ!」
「嬢ちゃん!? なんでここに!」
ぶかぶかの白いシャツを着て、かろうじて体を隠しながら裸足にスリッパを履いた少女、キラは気怠そうな顔で語る。
この狂気に満ちた場所で行われていた研究を。
「最高の……は? なんだよ。それ……」
「さぁ。なんだろうね。僕にもよく分からないよ。でも……それが彼らにとっては大事な事だったんだと思うよ」
「……知っていたのか。キラ」
「うん。ラウ兄さんと、ヴィアさんが居なくなって……どこに行ったか気になってパソコンを調べたんだ。そしたら……って感じ」
「そうか。迂闊だったな。私も」
「でも……まさかラウ兄さんがZAFTで兵隊をやってたなんて、知らなかったな」
キラは疲労を滲ませながらも、ジッと机の陰に隠れたクルーゼを見つめる。
しかし、クルーゼからの返答は無かった。
「兄さん。また一緒に、暮らそうよ。僕、オーブのお姫様だから。すっごい大きな家を買えるんだ。前に、みんなで住みたいねって話した海が見える家にだって……住めるんだよ?」
「悪いが……私はもう、キラと共に行く事は出来ないんだ」
「どうして……!」
「私にはもう時間が無いのだ」
「クルーゼ!!」
「っ!?」
キラと話をしている隙を突いて、ムウは隠れていたソファーから飛び出してクルーゼに向かって銃を放つ。
だが、クルーゼは驚異的な反射神経でその銃撃をかわし、逆にムウの腕をかすめる様に銃を放つのだった。
「ムウさん! ラウ兄さん!」
「キラ……! 君が知った情報は、私が集めていた物だけだろう……ならば、ここで行われていた狂気を知らぬ筈だ」
「……狂気?」
「そう。最高のコーディネーターという人類の夢を叶える為に! 奴らは幾多の犠牲を容認してきたのさ!」
「でも、それは……!」
「PCに残っていたデータなど一部に過ぎん。周りを見てみれば良い。生まれる事すら出来なかった命は……! 奴らにとって失敗作ですらない!」
「……まさか」
キラは驚愕に満ちた顔で周囲を見渡す。
確かにパソコンに残されたデータでは、失敗作の子供達は養子に出したり、施設に預けたりと、冷たい扱いはされていたが、確かに生きていた。
しかし……この場所に居る命は……。
「生まれる事すら出来ず! その命を奪われた者達がどれだけ居たと思う!?」
「……!」
「完璧なコーディネーターを生み出す為に必要な人工子宮! そんな狂気の産物を生み出す為に、どれだけの命が踏みにじられてきたと思う!?」
キラはもはや言葉もなく、口をパクパクとさせていた。
そして、突如として生まれた気持ち悪さに口を抑えて蹲ってしまった。
「嬢ちゃん!? おい! 大丈夫か!?」
「人類最初のコーディネイター、ジョージ・グレン! 奴のもたらした混乱は、その後どこまでその闇を広げたと思う!? あれから人は、一体何を始めてしまったか知っているか!?」
キラに流れ込んでくるのは、この場所に刻みつけられた多くの者たちの願い、欲望……そして狂気。
『目はブルーがいいな、髪はブロンドで……』
『子供には才能を受け継がせたいんだ』
『優れた能力は子供への未来の贈り物ですよ』
「高い金を出して買った夢だ。誰だって叶えたい。誰だって壊したくはなかろう!」
『流産しただと!? 何をやってたんだ! せっかく高い金をかけて遺伝子操作したものを!』
『妊娠中の栄養摂取は特に気を付けて下さい。日々の過ごし方もこの指示通りに……』
『完全な保証など出来ませんよ。母胎は生身なんですし、それは当然胎児の生育状況にも影響しますよ……』
「うっ……!」
『こんな役立たずを生んでどうしようと言うんだ!』
『コレも駄目だったか。次の子供はうまく出来ると良いんだが』
『目の色が違うわ!』
「だから挑むのか!それが夢と望まれて、叶えるために!」
クルーゼとキラは全く同じ光景を視ながら意識を共有する。
この場所に刻まれた狂気が生み出した世界の闇を。
『最大の不確定要素は、妊娠中の母胎なんだ……。それさえ解消できれば……』
『3号機、エマージェンシーです』
『くそ……濾過装置のパワーを上げろ!』
『心拍数上昇、血圧200を超えます』
『もう止めて! あれは物ではない! 命なのよ!?』
「……ヴィアさん」
「彼女も同罪さ。キラ。こんな事になるとは思わなかった。そんな言葉には何の意味も無い。奪われた多くの命を前に! ただ自分の目を逸らしたかっただけだ!」
「知りたがり、欲しがり!」
「っ!」
「やがてそれが何の為だったかも忘れ、命を大事と言いながら弄び殺し合う!」
クルーゼは叫びながらキラに訴えた。
この様な世界に希望を持つことは無意味なのだと。
人はこれほどまでに愚かなのだと。
「これが世界だよ。キラ!」
「ほざくな!」
ムウは頭を抱えながらうずくまるキラを助ける為に銃を乱射しながらクルーゼに叫ぶが、クルーゼは何も止まらずムウに数発撃ち返して言葉を続けるだけだ。
「何を知ったとて! 何を手にしたとて変わらない! 身勝手で! 愚かで! 下らぬ者たちだ! この様な連中を救う価値はない! ならば! 私が裁きを与えてやろうというのだ!」
「何を! 貴様如きが偉そうに!」
「私にはあるのだよ! この宇宙でただ一人! 全ての人類を裁く権利がな!」
「ふざけるな! この野郎!」
叫び合うムウとクルーゼに共感して、この地に眠る彼らに繋がる光景を、世界はキラに見せつける。
『クローンは違法です!』
『法など変わる。所詮は人が定めたものだ』
『しかし……』
『苦労の末、手にした技術、使わんでどうする。欲しいのだろ?研究資金が』
「ま、まさか……! ラウ兄さん?」
「覚えてないかな? ムウ。私と君は遠い過去、まだ戦場で出会う前、一度だけ会ったことがある」
「なんだと!? いや……お前は、まさか……!」
「ふっふっふ。思い出したか。そう! 私は、己の死すら、金で買えると思い上がった愚か者、貴様の父、アル・ダ・フラガの出来損ないのクローンなのだよ。ムウ」
「親父のクローンだと!? そんなおとぎ話、誰が信じるか!」
「私も信じたくはないがな。だが残念なことに事実でね!」
クルーゼは叫びながらもキラの様子を確認し、キラの方へ走る準備をする。
ここへ来たのもキラをプラントへ連れて行く為だ。
これから始まる最終戦争にキラを巻き込まぬ為に。
「間もなく最後の扉が開く! 私が開く! そしてこの世界は終わる! この果てしなき欲望の世界は!」
「そんな……ことは……」
必死にクルーゼに手を伸ばすキラに向かって、クルーゼは走り出そうとした。
そのままキラを抱きかかえて走ろうと……。
しかし、一人の少女の声が聞こえた事で動きを止めてしまった。
クルーゼだけではない。
ムウも、カナードも……キラもまたその少女の姿に目を見開きながら、動きを止めた。
「その様な事は私達がさせません。戦争は私達が止めます」
「「セナ!?」」
「そして、お姉ちゃんを連れて行く事も……させません。お姉ちゃんには自由の翼が必要なんです」
セナは真っすぐに銃をクルーゼに向かって構えた。
その姿は以前のセナとは大きく違う物で……虹色の輝く虹彩もまた、以前とは大きく違う物だった。
まるで人ではない何かに変じてしまった様なセナに、誰もが息を飲むが、メンデル全体を揺らす様な衝撃にクルーゼは自分を取り戻した。
「まだ戦い続けるつもりか!? もはや世界は止まらないというのに!」
「それでも……今、ここでプラントへ連れて行っても、結果は同じです。お姉ちゃんはきっと、戦争を止めようとします」
「……!」
「なら、フリーダムに乗っている方が安全だと思いませんか? フリーダムなら、誰もお姉ちゃんを害する事は出来ない」
「……良いだろう! どのみち早いか遅いかの差でしかない……!」
「……ラウ……兄さん」
「もはや止める術はない! この宇宙を覆う憎しみの渦はな!」
クルーゼは叫ぶだけ叫び、走り去っていった。
それを確認し、セナはふぅと安堵の息を吐きながら銃を腰のホルスターにしまう。
そして、キラの元へ駆け寄ってその背中を撫でた。
「大丈夫ですか? お姉ちゃん」
「う、うん……僕は、なんとか」
「それは良かった。ではエターナルへ。ラウ兄さんが戦闘を仕掛けてきます。お姉ちゃん達は急いでここから脱出してください」
「セナは!? どうするの?」
「私は……まだ、お話をしないといけない人が居ますから」
「お話……?」
「えぇ。そうですよね? 私とお話がしたいのでしょう?」
セナはセナが来た方とは別の方。
暗闇に閉ざされた廊下に向かって声を投げた。
そして、その言葉に反応して、仮面を付けた男が一人、姿を現す。
「あぁ。そうだな。君とは少し話をしなければいけないだろう」
「はい」
静かに見つめ合う二人であったが、またメンデル全体が揺れる様な衝撃があり、セナは僅かにふらつく。
「セナ!」
「私は大丈夫ですから。ムウさん。お姉ちゃんをお願いします」
「セナの嬢ちゃんは!?」
「私は大丈夫です。自分の機体もありますから。イザとなれば脱出します。それよりも。キラお姉ちゃんとカナードさんを」
「……わかった!」
ムウはキラを抱き上げると、まだ半ば放心状態であったカナードに声を掛け、共に走る。
「ま、待ってください! セナが! セナがまだ!」
「嬢ちゃんはキラよりしっかりしてるから大丈夫だ! 今は逃げる事に集中しろ!」
「でも……! でも!」
「良いから! ここが崩れたら俺たちは終わりなんだ! 分かってくれ!」
「……っ!」
涙を滲ませながらセナに手を伸ばすキラを押さえ込んで、ムウはひたすらに激しい振動を繰り返すメンデルの中を走るのだった。
そして、三人の姿が見えなくなったのを確認してからセナは仮面の男に向かって微笑んだ。
「はじめまして。と言うべきでしょうか。ユーレン・ヒビキさん」
「いや、君とは幼い頃に一度会った事があるから、『はじめまして』では無いのだが……まぁ、君と話すのは初めてだからな。『はじめまして』で良いだろう」
「はい。それで、私にお話しとはなんでしょうか?」
「あぁ、いや。それほど大した話では無いんだ」
「はい」
メンデル仮面は右手を上げ、銃を構えた小型のロボットを数体呼び寄せる。
そして、銃口を全てセナに向けたまま笑う。
「確か、アウラの奴が付けた名前は『クリスタ』だったか? 君の中に居るんだろう? そいつは今、何をしている?」
「……」
「返答次第では君を撃つ。悪いが私はヴィアの様に甘くは無いんだ。君への情は無いよ。世界の為なら、容易くこの引き金を引こう。それに、私を操ろうとしても無駄だ、私が死んだ瞬間に、ロボットは君を撃つ。私が違和感を感じても、君を撃つ。さぁ……返事を聞こうか」
セナは笑みを作りながらユーレンに向かって口を開いた。