キラやセナの確保に失敗したアズラエルは一度月基地へと戻り、現在の作戦状況について確認した。
薄暗い地下の会議室の、水槽の光とパソコンの灯りだけが部屋を照らしている中、アズラエルは『言い訳』をグダグダと並べている者達を見て、溜息を零す。
「先ほどから聞いていれば、何を和平だ。停戦だと。もうその様な状況では無いでしょう。あなた方は何を言っているんですか? 地球から連中を追い払ったんだ。後はプラントを討つだけでしょう?」
「しかし……核で総攻撃というのはな……」
「それよりも、キラ様やセナ様と共に和平への道を作る方が良いのではないか?」
「何を仰ってるんですか皆さん、この期に及んで。いつまた隕石が地上に落ちてくるか分からないんですよ?なら戦って勝つしか無いでしょう! そして、撃たなきゃ勝てないでしょうがこの戦争。敵はコーディネーターなんですよ? 徹底的にやらなきゃ」
「しかし、我々は地球周辺の宙域を取り戻した。同じ様な事は……!」
「では新星が落ちてきたらどうするつもりなんですか? あの質量が地上へ向かった場合。あなた方はどうするおつもりで?」
「それは……確かにボアズクラスの隕石が落ちてきたら、防げんが……しかし、それでは地球は壊滅ではないか!」
「そうだ。その様な蛮行は世界が許しはしない!」
「そうやって許さないと叫ぶことが出来るのは生き残った者だけです。地球が無くなれば、後は月とコロニー群だけだ。その時になって連中におかしいと叫んだところで、潰されて終わりですよ」
「……!」
「しかし、キラ様とセナ様は」
「オーブでの映像は見せたでしょう! 連中は二人を洗脳し、自らの駒として使おうとしているんです。私がL4まで交渉に行った際も、ZAFTの妨害を受けました。今はまだ無事なようですが、それもいつまで持つか分からない」
「だが……そうであるならば、余計にキラ様達に申し訳が無いだろう。核ミサイル等と……」
この期に及んで、未だ弱腰の連合高官にアズラエルは深いため息を吐いて、テーブルを叩きながら訴える。
「核は持ってりゃ嬉しいただのコレクションじゃあない。強力な兵器なんですよ? 兵器は使わなきゃ。高い金かけて作ったのは使うためでしょ? さあ、さっさと撃って、さっさと終わらせて下さい。こんな戦争は! それとも? 皆さんは破滅がお望みですか?」
煽る様なアズラエルの言葉に、高官たちは皆、ため息を吐きながらアズラエルの要求に頷いた。
そして、即座に命令は月基地へと伝達し、作戦は実行される。
『エルビス作戦』開始。
地球連合軍は月基地へと秘密裏に部隊を集結させ、プラント本国への直接攻撃の準備を進めていた。
そして、その部隊には正規の軍人だけでなく、ブルーコスモスの私兵とも言うべき者たちも参加していた。
「第81独立機動群所属、ネオ・ロアノーク中佐。到着しました」
「あぁ。君がロアノーク中佐か。噂は聞いているよ。どの様な任務もやり遂げる優秀な男だと」
「いえ……与えられた任務はどれも容易い物ばかりでしたので」
「はっはっは! そうか。それは頼もしいな。では、君にはこれを任せたい」
「拝見させていただきます」
アズラエルは月基地に用意された執務室で、ネオ・ロアノークという黒い地球連合軍の制服を着た男に一つの命令書を手渡した。
ネオは頭から顔半分まで覆い隠す様な大きな仮面をつけたまま、命令書を上から下までじっくりと読む。
そして、全てを頭の中に入れてから、紙を下ろしアズラエルへと再び顔を向けた。
「何か、質問は?」
「一つ」
「聞こうか」
「キラ・ユラ・アスハ及びセナ・ユラ・アスハの確保とありますが……二名以外の人間がどの様な状態であっても問題はありませんか?」
「あぁ。構わない。必要のない人間だ。可能であれば全て消してくれ」
「承知いたしました」
ネオは表情の見えない仮面をつけたまま敬礼をし、アズラエルの指示に応える。
その様子に満足したアズラエルは最後に一つ言葉を付け加えて、ネオを任務に送り出した。
「では君に『特殊戦闘艦:ガーティ・ルー』を預ける。やり方は君に任せよう。プラントを消す前には、良い報告が聞きたいものだね」
「ハッ!」
そして、ネオはアズラエルの執務室を出てから、ズンズンと廊下を進み、頭の中で任務を達成する為に必要な要件を纏めてゆく。
何が必要で、どのようにすれば任務が達成できるか。
思考し、周囲に誰もいないエレベーターに乗ってから口元に笑みを作って呟いた。
「ようやく、ここまで来たか……!」
ネオはグッと手袋を付けた手を握りしめた。
昂る感情を抑え込む様に。
「おっと。いかんいかん。姫君は繊細だからな。扱いには気を付けねば……しかし、そうだな。姫君を迎えに行くのだ。騎士の礼くらいは学ぶべきかな」
「……ふふふ。セナ姫。貴女様の騎士が参りますよ。世界の全てからお守りいたしましょう。この私がね」
ネオは笑みを浮かべたままエレベーターを降り、与えられた宇宙艦を目指すのだった。
それから。
ネオだけでなく多くの者を月基地へ集め、遂に作戦は新しいステージへと移行した。
「明、一二00を期して、第六ならびに第七機動艦隊は、月周回軌道を離脱。プラント防衛要塞ボアズ、及びプラント本国への直接攻撃を開始する!」
地球連合軍は遂にZAFTの宇宙要塞ボアズへの進行を開始した。
これに際し、ZAFT及びプラント最高評議会は即座に反応し、コレの迎撃をボアズ司令部へと指示する。
『作戦コード、レッジオックワン。展開フォーメーションはシシリアン3。以後、指示はゴーメンガスト暗号によって伝達される。全機、ナチュラル共の細胞を真空にぶちまけてやれ』
しかし、もしかしたら全ては……既に遅かったのかもしれない。
未だプラントは、地球連合軍がまともな手段で戦争を行うと信じていたのだから。
「ザラ議長閣下!」
「狼狽えるな! 月艦隊のボアズ侵攻など想定外のことではなかろう! 全軍への招集は?」
「完了しております」
「報道管制!」
「ハッ! 既に」
「詳細を報告しろ」
「ハッ」
パトリック・ザラを始めとする最高評議会のザラ派と呼ばれる議員と、それに連なる軍関係の者たちが、ボアズから届く戦闘映像を見ながらこれより起こる戦闘を見つめる。
どの様な戦闘になるのか。
結果次第では動き方が大きく変わるのだから……。
そして、多くの者達に注目されながらも、地球連合軍と宇宙要塞ボアズとの戦闘は何らおかしな事もなく始まった。
「敵艦、左翼に展開」
「ムーア隊、チェリーニ隊より支援要請」
「砲火を左翼に展開させい! 支援にはネール隊を! 中央はどうなっているか!」
「アイザワ隊が防衛しております」
「ネール隊、発進は五番ゲート」
「フン。このボアズ、抜けるものなら抜いてみろ! 思い上がったナチュラル共め!」
「インディゴ13、マーク66、ブラボーに新たな機影」
「モビルスーツです。数3、クルーゼ隊より報告があった例の3機です」
「その後方、アークエンジェル級1、アガメムノン級4、距離500」
「いえ! 待って下さい……! なんだこれは……!?」
「どうした!?」
「それが……アークエンジェル級の後方に! 巨大な物体! モビルアーマー……? いえ、これは! モビルスーツです! おそらくはクルーゼ隊より報告のあった巨大モビルスーツかと思われます!」
「なんだと!?」
「距離450! こちらに向かってきます!」
「えぇい! 迎撃だ! 砲火を集中させろ!」
地球連合軍の中心部に現れた巨大なモビルスーツ『デストロイ』は人型の形態へと変形すると、両手、口、胸にある砲口から並みのモビルスーツを丸ごと巻き込む様な超高エネルギービーム砲をボアズへ向けて放った。
その瞬間、そのビームに巻き込まれた部隊は機体を誘爆させ、宇宙のゴミとなってゆく。
「おぉ! 良い威力だねぇ!」
「道は開いたようですな。ピースメーカー隊発進します」
「了解。フォビドゥン、レイダー、カラミティに護衛させよう」
「そうですな。作戦は慎重に行わねば」
「そうだね。害虫は徹底的に処理しなきゃ」
L4でアークエンジェルへと襲い掛かった黒いアークエンジェルこと『ドミニオン』では、艦長の席に座るウィリアム・サザーランド大佐とその隣に用意された席に座るアズラエルが笑みを浮かべたまま最悪の部隊を発進させた。
それは平和を作るという名の……核攻撃部隊である。
まぁ、コーディネーターを全て滅ぼした先に、彼らのとっての平和があるのだから間違いではないが。
ここまでキラやセナが積み上げてきた物を思えば、冒涜的な名でもあった。
『ピースメーカー隊、目標まであと400』
『安全装置解除! 信管、起動を確認』
『よぉし! くたばれ!
『青き清浄なる世界の為に!』
そして……!
ボアズへ向けて放たれた核ミサイルはその圧倒的な力によって、全てを光に飲み込みながら破壊していった。
モビルスーツも。
戦艦も、要塞も……そして人も。
かつて人が居たという痕跡すら残さず、全てを焼き尽くしてこの世から消し去ってしまうのだった。
その光景を……。
無数の核ミサイルが、宇宙要塞ボアズをただの石ころへと変えてしまった光景を見ていた者たちは地球連合軍の暴挙に震え、強く、激しい憎悪をその身に宿らせた。
「よもやとは思っていましたが……連中がキラ姫とセナ姫の残した物をこの様に使うとは……」
「だから、ニュートロン・ジャマー・キャンセラーなど許すべきでは無かったのだ……!」
「しかし、オーブとの関係を考えれば……!」
「もはや議論の余地は無い!!」
「っ! 議長閣下!」
「直ちに防衛戦を張れ!」
「ハッ!」
「これでハッキリとした。ナチュラル共との融和などあり得ん!!」
「しかし、このままではプラント本国も……!」
「クルーゼ!! ヤキン・ドゥーエへ上がる!」
「……! まさか!」
「ジェネシスを使うぞ!」
全てはクルーゼの思い描いた通り。
自分たちこそ正しき存在だと叫ぶナチュラルであろうが。
進化したと自称するコーディネーターであろうが。
変わらない。
話し合う言葉を持ちながら、繋ぎ合う手を持ちながら。
出てくる言葉は憎しみで、握られるのは相手の手では無く銃である。
世界は……遂に終末を見せ始めた。
クルーゼの思い描く理想の未来まで、あと……どのくらいか。
「ハッ!」
そのことに、クルーゼは仮面の下で笑みを浮かべながら嗤うのだった。
キラとセナを裏切った、世界へ。