第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦と呼ばれる戦いも終わり、プラント、地球連合の両陣営は停戦状態へと移行した。
現在、地球圏で争いは行われていない。
未だ残っている火種もあるが、今の地球圏は数年ぶりに静寂を取り戻していた。
そんな静かな世界で、終末戦争を止めた英雄こと、平和の姫『キラ・ユラ・アスハ』は多くの者に求められながらも、全てを振り切ってオーブのアカツキ島へと身を寄せていた。
今は戦争で負った多くの傷を、家族と共に癒している。
「キラお姉ちゃん」
「ん? あぁ、セナ。どうしたの?」
「カリダさんが、お姉ちゃんを呼んできて欲しいと」
「あぁ、もう夕ご飯か……そうだね。もう少ししたら行くよ」
砂浜に座り込み、夜空を彩る流星を見つめながら、キラは小さく息を吐いた。
既に季節は夏から秋へと移行しており、海風は少し寒いが、それでもキラはもう少しだけここで星をみていたかったのだ。
そんなキラの気持ちを受け取ったセナはキラの隣に座り、体をキラに預ける。
「セナ?」
「私も少しだけここで星を見ようかなと思いまして」
「ふふ。でもあんまり遅いとお母さんが怒っちゃうよ」
「その時は、お姉ちゃんと一緒に怒られます」
「うーん。セナが悪い子になっちゃったってみんなに怒られそうだ」
キラは苦笑しながらセナに少しだけ体重を預けた。
昔は同じくらいだった身長も、セナが月で撃たれた時から離れはじめ、今では大人と子供くらいの差がある。
セナの見た目はあの時から止まったままだ。
銃で撃たれ、死にかけた……あの時から。
「セナはさ。何かやりたい事ってないの?」
「やりたい事、ですか?」
「そ。世界は平和になった訳じゃない? これから、何かやりたい事は無いのかなって」
「私は……」
セナはキラの質問に目を伏せながら少し思考する。
そして、顔を上げて、夜空を見上げながら呟いた。
「まだ……迷ってます。キラお姉ちゃんは? どうしますか?」
キラはセナに質問を返され、少しばかり困ってしまった。
セナの姉であるキラは、いつでもセナから尊敬される姉でありたいと考えており、あまり間の抜けた所は見せたくないと考えていた。
しかし、不意に投げられた質問に、キラはうまい返答が思いつかず、仕方ないので考えながらしゃべる事にした。
「そうだね。僕もまだ迷ってる」
「キラお姉ちゃんも?」
「うん。戦争は終わったけどさ。アズラエルさんは見張ってないと心配だし。プラントも……パトリックおじ様とシーゲルおじ様が居なくなって、色々困ってるみたいだし。でも、オーブだって、ウズミ様が居なくなって、ボロボロだ。みんな困ってる」
「……そうですね」
「戦争が終わっても、急に何もかもが大丈夫になるわけじゃないんだなって、よく分かったよ」
ため息と共に漏らしたキラの弱音に、セナはそっと手を重ねた。
海風に長く当たり、冷たくなった手を小さな手で強く握りしめる。
「セナ?」
「なら、私は決めました」
キラの手を離し、パッと砂浜から立ち上がると、セナは数歩海の方へ向かって歩いて、くるりと振り返る。
柔らかいセナによく似合う白いワンピースがふわりと舞い上がって、夜空にセナという少女を鮮やかに彩った。
「私は地球に残ります。オーブと地球連合。両方を見守ります」
「そんな……大変だよ?」
「大丈夫です。私には
「それは凄いね」
「はい! ホープは凄いんです! だから……地上の事は私とホープに任せて。お姉ちゃんは宇宙へ。プラントにいるラクスさんの所へ行ってあげてください」
「セナ……!」
「キラお姉ちゃんは、もっと自分に正直に生きて下さい。自由に。キラお姉ちゃんの心のままに」
「でもさ。僕、一応オーブのお姫様だから、あんまり長くプラントに居ると問題なんじゃない?」
「大丈夫ですよ」
「うん?」
「キラお姉ちゃんは『キラ・ユラ・アスハ』ではなく、『キラ・ヤマト』としてプラントに行けば良いんですから」
「あー、そういえばそんな名前もあったなぁ」
セナにいわれ、キラは一時的に作った名前を思い出し、呆れた様な声を出した。
確かにその名前なら、いかにキラ姫様と同じ見た目の人間が居たとしても、別人だと言い張ることは可能だろう。
まぁ、バレバレではあるのだけれども。
「分かった。ありがとうセナ。まったく、姉想いの妹がいると困っちゃうな!」
「……私、お姉ちゃんを困らせちゃいましたか?」
「うん。そうだね!」
キラはパッと立ち上がると、波打ち際に立っているセナを強く抱きしめた。
そして、冗談の様に言葉を続ける。
「わぷっ!」
「セナが良い子過ぎて。無理してるんじゃないかなって心配になる。消えちゃうんじゃないかって、いつも不安なんだ」
「大丈夫ですよ。私はお姉ちゃんの傍に居ますから」
「そう言って、居なくなっちゃうのがセナだからさ。僕は心配なんだよ」
「……はい」
「お願いだから無理だけはしないでね。何かあったらすぐに連絡して。飛んでくるから」
「分かりました」
「返事だけは良いんだよなー。いつも」
キラは苦笑しながらセナを離した。
そして、見つめ合い、微笑み合う。
「セナ。今度無理したら許さないからね。きっと凄い怒るよ」
「それは怖いですね」
「そ。だからー。無理は絶対にしないこと。良いね?」
「はい……! 気を付けます!」
「よろしい。じゃ、ご飯を食べに行こうか!」
「はい」
キラはセナと手を繋いで、家に向かって歩いた。
戦争で失われた多くのモノが地球の引力に引かれて綺麗な光の線を描いている夜空の下で。
これからも続いていくであろう幸福を願い、共に歩く。
そして、セナと話をした翌日。
キラは早速カガリにセナと話した話をする事にした。
が、カガリの反応はキラの予想とは大きく違う物であった。
「駄目だ」
「えぇー!? ここは見送ってくれる流れじゃないの!?」
「そんな物はない。お前はオーブの姫だ。今、オーブは復興の最中である。この非常時にオーブを離れるだと? 駄目に決まっているだろう」
「そう言わずに。ほら、プラントの情勢だって気になるでしょ? 僕は気になるけどなぁー」
「ならん事も無いが、兎にも角にも今はオーブだ。違うのか? キラ・ユラ・アスハ!」
「そ、そう言われると困っちゃうけど……」
「良いじゃないですか。カガリお姉様。キラお姉ちゃんはずっと頑張ってたんですから。少しくらい」
「甘やかすんじゃない! だいたい私はまだ認めていないんだぞ! 付き合うにしてもオーブでだろ。同棲だってオーブで! こっちは姫だぞ! 姫!」
「でもラクスもプラントじゃお姫様みたいなモンだよ? それに今はシーゲルおじ様が居なくなった穴を埋めないといけないんだから」
「それだ! ソレ! オーブだってお父様が居なくなって大変なんだぞ! だというのに! なんでプラントばっかり優遇されるんだ! おかしいじゃないか! 私をもっとチヤホヤしろ!」
「チヤホヤして欲しいのなら、軍部の人たちを呼ぶけど? 好きなだけチヤホヤしてくれるよ」
「そうじゃなーい! 私はキラとセナに甘やかして貰いたいんだ! お姉様だぞ!」
「意味が分からないよ」
「とにかくー!! 私は許可しない! 許可しないったら許可しないからなー!!」
「はぁ……」
キラは意気消沈しながらカガリの執務室を出て……そのまま廊下を歩き、すぐにロンド・ギナ・サハクに捕まった。
そしてギナの執務室に引きずり込まれる。
「よく来たな。キラ」
「いや、よく来たなっていうか。来させられたというか」
「ほぅ。そんな口の利き方で良いのか? コレは何だと思う?」
「コレって……こ、これは!?」
キラはギナから渡された紙を受け取り、その中身をよく読んで、ギナと紙を交互に見つめる。
「『キラ・ヤマト』にプラントでの潜入工作を命じる! これは正式な決定である」
「え、で、でも。良いんですか? 現代表首長サマにさっき駄目って言われましたけど」
「フン。それについては問題ない。アスハ以外の家への根回しは終わっている。アレが何を叫ぼうが、反対者が一名のみではどうにもならん。所詮はまだお飾りの首長だからな」
「な、なるほど」
ギナは鼻を鳴らしながら、カガリをバカにするように言葉を並べてから一息ついて、先ほどまでとは違う真面目な顔になるとキラに向かって口を開く。
「キラ」
「はい?」
「先日アメノミハシラから報告があった。オペレーション・メテオの動きあり、とな」
「っ!? まさか! でも、今、プラントと地球連合は停戦状態ですよね!?」
「あぁ。まだ停戦は破られていない。だが……奇妙な動きがあるのも確かだ」
「奇妙な動きというのは……?」
「ザラ派と呼ばれる者達が、プラントを離れ、独自に活動をしているらしい」
「……! それで、僕に」
「そうだ。何が起ころうと、お前ならば問題は無いだろう。地上に部隊が降りて来る分にはこちらでも対処が出来るが、隕石はどうにも出来んからな。貴様が何とかしろ」
「分かりました。では、表向きはラクスと過ごす為にプラントへ来た。みたいな顔をして、裏では……という事ですね?」
「そういう事だ。向こうの特務隊とは既に話が付いている。機体は向こうで受領しろ」
「はい。では、キラ・ヤマト。頑張ります!」
キラはたどたどしい敬礼をギナに返しながら部屋から出て行った。
そして、翌日カガリが定例会議を行っている隙に、シャトルで宇宙へと……プラントへと向かうのだった。
会議が終わってからその事実を聞かされたカガリは激しく怒った。
怒りが現実に影響をもたらした場合、周囲の物は粉々に砕けてしまうだろうと思われるほどに激怒した。
そして、すぐにでも連れ戻そうとしたが、既にキラは宇宙の彼方であり、どうにもできない。
そこで、カガリは一つの妙案を思いつき、最近軍部に入隊したばかりの少年達を行政府に呼び出すのだった。
「えー、あー。失礼します! 何か用……でーありますかー?」
「我らに任務との事ですが」
「あぁ。今からお前たちにはプラントへ行って貰う」
「えぇー!? プラントぉー!? で、ありますか!」
「そうだ。先ほどキラが単身プラントへと向かった。キラの事だ。ただ遊びに行ったという事は無いだろう。おそらくはプラントで何かしらの異変が起きている可能性が高い」
「は、はぁ……なるほど。流石キラさんって事ですね」
「そう。流石は私の妹という事だ。しかし、キラ一人では対処が難しい事が起きる可能性もある。そこでお前たちにはオーブの難民を装い、プラントへと向かってもらう。というワケだ」
「はー。なるほど。承知いたしましたー!」
「しかし、我らで問題ないのでしょうか?」
「問題はない。お前たちは軍人としてはまだ未熟だし。プラントもまさかお前たちがスパイだとは思うまい」
「はぁー!? 最近の俺の撃墜スコア見てないんっすか!? モビルスーツパイロットの中じゃあ、中々……」
「だが、俺にはまだ勝ててないだろう?」
シンの言葉を遮って、奥の扉から部屋に入って来た男にシンはギラっと強い目を向ける。
今日という日まで、これでもかと自分達を痛めつけた存在だからだ。
まぁ、一応訓練という名目ではあった訳だが。
「っ!? お、お前! アスラン!」
「上官に対して呼び捨てか? シン」
「くっ……! い、一佐……殿!」
「カガリ。本当に大丈夫か? こいつ等で。俺が行った方が良いんじゃないか?」
「はぁー!? アンタより、俺たちの方が上手くやるよ!」
「そういう言葉は、俺に一度でも勝ってから言うんだな」
「ぐーぎぎぎ! がるるる」
「はぁ……まったく。軍人としての教育もまだまだだぞ」
「だとしても、だ。疑われる心配は少ない方が良い。お前はプラントじゃ有名人だろ?」
「それは、まぁ……そうだが。シン。レイ。出来るか?」
「勿論です!! 任せて下さい!」
「危ない所は俺がフォローします」
「まぁ、レイが居るなら安心か。では任せた」
「はい!」
「ハッ!」
「そうだ。トダカ一佐にもしっかり挨拶しておけよ。部隊を離れるんだからな」
「アンタに言われなくても分かってるよ!」
「では、失礼します!」
最後まで噛みつきながら、出て行ったシンにアスランは頭を抱えるが、カガリは苦笑しながらアスランの背を叩き、若いんだよ。と言葉を残した。
それから。
カガリの執務室を出たシン達は同じパイロット仲間やトダカ一佐に任務でオーブを離れる事を告げ、別れの挨拶をする。
「そうか。カガリ様の特命であれば仕方ないな。急に優秀なパイロットを二人も失うのは痛いが」
「ト、トダカ一佐ぁー!」
「泣くな泣くな! 戦争が起こるわけじゃない。また会えるさ。お前たちは強い。何が起きても大丈夫だ」
「……はい!」
「二人が帰るまで、オーブは俺たちが守ってやる。安心して行って来い」
「分かりました!」
「ありがとうございます!」
「あぁ。元気でな」
「シン・アスカ!」
「レイ・ザ・バレル!」
「「行ってまいります!」」
シンとレイは仲間たちに別れを告げ、遠くプラントへ向けて旅立った。
まだ静寂の中に居る世界で、彼らは新しい場所へと向かう。