ラクスが月の幼年学校へ来た日。
キラはラクスと友人になり。
アスランは、ラクスと微妙な関係になった。
しかし、それはそれとして、ラクスの歓迎会をやろうという事でキラは自宅にラクスを案内して、両親にラクスを紹介するのだった。
「お父さん! お母さん! この子が、ラクス! 友達になったんだ! 女の子の友達だよ!」
「初めまして。お義父様。お義母様。
「これは丁寧にどうも。キラの父です」
「母です。キラにお友達が出来て嬉しいわ。これからも仲良くしてあげて」
「はい。分かりましたわ。末永く!」
丁寧な言葉遣いで両親と挨拶をするラクスを見て、キラはケラケラとおかしそうに笑う。
「ラクスってば。そんなにかしこまらなくても良いのに。お父さんもお母さんもそんなに偉い人じゃないよ? 普通だよ」
「あら。それはいけませんわ、キラ。どの様な相手であっても、丁寧に接する事は大事ですよ」
「まぁ……なんてしっかりした子なのかしら」
「アスラン君といい、ラクスさんと言い、キラのお友達はしっかりした子ばかりだね」
「まぁ、僕もしっかりしてるからね! 類は友を呼ぶって奴だと思うよ!」
キラの自信満々な発言に、一同は一瞬言葉を失くした。
しかし、流石はキラの両親と言うべきか、すぐに再起動を完了させると、微笑みながらキラに言葉を差し込む。
「あら。じゃあ、しっかり者のキラちゃんはもう今日の宿題を終わらせたのかしら」
「うっ! そ、それはさ……違うじゃん!」
「そうなの?」
「そうだよ。今日はラクスの歓迎会をするんだからさ。そういうのは、後!」
「まぁ! 言い訳ばっかり上手になって。これで明日宿題が出来てなかったら、おやつは無しよ?」
「そ、それは! 違うじゃん!」
「何も違いません。楽しい事と大切な事はしっかりとやる事。良いわね?」
「はぁーい」
しょんぼりとしてしまったキラに、ラクスは近づいて頭を撫でながら可愛い可愛いとやっていたが。
アスランが甘やかすのは良くないとラクスの手を下ろさせた事で二人の間に火花が散る。
しかし、キラはそんな二人の事は気にせず、部屋の中を見て、気になっていた事を両親に問うのだった。
「そういえば、セナとラウ兄さんはどうしたの? ヴィアさんも居ないし」
「……?」
ラクスはキラの口から出てきた知らない名前に首を傾げた。
いや、一人を除いて名前自体は聞き覚えがある。
しかし、この時点のキラと接点は無かったはずなので、似たような名前であるが、知らない人なのだろうと結論付けただけだ。
「あー。ごめん。ヴィアさんっていうのは、お母さんのお姉さんで。セナとラウ兄さんはヴィアさんの子供なの」
「……そうなのですね」
ラクスの胸に強い違和感が生まれる。
しかし、その違和感を消化する前に、リビングへ現れた存在にラクスは最大限の警戒を示した。
「あぁ、キラ。帰っていたのか。おかえり」
「うん! ただいま! ラウ兄さん! それに、セナもおかえりー」
「はい! ただいま帰りました!」
「っ!?」
ラクスは、リビングに現れた金髪の青年の名を叫びそうになり、必死に自分の口を塞いだ。
ラクスの激しい動揺に、キラもラウも、ラウと共に入ってきたセナも気づいていないが、アスランだけは気づきラクスに訝し気な目線を向ける。
ドキドキと高鳴る心臓を押さえつける様に胸に手を当てて、不審に思われないように急いで呼吸を整える。
「あ、そうだ! ラウ兄さん。セナ! 今日はね。お客さんが来てるんだよ!」
「ほぅ。お客様か」
「あ! 分かりました! ラクスさんですね!?」
「あー! もー! セナー! 言っちゃ駄目だよー!」
「あぁ! ごめんなさい! キラお姉ちゃん!」
「うーん! 許してあげる!」
「ありがとうございます!」
見つめ合いながらニコニコと笑うキラとそっくりな女の子。
そして、愛おしい物を見る様な目で二人を見つめている金髪の男、ラウ。
女の子もラクスの記憶には無いが、キラが女の子になっている世界だ。
多少の違いもあるだろうという事で飲み込む事が出来る。
しかし、あの男は違う。
ラクスの中にあるあらゆる危険探知の本能が危険信号を発していた。
『ラウ・ル・クルーゼ』
生まれ変わる前の世界において、深い絶望と呪いを原動力として、世界を滅ぼす寸前まで追い詰めた男。
そして、『第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦』においては、キラに消えない傷を残し、終戦から十数年苦しめ続けた男だ。
確かに彼の境遇を思えば、同情出来る点も多い。
しかし、ラクスにとって、キラを傷つけた者は敵である。
為政者としての頭で考えれば、感情的な部分を切り離して思考も出来るが、今はただの子供だ。
キラの事を傷つけた相手など、許せるはずもない。
「じゃあ、改めて! ラウ兄さん。今日から僕のお友達になった、ラクスだよ! ななな、なんとね! ラクスは初めての女の子の友達なんだ!」
「それは良かったな。キラは女の子の友達がずっと欲しかったものな」
「うん! だからね! おもてなししなきゃ! って思って連れてきたの!」
「良い心がけだ。相手を敬い、大切に思う気持ちというのは何よりも大事だからな」
「えへへー」
しかし、だ。
笑顔の仮面で完全に感情を押し隠したラクスには一つの混乱があった。
仮面の下で、あれだけ憎しみをまき散らしていた男が、優男の顔でキラの頭を撫でて微笑んでいる。
真実、キラの良い兄の様では無いか。
世界を焼き尽くす様な憎しみと絶望はどこへ行ったのか。
隠しているのか。
ラクスには判断が出来ない。
出来ないから、ひとまず確かめる為に笑顔の仮面で話をしてみる事にした。
「初めまして。ラウ様。
もし、仮にラウ・ル・クルーゼがラクスと同じ様に記憶を持って生まれ変わっていたとして。
前回成し遂げられなかった破滅を別の形で達成しようとしているとして。
ここに、キラ・ヤマト、ラクス・クライン、アスラン・ザラが揃う事は、想定外も想定外だろう。
イレギュラーが居ると考える筈だ。今のラクスと同じ様に。
そう考えて、ラクスは笑顔のまま言葉を待つ。
しかし、ラウの反応はラクスの想定とは少しズレていた。
「ラクス、という事はクライン評議員のお子さんか」
「……お父様の事をご存じなのですか?」
「あぁ。よくキラと共に行動しているアスランはプラントのザラ評議員の子供でな。そのお父上であるパトリック氏にはアスランの事も頼まれているんだよ」
「ラウさん! 僕は! もう一人前の大人です!」
「と、まぁ。この様に。大人に憧れる年齢でね。キラやセナを危険に巻き込む可能性もあるし。私が様子を見ているというワケだ」
「うんうん。ラウ兄さんは色々な人に信頼されてるからね。やっぱりラウ兄さんは凄いなぁ」
「キラ!」
「どしたの。アスラン。そんなにカッカしちゃって」
「っ! くっ、僕は!」
「……?」
「それで、だ。パトリック氏からシーゲル・クライン氏の話は聞いていてね。クライン評議員がプラントの情勢が最近悪化しているという事で、ラクスという名前の娘さんを月に送ろうかという話をしていたのさ」
「……なるほど」
ラクスは一通り筋の通った説明だなと思いながらも、まだ疑う気持ちは捨てていなかった。
うまく尻尾を隠しているのなら、それを掴んでやろうとさらに質問をぶつける。
「ラウ様は、キラの事をどう考えて居るのでしょうか」
「大切な家族だよ。大切な妹だ。私の全てをかけてでも、キラとセナを守る。そういう相手だ」
「もー! 駄目だよ! ラウ兄さん!」
「む? 何が駄目だったのかな」
「自分の全部をかけても。って奴! 僕らが元気でも、ラウ兄さんが無茶して傷ついたら悲しいんだからね! ねー! セナ!」
「はい! まったくです!」
「だからラウ兄さんは、危ない事は何もしないで、僕らを守ってくれれば良いのだ!」
「はい! そしてそんなラウ兄さんは、私たちが守ります」
「うんうん。そうそう」
いえーい! と小さな拳をぶつけ合うキラとセナを見て、ラクスは何だか自分がバカな質問をしているのでは無いかという気になっていた。
そして、ラクスに疑われているという事を考えもしないラウは、キラとセナの無茶に微笑みながら、そうだなと呟く。
どんな絶望も、悲しみも、今は二つの大きな光に照らされているのだと思い出しながら。
「しかし、キラもセナも無茶を言うな。私はそれほど強くも無いし。優秀でも無いのだが」
「えぇー!? ラウ兄さんが凄くないー!? どういう事!?」
「キラお姉ちゃん。ラウ兄さんは謙遜という物をしているのだと思います」
「あー、ケンソンね。ケンソン。なるほどね」
「はい!」
「……うんうん。ケンソンね」
キラは何度か頷いてから、そっとセナに近づいて耳元で囁く。
「ところで、セナ? ケンソンって、どういう意味?」
「自分はあんまり凄くないよっていう事です」
「はぁー。なるほど」
キラはセナからコッソリ聞いた事を飲み込んでから、大きな笑顔で語る。
「そう! ラウ兄さんはケンソンをしているんだよ! だから、本当は凄いの。僕はちゃんと知ってるよ」
「はい! 私もそう思います!」
「……まったく、この家のお姫様たちは、怖い子ばかりだな。こんなにも気持ちを前向きにさせてくれる」
「「えへへ」」
「あぁ、そうだな。上手くやるさ。私はキラとセナの自慢の兄だからな」
そして、ラウは二人を抱きしめて、強い決意を込めた言葉を落とす。
その言葉の正しい意味は誰にも伝わらなかったが、ラウの胸の中では強く燃え上がる炎が確かに世界を照らしているのだった。
それから。
自己紹介も終わった為、ラクスの歓迎会を開く事になった。
外出中だったヴィアはそのまま帰ってこなかったが、キラは十分にパーティーを楽しんだ。
そして、ラクスもまた、キラの隣をアスランと争う事もあったが、概ね満足の会であった。
こんな日々がこれからもずっと続いていく。
そんな風に誰もが考えていた。
しかし、平穏な日常というのは少しの事で容易く崩れ去ってしまうという事を、彼女たちはまだ、知らない。
悪意は確かに、彼女へ向けて手を伸ばし始めていた。