シュラの導きによりファウンデーション王国へと足を踏み入れたキラは、おっかなびっくりという様な姿でシュラの手を取ったままコックピットから地上へと降りた。
が、シュラが降り立った広場では多くの民衆が詰めかけており、いきなりキラは彼らに囲まれてしまう。
「キラ様だ!」
「本物だ!」
「あの空の流れ星はいったい何なのでしょうか!?」
「それが割れる様な轟音が響いておりましたが!」
「それは……」
「静まれ! キラ様の御前である! キラ様はテロリストにより地上へ向かって落ちていたコロニーを破壊したのだ! 命がけで!」
「なんということ……!」
「キラ様はお疲れである! ここはキラ姫様の騎士である、このシュラが姫様を休める場所までお連れする! 道を開けよ!」
シュラの声に、民衆は王宮へ続く道を開け、シュラはそれを確認してからキラを横抱きにして、歩き始めるのだった。
「しゅ、シュラさん……! 自分で歩けますから」
「姫。ここは騎士である私の顔を立てていただけると幸いです。か弱き姫君を守れなくては騎士として恥ですから」
「う……うぅ」
キラはシュラの言葉に何も言い返す事が出来ず、そのまま王宮へと運ばれて行った。
そして、ファウンデーション王国の女王と呼ばれる方に面会をする。
「おぉ、お主がキラか」
「はい。アウラ女王陛下」
「ふふ。そう固くならずとも良い。わらわはお主の母と親しい関係であったのじゃ」
「そう、なのですか!?」
キラは遠い昔に消えてしまった義母を思い出しながら目を見開いた。
オーブのウズミの妻であった義母は国家元首の妻であったのだから、異国の女王と面識があってもおかしくないだろう。
「お主の母はお主の事をよく心配しておった。ブルーコスモスに狙われては大変だとな」
「……そうですか」
自分を狙ったテロで、命を落としてしまった義母を思い出しながら僅かに涙を滲ませるキラに、アウラは口元に笑みを作る。
そして、キラにゆっくりと休むように告げ、そのまま玉座を去ってゆくのだった。
それからキラは言われるままに一晩だけお邪魔しようと考えて、立ち上がったのだが、そこで予想外な人物を見つける。
「お、オルフェ君!?」
「私の事を知っているのか?」
「そりゃ知ってるよ。ヘリオポリスから一緒に過ごしてたじゃない」
「……ヘリオポリスから?」
見るからに高価そうな服を身に纏いながら、そんな服にも負けないキラキラと輝く金髪の美少年を見て、キラは首を傾げた。
オルフェは、記憶喪失にでもなったんじゃないかと思う程に、キラとの事を忘れてしまっている様で、キラをジッと見つめている。
「……なるほど。どこへ逃げたかと思えば。失敗作め」
「オルフェ君?」
「いや、何でもないよ。キラ。すまない。少しからかおうと思ってな」
「ちょっとー。知らない国に来て緊張してるんだからさ。あんまりイジワルしないでよ」
「ハハハ。悪いな。分かったよ。じゃあ部屋に案内しよう」
「はーい。お願いしまーす」
キラはようやく知り合いに会えたとニコニコとしながらオルフェの後について歩き、案内されたやたら豪華な部屋に足を踏み入れる。
そしてはぁとため息を吐いてから、パイロットスーツを脱ごうと手を掛けるのだった。
「な、なななな! 何をしているんだ!? 破廉恥な!」
「ふぇ? どうしたの。急に」
「着替えなら一人の時にやれ! シャワー室はそこにある! 私は外に居るからな!」
「はーい」
オルフェが酷く慌てた様子で部屋の外に飛び出していくのを見送りながらキラは何だろうかと首を傾げた。
そして、ようやくシャワーを浴びる事が出来ると、シャワー室へと飛び込んでゆく。
そんな様子が静寂に包まれた王宮の中では部屋の外まで小さいながら聞こえてしまい、オルフェは顔を真っ赤にしながら扉の前でしゃがみ込んでしまうのだった。
「……信じられん」
「オルフェ……? どうしたんだ?」
「……シュラ。私は、あの失敗作の事を憎く感じて来たぞ」
「何を今さら。役目を放棄し、国を捨てた時からそうだろう?」
「違う! そういう事じゃない! アイツは!! アイツはキラ姫を!!」
「んー? 僕の事呼んだ?」
「ふぁ!?」
「ひ、ひひひ、姫!? なんて格好で外に出ているんだ!」
「なんて格好って、ちゃんとタオルで隠してるでしょうが」
「信じられん! 服をちゃんと着ろ!」
「いや、それは良いんだけどさ。どこに入ってるのかなって分からなくて」
「シャワー室のすぐ横にある棚に入っている!!」
「あ、そうなの? ありがとー」
戦闘から長時間の航行、そしてギリギリの戦闘に知らない国での歓待。
精神も肉体も疲れ果て、頭が半分以上死んでいるキラは、現在知り合いで、とても仲の良いオルフェに出会った事で警戒心がゆるゆるであり、本来であればやらない様な行動すらしていた。
だが、それが二人の勘違いを加速させる。
「オルフェ」
「なんだ……シュラ」
「まさか、失敗作は役目を放棄して、キラ様を手籠めにしたのか!?」
「あぁ。おそらくは間違いない。キラ姫の様子を見れば分かる。完全に心を奪われている!」
「何という破廉恥な男だ……! おぞましさすら感じるな」
「あの男……確実に消さねばならん。キラ姫に近づく害虫だ」
「ならば、アスラン・ザラと共に抹殺対象だな」
「あぁ。あのおぞましき者達から姫君達をお守りしなくては」
酷く真剣な顔で、二人は言葉を交わしあい、少し無言になった時に聞こえてくるキラの鼻歌と水音に頬を朱色に染めながら、再び口を開いた。
今の彼らにとって静寂は地獄の様な時間であった。
そして、シャワーを浴び終わったキラが疲れているからとそのまま寝てしまったのを確認して、シュラとオルフェは夜通しの警備に入る。
無論、美しいキラの寝込みを護る為である。
虫一匹、彼女が眠る聖域に近づけるつもりは無かった。
それから。
オルフェとシュラにとって長い長い夜が明け。
キラがふわぁと欠伸をしながら部屋の外に出てくるまで彼らの警護は続いた。
「うわっ! ど、どうしたの? 二人とも」
「あぁ、キラか。おはよう」
「お、おはよう……は良いんだけど。朝からどうしたの? って、もしかして昨日の夜からずっと?」
「まぁ、キラの部屋に邪な気持ちで近づく者が居るかもしれないからな」
目の下にクマを作りながら、ハハハと笑う二人にキラはムクムクと姉心が湧き上がってくるのを感じた。
そして、二人の手を握り部屋の中に入るとそのまま二人を先ほどまでキラが寝ていたベッドに突き飛ばす。
クイーンサイズであるそのベッドは二人が寝るには十分すぎる大きさがあり、二人は慌てて立ち上がろうとしたのだが、ベッドの上に乗ったキラがていやと頭をベッドに押し付けた事で動けなくなってしまう。
いや、動こうと思えば動けるのだ。
キラの力などオルフェやシュラの前では子供同然なのだから。
しかし、力で押し返せば、キラがベッドから落ちて怪我をしてしまうかもしれないという想いと。
ベッドから感じる、今まで嗅いだことのない匂いが二人を急速に夢の世界へと誘ってしまう。
「もう! 紳士的なのは嬉しいけどさ。ちゃんと寝ないと駄目だよ」
「あ、あぁ……」
「しかし、役目が」
「やらなきゃいけない事なら、後で僕も手伝うからさ。今はちゃんと寝ないと駄目です。ちゃんと見張ってるからね」
キラは、はい! と二人の背中を叩いてからかつてラクスに教えてもらった歌を奏でる。
二人が安らかに眠れる様にと。
魂が安らぐ歌を。
キラの歌声もあり、疲れや緊張もあり、二人はすぐに寝てしまった。
それを確認してから、キラは二人の額を軽くなで、ベッドのすぐ傍にあった椅子に座る。
「……はは、うえ」
時折聞こえてくる寝言に頬を緩めながらゆったりとラクスに教えてもらった様々な歌を歌うのだった。
二人が眠ってから一時間程が立ち、キラはゆったりと歌を歌いながら安らかな時間を過ごしていたのだが、不意に小さな侵入者が部屋の中に入って来た。
「……」
「ん? どなた」
その少女は明るいオレンジ色の髪の少女であり、部屋の扉を僅かに開いて部屋の様子を伺っていたのだ。
「なんか、綺麗な声が聞こえたから」
「それは嬉しいね。ありがとう」
「……お姉ちゃんは、誰?」
「僕は、キラ。キラ・ユラ・アスハ。オーブっていう国の……国家元首のお姉ちゃんなんだけど」
「お姫様ってこと?」
「んー。まぁ、そういう事になるかなぁー」
「じゃあ、キラ姫様だ」
その少女はキャッキャと嬉しそうな声で笑いながら部屋の中に入ってきて、キラの傍に駆け寄った。
そして、座っているキラの膝の上に頭を乗せながら甘える。
「アタシね。リデラード。みんなはリデルって呼ぶよ」
「リデルちゃんか。よろしくね」
「うん。キラ姫様も、よろしくー」
「んー」
「どうしたの?」
「いや、姫様って呼ばれるのは、必要な場面なら良いんだけど、こういう何でもない時だとちょっと恥ずかしくて」
「そうなの? じゃあ、お姉ちゃんって呼んでもいーい?」
「お姉ちゃん?」
「そ。キラお姉ちゃん。どうかな」
「うん。それなら良いよ。キラお姉ちゃんだよー。リデルちゃん」
「きゃはは。お姉ちゃん。お姉ちゃんだ!」
リデルは嬉しそうにキラに縋りついて笑う。
見た目の割に、だいぶ幼い様な姿だったが、まぁ、そういう子も居るだろうとキラは流し、リデルの頭を撫でるのだった。
そして、リデルが楽しそうに話す話を笑顔で聞きながら頷く。
「あのねー。お庭で育ててたお花が咲いてねー」
「うんうん」
「とっても綺麗に咲いたんだけど、雨で外に行けなくて……でも、雨がやんですぐに出たらキラキラ光ってて綺麗だったんだよ」
「それは嬉しいね」
「ねー!」
楽しそうに笑顔で話すリデルの話はいつまでも終わらず、キラは今まで自分には居なかった元気で無邪気な妹に微笑みを浮かべていたのだが、ふと部屋の中にある時計が目に入り、ハッと意識を取り戻した。
「まずい!」
「どうしたの? お姉ちゃん」
「いや、ラクスに連絡を取らないと! セナにも! マリューさん達にも! 心配かけちゃってるよ!」
「連絡?」
「リデルちゃん。どっかで通信機借りられないかな!?」
「う、うん。あるけど」
「ありがとう! じゃあオーブに通信させて!」
それから。
キラはリデルに案内されて、通信室へと向かった。
そして、オーブの行政府に繋ぎ、カガリへと繋いでもらう。
『キラ! 今、どこにいる!』
「っ! いきなり大きな声出さないでよ。僕は今、ファウンデーション王国って所。落下してたフリーダムを助けてもらったの」
『ファウンデーション王国だな!? すぐに艦隊を向かわせる!』
「いや、艦隊なんか動かさないでよ。モビルスーツ一機持ってきてくれればそれで帰るから」
『そんなワケに行くか! 近くの海域にアークエンジェルが居るからな! すぐに行くぞ!』
「はいはい。分かったから。そんなに怒鳴らないでくれる?」
『キラ! なんだその適当な返事は! こっちがどれだけ心配したと思っている!』
「アスラン……! 君まで居たの」
『居たの。じゃない! フリーダムだって無敵じゃないんだ! あんな無茶して、自分がどうなるかとか考えないのか!? お前は!』
「しょうがないじゃない……あぁ、するしか完全に破壊する方法は無かったんだからさ」
『だからと言って!』
「随分と偉そうじゃないか。アスラン・ザラ。キラ姫様に救われた身でありながら。何も出来なかったお前がよく吠える」
『な、なに……? なんだ、お前は』
「俺か? 俺はシュラ・サーペンタイン。キラ姫様の騎士だ。貴様の様に何もせず文句ばかり言っている男とは違ってな。地上へと向かうフリーダムを受け止めたのも俺だ」
『お前……!』
「そういう訳だからさ! もうアンタ用済みだって! きゃははは! はい。通信おーわり!」
「ちょっと! 二人とも! 何するの!」
アスランへの過剰な挑発や、通信を切ってしまった事にキラは怒りを示すが、二人は特に動揺した様子を見せなかった。
「世界を救った英雄に、あの様な言い方。キラ自身が許しても我らが許せる事ではない」
「それは……そうかもしれないけど、アスランだって僕の心配をして言ってくれてるんだよ」
「心配してるなら、そう言えば良いんじゃないの? リデル子供だからよく分からないけど。でも、お姉ちゃんを怒らせちゃったのなら、ごめんなさい! うるうる」
アスランの不器用な具合をよく知っているキラは、先ほどの言動も全てアスランがキラを心配して言っている事だという事は分かっている。
だが、それを何も知らない二人に伝えるのは困難だった。
そして、色々と考えた末に、次からは気を付けてねとだけ言って会話を終わらせるのだった。