キラがカガリに連絡を取った次の日。
白亜の戦艦アークエンジェルはファウンデーション王国の港に降り立った。
「ファウンデーション王国ですか」
「えぇ。ユーラシア連邦の一部って事だけど、あまり目立った話は聞かないわね」
「そうですね。先の大戦でも、地球連合の内部で力を持っていたのは大西洋連邦でしたから。ユーラシア連邦のさらのその一部。という事では目立たないのも当然かと思います」
「そうね……でも、ユーラシア連邦とは……中々厄介な所に落ちたわね。キラちゃんも」
「あの状況では仕方ありますまい。生きていたという事だけでも、十分すぎる幸運かと」
「それはそうね」
マリューは艦長席の隣に立ちながら真っすぐにファウンデーション王国を見据えてハッキリとした言葉を並べるナタルのに頷いた。
ナタルは何も間違えた事を言っていないのだ。
だが、それはそれとして、厄介というマリューの言葉も間違えては居なかった。
「素直に返してくれるかしら」
「当然です。キラ様はオーブの姫君。他国の要人に対する無礼は許される事ではありません。世論も許しはしないでしょう」
「それはそうだけど……そう素直であれば良いんだけどね」
マリューがため息を零しながら発した言葉に、ナタルは首を傾げた。
が、一時間もせずにナタルはマリューの言葉の意味を知る事になる。
『わざわざ我が国までご苦労な事だが、キラ様は未だ帰る意思を示してはいない。そのまま帰られよ』
「そういう事でしたら、キラ様と直接お話をさせて下さらないかしら?」
『出来ぬ。キラ様は大変お疲れでな。今は客室で寝ているのだ』
「なら、起きるまで本艦はここで待機させていただきますわ」
『それは構わんが、キラ様が貴君らと話をしたくないと言う可能性もある』
「それこそ、一度お話をさせていただき、その真意を確かめたいですわね」
『なんだ? 一介の士官が姫君のご意思を疑うのか? それは越権行為では無いのかね? 艦長殿』
「我々は、オーブ連合首長国代表首長、カガリ・ユラ・アスハ様から勅命を受けて来ております」
『フン! カガリ・ユラ・アスハか。大戦で世界が混乱する中、キラ様から代表首長の座を奪い取った者だろう? その様な者の言うコトなど信用できんな』
「カガリ様を侮辱するのですか!?」
『失礼。その意図は無かった、が不快に思ったのなら謝罪しよう』
「っ!」
『とにかく、我々はキラ様のご意思を尊重する。少なくとも、死ぬかもしれない場所にたった一人で送り込む様な者達を信用する事は出来ん。キラ様は地球の英雄なのだ。我々からの言葉は以上だ。何かあれば再び繋げよう』
「待ちなさい! まだ話は……!」
「通信、切られました」
「……はぁ。まったく、好き放題言ってくれるわね」
マリューは艦長席に深く座り込みながら帽子を外して顔にかぶせる。
疲れがにじみ出る様であった。
本来であれば、艦長の任も終わり、オーブでキラとセナの為に新しい防衛装置の開発でもしようと考えて居たのに。
現実は艦長として、タヌキとかキツネの相手ばかりしていた。
政治的なやり取りなど、自分の領分ではないのだとマリューは胃がキリキリと痛むのを感じながら深くため息を吐く。
「やってらんないわ。本当に」
「お疲れ様です。ラミアス艦長」
「えぇ、本当に。でも、ここまでは正直予想通りって所ね」
「しかし……私には信じられません。この様な事をしても、最悪は国ごと焼かれてしまう」
「そうならない自信があるって事でしょ。まぁ、確かにキラちゃんがどこに居るか分からない以上、侵攻作戦も難しいし。そもそもキラちゃんがそんな非人道的な作戦を受け入れるワケもない」
「しかし……! そうなれば潜入部隊が送り込まれるだけだ。そして、キラ様が救出されれば世界の敵となる」
「そうなのよね……そこが分からないわ。潜入部隊が送り込まれても問題ないって考えて居るのかしら。むしろ、それを待っている……とか?」
「待っている? まさか、潜入部隊をキラ様の暗殺部隊と世界に公表するつもりで?」
「あり得るわ。そう考えると、こっちも無暗に動けないわね」
「……では、例の作戦を?」
「それしか無さそうね。ムウに繋いで!」
マリューはナタルとの会話で即座に決断すると、通信で別の場所に潜んでいるムウに通信を繋げる。
『どうなった?』
「駄目だったわ」
『って事は、坊主の到着を待って決行か?』
「えぇ。二人の回収。お願いね?」
『へぇへぇ。分かったよ。ったく、無茶な作戦させるぜ。オーブはよ』
「大丈夫よ。貴方なら出来るわ。不可能を可能にする男。なんでしょ?」
『カァー! 信頼が重いねぇ! 分かったよ。何とかしてやる』
頼もしく笑うムウにマリューは微笑みで返し、夜間の作戦に備えて艦内に休息の命令を出すのだった。
そして、アークエンジェルがファウンデーション王国に到着した日の夜遅く。
ファウンデーション王国では、オルフェとシュラがアークエンジェルの動向を監視させながら言葉を交わしていた。
「しかし、未だ動きは無しか」
「何かしら動きがあると思ったのだが……結局はキラ様に守られていただけの旧人類。という事か?」
「その可能性はある。だが、油断はするなよ」
「分かっている。何せ……」
「っ! 上空に熱源! 降下ポッドです!」
「何だと!?」
「どこの勢力だ! プラントか?」
「いえ……これは、オーブの物と思われます! ポッドよりモビルスーツが出現! 王都近郊の森に降ります!」
「俺が出よう! ブラックナイツを用意させろ!」
「シュラ! ブラックナイツは……!」
「分かっている。まだ未完成だ。だが、それで俺が負ける理由にはならん!」
シュラは急ぎ格納庫へと向かいモビルスーツに飛び乗った。
そして、暗闇の中を漆黒のモビルスーツで出撃し、王都へ向けて進行するモビルスーツへと向かう。
「そこまでにして貰おうか! ここから先はファウンデーション王国の領域である!」
『……お前が、シュラ・サーペンタインか』
「そういう貴様は! アスラン・ザラだな!? くははは! 愚かな奴だ! わざわざ殺されに来るとはな!」
シュラはシールドを構えながら降りて来たアストレイに向かって飛び込む。
が、アストレイは静かにその突撃をかわすと、ビームサーベルを抜いて、最小限の動きでブラックナイツに振り下ろすのだった。
しかし、その動きはあまりにも単調で、あまりにも退屈で、シュラにとっては欠伸が出る様な物だった。
「その程度か! アスラン・ザラ!」
シュラは振り下ろしてきた腕をビームサーベルで斬り落とし、アストレイを蹴りつける。
そして遊ぶようにシールドを持っている左腕を斬り落として頭にもビームサーベルを突き立てた。
「どうだ! アスラン・ザラ! 手も足も出ないのか!?」
『……キラは、返してもらう』
「貴様の物ではあるまい! そして! 彼女は既に我が手中にある!」
そしてシュラはアストレイの胸部にビームサーベルを突き立てて、アストレイの動きを完全に停止させた。
あまりにも軟弱なその姿に、シュラは鼻を鳴らし、アスランがどの様な顔をしているのかと、無理矢理コックピットハッチを破壊して、中身を確認しようとした。
だが……。
「なっ!? 誰も居ない!? なんだ、これは!」
驚き叫ぶシュラの声に応えるように、アストレイは閃光を放ちながら大爆発を起こし、シュラは爆発の中でコックピットを護りながら王城へと視線を向け、叫んだ。
が、通信が繋がらない。
「これは! ニュートロンジャマーか! ふざけた事を!」
シュラは動揺しつつも、最強の兵士として調整され生まれてきた体で平静を保ち、王城へと直接ブラックナイツで降り立ち、キラが居る部屋へと向かった。
だが、全ては既に手遅れだったのである。
「キラ様!」
「随分と遅かったじゃないか」
「貴様は! アスラン・ザラか!?」
「そうだ。キラはいただいていく!」
アスランは潜入用の服を着たまま、深く眠っているキラを抱きかかえると、そのまま窓から外へと飛び出した。
キラが居た部屋は王城の三階であり、窓の向こうには断崖絶壁が広がっている。
が、急いでシュラが窓から外を見た時、漆黒のムラサメが一切の灯りを付けないままアスランとキラを伸ばした手に抱えながら遠方にあるアークエンジェルへ向けて飛んでいる所だった。
「くそっ!」
このままでは追えないとシュラは再びブラックナイツへと戻り、海へ向けて出撃させたが、既にアークエンジェルの姿はなく海に潜った様な跡が残されているばかりである。
「オルフェ!」
『シュラか。どうやらニュートロンジャマーが使われていた様だな。状況はどうなっている!』
「キラ姫が奪われた!」
『なんだと!? モビルスーツはお前が倒したのでは無かったのか!?』
「アレは囮だ! 自動操縦か遠隔……いや、あのニュートロンジャマーの濃度から考えれば自動操縦だろう。アレを囮にしてアスラン・ザラは城に忍び込み、キラ様を攫って飛び去った。アークエンジェルはどうなっている!」
『既に海中だ。夜間の海中では捜索は不可能だろう』
「くそっ!! アスラン・ザラ! アスラン・ザラめ!!」
運よく全てが順調に進んでいると思われた計画がたった一人によって破壊されたとシュラは苛立ちのままに計器を殴りつける。
直接戦っていれば負けなかった。
まず間違いなく自分が勝っただろう。
だが、アスラン・ザラは卑怯な騙し討ちをして、シュラを欺いたのだ。
その事実が許せず、シュラは憎しみを込めて、アスランの名を叫び続けるのだった。
そして、そんな怨嗟の声など届かないアークエンジェルの格納庫では、アスランが無事キラを取り戻す事が出来たとため息を吐きながらムウに礼を言っていた。
「ありがとうございます。フラガ一佐」
「いや、構わねぇよ。てか、すげぇ恰好だな。嬢ちゃん。結婚式でもやる予定だったのかねぇ」
「分かりません。ですが、あまり良い事では無いでしょうね」
アスランは白く豪華なドレスを着たキラを見つつ、再びため息を吐く。
もし、こんな姿をして囚われていたと知られれば、ラクスやカガリがどんな顔をするか、と。
過保護な二人の事だ。当分は一人で行動出来ないだろうとアスランは考える。
「何にせよ。キラには気を付けて貰わないと」
「そうだな。平和になっても世界がオトモダチになった訳じゃない。キラは利用価値も高いしお人よしだ。こういう国はこれからも出てくるだろうぜ」
「そうですね」
アスランは呑気な顔をして寝ているキラを見ながら、世間知らずで警戒という言葉を知らない幼馴染に再びため息を吐くのだった。
アスランの苦労が報われる日が来るのか。それは誰にも分からない。