キラがアカデミーで働き始めてから一ヵ月ほどの時間が経った。
働き始めた当初は、キラの記録が刻まれたシミュレーターや模擬戦で見せつけた圧倒的な実力もあり、恐れられ、崇められていた……だが。
接している内に、意外と可愛い面もある。
モビルスーツに乗ると鬼神の様に強いだけで、普段はちょっと抜けた可愛い女の子なのでは?
という様な認識が広まり、年下からもキラちゃんと呼ばれて可愛がられる様になっていた。
流石に年下からちゃん付けで呼ばれるのは、何かおかしくないか?
と思うキラであったが、カガリやアスランの目が無いからといって、徹夜でゲームをして、ポヤポヤとした姿のまま、教室でボサボサの髪をラクスことミーアに整えて貰っている姿を見られては反論も難しい。
オーブでお姫様として箱入りで育てられた挙句、まだ幼い頃から戦場やそれに類する場所にばかり居たのだ。
イマイチ大人になりきれていないのは仕方がないだろう。
更に言えば、戦争がようやく終わり、停戦条約も結ばれて、プラントの内部も少しずつ平和に向かって進み始めている為、その空気が緊張していたキラの心を弛緩させているという様な事もあったと思う。
まぁ、他にも色々と理由はあるだろうが。
現状のキラを示す物は何も変わらない。
キラは完全に末っ子の様なオーラを出しながら、腑抜けた日常を送っていた。
無論、ここが軍学校、アカデミーである以上、規律は必要であり、キラの態度を変えなくてはいけないという想いが教員たちの中にはあった。
だが、英雄である。
相手はプラントを命がけで守った英雄だ。
平和など遠い場所だと思っていたコーディネーターに、確かな安心出来る場所を与えた女神である。
多少の堕落がなんだ。
可愛いから良いじゃないか。
そんな空気がアカデミーに漂い始め、少しずつキラからの堕落が周囲を汚染し始めていた頃。
事件が起きた。
いや、コレを事件と呼ぶのはキラのみであるが……まぁ、事件が起きた。
そう。イザークの襲来である。
「どういう事だ! これは!! 貴様! 説明しろ!」
「ぴえ!」
イライラとした姿を一切隠すことなく、イザークはアカデミーの中庭でラクスことミーアに膝枕をして貰いながら寝ていたキラを見つけ、怒鳴りつけた。
その姿は戦場で出会ったラウ兄さんよりも恐ろしかったと、後にキラは語っている。
「い、いや。その……違うんだよ」
「何が違う。説明しろ」
イザークの後ろに立っていた二コルとディアッカは苦笑しており、シホはあわあわと焦った様な姿をしていた。
仮に、イザーク以外の人間だけで視察に来ていたとすれば、おそらくは許されただろう。
多少のお小言はあれど、ここまで苛烈に責められる事は無かったはずだ。
だが、そんなIFは存在せず、ここにはキラとおそらくはプラントで数少ないキラを説教出来る人間が来ていた。
キラの楽園の終わりである。
「ほら、人間だしさ。色々あるじゃん?」
キラっと、擬音が出そうな笑顔をイザークに向け、何とか危機を脱しようとしたキラであったが。
その行動は完全に逆効果であり、イザークは青筋を浮かべながら、キラに更なる説教をぶつけるのだった。
「貴様は今教師という立場で生徒を教え導く立場だろうが! それをなんだその態度は!」
「ぴ、ぴぇー」
そして。
この事件が切っ掛けとなり、キラはある程度まともになって授業をする様になった。
「えー。であるからしてー。モビルスーツというのはー」
「はいはーい! はいはい!」
「はい。何か質問かな。シン・アスカ君」
「模擬戦をしましょう! キラさん!」
「しません。今日は座学の日です。大人しく聞いてくださいねー」
「えー。でも、キラさんつまんなそうじゃん。シミュレーターで良いから! やりましょうよー! ほら、キラさんだって模擬戦好きでしょ?」
「好きか嫌いかで言えば、座学よりは好きだよ? でも、模擬戦ばっかりしてると怒られちゃうので、今日は座学です。はい。シン・アスカ君。椅子に座ってね」
「ちぇー」
酷く不満そうなシンに苦笑しつつ、キラは言葉を続けた。
忙しいイザークの代わりにと教室の一番後ろからキラを監視している軍人が居る以上、キラは真面目に授業を続けるしか無いのだ。
何とも悲しい。
自由の翼は奪われてしまったとキラは嘆く。
が……まぁ、知識が命を助ける事もある為、座学もしっかりとこなしていた。
「モビルスーツというのは、人体に近い構成をする事によって、よりダイレクトに動きを伝えられるという所にメリットがあります。しかし、逆にモビルアーマーというのは……」
そして、ジィーッと監視されながらもキラは授業を真面目に終わらせ、ため息と共に教室を出て行くのだった。
酷く精神が削られる毎日である。
そんなキラをちょうど走って来たラクスことミーアが支え、キラの私室へと運んで行くのだった。
「んー。やっぱりキラさんカワイソー」
「メイリンもそう思うか? そうだよなー」
「でも仕方ないんじゃない? キラさんってば、いい加減だし。少しは引き締めた方が良いって私は思うけど」
「そりゃそうかもしれないけどさ。な、レイはどう思う?」
「軍人としては今の方が良いだろう。我らには多くの知識と経験が必要である以上、キラさんが講師として正しくある方が望ましい」
「レイ個人としては?」
「まぁ……俺としてはキラさんが笑っている方が好きだな」
「よし! じゃ、決まりだな!」
シンは座っていた机から飛び降りて、いつものメンバーの前で笑った。
そんな姿に、レイもルナマリアもメイリンも不思議そうな顔をしていたが、シンは気にせず話をしようとして。
後ろからバンと背中を叩かれて、思い切りせき込んでしまった。
「な、何すんだよ! アグネス!」
「何か面白そうな話してるじゃない。私も混ぜなさいよ。どうせキラ様関係なんでしょ?」
「そうだけど……お前には関係ないだろ?」
「お~ま~え~? 誰にそんな口聞いてんのよ! 山猿の癖に!」
「何だと!? 俺のどこが山猿だって言うんだよ!」
「地球の何とかって田舎の国から逃げて来たんでしょ? 染みついてんのよ。山で育ったみたいな粗暴さが!」
「オーブ連合首長国! 何が田舎だ! キラさんの国だぞ!」
「そのキラ様はプラントに移住してるでしょうが! 捨てたのよ! そんな国!」
「なぁにぃー!?」
ギギギとアグネスを睨みつけるシンと、そんなシンを鼻で笑いながら挑発するアグネス。
最近よく見かける二人の争いに、ルナマリアとメイリンは互いに視線をぶつけ合いながらため息を吐いた。
大抵はアグネスがシンに突っかかる形で争いが起きているが、その原因は非情に分かりやすい物だ。
要するに気に入らないのだ。
アグネスのお気に入りであるキラやレイと仲良くしているシンが。
そして、キラもレイも、そんなシンを大切にしているのがよく分かるから、気に入らない。
まぁ、そうでなくてもモビルスーツ戦やナイフ戦で目立っているシンが気に入らないというのもありそうではあるが。
「だいたいキラさんだって俺と大して変わらないだろ! 適当だし。いい加減だし」
「可愛いんだから良いでしょ! 私だってお世話してあげたいくらいよ! それに、モビルスーツ乗ってたら格好いいし! そのギャップが最高なんじゃない!」
「んー。一理あるわ」
「えぇー!? ルナもアグネスの味方かよー!」
「戦場に居た時のキラさん、本当に格好良かったからね。キラ様って感じ」
「あーあ。ルナは良いわよねー。キラ様と戦場に行けて」
「全然良くないわよ。私、死ぬかと思ったんだからね?」
「でも、キラ様が守ってくれたんでしょ。あぁ! 私もキラ様と一緒に戦場に行きたいわ!」
「ったく、気楽なモンね。ホントに」
「良いじゃない。夢見たって。それにキラ様はずっとアカデミーに居るつもりは無いみたいだし。そうなったらプラント防衛軍に行く訳でしょ? ならチャンスじゃない。同じ部隊になったらずっと一緒よ?」
「はいはい。いい夢いい夢」
アグネスの願いを軽く流したルナマリアは、ふとレイが何か考え込んでいることに気づき、声を掛ける。
「どうしたの? レイ。何か気になる?」
「いや。大した事ではない」
「大したことじゃないって顔はしてなかったけど」
「……いや、そうだな。キラさんの配属についてだが……プラント防衛軍では無いと思っている」
「え? そうなの?」
「確証はないがな……メイリン」
「ん? なに?」
「以前、新造艦について調べていただろう? アレの乗員は決まっているのか?」
「調べた時には何も。でも出来てから考えるんじゃないの?」
「いや。新造艦には新世代のモビルスーツが乗ると聞いた。そうなれば、機種転換にそれ相応の時間が掛かるだろう。熟練のパイロット達は既にミレニアムシリーズへの乗り換えを始めているしな。しかし、現状それが決まっていないという事は?」
「すぐに乗り換えられる様なエースが乗るか……もしくは、新兵が乗る可能性がある……ってこと?」
「そういう事だ」
レイの話に、ルナマリアとシンとアグネスは目を輝かせる。
が、ルナマリアはすぐに「ん?」と気になった事があり、メイリンへと視線を向けた。
「ちょっと待って? メイリン。新造艦について調べたってどういう事? アンタ……まさか」
「い、いやだなぁ。お姉ちゃん。私は何も悪い事やってないよ? ちょっと非公開情報を覗いただけで」
「そ! れ! が! 悪い事だって言ってんのよ!!」
ルナマリアは怒りながらメイリンの首を捕まえて、拳を頭に押し付ける。
ゴリゴリと頭が圧迫されながらもメイリンは救いを求める様に姉へ訴えるのだった。
「ち、違うよー! 今回はキラさんも一緒に調べてたから!」
「なら同罪でしょうが! アンタも! キラさんも! 罪! 罰を受けなさい!」
「いだっ! 痛い痛い! 痛いって!」
メイリンを締め上げているルナマリアを見ながら、シンは少しばかり思考する。
ZAFTの新型には興味があるが、それはそれとしてシンとレイの任務はキラの護衛である。
アカデミーに入ったのだって、キラの護衛をする為で、別にプラントを守る為だとかそういう事では無い。
だから、どうした物かとレイへ視線を送ったのだが、レイは意味ありげにフッと笑って、「心配するな」とシンに返すのだった。
その言葉の真意は分からないが、シンはレイが言うのなら問題ないかと言葉を飲み込んだ。
そして、当初の話に戻る事にする。
「それでさ。キラさんの話なんだけど」
「あぁ、そういえばそんな話してたわね。それで? なんかいい案あるの?」
「実はな。キラさんを励ます為にバーベキューをやろうかって考えてて」
「「はぁ……」」
「な、なんだよぉ」
「アンタ。肉食べて元気になるのはアンタらだけだから」
「そうそう。女の子にはやっぱりショッピングとかが良いのよ」
「なら、買い物してバーベキューやれば良いって事だろ?」
「シン……買い物とショッピングは違うからね?」
「ホント、山猿」
ため息を吐く女子二人に、意味が分からないとシンは叫んだ。
そして、後日バーベキューを開催したが、キラは微妙な反応であり、それ見た事かと背中を叩かれる事になる。
が、シンは負けじとキラを元気づけようと次なる作戦を考えた。
バーベキューで駄目ならキャンプだ! と気合を入れるシンに、レイはフォローの準備を始めるのだった。