シンからバーベキュー会の誘いを受けた日の夜。
キラは久しぶりに食べ過ぎたなと椅子にもたれかかりながら、ふぅと大きな息を吐いた。
シンの気持ちはありがたいが、食の細いキラにとって食事はそこまで嬉しいイベントではない。
だが、まぁ、楽しそうに食べている姿を見るのは好きなため、それなりに満足はしていた。
「キラ? 大丈夫?」
「あぁ。大丈夫だよ。ミーア。心配かけたかな」
水のペットボトルを持ってきて、心配そうに首を傾げるミーアにキラは軽い調子で返す。
出会った当初はギクシャクとしていた二人であったが、それなりに長い時間を共に過ごせば互いに良いところと悪い所もハッキリと見え、二人とも遠慮のない性格をしているからか、適度に喧嘩もしつつそれなりに良好な関係を築いていた。
まぁ、ミーアにとってキラは少し出来の悪い妹みたいな感覚で、キラにとっては気安く話せる悪友の様な関係だろうか。
「まったく。食べ過ぎは美容の敵よ?」
「たまには良いんじゃないの? ほら、ミーアだって、いつももっと食べろって言ってくるじゃない」
「時と場合によるでしょ。もっと食べろって言ったって肉ばかり食べてたら何の意味も無いわ」
「細かいなぁ」
「普通です! てか、キラが無頓着過ぎなのよ……今までどうやって生きて来たか気になるレベルだわ」
「いやー。特に何も考えてなかったけど。食事はいつも誰かが用意してくれてたし。服とか化粧とかも、やってくれてたから」
「お姫様みたいな生活してるわね……って、そうか。お姫様だったわね。キラって」
「えへへ。いやぁー。実はそういう感じの人ですねぇ」
照れた様な笑みを浮かべるキラに、ミーアは胡散臭い物を見る様な目を向ける。
これが姫の姿か? という感情を込めながら、だ。
「はぁ……なんかキラを見てると夢が壊される感覚」
「どゆこと?」
「私が子供の頃に見た絵本じゃ、お姫様ってこうキラキラしてて可愛くて美しくて。王子様に見初められて……みたいな女の子の憧れ! が集まった感じだったけど。キラを見てるとねぇ」
「何かおかしい?」
「おかしいわよ。もっと姫らしくしなさい。私の夢の為にも」
「……」
ミーアの言葉に、キラはやや驚きながら目をクリクリと丸くする。
そんな姿すら可愛いのは反則だと思いながらもミーアはキラに問いかけた。
「何。その顔」
「いや。姫らしくしろー! っていうのはよく言われてたんだけど、ミーアみたいな理由は聞いたことが無かったから。ちょっと驚いちゃって」
「そうなんだ」
「うん。国の代表として恥ずかしくない様にー! ってね。よく言われたよ」
「まぁ、確かにそれは一理あるかもね。ほら、プラントだってラクス様は美しく気高く! そして慈愛の女神の様にお優しく! って完璧じゃない。それに引き換え。キラはちょっとオーラがね」
「そりゃラクスと比べたら僕なんて、大した事ないよ。僕は色々と運が良くて、悪かっただけだからね。でも……!」
キラは大きく足を上げながら椅子から飛び降りると、テーブルに腰を掛けながら立っていたミーアにグイっと近づいて、その手を取り、顔を近づけた。
そして、ミーアが見せてくれた映像データの様な。
少し前にファウンデーション王国でシュラが見せてくれた物の様な姿を意識して、アスランの様に顔を引き締める。
キラが思う最も格好いい人の姿でミーアの手を取って、微笑んだ。
「僕だって、こういう事は出来るからさ。ね? お嬢さん」
「っ!??!?」
ミーアの細い腰をグイっと引いて抱き寄せながらキラは甘い言葉を耳元で囁いた。
が、すぐにミーアに全力て突き飛ばされてベッドに背中から落ちる事になる。
「いったー……」
「な、ななななな、何すんのよ! このバカ!」
「何って。可愛くーとかは難しいけど。格好良くーなら出来るよってアピール」
「バカっ! アンタはお姫様でしょ! お姫様らしくしてなさいよ!」
「ちぇー。こういうのなら得意なのになー」
キラはいじけた様にベッドにゴロンと転がった。
そんな無防備な姿を見て、ミーアは荒い呼吸を整えながら、心の中で天然めと罵る。
そして、心臓の鼓動も落ち着いてきてから、キラの隣に座りキラが机に置いていった水を手渡した。
「はい」
「ありがとー」
上半身を起こしながら水を飲んでいるキラの、あどけなく口の端から零れた水が体を僅かに濡らしている姿は子供の様である。
が、ミーアほどでは無いが、女性的なラインがハッキリとしているキラは、その水が体を伝っている姿すらどこか艶やかである。
同性であるミーアすら、ゴクリと唾を飲み込んでしまう程に……魅力的であった。
絵本で描かれたお姫様の様に可愛らしくはないが、キラは確かに魅力的であり、可愛くも美しくもある存在であった。
「ほら、零れてる」
「あ。ごめんごめん」
「まったくもう」
そんなキラの世話をしながら、一緒に過ごしている間にミーアの中には一つの小さな欲望が芽生えつつあった。
ソレが本来持ってはいけない感情だと理解しつつも、何者でもないミーアと友人の様な、家族の様な……恋人の様な接し方をしてくれるキラに、ミーアは酷く惹かれてしまうのだ。
だから、心の奥底に押し込んだ想いも……時折顔を見せてしまう。
「キラ……はさ」
「うん?」
「ラクス様と恋人、なんだよね」
「うん。そうだね」
「それって、戦場で思いが通じてって……感じ?」
「そんな感じ、かな? ラクスは結構前から想っててくれてたみたいで、なんか申し訳ない気持ちになっちゃったけど」
「申し訳ない……?」
「うん。だって……ラクスは僕と違って凄いからね。途中で諦めちゃった僕と違って、ラクスはずっと言葉だけで世界を、争いを止めようとしてた。それは……凄い事だよ。僕には……少し眩しすぎるくらいだ」
遠い人を見る様に、キラはベッドの上に座りながら遠くへと手を伸ばす。
ここはミーアとキラが暮らす小さな部屋であるが、キラが見ている者は遠く、宇宙の果てにある様な感覚だった。
その遠くにある物に憧れて、手を伸ばす姿に、ミーアは自分を重ねた。
核ミサイルを撃ち落とし、プラントを守る為に戦場に飛び出した可愛くて格好いいお姫様。
そんな姿に憧れて、心を奪われたミーアと、どこか似ていた。
だから……ミーアの奥底にしまい込んだ想いが、ドクンと動き出すのを感じる。
「なら、さ……私とか、どうかな?」
「ミーア……?」
「あ、いや、そうじゃなくて! そのラクス様の代わりとして、どうかなって。ほら、私、よく似てるし」
言ってから、ミーアはハッとした顔になり焦った様に言葉を並べた。
頭にあるのは恐怖だ。
キラが、失望して自分の元を離れてしまうかもしれないという恐怖。
だが……。
「ミーアはやっぱり優しいね。でもさ。ミーアをラクスの代わりにする事は出来ないよ。ミーアはミーア。でしょ?」
キラはミーアの心にある薄汚れた感情に気づく事はなく、ミーアに笑いかけた。
純粋な、友人に向ける様な気安い笑顔で。
「僕の事、心配してくれたんでしょ? でもダイジョーブ! 確かにラクスと僕じゃ釣り合わないかもしれないけどさ。それは僕がもっと頑張れば良いって話でもあるもんね!」
ニコニコと微笑むキラには何も陰はなく、ミーアはその輝く様な姿にズキリと胸の奥が痛む様な感覚を覚えた。
この様な浅ましい人間にも、キラは分け隔てなく優しい。
それがミーアの心をどうしようもなく、狂わせていた。
そして……。
「僕の事よりもさ。ミーア。いいニュースだよ! ようやく許可が取れたんだ」
「許可?」
「そう! ほら、ミーアって歌手を目指してたって話でしょ?」
「あ……それは、その……生きていく為にっていうか……私にはそれくらいしか……」
キラの言葉に、ブツブツと言い訳を並べるミーアであったが、キラはそんなマイナスな気持ちで包まれているミーアを抱きしめて、微笑みと共に圧倒的な光で照らし出す。
ミーアの全てを。
「出来るんだよ! 歌手! やっても良いって!」
「え……」
「ラクスとして出るなら、っていう条件は付けられちゃったけど。実績を作ればこっちのモンだもんね! 後で実は戦後の混乱からラクスを護る為、とか言えば悪い感情を持つ人は居ないだろうし。むしろ、好感を持つ人が多いんじゃないかなー。そうすれば、ミーアがミーアとしてデビューする為の道も十分に用意できると思うんだよねー。うーん。我ながら天才」
「どうして……」
「どうして、って。ミーアの歌が好きだからだよ。ラクスの歌も好きだけど、やっぱりアップテンポな歌も良いからね。楽しくなるし!」
「っ」
『ミーア。しょうらいは、かしゅになる!』
『あら。それは素敵な夢ね』
『父さんも良いと思うぞ。ミーアは歌が上手いからな』
地球に置いて来た思い出が、ミーアの中に蘇る感覚があった。
ブルーコスモスのテロにより奪われた幸せだった思い出……全ておいて、プラントへ逃げて来た筈なのに。
キラの言葉に両親の影が重なって、涙として現れ、流れた。
「み、ミーア!? どうしたの!? やっぱりラクスとして出るのは嫌だった!?」
「ち、違うの……そうじゃなくて、嬉しくて」
ポロポロと泣きだしてしまうミーアにキラは優しい微笑みを浮かべながら寄り添った。
そして、ミーアも、嬉しい気持ちと懐かしい気持ちと、悲しい気持ちを混じり合わせた涙を流し続け、キラに体重を預ける。
「それでさ。ミーアが良ければ、だけど。なんか僕も一緒にアイドル活動やってくれ。なんて言われててさ」
「……っ! そう、なんだ」
「そー。アイドル活動をやってみようかななんて冗談だったのに、みんな乗り気になっちゃって困るよーホント。アイドルって何をやれば良いかも全然分からないし」
困った様に笑うキラにミーアはまたジクジクと心の奥で黒い影が動き出すのを感じていた。
そして、それはミーアの心を少しずつ侵食して、昏い喜びをミーアに与える。
「でも、私もアイドルやるのは初めてだし。一緒に頑張ろ?」
「まー。そうだね。ハジメテ同士。二人で頑張ろうか。イザークとかに笑われない様に!」
冗談の様に、イザークの名を出しながら気合を入れるキラにミーアはバレない様に体重をもう少しだけかけながら、キラの右手を握る。
指を絡めて……。
キラはコレが恋人同士のつなぎ方である事など知らない。
だからミーアはバレない様にそっと、少しずつ、少しずつキラに近づいていくのだ。
「ラクス様にも、おかしいって言われない様に……『二人で』頑張ろうね」
「そうだね。くっ! 緊張してきた」
「大丈夫だよ。私が居るから……」
ミーアはゾクゾクと背筋が震える様な不思議な感覚を味わいながら、笑う。
少しずつ心の中にある昏い影が大きくなるのを感じていた。
だが、今は気にならない。
この場所にはミーアとキラしか居ないから。
何も気にならないのだ。
誰にも気づかれない場所で、想いは少しずつ強くなってゆく。
ジクジク、ジクジクと……。