部屋に残されたセナは、小さく息を吐いてから「困りましたね」と呟いた。
その何気ない言葉にネオは酷く焦り、ソファーを立ち上がってからセナに何度も謝罪をする。
「申し訳ございません! セナ様! 私が余計な事を!」
「いえいえ。ネオさんは何も悪くありませんよ。ただ、難しいなぁと思いまして」
「そうでしょうか? 事は簡単ですよ。セナ様に教順する。それだけで世界は平和になります」
「そういう訳にもいかないでしょう。人にはそれぞれ守るべきもの。矜持があるのですから」
「それは己だけで生きていける者だけが持てる物です。甘やかされている人間が持つソレは、矜持ではなく、ただの我儘です」
セナとネオの言葉は穏やかに進行しているが、どこまでも平行線で終わりは見えなかった。
そんな二人の会話に、勇気ある一人の青年が口を挟む。
「あのさ。ちょっと聞いても良いかな」
「セナ様との……!」
「はい。ネオさんは少し黙っててくださいね。はい。ジェスさん。何でも聞いてください」
「あー。悪いな……いや、大した話じゃねぇんだけど……」
「くだらない話の為にセナ様のお時間を奪うだと……?」
「ネオさん。実は私、雑談が大好きなので。好きな物を取られると悲しくなっちゃいます」
「なんと! では、私がよりよい雑談を用意しましょう!」
「それはとてもありがたいですが、今はジェスさんとお話させて下さい」
「承知いたしました」
ようやく引いたネオに、セナはまったくもう。と言いながらジェスに笑顔を向ける。
「お待たせしました」
「いや! 全然待ってねぇよ! それでさ。セナ様って、なんで世界を平和にしたいんだ?」
「……何故?」
唐突な質問にセナは困惑しながら頭に大量のハテナを浮かべてしまった。
「えっと……平和な方が、良いから……ですかね?」
「それはそうだろうけどさ。それはアンタがやる事なのか? アンタがやらなきゃならない事なのか?」
「……」
そして、続く質問で、完全に沈黙してしまう。
完全に追い込まれた状態であるが、ネオは不思議と何も口出しする事は無かった。
まるでこの方がネオにとって好都合だという様に。
「俺はさ。正直出来る事なんて殆どない。モビルスーツだって動かせないし。凄い兵器を開発したりなんかも出来ない。でもさ。何でも出来るって事がそのまま、何でもしなきゃいけないって事じゃないだろ?」
「でも……そうしなければ、私が存在する意味なんて……無いじゃないですか」
純粋に思ったまま放った言葉に、ジェスもそして頭を冷やす為にシャワーを浴びて来たエドも驚きを感じていた。
それは、セナ自身も気づいていないセナの闇だったからだ。
光の世界からやって来たと称される天使の心に潜む闇。
それはあまりにも衝撃的な物であった。
思わず言葉を失ってしまう程に。
だが、ネオは違う。
ネオだけはセナと出会った時から、セナの中に渦巻く虚無と渇望に気づいていた。
だからこそ、この男はセナの騎士という座を求めたのだ。
「確かに。セナ様の仰る通りです」
「ネオさん」
「人はそうであれと求められ、その様に在って、ようやくこの世界に生きる事を許されるのです。セナ様は正しい」
セナはネオに肯定されたことで少し安心した様な顔になった。
まるで、何か大きな間違いをしている様な。
世界というあまりにも広すぎる場所で迷子になった子供の様な感覚で居たから。
しかし。
そんなネオの言葉を、真正面から砕く男が一人。
「それは違うな。セナちゃん」
「……貴様。セナ様に無礼な口を利くな」
「いや、これだけは言わせて貰うぜ。人はな。誰かの許可なんか無くても生きてて良いんだ。俺もそこの仮面も、ジャーナリストの坊やも、嬢ちゃんも。みんな。同じだ。生きている事に誰の許可も要らない」
「……」
「そして生まれた事に意味なんかない。誰にもな。俺たちはただ誰かの勝手な都合で生まれて、生まれたからこの世界に生きてるんだ。そこに重要な何かなんかない。生まれたから存在する。そんで、生きてるから誰かと繋がって、生きて居たいって思うようになる。そんなモンだろ。人間なんて」
「エドさん」
「セナちゃんは難しく考えすぎなんだよ。世界とか、人類とかな。セナちゃんが生きてて嬉しい奴が居る。そして、セナちゃんが一緒に生きて居たい奴が居る。それが全てだろ?」
セナはエドの言葉にキョトンとしていたが、右手を左手でキュッと包み込んで目を閉じる。
何となく浮かんでくるのは、セナを愛していると言う家族の姿であった。
「それが生きる意味……!」
「そういう事だ。そして、俺が生きる意味でもある」
エドの言葉に合わせる様に、ビービーと警報が鳴り響き、エドは部屋を飛び出して行った。
そして、先ほどまで無言であったネオもエドを援護すると部屋を飛び出してゆく。
「……邪魔だな。あの男」
ネオは自分の愛機に飛び乗りながら、即座に周囲を索敵して、周囲に展開している敵が地球連合軍の部隊である事を察する。
セナの言葉で一度は退いたが、それでもやはり切り裂きエドは殺しておきたいという事だろう。
連合から離脱する国が増えている事で、日に日に戦力が削られてる彼らは、ここらでその減少を止めたいのだ。
だから、ネオはこれを利用して、愛しい主の闇を消し去り、自分から引き離そうとする男へと制裁を下す事にした。
ミラージュコロイドを展開し、地球連合軍の部隊に集中しているソードカラミティを強襲する。
後は、セナの願い通りに南アメリカ合衆国を独立させて終わり。
非情に簡単な仕事である。
「そこだ!」
『っ!? なに!?』
そして、ソードカラミティが隙を晒した瞬間に、ミラージュコロイドを解除しつつビームサーベルを突き出したリュニックは……中途半端な体勢で機体の動きを止めた。
コックピットの中で完全にネオの手を離れたリュニックに、ネオは誰が何をしているのかすぐに察して、コックピットから飛び出し、空を仰いだ。
そこには純白の光を背負いながら輝く一機のモビルスーツが飛んでいた。
名を『ホープ』
『戦闘を中断してください。私はオーブ連合首長国代表首長カガリ・ユラ・アスハの妹。セナ・ユラ・アスハ。世界の秩序を守る為に、無用な戦闘行為の停止を両軍に求めます』
『セナちゃん!?』
『エドワードさん。色々な事を教えていただき、ありがとうございます。そして、私がこの戦いに介入しない方が良いというのも理解はしています。ですが……私は我儘なので南アメリカ合衆国だけでなく、オーブの姫として、世界の戦闘行為に介入する事に決めました!』
『ハハッ……とんでもねぇ事言ってんな』
『そう! この戦場だけではありません。私は、この世界に存在するあらゆる戦闘行動に介入します! 私の大切な人たちが安心して生きていける世界の為に!』
セナの言葉と共に戦場に居る全てのモビルスーツが帰還以外の操作が出来なくなり、それぞれの基地へと戻ってゆく。
遺されたのは空を飛ぶホープと、ソードカラミティにリュニックの三機だけ……いや、ジェスの駆るアウトフレームだけは操縦出来る為、空を飛び、輝き続けるホープをカメラで映していた。
『……すげぇ事になっちまったな』
そして、戦闘行為を終わらせたセナは、もはやここに居る必要はないと南アメリカ合衆国の中心部へと向かおうとした。
「お、お待ちください! セナ様! 何処かへ行くのなら私も!」
だが、そんなセナにネオは必死に手を伸ばした。
もはや動かないリュニックなど見向きもせず、ネオを拒絶する様に輝き続けるホープへ……ひたすらに。
『申し訳ございませんが、ここからは一人で行動します。今までありがとうございました』
「っ!? セナ様!」
ネオはすぐにリュニックのコックピットへと飛び込み操縦をしようとするが、リュニックは何も応えず、しばらくしてから大西洋連邦の基地へ向けて自動で飛び立ってゆくのだった。
この日。
南アメリカ合衆国で行われたセナの発言と行動は、ジェスによって全世界へ広まってゆくことになる。
この事件に対する世界の反応は様々で。
セナはやはり真の救世主なのだと崇める者もいれば、反対に厄介者としてセナを憎む者も居た。
世界の影に潜む男、ロード・ジブリールもまた、その一人である。
「南アメリカ合衆国が連合を離脱し、独立か! どういう事だ! これは!」
「……申し訳ございません」
「貴様に命令していたのは時が来るまであの小娘を監視する事だった! だが、それは連合の戦力を削って良しとする事ではない!」
「……はい」
跪いたまま、ジブリールに罵られるネオ・ロアノークは特に動きを見せぬまま、ただ言葉の暴力を受け続ける。
「愚かな民衆は、あの小娘の言葉に歓喜し! 平和だなんだと叫んでいるが! 宇宙にまがい物共が居るこの世界の! どこに平和があると! 言うのだ!」
持っていたワインをネオに投げつけて、ジブリールは狂った様に叫び続けた。
今日という日まで裏から手を回し、暗躍を重ねてきたジブリールであるが、その全てがアズラエルやセナ、そしてオーブによって打ち砕かれ妨害を受け続けていたのだ。
遂に爆発した苛立ちはジブリールの頭を焼き、世界に対する憎しみで包まれる。
「はぁ…・…はぁ……ネオ。我々はまた戦争を起こす必要がある」
「ハッ」
「その為にはあの小娘が邪魔だ。分かるな?」
「……ハッ」
「貴様はアレが気に入っている様だからな。殺せとは言わない。が! もはやこのまま野放しには出来ない! あの小娘を捕まえて! 『ゆりかご』を使い! 無力化しろ! その後は貴様の好きにすればいい。それが最も大きな褒美だろう?」
「ハッ!!」
「あの小娘を手に入れれば、もう二度とまがい物共に負ける事は無いのだ! 貴様の任務は、セナ・ユラ・アスハを無力化し! キラ・ユラ・アスハを手に入れ! 私の前に連れて来ることだ! そして! 今度こそあの砂時計を! この世界から消し去れ!」
「承知いたしました」
ジブリールは命令を伝えると椅子に座り、ネオを追い出した。
そして、いくつかのデータをモニターに映しながらジッと画面に映る人物を睨みつける。
「……本当に厄介なものを残してくれた物だ。アウラ・マハ・ハイバル。人類の進化等と……アレはもはや人類ではない。ただの化け物だ」
モニターに映し出された金髪の女性は、金髪の男と言い争いをしている姿であったり、長い黒髪の男と共に研究をしている姿を見せていた。
「ユーレン・ヒビキとジゼル・クラインは死んだ。……後、残っているのはギルバート・デュランダルだけか」
そして、キラによく似た女性を中央に映し出し、ジブリールは十数年前から変わらぬ瞳をその女性に向ける。
「もう少しだ。あと少しで、私が世界の覇者となる。そうなれば……今度こそ貴女に手が届くだろう。なに。手段はいくらでもある。キラ・ユラ・アスハ、カガリ・ユラ・アスハ。貴女によく似た娘を捕まえれば、貴女は必ず……ククク」
ジブリールはモニターを見ながら口元を歪めて笑い、再びワインを取りに戻るのだった。