セナがショッピングモールで細工をしている頃、ショッピングモールの外にある路地裏では一つの譲れない戦いが繰り広げられていた。
ヴィアがセナを監視していた様に。
ヴィアが動き出す時を静かに監視していた者が居たのだ。
「……ラウ。何のつもりかしら?」
「君を止めに来た」
「意味が分からないわね」
ヴィアは心のそこから浮かび上がってきた困惑を表情に出したまま、ラウを見据える。
「君の話を私は聞いた」
「私の話?」
「そうだ。一年前。君がヤマト家で、ラクス・クラインの母親と話していた話だ」
「っ!?」
「君は確かにセナを殺すと言った。私はそれを止めに来たんだ」
ヴィアは驚愕に目を見開いて、視線を彷徨わせる。
一瞬で混乱の海に投げ出された思考は、行き場を求めて波の間をさ迷うが、答えにはたどり着けない。
「キラも、セナも! 君の娘だろう!? 何故愛してやれない! 何故信じてやれないんだ!」
「貴方は……何も知らないから!」
「知っているさ」
「……え」
「君のPCにあるデータは確認した。セナの事も、キラの事も……そして、私自身の事も」
「ラウ……」
ラウは酷く悲しそうな目をヴィアに向けたまま、呟く。
怒りや、憎しみや、絶望ではない。
ただ、自分を照らした小さな光を守りたいという意思でヴィアに訴えていた。
「ユーレン・ヒビキの作ったアル・ダ・フラガのクローンは、テロメアが短く、短命! それが私の運命だとしても! 私はその短い命をあの子達の為に使うと決めたのだ! ヴィア! お前たちへの恨みが無いとは言わない! だが、もしも罪を償いたいという気持ちが少しでもあるのなら! セナを運命から救う事で……! ぐっ、あ……」
ラウがヴィアに銃口を向けたまま叫んでいた言葉はラウの背後から現れた乱入者が撃った
テロリストを制圧する為に使われる
「……っ」
「ジゼル! 貴女!」
「ブルーコスモスがショッピングモールに向かっていくのが見えたわ。あの子の仕業でしょう。早く行きなさい。ヴィア。あの子を
「……そうね」
「……ィァ!」
ラウは動けない体で必死に手を伸ばすが、ヴィアは遠くそのまま走り去ってしまうのだった。
そして、そのままラウは意識が消え、路地裏でうつ伏せのまま動かなくなってしまう。
死んだワケではない。
ただ、時が過ぎるまで動けなくなるだけだ。
しかし、それはラウにとって死ぬよりも残酷な事であった。
それから、時間が過ぎて。
ショッピングモールの中、突然の煙と警報に、いち早く動いたアスランは洋服店の中で固まっているキラとラクスの元へ急ぎ、二人の体を掴んで床に押し付けた。
「っ! アスラン……?」
「喋るな! 多分テロだ。もしかしたらブルーコスモスかもしれない」
「ブルーっ!」
「もし、ブルーコスモスなら、僕らも危ない。身を隠したまま隠れるんだ。その間に僕が状況を確認してくる!」
「でも! 危ないよ!」
「大丈夫だ。僕は男なんだから」
「……! アスラン」
「ラクス。キラを頼む」
「分かりましたわ。でも、アスランも無理はしないで」
「分かってるさ」
アスランは研ぎ澄まされた心のまま、キラたちの元を離れ、頭の中に入っている、少々複雑なショッピングモールの通路を駆け抜けていった。
煙が充満していて、何も見えないとしても、場所を知っていれば動くのは容易い。
遠くから聞こえた銃声に、アスランは表情を引き締めながら、先へと進もうとした。
しかし、横から伸びてきた手に止められてしまう。
「おっと。そこまでだ。勇敢な少年」
「っ!」
煙の中から大人の手が伸びてきて、アスランの肩を掴んだ為、アスランは咄嗟に反撃しようと拳を突き出したが、相手は柔和な笑みを浮かべたまま、アスランの拳を受け止める。
「良い気合だ。しかし、騎士は姫様を守ってて貰わないとな。こっちは大人の仕事だ」
「……貴方は」
「キラ様の護衛さ。顔は何度か見た事があるだろう?」
男の言葉に、アスランはやや冷静になってから顔を確認して小さく頷いた。
確かに男の顔は何度かヤマト家の近くで見た事のある物だったからだ。
そして、男の向こう側からいくつかの銃声が響き、煙の向こうにいる悪意を制圧してゆく。
「キサカニ等陸佐」
「ここではキサカさん。だ」
「ハッ! 失礼しました! キサカさん! 敵の制圧は完了しました!」
「ご苦労。損害は?」
「ありません。セナ様からお借りした金属探知ゴーグルのお陰でほぼ一方的な撃ち合いとなっております」
「うむ。後でセナ様に感謝を伝えておかねばな」
「……セナ?」
アスランは男たちの話す会話の中で聞こえてくる名前に、ドクリと心臓が跳ねるのを感じた。
そういえば、セナはどうしているのか。
警報に動揺して、キラたちを助けに走ったが、そもそも警報が鳴る前にセナはトイレへ行ってしまったのだ。
近くにその姿はない。
「セナは! キサカさん! セナはどこに居るんですか!?」
「君が一緒だったのではないのか!?」
「っ!」
「君!」
アスランはキサカの手を振り払って、煙の中を突き進んでゆく。
何故か酷く嫌な予感がした。
そして、既にテロリストは鎮圧され……静まり返っているショッピングモールの中、一つの銃声が響いた。
それは、ショッピングモールの入り口からは少し外れた場所で。
上層へ向かうエスカレーターと、アスランたちが居た一階の店が並ぶ通路の交わる場所。
その中心に、一人の少女が倒れていた。
「……?」
既にこの辺りに居た人は外へ避難したのだろう。
人の気配はなく、居るのは地面に倒れているその少女のみだ。
青色のワンピースと、その上には灰色の少し大人びたジャケットを着ている少女は……栗色の長い髪を地面に広げながら、地面の上に寝ている。
そして、少女の周りには……赤い液体が床を汚していた。
「せな……? 違うよな? セナが、そんな」
よろよろと、セナに近づこうとしていたアスランであったが、小さな子供が走る様な足音と、遠くから聞こえる声にアスランは正気に戻った。
「アスラン!」
「キラ! こっちに来るな! 来るんじゃない!」
「っ!」
「あ……あぁ……」
アスランの忠告を無視して、走り寄ってきたキラは、目を見開いて、驚愕に顔を染めたまま、足を止めた。
止めてしまった。
まるで見えない壁があるかの様に、それ以上近づけない。
だが、それでも、キラは足を踏み出して、床に倒れる少女の元へと向かった。
「……セナ?」
「……」
「セナ。ねぇ、どうしたの? セナ! 返事をしてよ!」
キラが床に倒れたセナに近づいて、その体を揺らすが、セナからの返事はない。
だが、それでも、キラはセナの名を呼び続けた。
「嘘だよね! セナ! 目を開けてよ! こんな冗談面白くないよ!」
「あ、アスラン……これは」
「分からない。俺が来たときには」
「っ! アスラン! セナが目を開けないんだ! どう、どうすれば良いの!?」
「どう、すれば」
キラが目に涙を浮かべながら問うた質問に、アスランは答える事が出来なかった。
どうすれば良いのか分からず狼狽えてしまう。
しかし、そんなアスランをそのままに、頭を押さえて、吐き気を堪える様な顔をしていたラクスが、アスランへと言葉を向ける。
「アスラン……救急に電話を。まだ終わった訳ではありません」
「そ、そうだな。電話、電話だ」
アスランは動揺したまま、懐から通話用の端末を取り出して、コペルニクスにある救急へと連絡をする。
そして、ラクスは頭を押さえたまま。キラとセナに近づいて、キラに話しかけた。
「キラ。落ち着いてください」
「でも! ラクス!」
「慌てていても、セナさんは助けられません」
「……!」
ボロボロと流していた涙をそのままに、縋る様な目でキラはラクスを見つめた。
「まだ撃たれてからそれほど時間は経っていません。まずは血を止めましょう。応急処置です。泣いているよりも、出来る事をするべきです」
「う、うん。分かった……。ラクスは、分かる?」
「専門家ではありませんが、
「分かった。僕、やるよ」
涙を拭って、キラはセナに向き直り、ラクスに言われるままセナへの応急処置を行う。
汗だくになり、息が切れても、救急隊が来るまで、キラはセナの名を呼び、動き続けた。
しかし、結局救急隊が来るまでセナに何も変化はなく、セナはキラとラクスの手を離れて、救急ヘリで病院へと搬送された。
キラとラクス、アスランも別のヘリで病院へと向かい、手術室の外でセナが助かる事をただひたすらに祈った。
「……! キラ!」
「っ! おか、あさん!」
「来るのが遅れてごめんなさい」
そして、手術室の外で両手を強く握り合わせ、生まれて初めて神に祈っていたキラの元へカリダが駆け寄ってきて、キラを抱きしめるが、キラはただ首を横に振るばかりだ。
いつもは元気で、笑顔に溢れているキラの憔悴した姿にカリダは何も言えず、そのまま強く抱きしめた。
それから、多くの時間が流れた。
無論、それは実際の時間としてもそうであるし、キラ達の体感時間としてもそうだ。
永遠に等しい時間がキラ達の中で過ぎ、ようやく手術室の扉が開かれた。
「あぁ。お母様ですか?」
「あ、いえ。私はセナの叔母です。実母は今、連絡が取れなくて。ただ、何か決める事があれば私が」
「……承知いたしました。では申し訳ございませんが、時間が無いため、ご確認をお願いします」
「はい」
「セナさんですが、おそらくかなりの至近距離から胸に向かって銃弾が放たれ、体を貫通しております」
「……はい」
「しかし、胸にあったペンダントに当たった事で奇跡的に心臓を外れていた為、何とか蘇生には成功しました」
「っ! ありがとうございます! ありがとうございます」
涙を浮かべながらお礼を言うカリダに、医者は冷静な顔をしたまま、その礼を手で制した。
「話はここからです」
「はい……!」
「蘇生には成功しましたが、意識は回復していません。それどころか状態は時間を追うごとに悪化しています」
「っ、ど、どうすれば、お金なら」
「金銭の問題ではありません。設備の問題です。この病院の設備ではセナさんを救えない。どこか、高度な技術を持つ病院なら……「プラントの病院なら!」っ」
医者の話に、アスランが立ち上がり叫ぶ。
震える拳を強く握りしめながら、医者を真っすぐに見据えて、叫んだ。
「プラントの病院なら、救えるでしょう!?」
「……私も何度かプラントへは行った事があるので、確かにプラントの病院ならば、可能性は高い。しかし、今は非常に微妙な時期だ。彼らが受け入れてくれるかは」
「僕は!! アスラン・ザラ! プラントを束ねるザラ評議員の息子だ! 受け入れてくれる!」
「っ! 評議員の、息子……ですか。叔母様は如何でしょうか」
「もし、それしか道が無いのであれば……お願いします。アスラン君も、ごめんなさい」
「いえ。僕は、こんな事しか、出来ませんから……」
「アスラン、ありがとう。ありがとう……」
「……キラ。すまない。僕は……」
「では準備を進めさせていただきます。ご家族の方も準備をお願いします」
それから医者は話を早く切り上げるとそのまま手術室へと戻っていった。
本来であれば書類の整理などもあるが、後で全て行うと告げながら。
そして、キラ達が、手術室の前でプラントに行く事を決めていた頃。
事件の起こったショッピングモールの近くで、汚れた服の男が震える体を無理矢理起こして立ち上がっていた。
いつの間にか降り始めた人口の雨の中、いつもは綺麗に整えられた金色の髪を、雨に濡らし、だらりと下げながら、フラフラと進む。
男は強い電気ショックを受けた影響で得た新しい感覚に、大きく、深い息を吐きながら、金色の髪の間から輝く蒼い瞳を輝かせて、エアポートを目指して歩き始めた。
男にとって最も大切であった者は、ほんの少し前に奪われた。
男が得た遠くの存在を感知できる力で、セナの命が消えたのを感じてしまった。
守りたかった物が、手から零れ落ちて、消えてしまった。
しかし、男にはまだやる事が残されていた。
故に、男は地球へ向かう為のシャトルを目指して進む。
そして男は、ヴィアの説得に失敗して、セナと逃げる際に作っておいた偽造の身分証を胸ポケットから取り出しながら、復讐に燃える瞳で告げるのだった。
「お名前と行き先は」
「ラウ・ル・クルーゼだ。地球へ向かうシャトルを頼む」