コペルニクスからプラントへ向けて出発した医療用シャトルの中には、簡易冷凍睡眠状態で眠っているセナと、キラにカリダ、アスランにラクスが乗り込んでいた。
そしてセナの状態を伝える為に彼女たちと共にシャトルへ乗り込んだ医者はどこか不安そうな顔をしながら、遠い宇宙の彼方を見据える。
それもそうだろう。
現在、プラント周辺は非常に緊迫した状態なのだ。
プラント自体は理事国が管理しているとはいえ、理事国の横暴に怒りを抱えているプラント市民は多い。
ナチュラルであるというだけで何をされるか分からないのだ。
流石に問答無用で殺されてしまう。という様な事は無いだろうが。
それも現地に行ってみるまでは分からないのだ。
しかし、それでも。
そんな危険を抱えながらも、医者がプラントを目指したのは、セナという少女に運命を感じたからに他ならない。
本来であればブルーコスモスのテロで死んでいてもおかしくはなかった。
しかし、様々な偶然が重なり、少女はギリギリの所で生きている。
これが、ただの偶然か、奇跡か、運命か。
それは医者には分からない。
分からないが、奇跡の様に命を繋いでいる少女の行く末を、医者は見てみたいと思ってしまったのだ。
故に、彼は命の危険を感じていても、プラントを目指して宇宙を突き進んでいた。
そして、そんな医者の覚悟も知らぬまま、冷凍睡眠装置の中で眠っているセナの周囲には泣きつかれたキラと、キラを抱えるカリダ。
セナを挟んだ反対側には、セナを見つめるアスランとラクスが並んで座っている。
「……セナ」
「キラ。少し眠りなさい。何かあったら起こしてあげるから」
「……うん」
「アスラン君やラクスさんも。疲れているでしょう? 色々とあったから」
「はい」
「……」
カリダの言葉に、キラは小さく息を吐いて目を閉じてから軽くカリダに寄り掛かる。
ラクスもカリダを困らせない様に寝たフリをしようと思っていたのだが、隣に座っているアスランが、話を聞いているのか、居ないのか。ジッとセナを見つめながら難しい顔をしている事に気づいた。
「アスラン」
「……聞こえていますよ。ラクス」
「でしたら。今は何をするべきか。貴方にも分かるでしょう?」
「えぇ」
アスランはラクスの言葉に頷いたが、両手を組んだまま、セナをジッと見つめて動く事は無かった。
キラが小さな寝息を立て始めた事に気づいて、ラクスは声を潜めながらアスランの肩を叩く。
もしかしたら聞こえていないのではないかと考えたためだ。
しかし、アスランはラクスに対して、聞こえていますと短く返して、やはり変わらずセナから視線を外す事は無いのであった。
そんなアスランにどうしたものかとラクスが考えて居ると、アスランは小さく口を開いて話し始めた。
「僕はセナの傍に居たんです」
「……アスラン?」
「一人は危ないって分かっていたのに、テロの怖さも知っていたハズなのに……セナの手を離してしまったんです」
ラクスはアスランが静かに涙を流しながら語る言葉を黙って聞きながら、あぁと前の世界での事を思い出していた。
ラクスが知る限り、アスランが泣いている姿を見たのは、一度きりだ。
守れたはずの少女を守れなかった。手を離してしまったのだと、彼は強く後悔していた。
変わらない。
当然と言えば当然の話かもしれないが、ラクスは少しだけ安心した様な気持ちになった。
ラクスの記憶にだけ残る世界でも、彼は最期の瞬間まで正義の人だった。
迷い、悩んで、結果として道を間違えた事もあったけれど、彼は後悔を抱えながらも進む事の出来る人だ。
例え困難な道だとしても、彼は歩み続ける事が出来る。
「アスラン」
「……なんでしょうか」
「セナさんは強い人ですわ」
一瞬、アスランの強い目がラクスを射抜いた。
まるで睨みつける様な強い目に、普通の人間ならば引いてしまうだろう。
しかし、アスランの前に居るのはラクス・クライン。
例え、向けられているのが銃口だろうが、大量破壊兵器の矛先だろうが、意思も言葉も曲げる事はしない。
「貴女に何が分かるんですか」
「分かりますわ。この一年。朝も昼も夜も、共に居ましたもの」
「だから、それが……!」
「だから。こんなにも自身を想っている人たちを置いて。セナさんが何処かへ行く事は無いと言っているんです。分かりますか? アスラン・ザラ」
「っ!」
「貴方も少し休みなさい。セナさんが元気になった時、その様な顔で睨まれては、嫌われてしまいますわ。貴方はセナさんのお兄ちゃん。なのでしょう?」
「……ラクス、僕は」
「思い悩む事もあるでしょう。ですが、今は信じるだけです。セナさんの、強さを」
「はい」
アスランは観念した様に目を伏せた。
そして、壁に寄り掛かりながら、目を閉じる。
本格的に眠る事は出来ないだろうが、気持ちを落ち着かせる為に、休むという選択をしたのだろう。
変わらないな。と思いながら、ラクスは皆の邪魔にならない様、歌を奏でる。
かつての様に。心を包み込む歌を。
少しでも、みなの傷が癒える様にと願いながら。
月面都市コペルニクスを出発してから約二日経ち、医療用シャトルはプラントを目視できるポイントまで到達した。
そして、通信を繋げながら、プラントへと接触しようとする。
しかし……。
『許可は出来ない』
「許可出来ないって! こっちには患者が乗ってるんだ! 医療施設を借りたら、すぐに月へ帰る!」
『悪いが、そちらがテロリストではない証拠が無いからな。お引き取り願おう』
「このシャトルは非武装だ! それに、持ち物検査なら好きなだけやれば良いだろう!」
『悪いが規則でな。特例を出して欲しいのなら、それ相応の所に連絡をしてくれ』
「くっ」
シャトルのパイロットが悔しそうに顔を歪めながら、再度交渉をしようとした時、話を聞いていたラクスが操縦席へと入り、通信に割り込む。
「分かりました。ではシーゲル・クラインに確認を取ってください。貴女の娘、ラクス・クラインが入港を求めているが、どうすれば良いかと」
『く、クライン!? その様な虚言は!』
「確認すればすぐに分かる事です! もし、
『わ、分かりました……連絡しましょう』
プラントからの通信は切れ、ラクスはふぅと息を吐くと、申し訳ございませんでした。とパイロット二人に謝罪する。
しかしパイロット二人は笑顔で感謝を告げるのだった。
それからシャトルは、すぐにプラントの港へと案内され、事情を聞いていたプラントの救急隊によって急いで病院へ運ばれる。
「では、
「申し訳ございませんが、ラクス嬢。ここから先に入れるのはコーディネーターだけです」
だが、セナが運ばれ、残されたラクス達に向けられたのは多数の自動小銃であった。
「何故か。理由をお尋ねしても?」
「理由なら分かるでしょう? 先日も、プラント内部でテロが起こり、少なくない犠牲者が出ています」
「しかし、彼らは!」
「例え、どの様な事情があろうと、今は受け入れ出来ません。ご容赦を」
頑なに、入国を拒否するプラントの者たちに、ラクスは不満を示すが、彼らは意見を変えない。
例えクラインの娘であろうが、ザラの息子であろうが、これは変わらないのだろう。
だから……。
「分かったわ。じゃあ、キラ。セナの事をお願いね」
「っ! お母さん」
「お姉ちゃんとして、セナの事を守ってあげて。一緒に月へ帰ってきてね」
「……、わかった」
「お義母様。キラとセナさんの事はどうか
「ありがとう。ラクスさん」
「いえ!」
「私は彼女を手術した医者だ! 体は入れなくても良い。私が行った治療の報告書は受け取って貰おう!」
「あぁ、まぁ。良いだろう。ナチュラルの情報が役に立つとも思えんがな」
「私は医者だ。患者が救えるのなら、ナチュラルでもコーディネーターでも何でもいい。その驕りが、命に繋がるのなら、託すだけだ。私がここまで繋いだ命だ。決して零すなよ」
「……わかった。この資料は必ず届けよう」
カリダはキラと別れを告げ。
医者はプラントの入港管理官に、この二日で書いてきた紙の資料を押し付ける。
そして、彼らは銃口を向けられたままシャトルに戻り、そのままプラントを急いで出て行った。
キラは不安そうな顔をしながらもシャトルを見守り、安全圏まで離れた事を確認してから、ラクスやアスランと共にセナが運ばれた病院まで急いだ。
初めて来るプラントであるが、景色を楽しむ様な余裕がキラには無く。
ラクスとアスランもまた、久しぶりの故郷を楽しむ余裕は無かった。
しかし、セナが運ばれた病院はプラントの中でもトップクラスの病院だという事で。
到着してすぐに、セナの手術が始まったという事を知らされた。
そして三人がセナの手術を待っている間に、キラも一応検査をするという事で、精密検査を受ける事になり。
数時間かかる検査が終わる頃には、セナの手術もすっかり終わっていて、セナが寝ている病室にキラも案内されるのだった。
「しつれい、しまーす」
「キラ。ようやく終わったのか」
「うん。なんか凄い細かい所まで調べてたみたい。僕は傷一つついてないんだけど」
「そうなのか。それは大変だったな」
「うん。本当に」
不思議そうな顔をしながらキラを病室に迎え入れたアスランは、安らかな顔で寝ているセナの元へキラを案内する。
「だがキラ。良い事もあるぞ。セナの手術は成功した」
「っ! ホントに!?」
「あぁ。今は薬で眠っているがな。さっき少しだけ話もしたぞ。お姉ちゃんに心配かけちゃって、ごめんなさい。だそうだ」
「~~! よ、かった……」
「そうだな。本当に、良かった」
目じりに涙を浮かべながらも、大泣きするキラの背中を撫でるアスランを見て、ラクスは眩しい物でも見る様に目を細めた。
ひとまずは、無事に終わった事を心の底から安堵した顔で喜び。
二日ぶりに襲ってきた眠気の中で、壁に寄り掛かりながら静かに眠るのだった。