まるで海の中を漂う様な不思議な感覚の中で、キラはゆったりと体を休めていた。
酷く眠い様な感覚もあり、このまま眠りたいという様な想いもあるが、それでは駄目だという声もどこからか聞こえる。
それはキラの中にある危険を知らせる本能だろうか。
「まったく。あの男め。『ゆりかご』を使うとは……なんと不敬な」
「……だれ?」
「起きたか……というのも妙な話だが、どうやら話が出来る程度には意識が回復している様だな」
キラは上半身を起こして、キラキラと虹色に輝く空間の中で自分に話しかけていたセナを見つめた。
普段とは口調も表情も違うが、キラはあまり気にしない。
「えーっと、僕らどうしてたんだっけ」
「アーモリー・ワンでステラ、スティング、アウルに気絶させられて、ガーティー・ルーへと運ばれたんだ」
「あー。そっかぁ。しまった。完全に油断してたなぁ」
「まったく仕方のない奴だ」
「あー、はは。面目次第も無い」
セナの前で頭をかきながら、申し訳なさそうな顔をするキラに、セナはスッと目を細めてキラを見据える。
そして、ジッとキラを睨みつけたまま口を開いた。
「というか貴様」
「ん? どしたの」
「何かおかしいとは思わないのか?」
「おかしい……? いや、まぁ確かにこの空間はおかしいけど、ほら。前にガンダムとホープでこういう空間見たじゃない。アレと同じでしょ? 原理はよく分からないけど」
「そうではなく! 私の事だ! 私の!」
「セナのこと? 何かおかしい?」
「チッ! ここまで鈍いとは! おかしいだろう! 口調も表情も! 話し方もお前の呼び方も! 何もかもが!」
「そう?」
「そうだ!」
苛立ちをぶつける様に叫ぶセナであったが、キラは何も動じた様子を見せないままくぅーっと背筋を伸ばして体をほぐしている。
マイペースというか、何というか。
いっそ自分勝手とも見えるその姿にセナは苛立ちのままに更なる暴言を吐こうとしたが、その前にキラがジッとセナを見つめながら口を開いた。
「貴様! 自分の妹が妙な話し方をしていて、おかしいと思わんのか!」
「別に。元気な方のセナは、本当はそういう喋り方なんだなぁーって思ってるだけだけど」
「だから、私は……! っと、待て。今、なんと言った?」
「え? いや、だから。元気な方のセナは、本当はそういう喋り方なんだなぁーって思ってるよ。って」
「元気な、方のセナ……だと?」
「あー! そっか。もしかして、君には君の名前があるのかー! それは申し訳ない事をしたなぁ。セナはセナだと思ってたから」
「貴様……気づいていたのか」
「そりゃ。僕はセナのお姉ちゃんなんだから。二重人格っていうの? よく分かんないけどさ。セナの中に二つの心がある事は気づいてたよ」
ハッキリと、だからどうした。とでもいう様にキラはセナに告げた。
その言葉に、セナは酷く驚いた様な様子で目を見開いていたが、やがて小さなため息と共にペタリと地面に座り込んで口を開く。
「まったく、貴様は……どうして、こう……もっとあるだろう? 色々と」
「色々?」
「自分の妹に、なんだかよく分からない奴が住み着いているんだぞ?」
「別に何だかよく分からない子じゃなくて、もう一人のセナでしょ?」
「体が同じなだけだ。私はセナじゃない」
「えー。そうなんだ」
「そう。そうなんだ。どうだ? 怖いだろう? 恐ろしいだろう? ……排除したく、なるだろう?」
「ハァー」
段々と小さくなってゆくセナの声に、キラは大きなため息を吐いた。
そのため息にセナはビクッと怯えた様な顔をしたが、キラは呆れた様な顔のままセナをギュッと抱きしめる。
「君も。僕がセナって呼んでる子も。同じだね。そうやって自分を傷つけて、僕は悲しいよ」
「……キラ」
「良い? 僕はセナのお姉ちゃんだ。でも君だって僕の大事な妹だ。消えて欲しいなんて願う訳が無いだろう? 大切だよ」
「だが! 私は、世界を支配する為に生まれた! 人々を苦しめる為の存在で!」
「それで?」
「それで……って」
「僕は最高のコーディネイター! 人の夢! 人の業の果てに生み出された存在! なんだけどさ。だからどうした。って話なんだよ。僕は確かにそうあれと願われて生み出されたかもしれない。でも、僕は僕として生きて来た。それが今の僕。セナや君やラウ兄さん、カガリやアスラン……ラクスと一緒に、笑って生きていきたい普通の女の子なんだよ」
「……」
「君だって同じだ。どの様に生まれたかなんて重要じゃない。だって、君はいつだってセナを守って来たじゃないか。僕は知ってるよ。君の事を。強くて、寂しがりな君の事を」
ポロポロと涙を流す強がりな少女を抱きしめてキラは微笑んだ。
「君も、僕の妹だよ。君がセナを守ってくれるなら。僕は君とセナを守ろう。それがお姉ちゃんだからね」
「キラ……お姉ちゃん、か」
「そう。キラお姉ちゃんです」
ホッとした様な笑みを浮かべ、セナはキュッと控えめにキラの服を掴む。
その様子に、まだまだ甘え方を知らないんだなとキラは微笑んで、セナの頭を撫でた。
そして、ここがガーティー・ルーであるならば脱出しなければと立ち上がる。
「キラ」
「うん?」
「私は、お前も、守りたい」
「それは嬉しいけど、でも僕はお姉ちゃんだから」
「だから、セナを護って。私を否定しないで受け入れてくれた。セナを」
「君!」
キラは何故か姿が薄くなってゆく少女へと手を伸ばす。
だが、少女は涙をつぅっと流しながら遠く、その姿を薄く消してゆくのだった。
「今度会ったら、私の名前、呼んでくれると嬉しい。キラ」
「分かった! ちゃんと呼ぶから! だから……!」
「私の、名前は……」
ピーピーと耳障りな機械音が響く中、キラはハッと目を覚まし、勢いよく体を起こした。
周囲を見渡すが、どうやら先ほどの空間ではなく、現実の世界らしいと周囲を囲む機械や、自分が座っているふわふわのクッションを触りながら考える。
「……クリスタ」
そして、一つの名前を呟きながら右手を強く握りしめた。
「まさか、失敗するとは思わなかったな。それだけ特別という事かな?」
「……貴方は」
「私はネオ・ロアノーク。貴女とセナ姫様を救出した者ですよ」
「救出?」
「そう。邪悪なるコーディネイター共の巣から、ね」
「また、戦争を起こすつもりですか?」
「まさか! 我らは戦争など望んでいない! 軍備を拡張し続けていたのはコーディネイターではありませんか! 人口比率に対して彼らの生産数は異常だ! これは戦争を起こそうとしているに違いない!」
「それは……!」
「と、民衆をたきつけるのは容易いのですよ。キラ様」
「そうまでして争いを起こして、何を求めているのですか、貴方は」
「騎士として! セナ様にお仕えする事! それ以外にはありますまい! 平和な世界では戦士に存在意義などありませんが、世界が混乱すれば、争いが起きれば、憎しみが満ちれば? 姫君は騎士無くして生きていく事は出来ない」
仮面を付けながらニヤリと笑う男に、キラはゾクリと背筋が凍り付く様な寒さを感じた。
しかし、瞳は逸らすことなく、真っすぐにネオを見つめる。
「その目。セナ様とよく似ている。良い目だ。高潔な魂を持つ者だけが宿す事の出来る瞳。美しいですよ。キラ様」
「セナは争いなど求めてはいない」
「そうでしょうとも。だからこそ、争いで世界が満たされればセナ様は苦しい想いをされる。とても、とても……ね。そんなセナ様のお心を癒すのはキラ様かもしれませんが、その全てを護るのはこの私なのですよ」
「どうして、そこまでセナに執着するのですか」
「フッ。愛され、望まれ、生まれて来た者には分からないでしょう。虚無の中で生まれ、生きて来た者の気持ちは。触れた暖かいぬくもりが、手放せぬ幼子の感情など……」
「あなたは……」
「ともかく! 貴女はある場所へとお連れします。それまではどうか大人しくされていますよう!」
キラは妙に圧力のあるネオとの話を終えて、ふぅと息を吐いた。
威圧感というか、妙な圧迫感のあるネオは話しているだけでキラの精神を大きく削ってしまうのだ。
「……でも、どうしようかな」
「キラ!」
「うわっ」
キラがこれからどうするべきかと思考の海に飛び込んだ瞬間に、正面から勢いよく抱きつかれ再びゆりかごのベッドに倒されてしまう。
何が起きたのかと自分に抱き着いている存在を見れば、そこにはキラキラと輝く金色の髪があり、少し離れた場所からこちらへ向かってくる存在に、抱き着いてる子が誰か察するのだった。
「……ステラ」
「うん。キラ、キラだ」
「なんだ。もう起きてたのかよ」
「久しぶりだね。アウル。それに、スティング」
「あぁ。キラも元気そうで良かったぜ」
「まぁ、そうだね」
「あれぇ~? セナはまだ寝てんのかよ!」
「疲れてるんだ。寝かせてあげてよ」
ネオという男はともかく、子供達は何も悪くないとキラは三人を受け入れ、三人が話したいことを、うんうんと頷きながら聞くのだった。
そして、キラがステラ達と話をしている頃。
ブリッジへと向かったネオはガーティー・ルーの艦長であるイアンと言葉を交わしていた。
「状況はどうか」
「特に変わりはありませんな」
「ポイントBまでの時間は?」
「一時間半ほど。でしょうか」
「ふむ」
「まだ追撃があるとお考えですか?」
「判らんね。判らんから、そう考えて予定通りの針路をとる。予測は常に悪い方へしておくもんだろう? 特に戦場では」
「ふ。そうですな。彼らの最適化は?」
「概ね問題はないようだ。しかし、キラ様とセナ様への干渉は失敗した」
「……まさか」
「コーディネイターだから失敗したのか。もしくはあの二人だけ特別なのか。それは分からないけどな。こりゃあラボに行く必要があるかもしれん」
「あまり、手荒な手段は取りたくないですがね」
「仕方ないだろう? 結局連中の事など忘れてしまった方が幸せなんだ。こちら側の女神で居てもらう為には、ね。嫌なら彼女たちをZAFTに返すか?」
「まさか。私は自分勝手な男ですよ」
「そうか。やはりお前とは気が合うな。イアン」
「全くですな」
「しかし、であるならばだ。同志諸君。我らの願いは変わらない。姫様を我らの手に!」
「「「姫様を我らの手に!」」」
ネオの声に応え、同じ言葉を繰り返すブリッジクルーにネオは笑みを深めながら小さく頷くのだった。
戦いは未だ終わりを迎えてはいない。
いや、これからが始まりなのだ。
故に。
ネオは、追撃部隊を壊滅させる為の作戦を思案するのだった。