地球連合より理不尽な要求を突き付けられたプラントでは、議会が紛糾し、収拾のつかない状態となっていた。
誰も彼もが、言葉を荒げながら感情のままに叫んでいる。
「全く以て話にならん! 一体何をどう言ってやれば、彼等に分かるのかね」
「何を言ったって分からないんじゃないですか? そもそも最初からそんな気などなかったように思えます。これではッ……!」
「何を今更! テログループの逮捕引き渡しなどと! あの機体は確かにZAFTから流出した物であるが、パイロットなど我らはどこの誰とも知らんのだぞ! そして、あの戦場には連合のモビルスーツもあった!」
「犯人すら分かっていない状況で、我らの仕業と決めつけて! その上賠償金、武装解除、現政権の解体、連合理事国の最高評議会監視員派遣とは。とても正気の沙汰とは思えん!」
「奴等だって、こちらが聞くとは思ってないでしょうよ。要は口実だ。例によってプラントを討ちたくて仕方がない連中が煽っているのでしょう。宇宙にいるのは邪悪な地球の敵だとね」
「しかし、いくらなんでもこれは無謀です。連合は、本気でこのまま戦端を開くつもりなのでしょうか。今そんなことをすればむしろ彼等の方が……」
「従わなければそうすると言ってきているではないか! 現に!」
「月の戦力は無事らしい。被害の大きかったのは赤道を中心とした地域だ。大西洋連邦とユーラシアは元気なものさ」
「戦争となれば消費も拡大するし、憎むべき敵が明確であれば意欲も湧く。昔から変わらぬ人の体質ですよ」
「しかし……それにしてもこれは……!」
「やると言っているのは向こうですよ。我々ではない」
怒り、憎しみ、嘆き。
あらゆる感情が溢れ、言葉となってぶつかり合っている中、ただ一人、この状況を既に知っていた男、ギルバート・デュランダルはあくまで冷静に言葉を尽くす。
デュランダルの瞳には冷酷な。
進化したと自称する人類への侮蔑の色が見えるが、それに気づく者は居ない。
「皆さん」
「弱腰では舐められる!」
「とにかく、こちらも直ぐに臨戦態勢を!」
「いや、それではあまりにも遅い」
話を聞かない者達にデュランダルはため息を吐いて、再び声を上げた。
「皆さん。どうか落ち着いて頂きたい。お気持ちは解りますが、そうして我等まで乗ってしまってはまた繰り返しです。連合が何を言ってこようが我々はあくまで、対話による解決の道を求めていかねばなりません。そうでなければ、先の戦争で犠牲となった人々も浮かばれないでしょう」
「だが、月の地球軍基地には既に動きがあるのだぞ。理念もよいが現状は間違いなくレベルレッドだ。当然迎撃体制に入らねばならん」
「無論、迎撃はしましょう。しかし、ただ撃つばかりでは未来にあるのは破滅だけだ。それは皆さんもよく心に留めておいていただきたい。我らはあの時、かの姫君たちの声を聞き、その足を止めたのですから」
「えぇ。そうですわね。デュランダル議長の仰る通りかと思います」
「ラクス様……」
「血のバレンタインを繰り返してはなりません。同じ悲劇が起きれば、世界はまた容易く終わりへと向かうでしょうから。ですが、それと同時に対話の道を諦めてもいけません。憎しみのままに銃を手に取れば、断ち切った連鎖が再び蘇る事でしょう」
ラクスの毅然とした態度に、デュランダルの冷静な言葉に、議会は少しずつ落ち着いて行く。
その様子を見ながらラクスはホッと息を吐くのだった。
それから。
防衛に関しては国防委員会に委任され、現状としてはなるべく争いを避ける方向で議会は終了した。
そして会議も終わり、議会の会場を出たラクスはかつてラクスの父であるシーゲル・クラインがそうやっていた様に、議会のすぐ外にある『エヴィデンス01』を見つめる。
「ラクス嬢」
「あぁ……デュランダル議長。先ほどはありがとうございました」
「いえ。礼を言いたいのはこちらの方ですよ。私では彼らを諫める事は難しかったでしょう」
「その様な事は。デュランダル議長は立派にその役目を果たしておりますわ」
「ハハハ。そう言っていただけますと救われる気持ちです」
デュランダルは笑みを浮かべたまま、同じ様に微笑みを浮かべるラクスと言葉を交わす。
現状、クライン派はプラントの政治的な中心にいるが、アーモリー・ワンの事件以降は過激派が力を増しており、クライン派は厳しい状態に立たされていた。
そんな中でも、ラクスとデュランダルは平和を訴え、彼らの勢いを削いできた。言わば同志とも言うべき存在である。
「しかし、本来であれば私よりも、ラクス嬢の方が議長には相応しいでしょう。市民も、それを望んでおります」
「私などは、ただ名を知られているだけの者ですわ。議長という大任は私には重すぎます」
「ですが……己の理想とする世界を作るためには力も必要でしょう?」
「世界の行く先を選ぶのは、この世界に生きる全ての人です。誰か個人ではありません」
「……だが、民衆は強者に支配される事を望んでいる。その能力を……才能を持って生まれた存在に」
「その様な者が存在するのですか?」
「えぇ。私はその様に『信仰』しておりますよ。人の未来を決めるモノは、その人の中にあるのだと」
ラクスは底の見えない笑顔を浮かべているデュランダルを見据えながら、自分の中で言葉を探り返そうとした。
しかし……。
「ラクス様! そろそろお時間が!」
「おっと、長く引き留めすぎてしまいましたね。申し訳ございません」
「いえ……ですが、またどこかでお話出来ると嬉しいですわ」
「そうですね。ではいずれ」
デュランダルは遠ざかっていくラクスの背中を見ながら目を細めた。
そして、『エヴィデンス01』へと視線を戻し、笑う。
「ラクス・クライン。貴女もその器ではないという事かな」
「大いなる災厄は我らの準備など待ちはしない。このままでは滅びが待っているだけだというのに」
「やはり、『彼女』が世界を導く事になるのかな」
デュランダルは誰に聞かせるでもなく一人呟いていたのだが、不意に議会とも出入口とも違う暗闇へと視線を向け呼びかける。
「君の意見が聞きたいな。ラウ」
「議会へ呼び出されたかと思えば、何の話かな。ギル」
「まぁ、世間話の様な物だよ。これから誰が世界を導いていくのかという、茶飲み話さ」
「ふっ、私から見れば君がその役目を手に入れようとしている様に見えるがね」
「まさか! 私はその器ではないよ。私の遺伝子は政治よりも研究と言っているし。サイコフレームも私には破滅の未来しか見せなかった」
「……そうか」
「だが……『彼女』はサイコフレームに触れた時、笑ったんだよ。その場にいた誰もが絶望の未来に震えていたというのに、彼女だけが……未来に光を見つけていた」
「偶然かもしれないだろう? 『彼女』はその時、赤子だったのだから」
「しかし、彼女は今もサイコフレームに触れ、またサイコフレームに囚われた者も彼女を求めた。それが答えではないかな」
「私としては、あの子達には特別など捨てて欲しいと願っているのだがね」
「だが運命は……彼女たちを逃しはしない」
「だろうな」
デュランダルとクルーゼの間に沈黙が落ちて……世間話は静かに終わりを告げた。
そして、再び議長としての顔に戻ると、デュランダルはクルーゼに指示を送る。
「クルーゼ隊長。プロヴィデンスの改良型を用意した。ミラージュコロイドもレーダーで捕捉出来る。核攻撃部隊を阻止してくれ」
「ハッ!」
デュランダルとクルーゼが言葉を交わしている頃。
地球の某所では、ロード・ジブリールと大西洋連邦の大統領が通話を行っていた。
「さて、それで? 具体的にはいつから始まりますか、攻撃は」
『そう簡単にはいかんよジブリール。せっかちだな。君も』
「ふっ」
『プラントは未だに協議を続けたいと様々な手を打ってきておるし、声明や同盟に否定的な国もあるのだ。そんな中、そうそう強引な事は……』
「おやおや。前にも言ったはずですよ。そんなものプラントさえ討ってしまえば全て治まると」
『はぁ……』
「奴等が居なくなった後の世界で、一体誰が我々に逆らえると言うんです? 赤道連合? スカンジナビア王国? あのムルタ・アズラエルだって、コーディネーターを撃つことには反対していないのでしょう? ならば我らの敵はもういないではありませんか」
『君は大事な人を忘れているんじゃないか?』
「大事な人? あぁ。キラ・ユラ・アスハとセナ・ユラ・アスハですか。それならば何も問題はありませんよ。既に二人の身柄は我々が確保しています」
『……だとしても、戦争を起こした存在と知られれば、私の政治生命は終わりだ。それどころか、彼女たちの信奉者に殺されるかもしれん』
「だから、プラントからの明確な答えを待っている。ですか」
『そういう事だよ。こちらの事情も、少しは考えて貰いたいものだね』
「フン」
『それに、だ。今はオーブがある』
「オーブ?」
『実質的な世界の監視者とも言うべき立場の国だ。我らの横暴を、かの国は許しはしないだろう』
「ハッ! オーブ! あんなちっぽけな国に何が出来ますか! 前大戦だって上手く立ち回り、甘い汁を吸っただけの国でしょう!?」
『しかし、かの国にはキラ姫とセナ姫がいる』
「個人や国など! もはやこれからの世界には不必要なんですよ! 世界はもうシステムなんです。だから創り上げる者とそれを管理する者が必要だ。人が管理しなければ庭とて荒れ、誰だって自分の庭には好きな木を植え、芝を張り、綺麗な花を咲かせたがるものでしょ? 雑草は抜いて。ところ構わず好き放題に草を生えさせてそれを美しいといいますか? これぞ自由だと」
『ジブリール……』
「人は誰だってそういうものが好きなんですよ。きちんと管理された場所、物、安全な未来。今までだって世界をそうしようと人は頑張ってきたんじゃないですか。街を造り、道具を作り、ルールを作ってね。そして今、それをかつてないほどの壮大な規模でやれるチャンスを得たんですよ? 我々は」
『……しかしな』
「何も恐れる事などない! 邪魔をする者が居なくなれば世界は平和となります。そうなれば、かの姫君たちも貴方を英雄と称えるでしょう! だからさっさと奴等を討って早く次の楽しいステップに進みましょうよ。我々ロゴスの為の美しい庭。新たなる世界システムの構築というね」
ジブリールの甘言は、大西洋連邦の大統領の中に染み込んで、彼を強行的な手段へと走らせた。
そして……。
C.E.73年10月27日。
『これより私は、全世界の皆さんに非常に重大かつ残念な事態をお伝えせねばなりません!』
『我々は現プラント政権に対し、先のテロ事件に関し、いくつかの願い事をしました!』
『それは、キラ姫やセナ姫が求めた平和への願いを破壊しようとしたテロリストの引き渡し要求などです!』
『しかし! 今日という日まで未だ納得できる回答すら得られず、この未曾有のテロ行為を行った犯人グループを匿い続ける現プラント政権は、我々にとっては明らかな脅威であります!』
『かつての大戦で! 姫君方の願いを受け、我々は平和への歩みを始めました!』
『だが、それに対する答えがかつてZAFTが行った隕石落としの再現とは!』
『この様な事が許されるはずがありません! 許してはならない!!』
『我々は平和を望んでいる! しかし、その平和を踏みにじるものが居るのならば! 我らは自由の為に戦う! 平和の為に戦う!』
『よって、先の警告通り、地球連合各国は本日午前0時を以て、武力による此の排除を行うことをプラント現政権に対し通告します!!』
地球連合はプラントに対し、宣戦を布告。
長く続いた平和の時は破られ……世界は戦争状態へと突入した。