プラント周辺宙域で行われた戦闘について、そしてプラント、地球連合の動きについて報告を受けたカガリは「ご苦労」と返してから、一人になった部屋で大きなため息を吐いた。
前大戦の時、戦争が始まる前後でカガリはまだ子供であった。
何も知らず、知ろうとせず、ただ力を持てばオーブが争いに巻き込まれないと考える程度の、まだまだ幼い子供であった。
だが、こうして自分が代表という立場で世界を見ていると……。
オーブという国を見ていると、己がいかに小さな存在であるかを思い知るのだ。
どれだけウズミに甘やかされてきたか。
どれほどにキラとセナは苦しい世界を生きて来たのか。
今更ながらに重くカガリの背中にのしかかる。
オーブ連合首長国代表首長としての地位と、キラとセナの姉であるという重圧。
間違えてはいけない。誤ってはいけない。
そう自分に言い聞かせながら、這いつくばって、何とかしがみついている。
それがカガリ・ユラ・アスハの現状であった。
「父上なら、この場面でどう動いただろうか……父上とて、キラとセナの重圧はあった筈だ。それは今の私と変わらん。だが、あの方は今の私などとは違い、強く立派であられた……あの父の様にと願うのは……傲慢なのかな」
「……カガリ」
「あぁ……アスランか。どうした? 何か用か?」
「用事はないが、カガリの顔を見に来た」
「ふっ、私の顔など見ても、得るものは何もないぞ」
カガリは自嘲気味に笑いながら、いつも間にやら部屋に入っていたアスランに声をかけた。
だが、その声にいつもの覇気はない。
まぁ、アスランの前ではこの様な姿は何度も見せている訳だが。
「ウズミ様は、重いか?」
「あぁ。鎖よりも虹が重いと知ったのは、最近の事だな……奴は雨上がりの度に顔を出すが……よくもまぁ、あぁキラキラとした目を向けられて輝いていられると思うよ」
「虹も、案外と苦しいと言っているかもしれないな」
「そうか。それなら奴とも気が合いそうだ。まぁ、虹もオーロラという自分より人々を魅了している存在が居るからな。確かに私とよく似ている」
「俺は、カガリにはカガリの良さがあると思うよ」
「悪いが、そういうのはキラ相手にやってくれ。私はこの国と一緒に死ぬつもりでね。その覚悟が無い奴とは一緒になれん」
「ユウナ・ロマ・セイランとか、か?」
「あぁ、まぁそうだな。ユウナでも良いが。ギナでも良いな。どっちも性格は最悪だがな。しかも私よりキラとセナを優先する奴らだ。結婚相手としては最悪だな」
「俺はお前を優先するぞ」
「はいはい。分かった分かった。そんな事言わなくてもオーブには置いておいてやる。安心しろ」
「カガリ! 俺は本気で!」
「だとしても……だ。今は勘弁してくれ。お前の事まで気にしている余裕がないんだ。分かるだろ?」
「……すまん」
カガリは、はぁとため息を吐いてから目の前に居るらしくない行動をしている男を見やった。
どうにも、何かを焦っているような雰囲気がある。
生き急いでいると言うべきか。
カガリは別にアスランを嫌っている訳では無いし。前大戦では共に戦った。
それに、キラやセナの事で動くときには真っ先に指名する程度には信頼もしている。
おそらくは、恋愛感情もあるだろう。
かつて、アスランと同じ島に流れ着いて共に一晩を過ごした時から、微かではあるがカガリの中にある乙女な感情が動いている事は感じている。
その事はキラも気づいており、たびたびからかわれてはキラを折檻しているワケだが……。
だからと言って、今更焦る様な関係でも無い筈だ。
いずれ……消去法的ではあるだろうが、カガリが相手に選ぶ可能性は高い。
まぁ、アスランがオーブを離れ、プラントに行くのであればそれまでの関係だろうが。
そうでないならば……。
「何か悩みでもあるのか?」
「そういう訳じゃない」
「そうか。なら良いがな。まぁ、本気で私と付き合いたいのなら、覚悟を見せてくれれば……まぁ考えなくもないが……」
「あぁ。そう言うと思ってな。既に指輪を用意してある」
少々恥ずかしそうにしながらも指輪ケースを見せて来たアスランに、カガリはまぁまぁドン引きしていた。
いや、どういうペースで生きているんだ。この男は……と。
相手がカガリであるから良かったものを。
これがキラやラクス辺りを相手にいていたら、彼女たちの乙女回路によって焼き殺されているだろう。
「お前……本気か? その指輪がどういう意味か、理解しているのか? 私は国家の代表だぞ」
「あぁ。理解している」
「プラントには、もう二度と帰れないかもしれないぞ」
「元より戻るつもりはない。俺が生きる場所も死ぬ場所も。お前の傍だと決めた」
重い。
カガリが「どうだ? 重いだろう?」と投げつける言葉の百倍は重い。
思わず負けてしまいそうになり、負けず嫌いの気持ちが動き始めるが、これはそういうアレじゃないとカガリは振り切って、咳ばらいをした。
「お前! なんで私なんだ! お前はキラが好きなんだろう!?」
「あぁ」
「あぁって、頷くのかよ!」
「俺はキラもセナも好きだ。カリダさんもハルマさんも……父上も母上も好きだ」
「五歳児みたいな事を言うな」
「だが、何だろうな。カガリと居ると、キラ達と居る時とは違う感覚になる」
本当にコイツの恋愛感覚は五歳児なのか? とカガリはジトっとした目をアスランに向けながらうーんと悩む事になった。
よくよく考えてみれば、だ。
アスランは幼い頃からキラやセナと一緒に居て、兄として生きて来たワケだが、その中でおそらくはあった恋愛感情も全て兄としての感覚として昇華してきてしまったのだろう。
その結果、この恋愛感覚五歳児の化け物が誕生してしまった。というワケだ。
しかも謎に行動力があり、キラとセナの兄として生きて来たせいか、生来の物か。独占欲もかなり強い。
面倒だ。
なんて面倒な生き物なんだ。とカガリは感じていたが、それと同時に、コイツは私が何とかしてやらなきゃいけないな。
という母性なんだか、姉御肌なんだかよく分からない感情も湧いてくる。
その結果……。
「分かった。お前の感情はゆっくり考えろ。お前自身でな。そして、この指輪は受け取っておいてやる。やっぱり止めたくなったら言え」
「いや、俺は……!」
「アスラン」
「……! あ、あぁ」
「私はこの場で結論を急ぐな。と言っているんだ。今回はひとまず受けてやるから。色々落ち着いて、お前も色々分かったら、ゴーだ。分かるな?」
「あ、あぁ。分かった」
「良し。なら、とりあえず今は退席しろ。私も仕事があるんだ」
「分かった。カガリも無理をするなよ」
「ありがとう。助かるよ」
カガリはアスランを追い出してから今までで一番大きなため息を吐いた。
もう内臓を全て吐き出しそうな勢いだ。
しかし、そこまで嫌な気はしていないから不思議である。
それどころか、先ほどまであった重圧が少しばかり薄くなっている様な感覚すらあった。
「アイツにも、少しは感謝しないと駄目かな……しかし、あの恋愛感覚ではな。セナの乙女小説でも貸してやるか」
テーブルに置かれたすっかり冷めた紅茶を飲みながら、カガリは思考を緩やかに巡らせていたのだが。
そんなカガリの執務室にノックもなしで飛び込んでくる存在が一人。
「カガリ!」
「ぶっ! なんだ! お前は! ノックもなしに!」
「え? あぁ、ごめんごめん。ほら、僕ってばカガリのお姉ちゃんだし。良いかな―って」
「ふざけた事を言うな。お前は一生私の妹だ。特に! こんな常識知らずな事をやってくる様じゃな!」
カガリは飛び込んできたキラに言葉をぶつけ、自分を落ち着かせる為に再び紅茶を飲もうとして……。
「あぁー。そっか。アスランとヤッてたら大変だもんね」
「ぶっ!!」
「わ、きったな。やめてよ、カガリ」
「おまっ! お前は! どこでそういう言葉を聞いてくるんだ!」
「え? どこでって。ムウさんが言ってたよ? 『いやー。あの坊主も遂に決心したかー。こりゃ代表と執務室でヤッてるかもなー』って」
キラの無邪気な報告に、カガリは額に青筋を浮かべながら笑う。
その顔は笑顔であるというのに、どこか恐怖を感じる物であった。
「そうか。そうか。フラガ一佐がな。なるほど、なるほど。ご報告。ありがとう。この件はラミアス一佐にも伝えておくとしよう。あぁ、きっと喜ぶだろう。きっとな。ハハハ」
「……? うん。まぁそうなのかな?」
「あぁ。あぁ。そうだろうさ。間違いない」
カガリは見た人が恐怖する笑みを浮かべたままキラと言葉を交わし、そしてキラからの報告を受けて真面目な顔に戻る。
その報告は、既にカガリも知っていたプラント侵攻の話であったが、それとは別にもう一つ。
キラと戦った機体が、地球連合軍の中に混じっていたという、恐ろしい報告もあるのだった。
そして。
カガリが多くの問題を前に悩んでいる頃。
核攻撃隊も全滅し、これ以上の損耗は避けようと撤退した地球軍側では、報告を受けたジブリールが驚愕に目を見開きながら報告と映像を見ていた。
「なんだと!?」
『ですから全滅です。核攻撃隊は一機残らず跡形もなく全滅したんですよ。一瞬のうちに。地球軍は一旦全軍、月基地へ撤退しました』
「そんな……馬鹿な!?」
しかも、ジブリールと同じ様に報告を受けた他のロゴスメンバーからもいい様に罵られ、煽られてしまう。
『冗談ではないよジブリール。一体なんだねこの醜態は』
『しかしまあ…ものの見事にやられたもんじゃの』
「ぬぅ……!」
『ザフトのあの兵器はいったい何だったのだ』
『キラ姫もセナ姫も居ないというのに、あの数の核ミサイルを防ぐとは……本当にコーディネーターというのは……まったく』
『意気揚々と宣戦布告して出かけていって、鼻っ面に一発喰らってすごすごと退却か。君の書いたシナリオはコメディなのかね?』
『これでは大西洋連邦の小僧も大弱りじゃろうて』
『地球上のザフト軍の拠点攻撃へ向かった隊は未だに待機命令のままなのだろ』
『勢いよく振り上げた拳、このまま下ろして逃げたりしたら世界中の物笑いだわ』
『さて、どうしたものかの。我等は誰にどういう手を打つべきかな。ジブリール、君にかね?』
「くッ……ふざけたことを仰いますな!」
『フン』
「この戦争、ますます勝たねばならなくなったというのに。我等の核を一瞬にして消滅させたあの兵器。あんなものを持つ化け物が宇宙にいて、一体どうして安心していられるというのです! 戦いは続けますよ。以前のプランに戻し、いやそれよりもっと強化してね。今度こそ奴等を叩きのめしその力を完全に奪い去るまで!」
ジブリールはロゴスメンバーに対して必死に訴えていた。
まだ終わりでは無いのだと。
自分はまだ失敗などしていないのだと。
しかし……。
そんな必死の想いは、ある男が通信を繋いできた事で粉々に破壊された。
『アッハッハッハ! 何を言うかと聞いていれば。呆れますねぇ。ジブリール君』
「き、貴様は……!」
『大部隊を差し向けて、むざむざ敗退。その結果が私は負けてない。ですか? 無様にも程がありますよ』
「ムルタ・アズラエル……! ぐぅ……!」
ロゴスの幹部を映していた映像の中央にデカデカと現れたアズラエルは、高級そうな椅子に座りながら足を組んで、ジブリールを見下していた。
『こちらはコーディネーター共を滅ぼす貴重な兵を貸してやったというのに。それで泣き言とは溜まりませんねぇ。貴方の無能な作戦に付き合わされた兵たちが、可哀想だ』
「黙れぇぇええ!!」
『道化なら道化らしく、もっと面白おかしく踊ってくださいよ』
「黙れと言っているんだ!!! 私は! 私は貴様とは違う! 貴様などとは!」
『口で言うだけなら誰にでも出来ます。口だけなら、ね』
「はっ! な、ならば! 私はオーブを手に入れて、貴様に出来なかった事をやってやる! かの国を従え! そしてキラ姫を我が手に!」
『出来るモノなら、やってみれば良い。あなた程度に……出来るなら、ね』
アズラエルは嘲笑と共に通信を切り、他のロゴスメンバーも次々と通信を切っていった。
それに、ジブリールは遂に怒りが頂点に達し、持っていたワインを勢いよく床に叩きつけた。
そして、叫ぶ。
「セイランへと通信を繋げ!!! オーブを、連合に参加させるのだ!! そして、オーブに居るキラ姫をここへ連れてこいと!」
ジブリールの目には、怒りと憎しみだけが浮かんでいた。