その日、世界に激震が走った。
そう。
前大戦の時より……いや、そのずっと前から。
キラやセナの存在により世界中から絶対の信頼を向けられていた中立国オーブが。
キラとセナに支えられた太陽の様な少女が、世界を導く平和の国オーブが。
ある一人の男によって完全に破壊されてしまったという事実を。
世界は突きつけられる事になったのである。
「何がどうなっているんだ? これは……」
オーブより遠く離れた地に居た少年『オルフェ・ラム・タオ』は町のモニターに映し出された映像を見て、眉間に皺を寄せる。
そして、続くユウナの言葉を聞いて、オーブへと急ぎ戻る事を決意したのであった。
『元より、全代表首長ウズミ・ナラ・アスハの正当な後継者はキラ・ユラ・アスハであった。僕も彼女こそが代表に相応しいと考えている。しかし、キラは残念ながら政治にはあまり詳しくはない。そこで! 僕が代表となり、彼女と共にオーブを支える決断をしたんだよ。式はすぐにでも挙げるつもりだよ』
海を渡り、オーブ連合首長国へと潜り込んだオルフェは、戦友であり、この世界に来てから何度もオルフェの荒んだ心を癒してくれた少女を救うべく行政府へと潜入する作戦を考えていた。
既に武器は手に入れたし。オルフェの能力があれば潜入する事は容易い……のだが。
「あら~? オルフェ君! 久しぶりじゃない!」
「っ! マ……ラミアス艦長」
「もう今は艦長やって無いんだから。マリューで良いわよ!」
軽快に笑うかつての母艦、アークエンジェルの艦長に出会ってしまった故に、ユウナ・ロマ・セイランの暗殺計画を一時中断する事となった。
非常に残念であるが、機会はいくらでもあると、ひとまず気持ちを落ち着かせる。
「本当に懐かしいわ。あれからどうしてたの?」
「えぇ。世界中を色々と見て回っていましたね」
「自由な旅って奴ねぇ。そういうのも良いわよねぇ。私も長期休み取ってどこか行こうかしら」
「えー、っと、マリューさんは何を」
「私? 私はなーんにも変わらないわよ。仕事、仕事の毎日。もー。忙しくってやになっちゃうわ~」
愚痴が始まりそうな気配を感じたオルフェは適当な事を言ってマリューから離れようとしたのだが……マリューはピクリも話を止める気配がない。
それどころか愚痴の勢いは増しており、止まる気配を見せないのだった。
そんなマリューの様子に、オルフェは面倒だなという気持ちを爆発させて、適当な言い訳を挟んで逃げ出そうとした。
しかし……。
「あっと、申し訳ない。少々用事を思い出したので、私はこれで……!」
「おっと、どこに行くんだ。坊主。久しぶりに会ったんだ。少しくらいは話をしようぜ」
「む、ムウ・ラ・フラガ」
「おいおい。少し合わない間に随分と他人行儀な呼び方になったモンだ。なぁ? オルフェの坊主」
「くっ!」
「逃げようとしない方がいいわよー? もうこの辺りは完全に囲んでるから」
オルフェはマリューが笑みを浮かべながら放った言葉に、周囲へと意識を向けた。
確かにマリューの言う通り、周囲のあらゆる路地に人が配置されており、オルフェへと意識を向けている事が分かる。
ここまでの事をされるとは思っていなかったオルフェは冷や汗を流しながら、一つの可能性に気づいて、それを口にした。
「そうか。お前たちも、あの男の傀儡となった。という事か」
「あの男?」
「どういう事だ?」
「あのユウナ・ロマ・セイランとかいう男だ! お前たちだって、キラと共に戦ったのだろう!? キラがあの様な事を望むと思うのか!? あの子には、自由が似合うのだと、何故分からない!」
「えーっと?」
「あの……オルフェ君。一つ聞きたいのだけれど」
「なんだ!」
「あなた。もしかしてキラちゃんを助ける為にオーブに戻って来たの?」
「それ以外にあるか!」
オルフェは叫びながら銃を抜いた。
例え人数的に不利であっても、戦うと。
ここで死ぬとしても、貰った恩を返すのだと!
オルフェは強い意志でマリューを見据えながら戦う意思を示した。
だが、そんなオルフェに対してマリュー達の反応はいささか微妙な物であった。
それから。
オルフェはオーブの事情やキラ達の事情を聞き、マリュー達の目的も聞いて、頬を夕焼けよりも赤く染めながら叫んでいた。
「殺せ!」
「まぁまぁ。誰にでも間違いはあると思うわ」
「なんという失態だ! この私が、この様な!」
「まぁ、作戦を伝えてなかった俺達も悪かったしな。すまんすまん。今度なんか奢ってやるから」
「うるさい! 黙れ! ちくしょう!」
全て自分の勘違いである事を突き付けられたオルフェは羞恥心で今すぐ太平洋に飛び込みたい気持ちであった。
ユーラシア連邦から、わざわざオーブへと無理して戻って来たというのに。
戻ってみればこのザマである。
キラに知られたら、何と言われるか。オルフェは胃が痛くなる様な思いだった。
「というか。一つ変な質問をしてもいいかしら?」
「なんだ? ラミアス艦長」
「いえ。その……貴方って本当にオルフェ君よね?」
「それ以外の何に見えるというんだ」
「いや……そうなんだけど。キラちゃんがね。おかしなことを言っていたのよ」
「おかしなこと?」
「そう。ファウンデーション王国っていう国でね。貴方に会ったって言っていたの。でも、あなたの口ぶりじゃあキラちゃんには前大戦の時以来会ってないって感じだし」
「っ! その話は本当か!?」
「え、えぇ……キラちゃんに直接聞いたから間違いないわ」
オルフェは酷く驚きながらマリューを問い詰めて、自分の右手を見つめた。
そして、それをギュッと握りしめてから唇を噛みしめる。
「おいおい。どうしたんだ? 坊主。何か事情があるなら聞くぜ?」
「フン。私の事情も聴かず、捕まえようとした癖によく言う」
「いや、それはよ。危険人物が居るって聞いたから警戒してただけでな?」
ムウが言い訳を並べていると、オルフェは薄く笑みを浮かべてからフッと笑った。
そして、ムウへと言葉を返す。
「冗談だ。だが、この事情は……まだ話せない」
「話せない、か」
「それはキラちゃんにもセナちゃんにも言えない事なの?」
「あぁ。誰にも、言えない事情だ」
「なるほど」
ムウとマリューは互いに見つめ合って、小さく息を吐いてから笑う。
「そういう事なら。まぁ、話したくなったら聞かせてちょうだい」
「素面の時じゃ話せない話なら、オーブに良い店知ってるぜ? しかも飲み台は経費で落とせる」
「落とせるワケ無いでしょ」
「えぇー!? 落とせないのかよ!」
「当たり前でしょ」
目の前で始まった夫婦原価に、オルフェはやや驚きながら口を開いた。
「聞かないのか?」
「そりゃ聞いて欲しいんなら聞きだすけどな。今のお前さんは聞いて欲しくなさそうだからな」
「……そうか。すまない」
「良いって事よ」
「でも、やっぱりそのキラちゃんが会ったっていうオルフェ君が、オルフェ君じゃないとしたら……あのシュラとイングリットって子も何か知ってそうね」
「シュラと、イングリット!?」
「あら。その子たちの事は知っているの? オルフェ君」
「あぁ。知っている。それで!? そいつらは今、どこに居るんだ!」
「どこって、ミネルバね。キラちゃんが隊長やってる部隊の副隊長と補佐をやってるみたい」
「なんだと……!?」
「おいおい。アスランの坊主が危険だって言ってたけど、お前さんの反応……。まさかマジなのか?」
「あぁ。危険だ。間違いなくな。キラが危険だ。それにラクス嬢も」
「ラクスさんも!?」
マリューの驚いた様な声に、オルフェは小さく頷く。
そして、先ほど聞いたオーブの事情に自分も加わるべく口を開いた。
「これからアークエンジェルを動かすと言っていたな」
「え、えぇ」
「ならば、私も一緒に行く。ミネルバと行動を共にするのだろう? ならば、戦力は必要な筈だ」
「それは構わねぇけどよ。お前さんは良いのかい?」
「無論だ」
オルフェはムウの問いに頷いて応え、アークエンジェルへと共に向かう事としたのであった。
そして、オルフェがマリュー達と話をしている頃、キラはユウナの作戦の為にミネルバを離れ、セイラン家へと来ていた。
「キラ! 僕の為にすまないね!」
「良いですよ。別に」
「反応が! 冷たい! やっぱり僕の事、嫌いになったかい?」
「別に嫌いにはなってませんけど、怒ってはいますね。すごく」
「ひぇ」
「そして、セナも、とても怒っていると思いますよ」
「それは……正直一番ツライことだね」
ユウナはショボンと落ち込みながらソファーに崩れ落ちた。
そんなユウナを見て、キラはため息を一つ吐いてからソファーに座る。
「もういっそ。僕がユウナさんを前から好きだったみたいな事にしますか?」
「駄目だよ。キラ。君はあのラクス・クラインと良い仲なんだろう? なら、その様な事は言うべきじゃない」
「でも! でも……このままじゃ、ユウナさんが一人悪い人になっちゃいますよ?」
キラはハラリ、ハラリと涙を流してユウナに訴える。
このままでは殺されてしまうかもしれないと。
「良いさ。こうして僕の為に泣いてくれる人が居る。それだけで僕は救われる気持ちだよ」
「でも、それなら!」
「それに……だ。例え、世界のキラ姫様が相手でも僕は頷けないんだ。何せ僕はセナ一筋だからね!」
「……ロリコン」
「ぐはっ! いや、これは別にセナが小さいから好きとかそういう事ではなく、純粋な愛の形として……って、ちょっと待ちたまえ! セナは君と同じ年齢だろう!? 見た目は小さいが!」
「クスクス。えぇ、そうですよ」
「そういう言葉は良くないぞ! キラ! 僕にも名誉という物があるんだ!」
「分かってます」
キラはジッと真剣な眼差しでユウナを見つめた。
その瞳の強さに、ユウナは再び落ち着いてから言葉を返す。
「だから、これは僕の男としての我儘さ。僕があの男に近づけば……セナを取り戻せる。そして、オーブは焼かれない」
「分かっています」
「これが最も、犠牲の少ない道なんだよ」
「分かっています」
「だから、すまないとは……思っているよ」
ユウナの言葉に、キラは窓の向こうに見える夜空を見上げた。
遠い夜空では星が瞬き、今日も世界を照らしている。
だが、星に手は届かず、多くの命はキラの手から零れ落ちて空で瞬くだけだ。
いつも、同じ様に。
「分かっています。……分かっている、つもりなんです」