ミネルバがマハムール基地へと入港した頃。
海中深くに潜っていたアークエンジェルはそれを観測しながらそっと息を潜めていた。
今はまだ、静かにキラ達の行動を見守るだけである。
「地球軍の動きは……特に無し。か」
「そうみたいねぇ」
「まぁ、手も足りてないみたいだしな。それに、キラの嬢ちゃんの強さは予想外だったって事だろ?」
「ボアズではかなり苦戦している様だったが……もう圧倒出来るようになっているとは」
「流石は私の妹という所だな」
胸を張るカガリに、アスランとマリューとムウは苦笑した。
オーブを出る時には、オーブの事を気にして俯いていたカガリであったが、ミヤビを通して伝えられたオーブの現状として、ジブリールからの続く要求はないという事でひとまず安心していた。
「しかし、ジブリールの奴。オーブへとかなり無理矢理手を伸ばしてきた割には……それ以降何もなしか。いったい何を考えているんだか」
「キラが狙いだったという事じゃないか?」
「確かに状況を考えるとそうなんだろうが……それならキラだけを狙えば良い話だ。オーブを狙う必要はない。アレのせいで、今大西洋連邦へと非難が集まっている訳だしな」
「そこまで考えが至らなかった……という可能性は」
「流石に無いだろう。その程度の頭の奴が、世界の国家を支配できるとは思えん」
「……そういう事ならば、キラの帰る場所を奪う事が目的だったんじゃないのか?」
「どういう意味だ。オルフェ」
機体の整備を終わらせて、ブリッジへと入って来たオルフェは、カガリたちの疑問に軽い調子で答えた。
その言葉に、アスランが食って掛かる。
「そのままの意味だ。オーブという国の支援があれば、どの様な事態となってもキラはオーブへと逃げるという選択肢がとれる。しかし、今のキラは精神的にその選択肢を封じられている状態だ。ミネルバに何かあった際……オーブを頼る事は出来ない」
「それは……そうだろうが、ミネルバはZAFTの所属だろう? ならば、初めからオーブに頼る選択はない筈だ」
「本当にそうか?」
「……確かにな」
「カガリ?」
「オーブは平和の国であり、中立の国だ。であれば、ボアズ落下事件の時の様に、色々な言い訳を使ってミネルバを支援する事は出来るし、キラがオーブの姫である以上……危機的状況にキラだけを救出する事は可能だろう」
「……あぁ」
「だが、オーブは連合の所属となってしまったため、キラを助ける事は難しく、キラの居場所はプラントだけとなってしまった」
「しかし、プラントに逃げ場があるのなら十分じゃないか?」
「本当にそうか? アスラン・ザラ」
「……どういう意味だ」
「オーブは連合の所属。その状態でキラが地球から逃げると思うか? せめてプラントが地球の近くにあれば状況も変わったんだろうがな。オーブから遠く離れたプラントにキラが逃げる事は難しいよ。ボアズ落下事件の様な事が起きれば……オーブは地上から姿を消すワケだからな」
「……そうか」
「故に。ジブリールの行動は知ってか知らずか。キラの逃げ場所を奪い、地球へと縛り付ける事に成功した。これから何をしてくるのか。それが分からない以上、こちらから先手を打つのは難しいな」
「結局、私達に出来る事は……こうしてミネルバを遠くから見ている事だけという事か」
「どこかでジブリールが尻尾を見せてくれれば話も早いのだろうが……現状では難しいだろうな」
オルフェの言葉に、ブリッジに居た者達はみな、静かなため息を吐いた。
しかし、そんな状況の中、CICに居たナタルはコホンと咳ばらいをしてからオルフェとは真逆の意見を言う。
「私は言う程ジブリールに余裕があるとは思いません」
「どういうこと? ナタル」
「ジブリールが動かせる連合の戦力、そしてプラントの戦力を考えれば……いずれジブリールは敗北するからです。動かなければ負けるのはジブリールの方でしょう。特にキラさんを止められないのは痛い。これからミネルバはガルナハンへと向かうと思われますが……防衛がモビルアーマー一機では足止めにしかならないでしょう。そうなればガルナハンは落ちる」
「確かにね……」
「ですが、それが理解出来ない程、連合の上層部も盲目ではない。私としてはいずれ彼らの中からジブリールを排除する動きが起こるのではないかと考えていますが……」
「確かにそれもあり得る話だわ」
ナタルの言葉にマリューは頷き、再びうーんと悩み始める。
だが、そんなマリューにムウが口を開くのだった。
「しかしよぉ。そう上手くいくのかねぇ。アズラエルだって、奴にはしてやられたんだろ? 居場所も分からない。通信も繋がらない。地球に居るのかすら分からない。だが、向こうから攻撃する事は出来る。そんな奴をどうやって排除するって言うんだよ」
「それは……内通者とか。親しき者とか、色々と居るではないですか!」
「こんな状況になってもジブリールとお友達やってる連中だぜ? そうそう簡単に裏切るとは思えないがな」
「……ぐぅ」
「どちらにせよ、だ……ジブリールの事は分からん。現状ではな」
「そうね」
「ならば、だ。もう一個の問題について考えるべきじゃないか?」
「もう一個の問題、ねぇ」
マリューはカガリの提案にため息を吐きながらモニターに映像を映し出した。
つい先日。
オーブの月面部隊が発見してきた情報を皆に共有する。
「オルフェ君の偽物やラクスさんの偽物については分からなかったみたいだけど……とんでもない物が月面で発見されたのよ」
「とんでもない物?」
「そう。巨大な量子コンピューターと、クローン工場。とでも言うのかしらね。優秀な人間のクローンを作り出す場所だったわ」
「……!」
「ここでオルフェ君の偽物やラクスさんの偽物が生み出されたのか。それは分からないけれど。調べた結果。どうやらこの遺跡は旧世紀の物らしくてね」
「旧世紀という事は……西暦か?」
「そう。西暦2100年頃。再構築戦争よりもずっと前ね」
「そんな昔に……クローンの技術やら量子コンピューターの技術があったというワケか」
「しかもクローンだけじゃなくて、遺伝子操作もやっていたみたいでね。……この場所で、遺伝子操作をされた、ある人物が生まれた事も分かっているの」
「ある人物?」
「ジョージ・グレンよ」
「人類最初の、コーディネイターか!」
「ならば、コーディネイターの技術を世界中に広めたのも?」
「おそらくはこの場所からだわ。どれだけ規制しようとしても爆発的に世界へと広がった技術。その原因はこの量子コンピューターにあった。というワケね。そして、この施設から全世界のコンピューターへと情報が共有された」
マリューの語るオーブ軍人たちが調査した情報はあまりにも信じがたい物で。
ブリッジに居た者達は皆、驚きながら口を噤んでしまう。
「しかし、この施設の目的はなんだ? 何故、コーディネイト技術を世界に流したり、優秀な人間のクローンを作り出している」
「それはまだ分からないわ。でもね。一つだけ判明している事があるの」
「判明している事……?」
「そう。それは……この施設の中にあった『ヴェーダ』と呼ばれる量子コンピューターが示していたわ。『人類の意思を統一させ、争いの火種を抱えたままに外宇宙へ進出することを阻止する。その為にあらゆる手段を講じる』と」
「コーディネイター技術を世界に広めた事も、人類の意思を統一させる為だと?」
「バカを言うな。今、そのせいで世界中に争いが起きているんだぞ」
「私に言われても困っちゃうんですけど。私は報告を受けただけですので」
「それは……確かに。申し訳ない。ラミアス艦長」
カガリがシュンとしながら反省の顔で謝罪をする。
なんだか、代表の地位から離れてから少し昔の様に子供っぽくなったなと思いながら、マリューはオーブの秘密部隊が自分にだけ情報を伝えた意味を理解した。
確かに、現状のカガリにこの情報を伝えるのは危険だろう、と。
そう……ジョージ・グレンの他に、かの施設で設計され、メンデルで生み出された少女が居たことを。
そして、その少女が『セナ』であるという事実を。
マリューは胸の奥に秘め、カガリには伝えられないなと小さく心の中でため息を吐くのだった。
それから、謎の施設の件も含めて、現状出来る事はないと解散となったワケだが。
自室へと戻ったオルフェは、先ほどマリューの思考を読んで得た情報に思考を巡らせていた。
『ヴェーダにより設計され、メンデルで生み出された個体。セナ』
『しかし、ヴェーダの予測とは違い、セナは当初に与えられたクリスタという人格を抑え込み、セナという新しい人格を形成した』
『彼女は革新を得たのか。人類を導くイノベイターとなったのか』
『継続し、観察する必要がある』
「バカを言うな」
オルフェはベッドに寝転びながら、月にあるという量子コンピューターへと乱暴な言葉を向けた。
その目には確かな怒りが込められている。
前大戦の時、何度も見たセナやキラの過去。思考。
その中にあったのは、家族へと向けられる愛情だ。
どこの誰とも知らないコンピューターが与えた使命など、彼女たちの前ではゴミ同然だ。
彼女たちはただ、愛の為に生きていた。
それが全てであったのだ。
かつての世界で、役目で生きる者達に囲まれながらも、愛を芽生えさせた少女の様に。
イングリットの様に。
セナもまた、自身の中に生まれた愛によって、使命を乗り越えた。
ただ、それだけの話だ。
しかし。
だが、しかし。
そうなると疑問に残る事が一つある。
それは、クリスタと呼ばれる最初に植え付けられた人格の事だ。
その少女はどこへ消えたのだろうか?
「……いや。セナが役目を押し付けられた哀れな少女を見捨てるとは思えない。その少女すらも庇護の対象だろう」
ならば、どこへ消えたのか?
その答えを探して……探して。
オルフェは一つの答えを得た様な気がした。
そう。
クリスタは未だセナの中で生きているのだ。
役目の中で孤独に生きていた少女が……セナに抱きしめられ、彼女と共に生きる決断をしたのではないか。
「……まぁ、考えてみれば自然な事だったな」
オルフェも、そうやって彼女たちと生きる事を決めたのだから。
と、オルフェはまだ会った事も話した事もない少女を想い、笑みを浮かべるのだった。
いつか、どこかで……会う機会があれば話してみたいなと思いながら。