ディオキアの町から少し離れた海底でアークエンジェルは静かにミネルバやZAFTの動きを観察していた。
これだけ近いのだから、基地に発見されてしまいそうであるが……現在アークエンジェルはミラージュコロイドに変わる新しいジャミング装置を使用しており、その装置によりディオキアの基地はアークエンジェルを発見出来ていない状況である。
「ジャミング装置の実験はほぼ成功ですわね」
「まぁ、姿は隠せないから完璧では無いがな」
「その分は擬装外装を付けておりますし。こうして海底の岩に擬装していれば発見される心配も無いでしょう」
「確かに。動けないという欠点を除けば完璧か」
カガリはマリューやナタルと共に、新しい装置の実験結果について考察していた。
しかし、その顔は暗く、思い悩んでいる様に見えた。
「カガリさん。お気持ちは静まりませんか?」
「あぁ。当然だ。戦友が暗殺されかけて……穏やかな気持ちで居る者など居ないよ……」
「ラクス」
カガリはブリッジの中央付近から入口へと振り返って、ピンク色の髪をタオルで拭いていた少女に言葉を向ける。
ラクスは困った様な顔をしながらカガリに微笑み、言葉を向けた。
「
「そうは言うがな。あの状況ではそれも難しいだろう。ラクスの周りに居たのは穏健派……シーゲル・クラインの時代から共に居た者達ばかりだったんだろう?」
「えぇ。父は彼らを信頼しておりました。デュランダル議長も、また……しかし、この様な事態になってしまったとは、悲しいですわね」
「何かの勘違いという可能性は無いのかしら」
「その可能性はありませんよ。彼らは間違いなくラクスを殺すつもりでした」
「アスラン君……!」
「それに……向こうには『俺』が居ました。俺とラクスの偽物を作り出した以上……もう俺たちは用済みという事なのでしょう」
ラクスと同じ様に濡れた髪をタオルで拭きながら現れたアスランは、厳しい顔でマリューへと言葉を返す。
その言葉の強さに、マリュー達は言葉を飲み込んだ。
「ですが、私よりも今危ないのはキラです」
「そうよね。オルフェ君の偽物に、ラクスさん、アスラン君の偽物だものね。狙いが露骨過ぎて嫌になるわ」
「しかし、キラ様やセナ様を利用したいのなら、それこそお二人の偽物を作った方が良いのでは無いですか? 話はそちらの方が早いですよね?」
「そうできない事情があるんじゃないかしら?」
「事情……?」
ナタルはマリューの言葉に思考を巡らせる。
が、答えは出ず……考え込んだナタルの代わりに、ブリッジへと入って来たオルフェがその問いに答えを返した。
「おそらくは、連中の背後に『アウラ・マハ・ハイバル』が居るのだろう」
「アウラ?」
「以前、オルフェ君が言っていた、ファウンデーション王国の女王ね」
「あぁ。あの女は、キラの母親であるヴィア・ヒビキに執着していてな。ヴィア・ヒビキを呼び寄せる為の餌としてキラやセナを求めているんだ。まぁ、あの女の事だから、キラやセナ本人にも執着していそうだがな」
「それはまた……」
「厄介な人物の様ですね」
「ミネルバにいるシュラ・サーペンタインも、おそらくあの女の命令でキラに近づいている筈だ」
「イングリットという少女も、同じか?」
「それは……分からない」
「分からない?」
カガリはオルフェの反応に眉を顰める。
シュラの話は確信を以って話していたというのに、何故同じ国から来た人間の事は分からないのかと、疑問を感じて首を傾げた。
しかし、その答えはラクスが話してくれる。
「イングリットさんは、特別な方なのですわ」
「特別。というのはどういう事だ」
「役割を超え、自らの意志で、自らが進む道を選ぶ事が出来る方。今の貴方と同じ様に。そうですわね? オルフェさん」
「……ラクス・クライン」
「あら。
「今のイングリットは彼女ではない!!」
「本当にそうですか?」
「っ!」
「ちゃんとお話した事は無いのでしょう? お話してみれば良いではないですか」
ラクスの言葉にオルフェが苦しんでいるのは、カガリたちにとって意味不明であったが、アスランは何となく一つの答えを見つけて口にする。
「そのイングリットという子が、こちらの味方となってくれるのなら、キラを助ける上で役に立つが」
「ふざけた事を言うなよ! アスラン・ザラ! イングリットを私達の事情に巻き込むな!」
「巻き込むなと言われても、もう巻き込まれておりますわ。彼女がもし、既に愛を持っているのなら、どの様な結末が待っているか。貴方は既にご存じでしょう?」
「それは……しかし!」
「分からない。であれば、確かめれば良いのです」
「だが、接触したとバレれば、彼女は危険に晒される」
「えぇ。そうでしょうね」
「それが分かっているのなら!」
「ですが、だからこそ放置も出来ないのです。彼女は言わばジョーカー。
「……」
「それに、チャンスはあります。誰にも知られずに、オルフェさんがイングリットさんに接触するチャンスは」
「……なに?」
「アスラン」
「なんだ? ラクス」
「
「危険だ! 敵は今度こそ君を殺しに来る!」
「えぇ。そうでしょうね。
「それが分かっているのなら」
「ですが、だからこそ……彼らはコレが罠だとは気づかない筈です。
「……そこで、私がイングリットと接触しろと。そういう事か? ラクス・クライン」
「えぇ。そういう事です」
ラクスの言葉に、アークエンジェルのブリッジに居た者達は、皆一様にため息を吐いた。
彼女を失えば、偽物の思う壺だというのに。
それでも構わないからと、危険の先にある結果を得ようとする。
そういう所は、キラやセナともよく似ていた。
平和を愛する姫様方はいつだって周りの人間の気持ちなど気にせず突き進んでしまう。
それが彼女たちを守らねばならない者達にとって悩みの種であった。
そして、彼女と同じ様に突き進む姫は他にも居て……。
「そういう事なら、私も一緒に行こう」
「カガリさん!?」
「何を驚いているんだ。姉が妹に会いに行く事の何がおかしい」
「いや、カガリ……! そういう事では無くて」
「分かっている。これがどれほど危険な事か。しかし、だ。私がいればキラはこちらが本物だと思うんじゃないか? まだ私の偽物は居ないのだろう?」
「それは……確かにそうだが。そうなれば君の偽物を作るだけだ」
「まぁ、確かに。だが、所詮は偽物。私の愛は真似できまい」
「残念ですが……カガリさん。彼らは
「ならば……だ」
「……?」
カガリはニヤリと笑って、一つの妙案を出した。
それは、思いつく様で、今までパッと浮かばなかった案。
「キラの友人も呼べば良いだろう? 私達の様に。公的な活動をしていない人物。キラが信頼し、そして、彼ら自身もキラを強く信頼している」
「それは……」
「あぁ、なるほど。彼らですわね?」
「そういう事だ。確か……この辺りであれば、トール・ケーニッヒとミリアリア・ハウが浮かれた観光客のフリをしながら情報を集めていた筈だ。二人を呼び出せ。うまく行けば、キラもこちらに取り戻せる」
代表らしい顔つきで指示を出すカガリに、ラクスもアスランもフッと体の力を抜きながら笑う。
危険な作戦を行おうとしているというのに。
カガリはいつだって太陽の様に、光り輝く道を示すのだ。
正直な所、アスランもラクスも、自分たちの偽物が現れた時点でキラを説得するのは諦めていた。
どうにもならないと。
きっと優しいキラは偽物を信じてしまうと。
だが、カガリはそんな二人の想いをそのままに、別の解決策を示したのだ。
それが二人にとっては大きな救いであった。
勇気を貰ったと言っても良い。
きっと、二人だけでキラを説得し、拒絶されてしまえば、多分耐える事は難しかっただろうから。
「まぁ、この様な事は無意味かもしれんがな」
「そうなんですか?」
「キラはラクスやアスランの偽物などすぐに見破ってしまうだろうからな。この様な保険は不要というワケだ」
「まぁ、そうですわね。ラクスさんとアスラン君は、キラちゃんとも深い仲ですしね」
「そういう事だ。まぁ! 一番深いのは私だがな!」
ハッハッハと笑いながらカガリは胸を張り、その根拠のない自信に、みな笑いながら頷いた。
そして、アークエンジェルはトールとミリアリアの居場所を探りながら、ミネルバの動向を確認することとなった。
一方。
ディオキアの基地では、アスランとラクスがデュランダルと三人で言葉を交わしていた。
「そうか。彼らは逃げてしまったか」
「申し訳ございません。デュランダル議長」
「いや、構わないさ。アスラン・ザラはそれだけ優秀な戦士だからね」
「ハッ」
「ですが、逃がしてしまった以上……キラ様に接触してくる可能性がありますわね」
「ふむ」
「どうされますか?」
「君はどうするべきだと思う? ラクス嬢」
「無論、殺すべきだと考えておりますわ。この世界にラクス・クラインは
「そうだね」
邪悪な笑みを浮かべるラクスにデュランダルは笑みを浮かべ言葉を返した。
そして、デュランダルは自由に動ける様にと、アスラン・ザラにFAITHの称号を与え、キラとラクスを守る様にと命令を下す。
「ではアスラン・ザラ。君の活躍に期待するよ」
「ハッ! お任せください!」
次の時代へと歩を進める為に。
「さて。次はどうなるかな」
デュランダルは笑みを浮かべたままディオキアの町を見下ろした。
全てはまだ我が手の中にあると、考えながら。